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二章・多忙な学園の始まりは、恋人と。
66 我が家に想い人のお出迎え。
しおりを挟む今日、家族に打ち明けたことを情報共有して、それから眠ることにした。
「おやすみ」と言い合って、通信を切る。そして、枕に頭を沈めて、瞼を閉じた。
二日の野宿。ルクトさんの存在に安心しきってほぼ熟睡していたけれど、慣れた寝室のベッドは格別の安心感だ。
明日の予定を頭の中でおさらいしては、眠りに落ちた。
翌朝。
お父様とお母様、そしてネテイトだけとテーブルを囲んで朝食。
メニューは、昨日の下級ドラゴンのお肉が使われている。
ベーコンとパストラミ風に仕上げた燻製肉料理とオムレツとパン。
シェフ長が、ベーコンとパストラミで分けてはいるが、小さい方がタンだと説明をしてくれた。
その後も何か、これからの調理について語られた気がするけれど、よく聞かないまま、舌鼓。
「そうでした。今日、ルクトさんも同行することになりましたの」
ハッと我に返って、ルクトさんがお付きに扮して心配だから護衛としてそばにいたいという希望から連れ回すということを報告。
「時間がずれますが、お父様達が望むのなら、ルクトさんに早く来てもらって、一目会っておきますか?」
「いや、無理しなくていい。早く会っておきたい気持ちはあるが、一目では足りないだろう。しっかり腰を落ち着けて、じっくり話さなければ」
わりと力を込めた声に聞こえたのは、気のせいだろうか。
「それから、お母様。実は以前から、ルクトさんが考えていて、かなり乗り気だって言っていたのですが……自分の記録を上書きしてほしいと」
「そうだったの?」
「はい。それで、ギルドマスターに、飛び級制度のようにランクアップをする特例処置を話す機会を窺っていたのです。昨日のことを報告したら、すぐにでもギルドマスターの元に突撃しようとしていたので、止めましたわ」
「特例処置! そう……可能なのかしら?」
「わかりませんが、ルクトさんもお母様と同じく、遊びじゃなく本気で、軽んじられないように実力を示すなら、難関な条件や試験内容を公にして、クリアする私の実力を堂々と見せ付けるべきじゃないか、と」
お母様にそこまで話すと、ギッと目を鋭くされた。
「それによって、私も過労で倒れることもなくなるのではないかと」
「それがいいわね! ねぇ!? あなた!?」
やはり、お母様とルクトさんは気が合うかもしれない……。
「いや、それは、どうなんだ? 私が知らないように冒険者ギルドが貴族などに屈しないという認識はそれほどないのだから」
「それもついでに示せばよくなくて? 無理難題のような試験内容を大々的に公開して、いかにリガッティーが普通の枠には収まらない実力か、その特例処置が適応されるからこそだと、軽んじられないように見せ付けられるではないじゃない!」
「無理難題……義姉上の負担が減るというなら、それがいいと僕も思いますが……」
懸念を抱くお父様に、押しの強いお母様。
無理難題というハードルの高さに心配しつつも、ネテイトも二重生活による過労の軽減のためならと賛成をする。
「では、それも帰りはギルドマスターに確認しましょう」
「い、いえ、それは、ギルドマスターも大規模な『ダンジョン』調査の指揮もしないといけないでしょうし、せめて私の新人指導が終わってから、考えてもらってはいかがでしょうか?」
「何を言っているの? 最速ランクアップを目指しなさいと言ったはず。ならば早急よ。新人指導はSへのランクアップ条件で必要だから当然こなすべきだけれど、その直後には最速ランクアップのための特例処置による試験を始めればいいじゃない。それまでギルド側だって、じっくりと試験内容を考えておきたいでしょうに」
