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3巻
3-1
しおりを挟む序章 ❖ エルフの女王と元婚約者。
ローニャの元婚約者――シュナイダーは、頭を抱えていた。
ローニャのことを誤解していた。自らの過ちを正し、許しを乞いたい。そう思った彼は、ローニャの祖父ロナードに友人共々追い返されてからも、諦めずにローニャを捜していた。しかし、彼女を見つけられないでいる。
ロナードに、彼女の居場所を教えてほしいと毎日のように頼み込んでも、彼は決して首を縦には振らず、シュナイダーを門前払い。
ローニャと契約している精霊オリフェドートに会いたくとも、許可を得た人間しか彼の森には入れない。
王都を駆け回ってローニャの行方を捜したが、やはり見つからなかった。
それでも彼女の無事をこの目で確認したくて、シュナイダーは苦渋の選択を取ることにした。
同じくローニャを捜しているというエルフの国の王弟オルヴィアスに、心当たりがないか問うことにしたのだ。
ローニャは気付いていなかったが、オルヴィアスはローニャに恋心を抱いていた。
オルヴィアスは直接ローニャにアプローチこそしなかったものの、シュナイダーには敵意を向けてくることが多く、互いにいがみ合う仲だった。
そんなオルヴィアスは、行方をくらましたローニャのことを血眼になって捜しているという。彼はもう、ローニャの行方について何か手がかりを掴んでいるかもしれない。けれど彼を頼ることを、シュナイダーのプライドが躊躇させ続けた。
そのプライドも捨てて、シュナイダーはローニャを見つけるためにエルフの国に足を運んだ。
女王ルナテオーラが治めるガラシア王国。
豊かな緑と、石の建物が並び、穏やかなハープの音色が響き渡る美しい国だ。そんな美しい景色を一望できる壮麗な宮殿で、シュナイダーはルナテオーラと会った。
オルヴィアスに会いたい、と伝えたのだが、通された先にいたのは、彼女だけだった。
「弟は今留守にしています。あなたの用件はわたくしが代わりに聞きましょう」
そう言って迎えてくれたルナテオーラに、シュナイダーは跪いて頭を下げる。
婚約破棄して以来ローニャとは会っておらず、行方を捜していると正直に打ち明け、王弟オルヴィアスがなんらかの情報を持っているのなら教えてほしいと頼んだ。
立派な鹿の角のようなデザインの玉座に腰を下ろしたルナテオーラは、静かにこちらを見下ろしている。そして、微笑みを浮かべて言い放った。
「事を大きくしたくないために、そちらの国王が詳細を伏せているのだと思っていましたが……あらあら、まさかあなたが原因だったとは。実の甥であるあなたがこんな最低な男になっていたなんて、他国の王に言えないのも無理ありませんわ」
最低な男、という部分を強調されて、シュナイダーはギョッとする。
そんなシュナイダーの様子を見つめながら、ルナテオーラは頬杖をついた。
「わたくしは、強く美しい女性の象徴として、国民から憧れの眼差しを向けられる女王。けれどこの国や宮殿の守りは弟と夫に任せていますわ。男性は強さを示すため、何かを守りたがります。そんな男性を信じて見守ってあげるのも、強く美しい女性の役目。しかし、男性を自惚れさせてはいけません。何かを守り抜く強さを与えているのは、紛れもなく女性なのだから」
シュナイダーに向けられる眼差しは、蔑みを含んでいた。
「あなたは自惚れていますわ。ローニャ嬢を愛し、彼女に愛されていたからこそ、あなたは素敵な男性だったのです。思い返せばわかるでしょう? 彼女の支えなくして、今までのあなたがありますか? 彼女への想いなくして、今までのあなたがありますか? ローニャ嬢と想い合っていたあなたは素敵な男性でしたわ。とてもお似合いでしたから、弟も想いを打ち明けることはなかったのです」
ルナテオーラの言葉に従い、シュナイダーは思い返す。
ローニャに出会ってから、彼女を守るために励んだことは山ほどあった。
彼女を一途に想う気持ち、守りたいという強い気持ち――ローニャの存在そのものが、シュナイダーを支えていた。
「ローニャ嬢が、あなたを素敵な男性にしたのですわ」
