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遠出冒険で、最強冒険者と一歩踏み出す。

49 満開の花々の道で一歩。

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 朝食のために足を踏み入れた『ハナヤヤの街』。
 中の防壁そばに手頃の軽食を、もう店を開いてくれていた飲食店で購入。

 それから、冒険者リガッティーに変身。


 今日は、長時間の移動で汗を掻くことを見越して、べっとりしにくい素材の服をメアリーさん達に教えてもらって買ったティーシャツは、鮮やかな紫色。
 その上に、春にぴったりな薄手でも、表面は革素材なので、返り血も染みつかないダークブラウン色のジャケット。丈が短く胸下までしかないデザイン。
 冒険者スタイルでお馴染みになった短パンは、ベージュ色で、ベルトにすぐに使用したい魔法薬などを入れたポーチと剣を携えた。
 黒いニーソを履く脚は絶対領域の太ももを晒すけれど、長時間歩いてずれ落ちてほしくないので、ガーターベルト付き。

「えぇっとぉ……そういえば、もう冒険者してるってわかってるのに、令嬢のリガッティーで出てきたね」

 ルクトさんが、パチクリパチクリパチクリ。忙しなく、瞬きを繰り返す。
 無理矢理、視線を外して、ルクトさんは自分の意識を外した。
 ……私の太ももから。

 わかります……。
 ガーターベルトって、なんだか……セクシーですよね?

「ルクトさん。ガーターベルトはお好きですか?」
「っ! ……好みですっ」

 頑張って目を逸らしてくれたところ悪いけれど、ガーターベルトの間にわざと指を差し込んで尋ねてみた。

 ギョッとしたように目を見開いたルクトさんは、目元を片手で覆い隠して顔を背けて、白状する。

 ふふふっ。ルクトさんが好きなら、私も喜んでつけます。
 ルクトさんとは、好みが合いますねぇ……。

「冒険者活動していたことすら、死屍累々状態で倒れていったので、流石に、この格好を見せたら……死人が……」
「そんな……可愛いのに」

 使用人の立場なら気持ちはわかる、と二人で頷きはしたが、息絶えるほどの驚きは大袈裟すぎると思うんだ……。もちろん、死人が出るのは、流石に比喩だけど。

「ルクトさんも、剣を新調したのですね」
「うん。……あれ? 【変色の薬】は飲まないの?」

 ルクトさんの腰の剣を指を差しながら、歩き出せば、不思議そうに首を傾げられた。

 ポニーテールでまとめた髪を、私も後ろで撫でつける。
 髪色を変える【変色の薬】を、飲むつもりはない。

 紫に艶めく黒髪のままの冒険者リガッティー。

「はい。王都から離れますからね、必要ないじゃないですか」
「……そっか!」

 二ッと歯を見せて笑みになるルクトさんは、ご機嫌な足取りで隣を歩いた。

 そんなルクトさんは、昨日と同じ、真新しい黒のジャケット。立っている襟の裏地やアクセントとしてあるラインは、紫色。
 その下は、白いシャツだろう。スラッとした長い足は、ダークブラウンのズボン。さらに黒に近いダークブラウンのブーツは、いつも履いているものだろう。


 一緒に、左耳に赤い耳飾りを揺らしながら、本格的に『ダンジョン』へと出発した。


 常連客となった私は、馬屋に声をかけるなり、大馬のハスキーを連れて来てもらえる。
 またお前か、という反応ではなく、今日も任せろ、という気合いを入れた感じに、ぶるるっと挨拶をしてくれた。

 今日も『黒曜山』の近くまで、大馬に跨って駆け抜ける。
 ハスキー達を手前で帰して、剣を抜きながら【探索】魔法で、周囲を見張った。


 通り抜けるための『黒曜山』の道は、黒曜石の道で険しい。

 王都で一番近い危険地帯らしく、魔物と魔獣がわんさかと湧く『黒曜山』のレアな魔物が出没。
 スライムが、なんと二体だ。
 しかも、同時と来た。
 当然、二人で手分けしての討伐。

「勝負!」
「はい!」

 魔獣の群れも乱入してくるけれど、どちらが先にスライムを討伐出来るかの勝負をする余裕があり。

 魔獣の群れを切り捨てながら、スライムの弱点属性を当てるために、魔法を放つ。
 水、風、土、と休む暇なく、放って土魔法で仕留めた。
 素早い切り替えで属性を当てたのだ。

 どうだ! と振り返ったけれど、ルクトさんは、火属性の魔法で一撃で仕留めてしまったらしい。

 運で負けた……っ! 謎すぎるランダムなスライムめっ!