やはり、お母様とルクトさんは気が合うかもしれない……気が早すぎる。逸りすぎ。
「私達の一番の敵は時間でしょう!? 挑み勝ちなさい! 時間に!」
「はいっ。仰る通りですわ!」
押し負ける勢いで返事はしたけれど、本当に時間と勝負だ。
私も30日の新人指導をルクトさんに終えてもらって、Sランク冒険者になってもらい、爵位授与へ動く。
他国に注目を浴びないように、水面下で進めてもらう。慎重に動くこともそうだけれど、あとは本当に時間との勝負となる。
とんとん拍子で上手く進めても、やはりそう長く息を止めて、水の中で潜められるのも限界。
時間短縮が出来るなら、積極的にそうすべき。
私のランクアップも最短という手段で、記録の塗り替えをするなら、すぐに準備をしてもらう方がいい。
……今年は、忙しくなるわね。
「失礼、旦那様。ルクトさんという方は、リガッティーお嬢様を指導する冒険者であり、想い人と窺ってはおりますが……我々は、どうおもてなしをしましょうか?」
会話が途切れた隙を狙って、家令が一礼しながら、お父様に確認。
昨日のうちに、使用人の中でも立場が上の家令達は、私の冒険者活動の許可や今まで指導していた冒険者が、私の想い人であることは、お父様から聞かされたそうだ。
「お父様達と会わないなら、ルクトさんとは、別の場所で合流するわ」
「着替えが必要だろう? 少々会わせてやれ、リガッティー。春休みから、大事なお嬢様を冒険に連れ回していた男の顔ぐらい、拝みたいだろう」
「……はい」
お父様が、意地悪に笑った。
家令達はしれっとした顔をしているけれど、内心では、ルクトさんをどんな気持ちで迎えるつもりだろうか。
……下級ドラゴンのお肉により、シェフ達は感謝しているけれど、それがルクトさんにも傾けられるといいけど。
「では、食後の紅茶の前には、一同を玄関ホールへ集めなさい」
「かしこまりました、奥様」
お母様の言葉に、家令はまた一礼した。
この屋敷内を仕切るのは、基本的にお母様だ。使用人の管理も、侯爵夫人の務めの一つ。
「それでは、ルクトさんにも、予定時間より早く、我が家に来るように頼みますね」
ルクトさん。
急遽、我が家へ、招待。
ヘイトが溜まっているかもしれない使用人とご対面だ。
一瞬だけ、『ダンジョン』行きの阻止に敷地内に入ったから、目撃者もいるだろうけれど、初対面だ。
まったりと紅茶を啜ったあと、お母様と一緒に階段を上がって、踊り場で足を止めた。
下の玄関ホールで、使用人一同が集結。
お父様が指示したらしく、玄関扉を大きく開いて、我が家の騎士団も大半が注目している。
「今日は、緘口令を敷いた下級ドラゴンの討伐の件を、リガッティーの功績だということを伏せてもらうべく、王城へ行くわ。皆もご存知の通り、リガッティーは冒険者活動をしていて、あなた達には無断外出で困らせたわね。謝りなさい、リガッティー」
「……心労をかけてごめんなさい、皆さん」
「今後、冒険者活動については、公認するわ」
私が胸に手を当てて、心を込めての謝罪を伝える。
すぐにお母様が決定を告げるから、ざわっと動揺が走った。
まさかの冒険者活動が認められるとは思わなかったのだろう。
「実は、リガッティーは冒険者活動の指導者である冒険者に、恋をしてしまったの」
ざぁあわぁああっ。
物凄い動揺が、大波のように広がっていく。物凄い……。
「もちろん、王族との婚姻も保留中だったため、節度は守っていたわ。でも、例の無断外泊の間に、想いを伝え合い、交際を承諾、現在恋人関係にあるの」
愕然とした様子で、顔色悪く立ち尽くす使用人一同。
冒険者活動をネテイトから告げられた時よりは、マシな反応に思える。
お母様が毅然とした態度で、明かしているからだろうか。こういうところで手腕の違いが出るということか。
……それとも、もう私の冒険者活動以上の衝撃には、耐性がついたとか?