ローニャとともにあった時のことを思い出し、胸に熱が込み上げてくるのを感じる。しかし――
「ローニャ嬢の大切さも理解していなかったあなたが、公衆の面前で婚約破棄した挙句、その直後に他の女性になびくなんて、最低ですわね。完全に自惚れていたのでしょう?」
ルナテオーラは容赦なかった。シュナイダーは冷水を浴びせられたような気になる。
「最低な男に成り下がったあなたが、ローニャ嬢に許してもらおうだなんて、どこまで自惚れれば気が済むのかしら。もう元には戻らないのですわ。他の女性の手を取ったあなたを、ローニャ嬢が今でも待ってくれていると思っているわけではないでしょうね? 彼女はそんな惨めな女性ではありません。ローニャ嬢が再びあなたを愛するわけがないですわ」
強い口調で言って、ルナテオーラは悪戯っ子のようににこりと笑った。
「ローニャ嬢と再会なんて、わたくしはさせたくありません」
シュナイダーはあんぐりと口を開けてしまう。
「そもそも、こちらもローニャ嬢の居場所を掴んではおりませんわ。オルヴィアスは、ローニャ嬢と親しくなった思い出の場所でなら会えるかもしないと、今もそこで待っているようですが」
「っ! それは確か……蓮華草の丘だったはずです。妖精ロトの頼みで彼女が世話を手伝っている、蓮華の花の丘……そこでオルヴィアス殿下と会ったと聞いたことがあります……」
けれどシュナイダーは、正確な場所までは聞いていなかった。
「あの子は……どうやら、その丘で彼女に想いを打ち明けたいらしいの。思い入れのある場所で告白なんて、素敵だと思いません?」
シュナイダーは顔を引きつらせる。
恋敵がローニャに告白しようとしているなんて、聞いていて気分のいいものではない。
「オルヴィアスは大切な場所を、最低な男に汚されたくないでしょう。たとえわたくしがその場所を知っていても、あなたには教えませんわ」
わずかな望みすら、ルナテオーラは容赦なく取り上げる。
「あなたも、心の底からローニャ嬢に申し訳なく思っているのなら、二度と彼女の前に顔を見せないことです。それが彼女への償いになりますわ。まともな男性に戻るための第一歩と心得てくださいな」
ルナテオーラは、微笑んで優しく告げた。けれどその言葉は、シュナイダーの心をチクチクと突き刺してくる。
とはいえシュナイダーも、半端な気持ちでここへ来たわけではない。厳しいことを言われたからといって、すごすごと引き下がるわけにはいかなかった。
「ルナテオーラ女王陛下。自分はローニャに直接会って――」
「あらまぁ」
めげずに頼み込もうとしたシュナイダーだったが、ルナテオーラはそれを遮った。
「わたくしに食い下がろうなんて、何様のつもりですの?」
うふふ、と口では笑っているが、ルナテオーラの目は笑っていない。威圧的な瞳に、シュナイダーは言葉を失う。
「いつまでかかっている!」
その時、男の鋭い声が響いた。
声のしたほうを振り返ると、そこには白銀の長髪を持つエルフが立っていた。彼はザッとローブを翻し、苛立ちも露わにシュナイダーの横を通り過ぎて、ルナテオーラのほうへ歩いていった。
ルナテオーラの夫、オスティクルス公爵。
彼はオルヴィアスと交代でルナテオーラの護衛を務めている。
シュナイダーは驚愕したまま、その背中を見つめた。
オスティクルスとは面識があったが、彼の声を聞いたのはこれが初めてだった。それほど無口な男なのだ。
「急ぎの予定はなかったはずよね、オスティ」
ニコリと微笑んで、ルナテオーラは明るい声で答えた。オスティクルスは眉間のシワを緩ませることなく、険しい表情のまま彼女に手を差し出す。
「このような下劣な者のために、時間を無駄にするな」
それからオスティクルスはギロリ、とシュナイダーを睨んで言う。
「彼女はこの国の女王だぞ。――身のほど知らずめ」
「あら。おバカさんを罵る暇があるのなら、自分に構ってくれと言いたいのですね?」
「……そんなこと、言っていないぞ」
「仕方ありませんね。次の予定まであなたに構ってあげますわ」
「言っていないと、言っているだろう」
ルナテオーラはオスティクルスをからかいつつ彼の手を取って立ち上がり、腕を絡ませる。オスティクルスはそっぽを向きながらも、彼女の腕を解こうとはしない。
