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2巻

2-3

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 疑問形ではあったが、誰かに向けられた言葉ではない。レクシーは、自分の考えを整理するように言葉を続けた。

「だからあんな手紙が……?」
「レクシー? なんの話だ?」

 一人頷きながら呟くレクシーに、シュナイダーは問いかける。しかしレクシーはその問いに答えず、ギンッとシュナイダーをにらんだ。

「……なんであれ、わたくしは許さないわ!」

 その言葉を最後に、馬車には重苦しい沈黙が広がった。そのまま誰も口を開くことなく、馬車はロナードの家に到着した。
 ローニャの祖父ロナードは、三人を丁寧に迎えた。特にレクシーには、久しぶりだと温かい笑みを向けてくれたが、ローニャの居場所を尋ねると、彼はゆっくり首を横に振った。そしてローニャのためにも居場所を教えることはできないと述べた。
 静かに閉められた扉の前で、レクシーはショックのあまり放心する。自分にまでそのような対応をされるとは、微塵みじんも思っていなかったのだ。
 やがてレクシーは険しい表情を浮かべ、シュナイダーに平手打ちをしようとする。ヘンゼルが慌ててそれを止めた。

「あなたのせいよ! シュナイダー!!」
「そうだ! シュナイダーのせいだ!」
「なら止めないで、ヘンゼル!!」
「でも、暴力はやめよう!」

 ヘンゼルは、金切り声を上げるレクシーをなんとかなだめる。レクシーは落ち着きを取り戻したところで、決意したように呟いた。

「こうなったら……精霊オリフェドートに、会いに行くしかないわ。彼なら、ローニャの居場所を知っているはずだもの」
「それは無理だよ、レクシー嬢。あの森は、オリフェドートから許可をもらった人間じゃないと入れないだろう?」

 精霊オリフェドートの森に入る許可を得ている人間は、二人しかいない。一人はローニャ、もう一人は――

「グレイティア様に頼むのよ。そもそも、最初にオリフェドートと契約を結んだのは彼だもの。オリフェドートだって、グレイティア様から頼まれたらローニャの居場所を話してくれるかもしれないわ」

 魔導師グレイティア。
 ローニャの兄と同学年の彼は、首席でサンクリザンテ学園を卒業した。その魔法の腕を見込まれて、今は魔導師として城に仕えている。

「あー……それなら、もうオレが聞いたんだ……精霊は、グレイティア様にも教えてくれなかったそうだ」

 ヘンゼルは気まずげな様子で言う。その言葉に、シュナイダーも続けた。

「教えてくれていたら、とっくに国王陛下も知っているさ」
「……なら、オリフェドートの森へ連れていってもらいましょう。直接頼むわ」
「いや……オレも同じことを頼もうとしたんだが……彼、昨日から休みをもらっていて、あと数日は帰ってこないらしい」

 ヘンゼルからもたらされた情報に、レクシーが固まる。ヘンゼルは慌てて、彼女をなだめようとした。

「彼、激務が続いていて、やっと長い休みをもらえたらしいんだ。こればっかりは、ね? 仕方ないよ」

 しかし――

「暗殺してやるシュナイダーーーー!!」
「なんて物騒なことを言うんだ! 落ち着いて、レクシー嬢!!」

 ヘンゼルの努力もむなしく、レクシーの怒りは再び爆発してしまったのだった。



   第2章 ❖ 精霊と魔導師。


    1 精霊の森。


 食後のケーキやコーヒーをそれぞれ楽しまれていた、獣人傭兵団の皆さん。その様子を微笑ましく眺めていた私だけれど、突然、皆さんに緊張感が走り、空気がピンと張りつめた。
 目を見開き、純白の耳を逆立さかだてているリュセさん。長い尻尾はピンと立ち、ボワッとふくらんでいる。怒っているというより、警戒している様子だ。
 チセさんは鋭利なきばき出しにし、怖い顔になっている。シゼさんも、琥珀色こはくいろの目を鋭く細め、窓をにらんでいた。セナさんは他の三人ほどピリピリした空気を出していないものの、目線を素早く動かして周囲を警戒している。
 その時、グルル……という低いうなり声が聞こえた。誰のものかは定かじゃないけれど、全員が臨戦態勢になっているみたい。
 一体、どうしたんだろう。
 ぴりぴりした皆さんの空気に困惑していると、リュセさんが目にもとまらない速さで店を飛び出した。扉のベルが揺れて、カランカランカランと三回鳴る。
 それからすぐにリュセさんは戻ってきて、いつもの口調でこう言った。