「リガッティー。彼への想いと、意志表明を手短にしなさい」
「はい、お母様」
スッとお母様が一歩下がるので、私は逆に一歩前に出る。
「もう一度、心労をかけたことを謝罪するわ、ごめんなさい。私は、この春休みで出会った冒険者のルクト・ヴィアンズさんに想いを寄せているの。彼との冒険が傷心を癒してくれたわ。そんな彼を生涯の伴侶と決めたから、交際を始めたの。今は恋人関係であるけれど、これからも困難を乗り越えて、添い遂げる意志も固めていると伝えておくわ」
ニコ、と私は笑みでそう告白を伝えた。
侍女の二人と、メイドの二人が、手を取って握り合っている。倒れないだけマシね……。
手短にと言われたので、私は一歩下がって元の位置に戻った。
「リガッティーの意志は固いわ。まだルクト・ヴィアンズさんとは会っていないから、正式な答えは出していないけれど、ファマス侯爵家はリガッティーの意志を尊重する。覚えておくように」
前に出たお母様は、命令口調で告げた。
ファマス侯爵家の決定を。
「今日、そのルクト・ヴィアンズさんが来るので、自分達の目で見定めておきなさい。出迎えだけでいいわ。最上級のおもてなしを。始めてちょうだい」
まだ衝撃を受けた戸惑いを抱えながらも、家令や侍女長の指示を受けて、ファマス侯爵家の使用人一同は動き始めた。
私も一度部屋に戻って、ルクトさんへ連絡。
きっとギョッとしたであろうルクトさんも、戸惑いを抱えたに違いない。でも、来ることは決定事項なのである。それを言わなくても、ルクトさんは我が家のお出迎えを受けると決めた。
例の案件のために、王城へ向かうお父様とお母様を、皆で盛大にお見送り。
「あら? リィヨンは残るのね」
「はい。自分はルクト・ヴィアンズさんと軽くお話をしたら、王城へ迎えに行くような形となりました」
次はルクトさんのお出迎え準備に入る中、リィヨンに気付いて、尋ねた。
お父様の代わりに、一足先にリィヨンが会って見定めておくのね。
「敵認定されないといいわね」
「脅さないでくださいよ……」
ルクトさんの恋敵かどうか。リィヨンだって見定められるのだろう。
リィヨンは苦い顔で、自分のお腹を痛そうに擦った。
「失礼、お嬢様。王妃様からのお手紙です」
ほぼ両親達とすれ違いで、王妃からの手紙が到着。
「急ぎ?」
気が付いたネテイトが、登っていた階段を降りて、スゥヨンを連れて引き返してきた。
「さぁ? 急ぎの呼び出しだとしても、せいぜい明日でしょう。多分、王妃教育の一環で知った情報の口止めのための契約書についてだと思うわ」
家令が一緒に持って来てくれたペーパーナイフで、内容を確認。
「……本当に、明日の呼び出しだったわ」
半分、冗談だったのにな……。
明日の予定が、決まってしまった。
「義姉上……忙しいにもほどがあるのでは?」
「心配ありがとう、ネテイト。でも、この程度はこなさないと。今日も明日も、以前の婚約のお片付けにすぎないもの。お片付けは必要でしょう?」
仕方ないと眉を下げた笑みを返して、肩を竦める。
立場上で必要なことはやらなければいけない。
「ネテイトこそ、どうなの?」
「はい? 僕が何?」
「第一王子の側近という立場がなくなったでしょう? あなただって進路が変わってしまったのだから、何か考えてないの?」
一緒に肩を並べて、階段を上がった。そして、途中の踊り場で足を止める。
「いや、僕はファマス侯爵家の仕事に専念するだけでも十分だし、何か考えたとしても、義姉上の助けが今は優先じゃないか。第一王子の側近も、ある意味、義姉上の手助けにもなるから、一緒にこなしていたようなものだし」
「テオ殿下は? 第二王子の側近は、視野に入れてない?」