「また負けたっ!」
「ははっ! オレの四勝♪」

 またもやご機嫌なルクトさんと一緒に、周囲が落ち着いた隙に【核】の回収をする。
 急ぎなら、回収なんてしないのだけれど、ルクトさんは私の実績を集めるべきだと頑なで【核】集めを、せっせとした。

 冒険者の実績は関係ないって、大叔父様に言い放っていたのは、どうしたんですか……。

 この調子だと、『ダンジョン』から帰れば、私の討伐実績は200に達してしまうのでは……?

 そう思ってしまうほど、魔獣の群れは次から次へと飛びかかって来た。
 元々、狂暴なのは【核】の瘴気によって、そういう性質の生き物となってしまっているのだけれども。

「疲れは? 大丈夫?」
「はい、問題ないですよ」
「これから、二時間くらいは休めないと思った方がいい」

 ルクトさんの警告通り、やっと『黒曜山』の黒曜石が減ってきてだんだんと普通の地面に戻っては、黒っぽい森が、緑の生い茂る森と変わって来ても、魔物や魔獣の群れの歓迎は多い。
 少しの休憩は、水分補給と【核】回収で使い、また衝突するまで前進して、戦闘。その繰り返し。


 二時間オーバーくらいで、やっと一息つける場所までやって来れたようで。

「よし。ここで、ちゃんと休憩すっか。お昼もかねて」

 と、ルクトさんが言ってくれた。
 岩があったので、そこに腰を下ろす。

「はーい! 想像以上に、湧いてきますねぇ……体力の方はまだ大丈夫ですが、身体能力強化の魔法がなければ、足が痛んでいましたね」
「まぁ、慣れてなきゃキツイだろうなぁ。お嬢様には」
「そうですよ、お嬢様はお風呂上りにマッサージをしてもらうのです。か弱いのです」

 からかってきたので、私はそれに乗っかり両手を合わせてしおらしく見せる。
 当然、ルクトさんが笑うので、私も笑った。

 付近には、その場で食べられそうな食材はなかったので、携帯食でお昼ご飯を済ませる。

「ふぅん……『黒曜山』の黒っぽい森を抜けたら、かなり植物が入り混じった森に入るんですねぇ……」

 ガリガリと、アーモンドチョコな栄養補給食をかじりながら、見上げて、しげしげと観察した。

 高く伸びた木々は、幹のシワがよく目立っているけれどシワシワではなく、ドンと構えていて木の枝の先にたくさんの葉を生やしている。
 そんな幹や枝に絡むツタは、見えるだけでも三種類の植物のものだろう。ピンクの小さな花をつけたツタ。元気なく垂れ下がる青っぽいツタ。
 他にも隣には、違う種類の樹が混じっている。地面をところどころと生えている芝生のような草も、茂みも、形から見て、種類は別物。豊富だ。

 自由に様々な木々が密集するように並ぶ森は、『黒曜山』と違って、目に優しい緑が空を隠していて、空気だって爽やかな感じ。

「こういう森も初めて?」
「ええ、はい」

 鳥の声がした気がする。
 気持ちがいい森の中だ。でも、やはり道は人が歩くためのものではないから、険しいとのこと。
 腕を上に伸ばしては、足もググッと伸ばしておく。
 登山だから、足の負担も体力の消耗も、気にしておかなくては。