「お嬢。得体の知れない匂いがする、このあっやしーい奴、知ってるー?」

 そして、リュセさんが勢いよく店の床に突き倒したのは――

「何をする! 無礼者め!」
「あ? こそこそのぞいてるほうが無礼だろうが」

 どうやら、の気配を感じて皆さんは身構えていたらしい。慌てて説明しようとするけれど、私が口を開く前にチセさんが物騒なことを言い出す。

「店長に付きまとってるなら、ボコボコにしてやろうか?」
「ま、待ってください! チセさんもリュセさんも!」

 私は床に倒れ込んだ彼に、そっと手を差し出した。

「大丈夫ですか?」

 私の手を取ったのは、枝そっくりのしなやかな指を持つ手だ。その手は若々しい緑色をしていて、しっとりと冷たい。
 彼は、ゆっくりと立ち上がった。二メートルを超える長身で、頭には鹿の角に似た立派な白い枝の飾りが付いており、大きな王冠を被っているようにも見える。長い髪は蔦色つたいろつやめき、瞳は美しいペリドット色。
 それまで不機嫌そうに顔をしかめていた彼は、ぱぁっと笑みを咲かせた。

「我が友よ!」

 その瞬間、瑞々みずみずしい森の香りがあたりに満ちた。

「我が友こそ、大丈夫なのか? 体調を崩していたのだろう? 薬を飲んだとはいえ、もうしばらく休めばよいではないか」
「いえ、おかげさまで治りました。薬草をロト達に持たせてくださって、ありがとうございました」
「我が友のためなら、構わん! ……だが、病み上がりの中、こんなに無礼な客の相手をしていて、本当に大丈夫なのか?」

 彼は、とがめるような視線を獣人傭兵団の皆さんに向ける。するとリュセさんもチセさんも喧嘩腰になり、「あぁん?」とすごんだ。

「誰だよ、お嬢! コイツ!」

 そう問いかけながら、尻尾を乱暴に振り回すリュセさん。他の三人も、険しい表情で彼を見つめている。私は苦笑しつつ、リュセさんの疑問に答えた。

「妖精ロト達が住む森の主――精霊オリフェドートです」

 そう、彼こそが精霊の森の主。緑を守り、豊かにする者。彼の力が及ぶ場所では、必ず植物が芽吹く。カラカラの砂漠にだって、森を作り出せる偉大な精霊なのだ。
 先ほどリュセさんは、オリフェドートから得体の知れない匂いがすると言っていた。私にとっては瑞々みずみずしい、清らかな森の香りに感じられるけれど、獣人達の嗅覚ではそう感じるのかもしれない。
 私の言葉に、リュセさんは驚いた様子で呟く。

「こいつが、精霊……? 案外普通なんだな。もっとデカいのを想像していた」
「今は、人間に合わせた姿になっているんです」
「え? これで変身してんの? ぶはっ! 下手くそ!」

 リュセさんは、お腹を押さえて笑い出す。
 だけど、これは仕方のないこと。獣人は、生まれつき変身能力を持っている。二足歩行の獣人、獣と人の特徴をあわせ持つ半獣、そして人間の姿に変身することができる。けれど精霊や幻獣は、彼らのようにはいかないのだ。
 精霊オリフェドートは、険しい表情で口を開いた。

「粗暴なけもの風情ふぜいめ。こんな客を相手にしていて、本当に大丈夫なのか!? 我が友よ!」

 すると、リュセさんがすかさず声を荒らげる。

「なんだと、この精霊野郎が!」
「精霊をうやまわぬか!」
「オレがうやまうのは、ボスだけだ!」
「これだから獣は好かん!」


 オリフェドートはそう言って嘆く。
 ボスというのは、獣人傭兵団のリーダーであるシゼさんのこと。
 ――シゼは僕達の兄であり、父であり、王なんだ。
 以前、セナさんがそう言っていた。きっとリュセさんも、心からの尊敬を向けているのはシゼさん一人なのでしょう。