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「テオ殿下だって喜びそうじゃない? あと、次期宰相なんてどう?」
「はっ? なんで宰相が、僕の進路の候補に挙がるんだよ?」
ポカンと、ネテイトは口を開けた。
「捏造証拠を集められたハールク様を論破しては、ちゃんと誘導尋問まで気付いて、証言を得ていたでしょ?」
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それを見事、捏造だと跳ね返したのが、ネテイトだ。
「学園内だから、従者のスゥヨンもいなかったし、一人で頑張ってくれたのでしょう? そんなあなたを褒めていたじゃない。自分の後継者候補には入れてくださっているかもしれないわ」
「や、やめてよ……恐れ多い」
部外者がそう簡単に入れない学園内の証言を、ネテイト自身が地道に集めてくれた。
ちゃんと自分自身でも情報を手に入れては、真実に行き着ける頭脳は、国王の相談役も担う宰相には必要な能力となる。
ネテイトは照れて頬を赤らめて、そっぽを向くけれど…………ネテイトを褒めていたデリンジャー宰相は、本気で狙っているような雰囲気があったと思うのよね。
「それはそれは。自分の仕事が忙しくなりそうですねぇ」
「ははっ。頑張れ、スゥヨン」
スゥヨンもリィヨンも、ネテイトを眺めながら、軽い調子で笑った。
次期宰相の主人を補佐。スゥヨンも大変そうではあるが、補佐をこなしてきた一族だ。教育の賜物で優秀。こなせる自信があるからこその、余裕な態度なのだ。
「でも、ネテイト様の言う通り、リガッティーお嬢様の多忙さは心配ですね。今までは、婚約者としての公務の際は、王城の侍女が補佐していましたし……入学前までは、猛信者が勝手に補佐してましたよね、確か」
スゥヨンはネテイトと同じく心配だと、腕を組んで考えた。そして、猛信者を思い出して、遠い目で宙を見る。
「家では必要ないのに……本当に勝手だったわ……」
はぁ、とため息をついてしまう。
「そうです、それです。リガッティーお嬢様にも、補佐をつけましょうよ。冒険中に手紙とか対応してもらわないと困るでしょう? 今まで自分でこなせるからーって、理由で断ってきましたけど、不在中に代理をこなしてくれる右腕、必要ですって」
ピッコーン、と名案を閃いたみたいに、リィヨンが人差し指を立てた。
リィヨンが言う通り、私は家ではちょっと体験程度に事業に関わった程度で、あとは王妃教育と公務の手伝いだったので、家の中で補佐の役目を担う存在は断っていた。
実際、自分でこなせたし、問題も起きてなかったから。
確かに、遠出の冒険中に、急ぎの手紙が来ていたりしたら、困るわ。
今日みたいに、前日になってやっと会いに行けると返事をするようなことは、相手も困るだろう。せめて、代わりに手紙を読んで、不在だという旨を知らせる手紙を送り返してくれるような補佐の存在が必要だ。
「そうね……流石にいてほしいわ。でも……我が家の侍女は、お母様付き。今から信用出来る人だなんて……」
問題は、どんな人物に頼むか、だ。以前、断ったこともあり、我が家に仕える侍女三人は、お母様専属で仕えている。
侍女長は、元からファマス侯爵家で仕えていた元伯爵令嬢。
あとは、男爵の出の二人。行儀見習いをしに来て、そのまま、お母様の侍女を続けることに決めた。
そういうことで、侍女は貴族身分の女性の役職だ。
もちろん、コロコロと主人を変えられても困るだろう。三人とも、あくまでお母様のお世話係。
書類仕事に関しては、微妙なところ。手紙の返信云々なら任せられるだろうけれども、やはり仕える相手は、そのままお母様にしてあげたい。
「公務の補佐をしていた侍女は?」
「だめに決まっているでしょ? 彼女も”王妃になる婚約者の私”の補佐をしていたのだから」