「さっきのクマの魔獣は大きかったなぁ」
「ああ、ヴァンデスさんかと思いました」
「ブフッ!! な、何を言うの、リガッティー! ヴァンデスさんはっ! 狼の獣人!」

 思った以上にルクトさんのツボに入ってしまったようで、盛大に笑わせてしまった。

「やっぱり、ヴァンデスさんは獣人の姿になれるんですか?」
「ん。二年前のモンスタースタンピードで、遠目だけど、見たよ。デカかった」
「デカかった? さらに身体が大きくなるのですか?」
「え? ……ああ! 違うよ」

 キョトンとすると、ルクトさんは首を傾げる。でも、何かに気付いたように、ケラッと笑う。

「ヴァンデスさんは、獣化するタイプなんだ」
「まあ!」

 驚いて口に手を当てる。

 獣化。獣人族には、稀に人型に近い獣姿ではなく、そのまま、獣の姿になる能力を持つ者がいる。
 獣化と言っても、人の時より、小さくはならない。逆に、大きくなるのだ。

「なるほど……凄いですね。つまり……巨大な狼姿で、魔物と戦ったと…………クマじゃないのか」
「ブフフッ!!」

 ぽそり、と呟いたら、またもやルクトさんはツボに入ってしまい、苦しそうなレベルで笑い転げた。

 だって、ヴァンデスさんはクマさんみたいなんですもの…………あの筋骨隆々の極太の腕や手。
 ちゃんと茶色のクマさんではなく、茶色の狼さんに脳内変換しないといけませんね……。
 …………ルクトさん。笑い過ぎです。

 そのあとも、道すがら討伐してきた魔物の話をしたり、この先の要注意な魔物や植物の話をして、休憩時間を過ごした。


 森の中。急な斜面を太い木の根っこを踏みしめては、登っていく。
 ザザッと、近付く気配を【探索】で感じていたけれど、どうやら進んでいる方角からして、私達を横切る形で下っていくようだ。

!」
「え!? ええ!?」

 ルクトさんは丁度すれ違うところでそう声を上げるなり、そちらの方に飛び込んでは、滑るように追いかけた。
 いきなりすぎる行動に、戸惑ったが、どうやら魔物か魔獣が、通常の動物を追いかけているのだろう。

 。つまり、私達も食べられる食材の動物。

 まさかの魔獣と狩りの競争となった。
 ルクトさんが追いかけていた野犬の魔獣の首を一振りで刎ねて、私は落ちる勢いで頭上を通っていき、追われていた兎を風魔法で仕留める。
 魔物を切ってきた剣で仕留めるのは躊躇したから、魔法の刃で頭を切断。

 灰色兎。丸々太ってはいるけれど、二人分には心許ない。
 まぁ、ちゃんとお腹を満たせるほどの食材が獲れるとは限らないので、割り切らなければ。

「ルクトさん。予め言ってくださいよぉ」
「え。言ってる間に、逃がしちゃうじゃん」
「いや、それはそうですけど……こういうこともあると、予め言ってください」
「あ、そっか。ごめん。ほら、なんか群れで動いてるにしては、先頭と後ろで距離があったっしょ? こんな森だと、魔物や魔獣同士の共食いは先ずないから、普通の動物を食べるために追っている可能性が高い」

 逃がさないように追うのはしょうがないけれど、不測の事態だと焦ったので、言ってほしかった。
 申し訳ないと頭の後ろを掻いたあと、ルクトさんは手を伸ばして、代わりに仕留めた獲物を持ってくれる。

 なるほど。『黒曜山』の森では、魔物や魔獣が多すぎて、気付かなかった動きだ。
 緑豊かな森だと、通常の動物も繁殖しているわけだから、魔物や魔獣の餌食になる。
 だいぶ遭遇が減ってきたので、そんな動きを見付けられたのか。

 どう調理しようか、という話をしながら、再び登る。
 簡易な調理具も備えてあるので、丸焼き以外もいい。

「あ。野菜も入れて、スープにします?」と足元にジャガイモの葉を見付けたので、引っこ抜いたら、当たり。ジャガイモだ。
「あと、さっきの登っていたところには、人参もあったかと」と言えば「よく見てるなぁ~」と感心された。

 本当に、植物が豊富すぎる森だ。


 そんな森に覆われた山の頂点までは登らず、途中にやや平らで歩きやすい横道を進む。

「んー、一山越えた」
「わあー」

 どうやら『黒曜山』の隣の山を越えてしまったようだ。
 これまた初体験。山を越えた!