「こんな粗暴な傭兵団が常連だなんて、やはり心配だ。店をたたみ、我の森に住もう。な?」

 すがりつくように誘ってくるオリフェドートに、苦笑をらしながら答える。

「まったく乱暴ではないですよ。今のところ、お店をたたむつもりはありません。ただ、もし兄に見つかってしまった時にはお願いします」

 私とオリフェドートのそんなやりとりを聞き、シゼさんは目元を和らげた。オリフェドートの正体がわかり、警戒を解いたらしい。そのまま腕を組んでソファに背を預け、ゆっくりと目を閉じる。どうやらお昼寝をする気のようだ。
 一方、チセさんはまだ警戒していて、身体を丸めながらオリフェドートをにらんでいる。
 セナさんのほうは、興味津々きょうみしんしんにこちらを眺めていた。まるで観察するような目付きだ。

「……随分ずいぶんその精霊と親しいようだけれど、どういう関係なの?」

 セナさんにそう問われて、焦りが走る。

「ロト達と仲が良いのも、不思議だったけど……妖精や精霊とこんなに親しいなんて、ただごとじゃないよね?」

 ……セナさんがものすごく怪しんでいる。
 獣人傭兵団の皆さんには、私が貴族の令嬢だったことを内緒にしている。すなわち、ロト達と契約を結んでいることも話していない。妖精や精霊と魔法契約を結ぶとなると、それなりに高度な魔法の習得が必要となる。それらの魔法が学べるのは、貴族が通うような学園くらいなのだ。
 なんて答えるべきだろう。
 思わず考え込んでいると、オリフェドートがあっさり答えてしまった。

「我が友のローニャとは、魔法契約を結んでいる仲だ」

 ちょ、オリフェドート! 私が貴族の令嬢だったとバレるのは困ります!
 内心慌てふためきつつ、セナさんの様子をうかがう。けれど、その表情から彼の心情は読み取れなかった。
 とその時、リュセさんが不思議そうな表情を浮かべて首を傾げる。

「魔法契約って何?」
「ローニャが求めれば我が力を貸し、我が求めればローニャが力を貸す。魔法で結び付けた契約だ。いわば我々の友情のあかしだな」

 胸を張ってそう答える、オリフェドート。
 そんな言い方をしてしまったら、私が精霊を助けられるほどの力を持っていると思われかねない。
 私は、なるべく平静をよそおって補足した。

「……とはいえ、オリフェドートはとても些細ささいな頼みごとしかしないので、私が助けられてばかりいます。そもそも偉大な植物の精霊と契約を結ぶことができたのは、グレイティア様という、とてもとても腕の良い魔導師のおかげなのです」
「魔導師? ……ああ、なるほど。君の魔法の腕が良いのも、その人のおかげってことか」

 グレイティア様の名前を出すと、セナさんは納得したように頷いた。優秀な魔法の使い手の多くは、魔導師となる。どうやらセナさんは、グレイティア様が私の師匠的な存在だと勘違いしたみたい。