「わたくしも弟も、ローニャ嬢について教えるつもりはありません。お引き取りくださいませ」
最後にそう告げてから、ルナテオーラは夫とともにその場をあとにした。
追うことは許されないだろう。シュナイダーはそう理解して項垂れ、エルフの国ガラシアを去った。
ルナテオーラは、オルヴィアスとローニャがうまくいけばいいと思っている。オルヴィアスにとっては、ローニャに想いを告げるのになんの障害もない状況だ。彼に直接ローニャの居場所を教えてくれと頼んでも、無駄だと悟った。
「待って! シュナイダー!」
シュナイダーが学園に戻ると、ミサノに声をかけられた。しかしそちらを見もせず、寮の部屋に入り扉を閉める。
それでも扉を叩いてくるミサノに、シュナイダーは言い放った。
「もう会わないと言っただろ」
「なぜ私を信じてくれないの、シュナイダー! ローニャが嫉妬して私に嫌がらせをしていたことは、全部私の嘘だと言うの!?」
「誤解だったんだ! ミサノ、全部誤解だった! オレも君も誤解して、ローニャをあんな目に遭わせてしまった! オレも、君も、悪いんだ。……顔を合わせると、君を責めたくなってしまう。傷付けるようなことを言ってしまうかもしれない。だからもう、君とは会えない。頼む……諦めてくれ」
シュナイダーはもう一度、別れを告げる。
ミサノに騙されたのだと責任転嫁しないためにも、シュナイダーは彼女と顔を合わせるつもりはなかった。
「オレは……ローニャを取り戻したいんだ。誤解していたのだと説明して、許しを乞いたい……。どうなるかはわからないが……結果がどうあれ、オレと君の関係は終わりだ。帰ってくれ」
そう告げて、シュナイダーは扉のそばから離れたのだった。
第1章 ❖ 恍惚の告白。
1 妖精のお手伝い。
まったりした人生を送りたい。
前世からずっと、そう願っていた。
不思議なことに、私にはこの世界に生まれてくる前の――前世の記憶がある。
覚えているのは、息つく暇もないくらい忙しい毎日。朝早く起きて職場に行き、くたくたになるまで仕事をして、夜遅くに帰宅する。そんな苦しい日々の果てに、私はとうとう息絶えてしまったのだった。
そうして気が付くと、とある人物に生まれ変わっていた。それは、前世の私が好きだったネット小説の悪役令嬢――ローニャ・ガヴィーゼラ。ローニャは主人公から婚約者を奪われてしまう、意地の悪いキャラクターだった。
そんなローニャとしての人生は、前世以上にせわしなかった。
物心ついた頃からさまざまな教育を受け、息もできないくらい苦しい生活。家族はとても厳しく、伯爵令嬢としてひたすら高みを目指すよう強要された。
そんな生活の中で、大きな安らぎを与えてくれたのは、ロナードお祖父様とシュナイダー。家族で唯一優しく接してくれたお祖父様と、「一緒に愛を育もう」と言ってくれた婚約者のシュナイダーがいたから、私は苦しい生活に耐えられた。
でも、私とシュナイダーがともにハッピーエンドを迎えることはなかった。
小説の舞台となるサンクリザンテ学園に入学すると、シュナイダーは小説の主人公であるミサノ嬢と出会い、少しずつ変わっていった。そして小説の展開通り、私は婚約者を奪われて、学園を追放されてしまったのだ。
私はそんな運命を受け入れて、ガヴィーゼラ家からも飛び出した。
そうして行き着いたのは、最果ての田舎街ドムスカーザ。
そこで私は、小さな喫茶店――まったり喫茶店を始めた。
前世からの願いは叶って、私は念願のまったりライフを手に入れたのだ。
けれど、私を狙っていた悪魔ベルゼータの罠に堕ちてしまい、魔力で汚されてしまった。助けに駆け付けてくれた獣人傭兵団さん達のおかげで軽症で済んだものの、治療は必要。
城に仕える魔導師グレイティア様に治療魔法をかけてもらった。この治療が終わるまで七日はかかるみたい。
治療中は傾眠状態に陥りやすく、意識もはっきりしないという。
私を助けてくれた皆さんと食事をしている今だって、夢を見ているような心地だ。
「もう一度言うぞ、ローニャ」
話しかけられて、私ははっと我に返る。
「おかわりですか? グレイ様」
「あ、いや、その……いただこう」