「あ、鹿」

 まるで橋のようになった道を進んでいれば、下の方に飛び跳ねる鹿の姿をルクトさんが見付ける。
 この辺は、動物が多いのか。かなりの数の気配が【探索】範囲内にいるけれど、活発に動いているものは少ないし、ましてや襲ってこない。

「え! あれ、アインコーラルですよ!?」
「嘘!? マジだ!!」

 後ろを歩いていた私が声を上げれば、前のルクトさんがバッと引き返してきて、私と一緒にそれを見送る。
 立派な角には、煌めくピンクの宝石があちらこちらについていた。

 アインコーラル。幻獣の一種。

 森によくいる鹿の姿をしているけれど、枝分かれして伸びる角にはピンク色の宝石をつけているから、幻獣だと判別が出来る。
 一番見かけることが出来る幻獣であっても、幻の獣という意味の名前だけあって、当然目にするなんて運がいい。

 自分の存在に気付かれたとわかったのだろう。軽い足取りで離れていくアインコーラルは、空中を蹴っていき、そのまま宙を走り去った。

「はぁ~……よく見てるなぁ、ホント。リガッティーのおかげで見逃さずに済んだ」
「煌めいたので……幻獣を見かけるなんて……流石、冒険」
「…………オレ、ここでアインコーラル見るの初めてなんだけど」
「幸先いいってことですか?」
「うん。リガッティーの運の良さが凄いね」
「……下級ドラゴンに10体も対峙したルクトさんの運って、良いものなんですか?」
「え? んー……そうかも? メアリーさん達には文句言われるけれど……オレからすれば、メアリーさん達の、悪すぎると思う」
……」

 感嘆の息を吐いて、ルクトさんは歩みを再開する。

 下級ドラゴン運か……あってたまるか、な運ですねぇ。
 自分で言い出してなんだけれども。

 メアリーさん達が五人中三人がまだBランク冒険者なのは、パーティーだと下級ドラゴンをあと一体は討伐しないと上がれないということらしい。他にも条件を満たせば、ランクアップは出来るらしいが、下級ドラゴンが一番手っ取り早いという多数意見により、討伐に躍起になっているそうだ。
 一体は討伐済みにより、ドルドさんとメアリーさんがAランク冒険者の現状。

 そんな中、バッタバッタと10体も下級ドラゴンを倒していくものだから、何かにつけてそれに文句を言ってくるらしい。まぁ、半分冗談ではあるけれど。
 ちなみに、6体まで倒したことは知っているけれど、その後の討伐は言わないことにしたらしい。
 ……また文句を言われる気しかしないですねぇ。


 ここを通ったことが五度あるルクトさんは、今日の野営地を決めた。

 二人で腰を落ち着かせるには、十分な円形の場所はおあつらえ向きに、岩が二つあって、挟むような形の真ん中には焦げた跡が残っている。以前、ルクトさんが焚き火をした跡とのこと。焚き火の枝はもう跡形も残っていないけれど、焦げた土だけが残ったのだ。
 そこに集めた枝を積み重ねて、ルクトさんが結界の魔導道具を配置してくれている間に、簡易的なキッチンを用意。

 結界の魔導道具は、こうして野営する時に、侵入を防ぐためのものだ。
 私も昔、テントの魔導道具で休んだ時に、使用をしていることを知っていた。
 侵入を防ぐと言っても、せいぜい小動物の体当たりを防ぐだけ。
 それ以上大きいとなると、防ぐなんて出来ないが、壊された時には、警報を鳴り響かせてくれる。

 簡易的なキッチンは、かまどのような素材の土台で、間の網の上に鍋を置く形にして、焚き火で料理をするという準備を整えた。
 食材を切るためにまな板をかねた簡易的なミニテーブルも設置。