「……はい。彼には、たくさんのことを教えていただきました」

 あながち嘘でもないから、そういうことにしておく。
 グレイティア・アメジスト。
 兄の同級生であり、エリート達のつどうサンクリザンテ学園において学年一位を独走し続け、歴代最高の成績で学園を卒業した人。その後は城に仕え、最高位の魔導師になるのも時間の問題だ。
 グレイティア様は卒業後も学園に足を運び、特別授業をおこなってくれていた。城仕えの多忙な身でありながら、わからないことを尋ねれば、わかるまで教えてくれた親切な先輩だった。
 正直なところ、彼からは良く思われていないと勘違いしていた。兄が彼のことを目のかたきにしていたから。一方のグレイティア様も、兄同様、私が彼のことを嫌っていると思っていたみたい。
 互いに誤解していたことが判明した瞬間、私達は顔を見合わせて笑ってしまった。それからあっという間に打ち解けて、魔法契約の試験が始まると、精霊オリフェドートの森へ連れていってくれた。
 ちなみに魔法契約の試験というのは、サンクリザンテ学園が大昔からおこなっている試験の一つ。
 この世界には精霊や聖獣、幻獣、妖精がいる。彼らは人間に『頼みごと』をしてきて、それを叶えると力を貸してくれる。頼みごとの内容はさまざまだ。
 彼らと契約すると、力を貸してほしいとこちらからお願いできるようになるし、逆に彼らの頼みごとを叶える場合もある。
 魔法契約の試験が始まると、生徒達は精霊のもとへ向かう。精霊の中には、貢ぎものさえすれば契約をしてくれる者もいるので、思いのほか簡単に魔法契約を結ぶことができる。そして試験が終わると、ほとんどの生徒はその契約を破棄してしまうのだ。一度契約をすると、精霊達は気ままに頼みごとをしてくる。何かと忙しい貴族達は、それをわずらわしく思うようだ。
 寛大な精霊達は、身勝手な人間達を意にも介さないが、私は敬意が足りなすぎると思う。
 精霊達と魔法契約を結ぶ以上、きちんと誠意を示し、認めてもらい、その後も責任を持って関係を築いていくべきだ。
 精霊達の中には、オリフェドートのように、人間への信頼をすっかりなくしてしまった者もいる。試験に合格するためだけに契約を結び、試験が終われば契約を破棄する――そんなことを繰り返してきたのだから、当然だ。
 グレイティア様は、何日も何日もオリフェドートのもとに通って誠意を認めてもらったそうだ。だから私も彼のもとに幾度も通い、やがて信頼を得て契約してもらうことができた。
 そして今も、彼らとの契約を維持している。オリフェドートを始め、森の住人達にはたくさん助けてもらっているもの。これからもずっと、彼らには誠意を示し続けるつもりだ。

「そうだ、我が友よ。体調に問題がないのなら、頼みごとを引き受けてほしい。至急、我が森に来てくれぬか?」

 オリフェドートが、にこりと私に笑いかける。私は、もちろん頷いた。

「はい。ただ、もう少し待っていただけますか? 獣人傭兵団の皆さんがお帰りになるまで――」

 今は、まったり喫茶店の営業時間内。せっかく来てくださった皆さんを追い出すわけにはいかない。
 だからそう答えたのだけれど――

「何をするのか知らないけど、オレも行くー」
「僕も行くよ。オリフェドートの森、見てみたい」

 リュセさんもセナさんも、付いてくると言い出した。すると、オリフェドートが眉間みけんしわを寄せる。

「なっ……それでは、我の計画が……」
「あ? なんだよ? オレ達が行っちゃいけない理由でもあるのか?」

 リュセさんにからまれ、ますます表情が険しくなるオリフェドート。
 でも、できれば彼らを同行させてほしい。とても美しい森だから、是非とも見てほしいのだ。

「皆さんも一緒に……駄目ですか?」
「ほら、お嬢もこう言ってるだろー?」
「……許可してやる。だが、態度を改めんか、貴様」

 しぶしぶではあるものの、許可を出してくれたオリフェドート。私は満面の笑みを浮かべた。

「チセさんとシゼさんは? 行きませんか?」

 いまだにこちらをにらんでいるチセさんと、ソファに身を沈めているシゼさん。
 チセさんは、目を閉じたままのシゼさんの様子をうかがいつつ、「……ボスと留守番しといてやるよ」とぶっきらぼうに答えた。
 ……シゼさんが来るなら、チセさんも来てくれそう。だけど、シゼさんはお昼寝を堪能たんのうしたいみたいだ。
 私は少し考え込みつつ、こんな提案をしてみた。

「あの、シゼさん。お昼寝をするなら、オリフェドートの森におすすめの場所があります。ぽかぽかの日向ひなたで、ベッドよりもふかふかした草原なんです。そこで眠ると、とっても気持ちが良いですよ」

 すると、シゼさんがゆっくりと目を開けた。そして、ソファから腰を上げる。
 次の瞬間、チセさんはパッと目を輝かせて、ブンブンと青い尻尾を振った。お散歩に連れていってもらえるのを喜ぶ犬みたい。
 ふふ、チセさんもオリフェドートの森に行きたかったんですね。