店のカウンター席の前に立った私を見てそう言い、グレイ様はすぐに目を伏せた。
グレイ様ことグレイティア様は、深い紫色の長髪を後頭部の高い位置で一つに束ねている、長身の男性だ。瞳は紫水晶のように美しく、目は綺麗なアーモンド型。フードつきの黒いローブには、位が高いことを示す装飾が多く施されている。
私の兄と同学年の彼は、首席でサンクリザンテ学園を卒業。その魔法の腕を見込まれて、今は魔導師として城に仕えている。この国で一番の魔導師と言っても差し支えないだろう。
そんなグレイ様は私にとって良き先輩であり、魔法の師匠でもある。
空になったグレイ様のお皿を下げ、おかわりのビーフシチューを入れて再び彼の前に置いた。
「オレもおかわり! 店長!」
テーブル席にいるチセさんから、声が上がる。
彼は空になったお皿をカウンターまで持ってきてくれた。それを受け取っておかわりをよそう。ほどよく煮込まれたシチューの香りを嗅ぎながら、お皿を彼に手渡す。
チセさんは、真っ青な髪と瞳を持つ大柄の男性で、頭には犬の耳がついている。厳密に言えば、それは狼の耳。おしりには真っ青で大きな尻尾もある。それらは狼の獣人族の特徴だ。彼はこの最果ての街を隣国の荒くれ者達から守っている、獣人傭兵団の一人。
チセさんがシチューの匂いを嗅ぐと、もふもふした彼の尻尾が上機嫌に左右に振れた。
「ローニャ。さっきも話したが、悪魔の魔力で負の感情が増幅しないよう、治療魔法は負の感情が高まると強制的に眠りに落ちるよう作用する。君の場合、怒りや憎しみが高まることはないだろうが、悲しみや恐怖に対してもこの副作用は起きる。だから充分――」
「気を付けて休めってことだろー? お嬢、うとうとしてるけど聞いてるって。オレ達だってさ。な? ラクレイン」
グレイ様の言葉を遮ったのは、彼の右隣に座るリュセさん。彼も獣人族の傭兵で、キラキラした純白の髪の間から生えているのは、黒い模様のついたチーターの耳。後ろでは、同じく純白の太くて長いチーターの尻尾が揺れている。モデルのようにスラッとした体形で、外見も王子様系のイケメンだ。
彼は私の真後ろに立つラクレインに、同意を求めるように視線を投げかけた。
ラクレインは人に近い姿に変身しているけれど、その正体は私と契約している幻獣だ。
一見、白くてふわふわした服に身を包んでいるように見えるが、よく見れば頭から伸びた真っ白な羽根が胸元を覆っているのだとわかる。両腕はとても大きな翼の形で、床に垂らした長い尾はライトグリーンからスカイブルーに艶めいている。
「もう眠ったらどうだ?」
ラクレインは私の瞳を覗き込んで口を開いた。
「ラクレインの言う通りだよ。片付けは僕らでやるから休みなよ、ローニャ。喫茶店はしばらく休店」
ラクレインの瞳をぽけーっと見つめていると、別の声が聞こえてきてそちらに顔を向ける。
声の主は、グレイ様の左側に座っているセナさん。緑の髪と瞳を持つジャッカルの獣人で、ピンと立った大きな耳と、もっふりとした尻尾が特徴。小柄で物静かな雰囲気の彼もまた、傭兵団の一人だ。
「でも……」
「ほら。二階に戻るぞ」
片付けをさせては申し訳ない。それに何より、まだここでまったりしていたい。
そう思うけれど、ラクレインの翼に身体を抱え上げられてしまう。こうなっては、逆らえる気がしなかった。
「えっと……では、お言葉に甘えて……」
「ああ、ゆっくり休め」
低い声を発するのは、チセさんの向かいに座っていたシゼさん。彼は黒い獅子の獣人で、チセさんと同じくらい大柄だ。
私は彼らに力なく微笑んで、うとうとしつつも頭を下げた。
するとカウンターの上で食事をしていた蓮華の妖精、ロト達が私のお腹に飛び乗ってくる。一緒についてきてくれるようだ。
ロトは二頭身で、頭の形はまるで蓮華の蕾のよう。ぷっくりとした胴体からは、小さな手足が生えている。ライトグリーン色の肌をしていて、ペリドット色の瞳がつぶらで可愛らしい。触ると、マシュマロみたいにふわふわしている。
私は、ラクレインの操る風によって二階へと運ばれた。
二階の部屋の真ん中にあるのは、シングルベッド。窓際にはグリーンのソファーが一つと、その隣に机が置いてあるだけのシンプルな内装だ。