 ルクトさんが戻ってきたところで、野菜は出したから、あとは【収納】から兎肉を取り出してもらおうとしたけれど。

「リガッティー。ちょっとこっち来て」
「え? はい」

 手を差し出されたので、その手を取って立ち上がる。
 設置した野営道具がそのままなのだけれど、いいのだろうか。疑問に思いつつも、私は手を引かれるがままに、ついていった。

 数分ほど歩いていると、花の香りが鼻に届く。

 森に入ってから、花の香りに気付いたのは、初めてだ。
 結構強い香りの花があるのかとキョロキョロと探してみたけれど、ふと、思い出す。
 この香り花は、確か……。

「わっ。マンサス!」

 なんだかどんどん道が狭まってきて、垣根の中を進んでいるように思えてきたところで、目の前にその匂いの正体の花が掠った。

 私の好きな花の一つ。

 今では、前世では金木犀によく似ていると思う。金木犀がどんな匂いだったかは思い出せないけれど、惹かれてしまう甘やかな優しい香りはよく似ている。
 小さな花がギュッと集まっていて、紫陽花のようにボンとドーム型で生えている形となるのだ。
 木から葉っぱの中にそうやって咲く花なのだけれど、どういうわけか、進めば進むほど、視線の高さくらいにずらりとマンサスが並んでいる。
 右を向いても左を向いても、さらには上を向いても。だから、甘やかな優しい花の香りに包まれている空間だ。
 いや、マンサスの花自体に、もう包まれた道じゃないか。

 マンサスは、淡い色だ。金木犀のようなオレンジっぽいものがあれば、淡いピンク、淡い黄色、または水色、紫色。優しい色が、詰まっているような道が続いていく。色とりどり。

「凄いだろ?」

 私の手を引くルクトさんは、得意げで楽しげな声をかけてくるけれど、前を向いたまま、進む。
「はい! わあー」と声を零しながら、とても好みで、幻想的なマンサスの花が咲き誇る空間を堪能した。

「あ。見えた」

 ルクトさんのその声で、左右を見ていた私は、前を向く。そうすれば、ルクトさんの肩越しに、目が眩む光りを見付ける。
 一度キュッと目を閉じたけれど、ルクトさんが手を引くから、目を開く。


「絶景だよ」


 ルビー色の瞳を細めて、無邪気に笑いかけるルクトさんは、夕陽を背にしていた。
 白銀色の髪の先は、その夕陽を浴びて、赤みを帯びた光りで透けている。

 クラリとしそうなほど、ルクトさんに見惚れてしまうけれど、彼はその背にした夕陽を見せるために、横に移動した。

 そうして、私はルクトさんの言う絶景を目にする。

「うわあ……!」

 風が突き抜けて、後ろで束ねた私の髪を舞い上がらせた。

 他にも山が二つあって、中には森が広がっているのだけれど、それを呑み込むみたいに、夕陽がその山の間から光りを放っている。
 山の形に添って、光りが走っているけれど、真ん中で沈んでいく夕陽は、やはり大きくて眩しい。
 まだ暗くなるには早いけれど、山の高さのせいで、半分近くは沈んでいる太陽。
 赤みを帯びているから、森はなんだか紅葉こうようにも見えて、鮮やかな景色となっている。それでも、森の緑は負けじと自分の色を主張するようだから、そこかしこと緑色も見えた。

 前には、眩むような夕陽、そして紅葉交じりの森と山と絶景。
 後ろには、マンサスの花の道があって、ここ一帯がマンサスの木々が密集しているようで、右や左を見ても、やはりマンサスの花が咲いていた。
 そのおかげで、絶景から吹いてくる風を浴びても、甘やかな優しい花の香りが満ちていたまま。

「素敵ですね!」
「だろ?」

 ルクトさんが腰を下ろすから、私も隣に腰を下ろす。
 風が気持ちいい。
 髪留めをスルッと外せば、もっと自由に、髪が靡く。締め付けられた感覚から解放されたこともあり、ほーっと息をついた。

「最高ですね! 風が気持ちいいですし」

 感激で、笑みを零す。

 片膝を立てたルクトさんは、膝の上に腕を置いて、そこに顎を乗せた姿勢。嬉しげな横顔で、私を見つめていた。


 こんな美しい景色を見せてくれるなんて、至り尽くせりだ。

 最高の冒険に連れ出してくれる冒険者の先輩。


 満開の花に包まれた道の先に、夕陽の絶景か。

「ふふっ。なんだか隠れたデートスポットって感じですね」

 つい、思ったことを冗談で言ってしまった。

 ぴくり。肩が震えたルクトさんは、そっと顔を背けた。


「……えっ。そう、なんですか?」

 ここは、デートスポットだったの? デートのつもりで連れてきたの? 私、余計なこと言っちゃった?