ネテイトに、そう答える。
王城の侍女に向かって、侯爵家に来いだなんて言えない。
公務を手伝うだけあって、彼女はかなりの優秀さんではあったけれども。
そういえば、まだ挨拶してなかったわね。元々、王妃様の侍女だったから、明日会えるだろう。お別れの挨拶をしないと。
「我が家には、代々補佐をして来た一家がいるのだから、彼に頼みましょうよ」
リィヨンとスゥヨンに目を向けると「ヒュッ」と、二人揃って喉を鳴らした。
「ティヨンがいるでしょ? 領主代理の補佐を父親と手伝っている彼に打診は?」
「「ティヨンは領地にいるべきですっ!」」
二人揃って、拳を固めて強く答える。
流石、兄弟。息が合っていると感心してしまった。
「そうなの? まぁ、魔物の群れも出た後だものね……。彼に最後に会ったのは、いつだったかしら? ああ。去年の夏に領地に行ったから、その時だったわね」
首を傾げて考えたあと、ポンと思い出して手を叩く。
忘れたことを思い出せたら、スッキリするわよね。
「それで――――なんでリィヨンとスゥヨンは、冷や汗をかいているのかしら?」
薄笑いで見据えて、尋ねる相手は、ギクリと肩を強張らせた。
見るからに、ダラダラと汗をかいている。
「ティヨンが、どうかしたの?」
「「いえ、別に……我が愚弟は……愚弟なので」」
「なんで目を合わせられないのかしらぁ?」
声を揃えるのは、本当に兄弟で息が合ってるわねぇ。
兄弟揃って、私に目を合わせられない理由は何かしら。
「もっと、あなた達の好きな私の顔を、近付けないといけないのかしら?」
「ひぃ! 凶器!!」
「言い方考えろ、リィヨン。あと、義姉上。ここ階段なんで、追い詰めないでよ。二人、落ちるから」
うん。凶器は、酷い言い様である。
ネテイトの言う通り、階段の踊り場で迫ってしまうと、転落しかねない。
我が家に癒しの光魔法の使い手はいないので、怪我は避けないとね。完治するまでお休みをしてもらう暇はない。
「ティヨンは、優秀でしょ? ちゃんと領主代理の補佐を務めていた様子だったし、力だってあなた達より上じゃない。十歳上のリィヨンですら、喧嘩で負けてたわよね?」
「む、昔の話です……」
「昔でも年齢差は変わらないわよ」
階段を上がって、二階へ。
十歳も下の弟に負けた事実は、変わらないわ。
「昔もヤンチャで、スゥヨンは喧嘩の度にボロボロにねじ伏せられていたわね」
「そうだったの?」
「昔の話ですよ……もういいじゃないですか。ティヨンには、領地の補佐という仕事がもうありますので」
昔の情けない話はやめてほしいと片手で顔を覆うスゥヨンは、ネテイトから顔を背ける。
ネテイトが来る前の話だから、ネテイトは知らなかったのだ。
「ん? ティヨンは僕が来て……二年くらいで、領地に行ったよね? スゥヨンと同じく王都学園に通ってたのに、転校なんかして」
「リガッティーお嬢様。王妃様へ、お手紙に返事を書かなければいけないのでは?」
「ルクトさんもいらっしゃいますから、早く書かないと」
「あ。王妃様への手紙、王城へ行く自分が直接お運びしますよ」
首を捻るネテイトは、一番ティヨンと関りが少ない。
そうだ。ティヨンは、私が12歳になる前に、領地へ行ってしまったのだった。
王都学園から領地の学園に転校までするなんて、よほどの理由があったのだろうか。その頃、王妃教育で忙しかった私も、理由は知らない。
尋ねようとはしたけれど、リィヨンの言う通り、王妃様へ返事を書かないと。
ルクトさんと会い次第、王城へ向かうリィヨンに、ついでがてら、持って行ってもらおう方がいいか。
私は部屋に戻って、明日行くという旨を書いた返事を封筒に入れた。
手紙と言えば、ルクトさんが希望している写真を入れるロケットペンダントみたいに、映像を玉に入れて持ち運べるような魔導道具を作ってほしいという要望を書いた手紙を届けてほしい。
