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遠出冒険で、最強冒険者と一歩踏み出す。
52 魔物の巣窟で弱肉強食。
しおりを挟むふわっと意識が、浮上する。
頭に生温かい風が当たると思い、顔を上げれば、神秘的な光りを放つ白銀色の髪の美形の寝顔があった。
悲鳴と心臓が飛び出ないように、ゴクリと呑み込んだ。
そんな音を聞き取ってしまったのか、睫毛を揺らしては、ルビー色の瞳を開く。
「――――……わっ。お、おはよ…………寝ちゃったか」
「は、はぃ……」
目を大きく見開くとバッと離れて、頬を赤らめて起き上がった。
私は声を裏返した返事をしてしまう。
「…………熟睡してしまった」
「……同じく」
朝陽が緑の葉の隙間から差し込む。
朝まで喋っていようと、肩を並べて横たわっていた。手を繋いで。
ちゃんと二人で各自の寝袋に入って手だけを出して握り合っていた。
寝袋は、ウォーターベッドかのような寝心地で、頭を置く枕は高さや硬さの調節可能。勢いよく捲るだけで、シュバッと上部が引っ込む仕様。毛布が自動的に消えてくれて、急に飛び起き上がっても邪魔にならないような便利さ。
寒ければ、少しホカホカする程度の熱を灯すことだって可能。優れもの寝袋な魔導道具。
最高なキャンプをした……。
「意外と、外でも眠れてしまうのですねぇ」
空を見上げて、ポツリと呟く。
テントの中という野営ならしたことあるけれど、こんな開放感ある場所で、無防備に熟睡出来るとは、思いもしなかった。
「いや……普通はオレも、パーティーがいても、眠りが浅くなるんだけど…………」
恥ずかしげに額を押さえて俯くルクトさんは、語尾を弱めていく。
…………つまり、互いに安心しきってしまい、熟睡してしまった……と。
昨夜は確かにたくさんの話をしていたのだけれど、日中の過酷な移動の疲れもあったわけで、うとうとしたわけだ。
ルクトさんに寝ればいいとは言われたけれど、自分だけ寝れませんと返した。
じゃあ、一眠りしたら起こして、次は自分が寝る、とルクトさんが言い出したので、ルクトさんが起こしてくれるわけがない、と言ってやったのだ。
図星だった。ルクトさんなら、そのまま朝まで寝かせてくれると思ったのだ。
そういうことで意地でも起きると言い張っておきながら、私は先に寝落ちたのだろう。
ルクトさんは一人起きて、周囲の警戒をするはずが…………寝落ちた……と。
しかも、二人して、互いの存在に安心しきって、野外で熟睡……。
「ホントはだめです。危ないので、今後はパーティーメンバーがいようとも、野外で熟睡しないように」
「わかりました。先輩」
悪い見本ということで、ルクトさんは厳しい口調で告げた。一番は自分を戒めていると思う。
本当にここだからよかったものを……いや、多分、他の場所ならもっとルクトさんも警戒心を解くことなかったのだろうけれども。
野営で見張りなしの熟睡、だめ、絶対。
朝支度をして、せっせと野営の片付け。
「ルクトさん。三つ編みって出来ます?」
「三つ編み?」
自分の髪を綺麗にするために【清浄】魔法をかけたけれど、今日もまた汚れがついて、パサパサするだろう。
それに元鉱山の『ダンジョン』に入る予定。なかなかの広さでも洞窟の中に変わりないので、砂埃はたっぷり受ける。避けられないけれど、せめてまとめて、被害を最小限にしたい。
そういうことで、ルクトさんに後ろで三つ編みにして欲しいと頼む。前みたいに肩から垂らす感じの三つ編みより、後ろでしっかりと編んでまとめてくれると気が散らないで済むと思った。
「んー、やり方は知ってるけど、やったことないからなぁ……。とりあえず、試してい?」
「お願いします」
岩に腰を置いて、後ろでルクトさんが三つ編みを始めてくれる。
「ん!? あれ、途中から間違ってる? あれれっ」と混乱しているみたいで、クスクスと笑ってしまう。
「そういえば、結局、リガッティーから香る匂いってなんなの?」
「今、髪の匂い嗅いでませんよね?」
【清浄】で綺麗にしても、洗ってないことに違いはないのだ。
やめていただきたい! そうでなくても、確認しないでいただきたい!