「……いや、違うんだ。前に一度、迷って、来たことあっただけで…………リガッティーが気に入るかなぁ、て」

 ルクトさんの耳が真っ赤に見えるのは、多分、夕陽のせいではないはず。
 右手で目元を隠しているルクトさんは、蹲っているような姿勢になっている。
 偶然見た景色に、ルクトさんは私を連れてきてくれた。

「じゃあ……ここに連れて来る、ために?」

 ルクトさんが急に『ダンジョン』行きを決めたのは、この場所を思い出したからだったのか。
 ドキドキしながら、そう確認すると「うん……」と弱々しい返事をした。

「ん~……上手くカッコつけられないもんだなぁ」

 ルクトさんは目元を隠す右手をずらして、口元を押さえながらも、ぼそっと言う。
 それも聞こえてしまって、申し訳なくなる。気付いちゃいけなかった……ん? つまり……?


「こういうの初めてだから、そう簡単にはカッコつけられないよな。ここで、って決めた時には色々言葉を考えたんだけど……まとまんなかった」

 こちらを向いて、真っ直ぐに見てきたルクトさんに、胸は高鳴る。
 大きな音で響き、そして強く脈打つ。

「オレは平民だし、冒険者として優秀ってことくらいしか、自信で胸を張れないけど…………それでも、そんなオレじゃあもったいない高嶺の花は、譲れないし、絶対に掴むって決めた」

 同じく風を浴びているルクトさんの白銀色の髪は、揺れる度に夕陽色に煌めく。

 真剣に私を見つめるルビー色の瞳は、夕陽のせいだろうか。
 今まで見てきた彼の瞳にあった熱は、激しいほど熱いように見えた。
 燃えるように熱いのに、ルビーの宝石のような瞳は、優しい色だ。

「初めて見たのは、惚れ惚れするくらい気高くてかっこいいご令嬢で……それでも、一人でも立ち向かう姿勢の君に、何か手助けしたいって思った。でも、ただの平民の冒険者だから、なんの役にも立たないって思って……それでも、ちょっと諦めきれなくて、だから翌日すぐに新人指導をやろうって冒険者ギルドに行ったんだ。その条件さえクリアすれば、もうSランク冒険者になって、それで名誉貴族になれて……だから、何か手助けできるんじゃないかって、心の隅で思ってた。現実的に考えて、今更貴族の身分になったところで、その頃には終わってるだろうし、そもそも首すら突っ込めないって、わかってはいたけど…………

 焦がれるような熱を持った明るい赤い色の瞳は、私を映す。
 私だけを映していた。

「パーティーではあんなに気高い美しいご令嬢だったのに、別人かってくらい、可愛い顔で笑いかけてきたんだ。何も手助けも出来やしないと思ってたのに、それなのに……君から目の前に現れてくれて、しかもオレなら手伝える気晴らしの冒険者活動がしたいって言い出して、それが嬉しくて、初日はホンットずっと浮かれてた。いや、でも……思えば、ずっと、リガッティーと一緒にいると浮かれる」

 ルクトさんの手がいつの間にか、近付いていて、地面についていた私の右手に、隣り合っては、ぴとりと触れる。


「だって……本当に運命みたいじゃん。出会えて、嬉しすぎた。運命の出会いでなくても――――オレは、掴んで放す気はない」


 一瞬、運命という言葉に照れくさそうに視線を落としたけれど、また私を真っ直ぐに見ては、告げた。

「手助けだけ出来ればって、そう言い聞かせてきたけど……こんな気持ちを抑え込むなんて無理だった。リガッティーが”オレのため”だって……夕陽の中で笑って言った瞬間、この想いを胸の中でしっかり掴んだ。もう手を伸ばして、触れて、手に入れようって」