冒険者ギルドへは、ドレス姿で行けないから、魔導道具専門店の店長であるファン店長の元に寄って、渡しておこうかしら。
手紙を済ませた私は、部屋に飾るためのマンサスの花を、メイド達と一緒に壁飾りを作った。
このマンサスの花は、最高に素敵な場所で告白して交際を申し込むために、選んだ道で満開に咲き誇っていたのだ。
思い出として摘んだから、いつでも思い出せるように壁に飾りたい。
そのことを素直に話せば、顔を赤らめて「す、素敵ですね」とか「ロマンチックですっ」と好感触な反応をしてくれた。
メイド達へのルクトさんへの好感度は、少しは上がっただろうか。好感度がマイナスならば、せめてゼロにしておきたい。
マンサスの花は、今が見頃の花。我が家にも一本、生えているそれは、観賞したのちに、枯れない前には摘んで砂糖漬けにする。春の紅茶菓子となるのだ。
手入れされているものではなく、野生の花だから、食べていいものかと疑問ではあったが、問題ないと庭師からお墨付きをもらったので、砂糖漬けしてもらった。
出来上がったら、ルクトさんにも分ける予定。
「それで、補佐役を探そうと思うのだけれど、あなた達の中で志願者がいる?」
補佐の存在が欲しがっている話をしたが、メイド達は手を動かしながら、困り顔になった。
「お嬢様の補佐など恐れ多いです……」
「力不足ですよ、わたし達では」
「そこは頑張って力不足を補って成長したい、とか言わないの?」
「無理ですよぉ」
クスクスと笑ってしまうけれど、この怖じ気づきようからして、メイド達の中からでは志願者は出ないだろう。
その意志が芽生えそうにもないから、潔く諦めておこう。
そうして、壁飾りを作っている途中で、ルクトさんの到着。
手を止めて、玄関へ向かう。
ホールに足を踏み入れれば、ずらりと並ぶ使用人一同が腰を曲げて、お出迎え。
歩み寄るのは、流石に気まずげな笑みで、キョロキョロする私の恋人。
爽やかさを感じさせる短さの白銀色の髪は、神秘的な艶を放つ。右の方へ流れていき、サラリと靡く。
健康的な肌色で、欠点は見当たらない整った顔。パッチリと開かれたアーモンド形の瞳は、ルビー色。
長身で細身ではあっても、頼りなさなど感じさせないスラッとした脚で歩いてくる。
私の色だからと購入したジャケットは、裏地が紫色の襟を立たせている黒。下は、珍しく白のワイシャツを着ているようだ。
黒のズボンと、ダークブラウンのブーツ姿。
私と対となっている赤い耳飾りを左の耳からぶら下げている。
遅れてやってきた私と目を合わせると、パァッと明るさをまとう。
優しげにルビー色の瞳を細めて、笑みを零す。
「リガッティー!」
「ルクトさん!」
「わっ!?」
ドレスを摘まみ上げて、私の方から足早に駆け寄って、ルクトさんの胸に飛び込んで抱き付いた。
受け止めてくれたルクトさんは、まさか私の方から抱き付くとは思わなかったのだろう。
使用人の前で抱き締めていいかどうか、迷っていただろうし、私も抱き締めたい気持ちがあったので、お構いなしでルクトさんをギュッと抱き締めた。
「リガッティー! 許可をもらってくれてありがとう! お疲れ様!」
ルクトさんもギュッと両腕で抱き締めてくれたかと思えば、腰を掴んで持ち上げてくれて、クルッと回る。
いきなりの行動に驚いてしまい、咄嗟にルクトさんの首に腕を回してしがみついた。
私のドレスが、紫色の艶を放つ黒髪とともに、舞い上がる。
「ちょっとやってみたかった」
なんてお茶目に笑うから、そのままお姫様抱っこされた私も笑ってしまった。
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