そこに立った私は、少しの間ぽけーと部屋を眺めた。
「どうした? 眠らないのか?」
「んー……」
寝る前にしないといけないことがあったはず。それがなんだったか考えようとするけれど、眠気が襲ってきて、立ったままなのに眠ってしまいそうになる。
そうだ、お風呂に入らなければ。
「お風呂に入ります」
私はラクレインにそう言って、小さなバスルームに入った。
バスタブにお湯をはり、ラベンダーの入浴剤を入れると、甘い香りが広がる。これを入れた湯に浸かると、肌がしっとりすべすべになるのだ。
リラックス効果のあるラベンダーの香りに、ますますうとうとしてしまう。そんな私を眠らせないように、バスタブの縁にいるロト達が一生懸命声をかけてくれる。そのおかげで、なんとかお風呂から上がって寝間着に着替えられた。
バスルームから出て、待っていたラクレインに風で髪を乾かしてもらう。心地いい温風が、私の白銀の長い髪を舞い上げていく。
その間、私は半分寝ていたようなものだったけれど、完全に乾くまでは枕に顔を埋めないように頑張る。そして、温風がやむとともにベッドに身を沈めて目を閉じた。
そのまま夢の中へ旅立とうとした時、下の階から話し声が聞こえてきた。はっきり聞き取れないけれど、何やら賑やかだ。つられて私も楽しい気分になってくる。クスクスと笑っていると、ラクレインの翼で頭を撫でられた。ふわふわ。
そっと目を開けばそこにはロト達がいて、私をじっと見つめていた。
「こんな有様では、ロト達のお手伝いができませんね……」
私は精霊の森の主・オリフェドートと契約しているので、そこに棲む妖精達と協力関係にある。もちろんロト達とも互いに助け合う契約だ。いろいろと手助けしてもらう代わりに、彼らが世話をしている蓮華畑での仕事を手伝うことになっていた。
とはいえ、ここで暮らし始めてから、まだ一度しか手伝いを頼まれたことはない。喫茶店を開いたばかりだったので、私が新しい環境で落ち着くまで待っていてくれたみたい。
そういえば前にロト達の蓮華畑を手伝った時、少し困った出来事があったのよね……。私はその時のことを思い出しながら、眠りに落ちていった。
2 永遠の片想い。
――ロト達のお手伝いをしたのは、少し前のこと。
その日も、いつもと同じように、お店の開店準備を手伝ってくれたロト達と一緒に、まったりと朝食を取っていた。
朝食は、アボカドを使ったメニュー。精霊の森で果物を育てているロト達が、とびっきり美味しいアボカドを持ってきてくれたのだ。
食べやすいように切ったアボカドを器に盛り付けて、甘いミルクをありったけ注ぐ。アボカドは美容にもよく、甘くとろけて美味しい。
ロト達も満足げに笑みを浮かべている。一緒に作ったサラダも食べて、ご馳走様。お礼のケーキを渡してロト達を見送ったあと、私は店を開けた。
まったり喫茶店は、開店直後から慌ただしくなる。その日もあっという間に朝食とコーヒーを求めるお客さんで席が埋まった。
店の席は少ないけれど、大抵は「相席しましょう」とお客さん同士で声をかけ合ってくれる。仕事前にコーヒーだけを求めて立ち寄ってくれるお客さんもいるので、待たせないように急いで対応した。
「やっぱりローニャちゃんのコーヒーが一番だな。これなしでは仕事ができないよ」
この時間に多い男性のお客さん達は、よくそう言ってくれる。気に入ってもらえて何よりだ。
「ありがとうございます」
私はにっこりと笑ってお礼を言った。
九時を過ぎてブランチタイムになれば、女性のお客さんのほうが多くなる。彼女達のほとんどはケーキをご所望だ。
お店で食べるお客さんだけでなくテイクアウトのお客さんもたくさんいるので、忙しくて目が回るけれど、笑顔で美味しいと言ってもらえると苦にならない。お客さんは皆いい人ばかり。
やっとお客さんの出入りが落ち着き始めた頃、ケーキの予約注文をしてくれた常連さんが来た。金髪を百合の花の髪留めでまとめた少女は、サリーさん。そして彼女と仲良しのケイティーさんとレインさん。素敵な男性に見初められたいと、婚活中の三人組だ。
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