「知りませんよ……心当たりなら、やはり、保湿クリームの類だと思いますが……普通気にならないと思いますよ? 自分自身の匂いって気付かないとは言いますが、香水でもない限り、そう匂わないかと。ルクトさんって鼻が利きましたっけ?」
「いや、犬みたいに鼻が利くとか、そんな自覚ない。……んー、なんでかなぁ?」
「いつ、そんな匂いを嗅いだんですか? 大馬(ハスキー)で、二人乗りした時ですか?」
「その時も、匂いした。でも最初は、研究室。鑑定を覗いた時に、リガッティーの頭が近いなって思ったら、いい匂いがした」
会って二日目のことじゃないか。
どちらにせよ、香水をつけてはいない。
「王城の時でも同じでした? 嗜みとして、香水はつけて登城はしましたけど」
「え? そうだったの? ん~……どうだったかなぁ」
「こら! 嗅がないでください!」
わからなくなったであろうルクトさんが、髪を持ち上げて匂いを確認するから、慌てて阻止。
そんなやり取りをして、無事、三つ編みをしてもらった。
自分が初めて三つ編みをしたということでやや自信はなさげだけれど、ルクトさんは「リガッティーが可愛いから大丈夫」と通常運転なので、確認しなくても大丈夫そうだ。
ルクトさんがよしとするなら、私もよしとします。
「よし、んじゃあ~」
「『ダンジョン』!」
「出発~!」
気合い十分で、ルクトさんと一緒に腕を空に向かって突き上げてから、野営地から出発した。
ずっと山を登って高い位置を進んでいったけれど、これからは下山。
下山も下山で足に負担がかかり、体力の消耗も油断ならない。
特に急な辺りで魔獣にでも飛びかかれれば、ずり落ちて転倒……という危険性があると、ルクトさんに注意を受けたので、しっかり気を張った。
三時間ほどで下山し、森を抜けた先に、荒れ地のように広がるごつごつした茶色の地面の先に、『黒曜山』よりは低いけれど、横に広い山がドーンッとある。
「あれが……『元鉱山のうつろいダンジョン』……?」
私の呟きにルクトさんが肯定すると、右方面に、かつてはあった街の跡を指差して教えてくれた。
ここからでも、街の残骸ですら見えないが、この200年でもうずいぶん崩れてしまったらしい。
魔物の巣窟だと断定されて、匙を投げられた元鉱山だ。働き手はとっくにいなくなり、魔物も出てきては真っ先に襲われるのだから、住民がいなくなるのは早かっただろう。
見晴らしもいいので、ひょいひょいっと【テレポート】で移動して、あっという間に『元鉱山のうつろいダンジョン』の入り口に立つ。
掘り出した鉱石や宝石を運ぶために敷いたであろうトロッコのレールも、足元には残骸として、かろうじて形があるだけ。
そのレールの先が、大口開けた『ダンジョン』の入り口の一つ。
やはり、緊張する。
魔物の巣窟に入ることに緊張でドキマギしているのか、または『ダンジョン』というファンタジーらしい場所に足を踏み入れることに興奮して胸を高鳴らせているのか。正直、判別が出来ない。
入り口は確かに広くて、馬車が二台並んで走行しても、余裕で通れるほどだけど、暗い。
でも少し進めば、頭上に穴がぽっかり空いていて、ところどころと陽射しが差し込むそうだ。
「準備はオッケー?」
「はい。ドンと来いです」
グッと軽くストレッチをして、準備万端に構えておく。
そして、ルクトさんと一緒に、二人で足を踏み入れた。
『元鉱山のうつろいダンジョン』へ、潜る。
胸ポケットに引っかかるようにしてしっかりと留めた灯りの魔導道具により、前方で球体が発光。その発光する球体は、位置が固定されているし、目に優しくても光りは光りなので、障害物にはならない。
向きを変えれば、その方に灯りは移動するので、顔だけを振り返っても、暗い洞窟を見る羽目になるで、そこは頭に入れておかないといけない。
灯りが必要不可欠な場所の戦闘時は、ちゃんと身体の向きも考慮しての動きが必要ということ。
基本は、ちゃんと真正面から対峙する形で戦ってはきたけれど、不意打ちで暗闇から素早く来る魔物に、要注意。
予め、ルクトさんから出没する魔物の情報は聞き出していた。
私も一番近い『ダンジョン』ということで、授業でも聞いて知ってはいたけれど、知らない魔物もいるし、出没率も、やはり経験者から聞くと違う。