 いつのことだろうか。思い出す余裕が、今の私にはない。

 耳が熱い。溶けて落ちそうだけれど、ルクトさんの言葉をしっかりと聞かなくちゃ。


 最初の一歩の想いを――――。



「堪らないくらい、リガッティーが好きなんだ」



 見つめ合うルクトさんの言葉にした想いは、止まらない。

「気高い美しいご令嬢でも、可愛さを振り撒く無邪気な少女でも、どんなリガッティーも好き。どうしようもないくらい、全部に惹かれてるってわかる」

 つらいみたいに、眉を寄せて、右手で胸元を握ったけれど、続ける。

「自分の方がつらいはずなのに、オレのためだなんて、そうやって優しくしてくれるリガッティーがホント好き。オレの苦労とかつらさとか、寂しさとか。想像して心配してくれるところ、すんげー沁みる。孤独とか、全然気に留めないで進んできたけど……なんか他人に置いてかれてた気分があったから……だから、オレはそばにいてくれるリガッティーが……優しいリガッティーなら居てくれるって、そう……甘いこと考えて、ずるい気持ちのまま、連れ回したんだ」

 ルクトさんの左手の小指が、私の小指と薬指の間に入り込んだ。


 ――今はリガッティーがいるじゃん。

 ――今はリガッティーがいてくれるじゃないか。


 ルクトさんのその言葉は、簡単に思い出せた。

「リガッティーが優しいからって、ずるいオレは浮かれすぎて、歩調を合わせられてなかったって気付いた。それでも、リガッティーは一緒にいてくれたから……余計、オレはリガッティーが欲しくて堪らなくなったんだよ。オレがずるく無理矢理引っ張っていったのに、可愛く怒るだけで、またそばにいてくれるんだ。もうオレ――――隣は、リガッティー以外、考えられないって確信した」

 参ったみたいに笑っては、眩しそうに目を細めて微笑んだ。


「生涯たった一人の女性ヒトだって思った。オレの唯一無二の女性ヒトだって思えた。オレはもう、君なしでは生きていけないって……そんな人生、考えられないんだって。強く思ったんだよ」


 君なしでは生きられない。そんな人生は考えられない。

 月並みの言葉なはずなのに、胸の中に響いていく。
 ルクトさんの眼差しが与える熱とともに。

「オレには高嶺の花すぎる、いや、他の誰かにとってもそうなんだろうけど。情けないけれど、ホント冒険者としての実績くらいでしか胸張れないオレでも……リガッティーがいてくれるなら、駆け上がって肩を並べたい。これから、身分差とか、平民と貴族の違いとか、障害とか山ほどあるくらいに、こんがらがっている未来になるけどっ! それでも、オレはリガッティー以外は考えられないし、絶対にこの手を放したくない!」

 また手が、いつの間にか、指を絡めるように重なっていた。
 放さない、と言葉通りに、力がこもる。


「鳥かごの外で自由に飛び回るリガッティーと、もっと冒険したいし、どこまでも連れ出すし……ずっとずっと、この先もずっと――――オレは君の隣にいたい。オレの隣に君がいてほしい。好きだ。可愛すぎるリガッティーが好き。全部、好きだ」


 想いは、言葉で、声で、手で、瞳で、伝わってきた。



「オレのたった一人の生涯の伴侶は、君だけだ。だから――――先ずは――――オレをリガッティーの恋人にしてください」



 夕陽を浴びたルビー色の瞳は、私を一途に望む。

 サラサラと風に靡き、夕陽色に煌めく白銀の髪。

 放さないと握ってくる手。


 私の想い人が、最初の一歩を踏み出した。

 その手は握り締めてくれたままだから、次は私の番。


 彼が注ぐ熱で、もう胸の中で焼けるようなほど熱くなっている。
 そこでとろとろに溶けていき、落ちてしまいそう。

 でも、先に、視界を歪ませた涙が、ポロリと落ちた。



 
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