「……なぜこうなる」

 そう呟いたオリフェドートに、私は首を傾げながら尋ねる。

「何か、問題が?」
「……いや、まったくない」

 しぶしぶといった様子のオリフェドートだけれど、獣人傭兵団の皆さんを拒絶するつもりはないみたい。精霊の森には、以前、レクシー達を連れていったこともあるしね。

「好きにするがいい。だが、我が森を荒らすような真似をしたら、容赦はせんぞ」

 ギラリと瞳を光らせて、オリフェドートは警告する。
 人間ならば、畏怖いふの念を抱かずにはいられない精霊の警告。だけど、皆さんは顔色一つ変えず、いつも通り。恐れ知らずのもふもふ傭兵団だ。
 オリフェドートが腕を広げて大きく回すと、白い羽織はおりが無数のちょうに姿を変えて舞い上がった。その白いちょう達は店の扉の前に集まり、光の柱となる。
 これは移動魔法の一種で、ここをくぐればオリフェドートの森へ行ける。
 オリフェドートは、一足先にその光の柱をくぐっていった。
 私も店内を軽く片付けて戸締まりをし、光の柱へ向かおうとする。だけど、背後から手首を掴まれ止められてしまった。私を引きとめたのは、緑のもふもふの手――セナさんだ。

「本当に行くの? オリフェドートの森――そこには、人嫌いの幻獣がいるって聞いたことがある。森の主と契約しているとはいえ、大丈夫なの?」

 そんなことまで知っているなんて。私は、驚きに目を見開いた。
 ……なるほど。セナさんが同行を申し出てくれたのは、私を心配してのことだったんですね。
 私は、彼を安心させるべく笑みを浮かべる。

「その幻獣の名前は、ラクレインです。確かに彼は人嫌いなのですが、怪我をしているところを助けて以来、私には心を開いてくれています」

 幻獣は、よほどのことがない限り、人には懐かないという。だけど私は、怪我をしたラクレインを助けたことで、あっさり契約を結ぶことができた。
 もっとも、ラクレインは私と契約を結んだ今でも人間嫌いで、特に貴族を忌み嫌っている。

「お嬢は、猛獣を手なずける天才なの?」
「えっ」

 リュセさんがそんなことを言うものだから、返答に困ってしまう。猛獣というのは……自分達のことも含めているのでしょうか。

「なぁ、行くならさっさと行こうぜ? ……ところで幻獣って強いのか?」
「……暴れてはだめですよ? チセさん」
「つーか、これ安全なのかよ? くぐってみれば、別の場所に繋がってるとかいう魔法なんだろ?」

 頭に何かがのしかかり、チセさんの声がやけに近くから聞こえる。どうやら彼は、私の頭にあごを乗せているようだ。大型犬にじゃれつかれた気分。もふもふしてもいいですか?
 胸をときめかせた次の瞬間、チセさんはリュセさんによってどかされた。かわりに、リュセさんが私の肩に腕を回し、もふもふの顔で頬擦りをしてくる。
 ふわわっ!

「お嬢の魔法なら信用できるんだけど」
「だ、大丈夫ですよっ、リュセさん。精霊の力は保証します。さあ、行きましょう」

 リュセさんのスキンシップにドキドキしつつ、私は皆さんをうながして光の柱に足を踏み入れた。
 その瞬間、空気が変わる。
 やがて私達を包んでいた光がゆっくりとほどけていき、視界に緑が飛び込んでくる。
 それは、とてつもなく美しい森。ジャングルと称したほうがしっくりくるほど木々が生い茂り、空までもおおい尽くしている。その葉の隙間からは、キラキラした陽光が幾筋も射し込み、森を穏やかに照らしていた。
 どこからともなく風が吹き、葉のこすれ合う音が聞こえる。とても心地の良い音だ。
 私は深く息を吸って、澄んだ空気を味わう。
 後ろを振り返ると、獣人傭兵団の皆さんがオリフェドートの森に圧倒されていた。リュセさん、セナさん、チセさんは口をあんぐり開けていて、ポーカーフェイスのシゼさんも驚いた表情だ。
 この森の主であるオリフェドートは、大樹の太い枝に腰かけて、私達を待っていた。木の根っこにも似た足が、プラリと垂れている。獣人傭兵団の皆さんの反応に満足したらしく、誇らしげな笑みを浮かべていたものだから、私もつられて笑みを深めた。

「ようこそ、我が森へ」

 オリフェドートは、獣人傭兵団の皆さんに向かって歓迎の言葉をかける。


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