ルクトさんは、去年の夏前に来たのが最後だけど、近況情報でも、目ぼしいことはないそうだ。
今回、ストーンワームについての調査で、変わってくるかもしれない。
ワームは、土を噛み砕きながら進む極太蛇のような魔物。洞窟を好んで棲むけれど、生き物だから移り住むことはある。
どこからか来て、繁殖したワームの中に、上位種のストーンワームが誕生して、この『ダンジョン』から『黒曜山』に来たという可能性が一番高い。
そうでなくても、この『ダンジョン』では、どうにもレアケースな魔物の誕生が多いらしい。
調査機関や魔物研究者がいても、四六時中、何年も見張って入らないし、把握なんて出来ないわけだから、まだまだ解明は出来ていないこと。
魔獣の共食いの末、姿が似つかぬ魔物に変わり果てる。そんなケースもあるのだとか。
魔物の巣窟。または魔物の誕生場所。それが『ダンジョン』とも言える。
「リガッティー、上! オレは前!」
「はいっ! 右も行きます!」
【探索】魔法を頼りに、挟み撃ちしてきた魔物をルクトさんと捌く。
ヤクルス。
槍のように飛んでくる蛇型の魔物だ。
胴体は、人の頭よりも大きいくらいに、ぶっくりしている。鳥のような翼を持っていても、蛇体型らしく、長い下半身をバネにするように、突っ込んでくる速さは凄い。
幸い、遭遇したのは、頭上に穴が開いていたから、暗い場所での戦闘は免れた。
まぁ、遭遇というより、一番安全な道ということで、ヤクルスの巣であろうそこを通ったわけだが。
上から突くように降ってくる一体を両断し、右側から迫った二体をまとめて一振りで切った。
ルクトさんは、前方で立ちはだかった四体を討伐。
また一つ、ヤクルスの群れの巣である場所を通ったので、手分けして捌く。
そこは、地下一階の位置。
ファン店長の店で買った最新式の洞窟探索の魔導道具を、一度使用して周囲を図面にして把握した。
もう、しっかりと、マップだ。
確かに質の悪い【探索】魔法のように、使用したら、波動を感じた。その波動が、洞窟内の構造から、生命体を把握して、画面に映し出してくれたのだ。
しかも、画面に触れて動かせば、記録した構造を上下に動かしたり左右に回したりと四方八方からの確認可能。タッチ操作。ハイテク魔導道具。
だいたい一時間で移動出来る距離内までを把握と記録が出来る。
また使用すれば、画面表示は更新される。前回のは記録されない。
それに、把握するための特殊な波動は肌で感じ取れるので、二度三度と使えば生命体に警戒され、悪ければ、こちらに向かってくる危険がある。そこのところが、欠点。
そんなマップを頼りに、地下一階を進んだ。もちろん、互いの【探索】も張ってあるので、マップで生命体の反応を把握していても、気は抜かなかった。
『ダンジョン』の調査が、依頼内容だ。
それもストーンワームについての手掛かりなので、下を目指していく。必ずしも下にいるとは限らないけれど、異変調査の見回りも兼ねて、通っていく。
マップを確認しながら、ルクトさんの「ここは魔物の巣だろう」だとか「ここは暗すぎるし、足場が悪かったはず」だとか、経験による情報で慎重に進んだ。
「ゴブリンも多いですねぇ」
『黒曜山』でもこれでもかと出没してきたゴブリン。
「繁殖力凄まじいからなぁ……でも、大抵、餌。街の残骸にも、たまに巣を作ってるらしい」
げんなりとした顔をしながら、ルクトさんはゴブリンから【核】を取り出した。
魔物の最底辺の種族であり、無駄に繁殖力の高いゴブリンは、どこでも弱肉強食で食べられる。最早、この『ダンジョン』では魔物達の主食。
さっきのヤクルスにも、食べ尽くされるとか。
さらには、ヤクルスもまた、自分よりも小さなコウモリ型の魔物の群れに食べ尽くされるらしい。
名前は、モルモー。
集団行動で飛び回りかじりつき血を吸う、まさにコウモリ。
顔が怒った女に見えると誰が揶揄したことから、昔は怒った女性に、モルモーみたいな顔をしているぞ、と男性が悪態を返すやり取りがあったとか。
レインケ教授は、そんな逸話まで、教えてくれたのだ。
他にも、繫殖力が凄まじく、食われて群れが全滅するより、増える方が早い魔物が何種類かいる。
浅い穴を掘ってそこに居座る兎型魔物。もふもふな身体をもごもごさせているそんな兎型魔物が広間で大量に浅い穴に居座る姿を発見。頭隠して尻隠さずの蹲り。
流石に量が多すぎて【核】の回収も怠いと目配せして、素通りした。
相手が気付かないなら、戦闘は避けられるなら避ける。
ここは魔物の巣窟。あとどれくらい相手するかわからないのだから、体力は温存。
「ん? この先は……生命体がいくつかあると表示されていますが、気配がありませんね」
「あー。多分、『うつろい琥珀石』だな」
「あら。もうですか?」
「いやいや、十分奥に入ってきたよ」
洞窟探索の魔導道具では、生命体として記録されてしまう『うつろい琥珀石』をもう見付けた。
てっきり、もっと奥深く行かなければ見付けられないと思ったけれど、ルクトさんが選んでくれたルートでかなりの速さで奥に進めたわけだ。驚くほどでもないとのこと。
マップで表示された道で、一度足を止める。
少し掘ったりすると、確かに琥珀石が出てきた。
まるで蜂蜜のような色で半透明な石。基本は加工しやすいから、砕いて、サイドを飾る脇役の宝石として使われる。
不思議と温かみがあるので、そのせいで生命体だと、魔導道具が誤って反応するらしい。
うつろい。
そう名付けられたこの元鉱山の宝石の原石は、模様や色が変わることが特徴的だ。
『うつろい琥珀石』は、半透明なこともあり、変化がよくわかる。中が動いたかのように模様がねじれたり、色合いが変わるのだ。でも、すぐに戻る。
最高級の『うつろい琥珀石』は、中が煌めくもの。まるで中に、違う宝石があるみたいに、キラッとするのだ。
そういう『うつろい琥珀石』が、今回の採取依頼。
大きければ大きいほど、その最高級の特徴の『うつろい琥珀石』が見付かるので、ルクトさんの助言で小石は無視していいとのこと。
小石なら、ほっぽって、次の石を探す。
土魔法も利用して、マップに反応したであろう『うつろい琥珀石』を手分けして発掘。
「これは……」
「やばい、大きいな」
「やっぱりそう思います?」
私が手にした蜂蜜色の石を、肩をぴったりとくっ付け合って、しげしげと観察。
地下二階の位置にいるので、灯りの魔導道具で、半透明なそれを透かす。
ちょっとだけ、ただの石が張り付いてはいるけど、なかなかの大きさ。さらには、透かすだけでも、大人気な『うつろい琥珀石』の煌めきが確認出来た。
「やっぱりって……リガッティーの方が、宝石をよく見るっしょ」
「私は加工されたものだけですよ? 注文からして、これをメインにしてのアクセサリーにするんでしょうねぇ……。ここまで立派だと、私の名前での知名度や価値上げも、乗り気になってしまいます」
「そのアクセサリーは、リガッティーの名前がつくってこと?」
「それはちょっと……遠慮したいですね」
「えぇ? なんで? それならオレが買う」
「まだどんなアクセサリーになるかもわからないのに」
「普通にリガッティーに贈るから、どんなアクセサリーでも付けられるじゃん」
「……イケメンめ」
「それは褒めてるの? 恨めしげなのはどうして?」
さらりと、どんなアクセサリーを買っても、私に贈ると言い退ける……。
でもほら。私が採り、私の名前がつけられて、私がつけるって……おかしくない? 遠慮したい。
「そういえば、あえてサブマスのコレに乗っかるって言ったよね。両親の説得材料の一つとして。こういう商売みたいなのもやっていくのを視野に入れるの?」
「私は侯爵令嬢の冒険者ってだけでも話題性がありますが……ルクトさんの一気に侯爵へ上り詰めた冒険者の方が話題性の威力は半端ないかと」
「……マジで? オレが拾うだけで? リガッティーのものより価値が上がっちゃう?」
「はい。宝石に限らず、今後も大物な魔物や怪獣を狙うならば、素材でも価値が上がりますので、一番手っ取り早い商売となるでしょうね。楽しい冒険のついでで出来ちゃいますから」
ひょいっと【収納】しながら、ルクトさんの価値について、また教える。
あなたは凄いんですってば。
「本当に楽しい冒険しただけで、ついでに手っ取り早く商売出来ちゃうのか! いいな!」
ドキドキしているとわかるほど、ルクトさんは頬を赤らめてソワソワする。
だから可愛いですってば。
「サブマスがその手に慣れているようですから、ひと噛みさせてあげましょうか。今回、いいきっかけになる提案をしてくれたお礼がてら」
「あー、うーん。まぁ、確かに……そこは感謝するけど、絶対に言わない」
「別に言葉でお礼することないじゃないですか。……まぁ、今後の出方次第では、利用したあとに潰しますが」
「わ、わあ……容赦ねぇー……でも、賛成」
今回の『ダンジョン』行きを推してくれたおかげで、昨日は最高に素敵な告白を受けられたので、ちょっとはお礼がてらに甘い汁を吸わせる。
目に余るようなら、虫同様に蛇男爵を潰すまでだ。
「そんな感じで、冒険者業による開拓を進める考えだけでも、説得材料になるんですよね。新しい利益を生み出すってことでも、貴族としての貢献にもなりますので、有意です。具体的なものは、そのうち話し合いましょう」
「開拓? 開拓なら、新時代でしょ」
「新時代はないです」
「新薬だけでも、激震が走るって言ったじゃん。携わるなら、もうリガッティーの名前だって前面に出るから、歴史に載るっしょ?」
「ええぇー……それなら、冒険者の功績だけでも、歴史上最強で、一気に侯爵になったルクトさんだって、歴史に載りますからね」
「んー……つまり、オレ達が新時代、か」
「新時代を一旦忘れません???」
キリッと決めたような顔をしないで欲しい。
新時代を開拓するような二人になってしまったら、その時に思い出すから、一旦忘れましょう。
採取の目的は達成。
次は、出来る限りの見回りをして、『ダンジョン』内の調査。
一度、地上の一階へ戻っていき、頭上の陽射しを浴びながら、二本の道だけがある空間で、昼食をかじる。
ルクトさんが決めたルートで、また地下へと進み、ワームの痕跡を探しつつ、異変にも警戒するとのことだ。
「どう? 『ダンジョン』は」
笑いかけるルクトさんが、初『ダンジョン』の感想を問う。
「やっぱり、洞窟だということが、怖くて緊張はしますね。でもルクトさんのおかげで、動揺することなく対処していけているので、ルクトさんの指導は最高です」
「ホント? やったね」
「あ。だからって調子に乗って、さらに難易度の高い場所にいきなり連れて行かないでください」
「はい。調子に乗ったら叱って。ストーンワームで、かなり反省したから。リガッティーの歩調に合わせて、冒険に連れ出すんで」
「いい心掛けですね、ルクト先輩」
「任せたまえ、リガッティー後輩」
和気あいあいなやり取りをして、『ダンジョン』潜りを再開。
マップを更新して、一度、地下へ降りた。
そこで、エムプサという魔物に遭遇。
巨大なカマキリのような姿の魔物は、ギョロッとした黒い目で睨み付けては、四本足を素早く動かして駆け寄って、大きなカマの腕を振り下ろす。
一塊でじっとしていたモルモーまで飛び回ったので、ルクトさんが燃やし尽くした。
モルモーは、密着しすぎて数が判別出来なくて困る。さらには多すぎる群れで、バタバタと飛んできて視界は最悪になる。
でも、ルクトさんが囲まれる前に、火魔法を使って焼き尽くしてくれるので、助かった。
エムプサの方は、火魔法の耐性が強いので、少し焦げた身体のまま、駆け抜けてカマを振り回す。
そんなエムプサの動きは、カマの腕を同時に二本を振り回すだけ。
だから、二本まとめて一本の剣で受け止めながら、下を滑り込んで、足を氷漬けにして動きを封じた。身動き取れなくなったエムプサの首を落とす。
かなり進んだが、また地下一階の道には、ワームの痕跡はないし、異変らしい異変もない。
ちゃんと【探索】魔法でさらに下の地面を警戒はしているけれど、這いずる魔物もいないもよう。
ここまで奥に進んでもいないとなると、ワームはいないかもしれないと、ルクトさんが予想を口にした。
「それにしても……本当に穴ぼこだらけですね」
襲い掛かった巨大蜘蛛に突き刺した剣を抜くために、踏み潰しながらも、真上を見上げる。
この蜘蛛、なかなか硬いのよね。虫型の魔物のくせに。
地上一階に戻ったので、穴だらけの天井で、通る道はかなり明るい。そんな天井の穴から、空が見える。通気口みたいに穴だらけの天井までにも、魔物が這いずり回る穴があるから、頭上にも注意。
上への穴は、ヤクルスの上位種であるワンヤクルスが半分近くは掘ったであろうというのが、この『ダンジョン』の調査機関が予想している。
ワンヤクルスは、ヤクルスの二倍は大きく、爪がモグラのように掘り進めることに特化していた。
翼を持ち、飛び回ることも出来る魔物なので、この『ダンジョン』を巣にして、掘った穴から飛び出して獲物を食らいに行く。そういうわけだ。
そんなワンヤクルスとも、遭遇して討伐した。
地上もかなり入り組んでいるわけだから、六つの分かれ道がある空間に三回も通って、奥まで入り込んだ。
「『ダンジョン』の広さも、凄いですねぇ」
「でしょ。疲れた?」
「いえいえ。あ、この先にかなりの空間がありますね。そこでマップが途切れるので、また更新します?」
「だね。それから、また下に潜って行こう。下になんも異変がないなら、あとは一階を見回るだけにして、帰還」
「わかりました」
なかなか、広々とした空間ばかりが続く道を進んできた。
ルクトさんも、対して通常の『ダンジョン』と変わりないというので、私達の見回り調査では、ストーンワームの異常出没の手掛かりは見付けられないかもしれない。
同じ上位種も見かけないし、悪い兆候がないまま、調査を終えそうだ。
最後のマップの端に到達。
「わあぁ……広いですねぇ」
ぽっかり空いた巨大な空間。
上に行くにつれて狭まっていくけれど、大きな天井の穴の陽射しで、十分洞窟の中が見回せられた。
岩が盛り上がってはいるけど、さして視界を遮る障害物にはならない大きさが、四つほどまばらにある。
王城の三階中央庭園より、広いだろう。
もしかしたら、図書館と呼ぶべき王城大図書室くらいの広さに匹敵するかもしれない。上が高くて広い分、ここの方がやはり大きい。
奥へと繋がる道は三つあり、その一つの暗い道は、『ダンジョン』の入り口より巨大だ。
話した通り、そこでマップを更新するために、押した。
波動が広がり、新しい周辺のマップが表示されたから確認すると。
「ルクトさん、あの先に、やけに大きな生命体の影が……」
モルモーみたいに集合体になっている大きめな魔物の群れだろうかと、ルクトさんに確認しようとしたけれど、言葉を止めて、さらには身体の動きを止めた。
あの先。
奥に繋がる一番巨大な道から、音がする。
不穏だ。
ルクトさんも険しい顔になり、周囲を確認する。私の言葉を聞いて、大きな生命体の相手が出来る場所だと、ルクトさんは判断して頷いて見せた。
私はこの場所で迎え打つことを受け入れて、魔導道具を【収納】して、構える。
先にルクトさんが、震え上がった。
その理由は、私と同じだろう。【探索】の範囲に入った気配は、あまりにも巨大だった。
大きな魔物の群れではない。
たった一つの気配が、ズドズドッと足音を響かせて近付いてくる。
――――緊迫感。
とんでもない速さで迫る巨体から、ヒシヒシと感じるのは、強者の威圧だろうか。
弱肉強食の強の方の魔物。
じゃないと、こんなにも身の危険を、肌で感じるわけがない。
響く足音が、肌をチクチクと刺激したと思う。
ルクトさんも、緊張しているのはわかった。
でも互いに見合うほどの暇などないとわかりきっていたから、身構えて、迫り来る気配の洞窟の先を見張る。
ガリガリと壁を削る音も聞こえた。
あまりにも大きなその足音は、『ダンジョン』全体を揺らしているのではないかというくらい、この空間まで響く。
ドッ、ドッ、ドッ。
嫌な高鳴りをしていた心臓は、一足先に迫る強者の正体を知っていたのだろうか。
スルリと滑るように頭を突き出して長い首を伸して、姿を現した。
ガリガリと壁を引っ掻いたのは、折り畳んでいた翼だ。
地響きのような足音を鳴らしたのは、太く鋭利な爪を生やした四本の足だろう。
足元をチラッとだけ見たが、あとは顔を見上げることしか出来なかった。
翼が生えた蜥蜴だと表現されるが、それは相応しくない。いくら、蜥蜴のように狭いであろう洞窟の道を、素早く駆けたとしても、だ。
蜥蜴だなんて、連想すら出来ない大きさ。そして、迫力。
天井から射し込む陽射しを、遮ることが可能なくらい大きな顔は、私達を見下ろす。
どう見ても――――ドラゴン。
その存在を目の当たりにした私は、とっくに固まってしまった身体を微動だにしないまま、呼吸を止めた。
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