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乙女ゲー異世界転生者【悪役令嬢vsヒロイン】
47 図書室ではお静かに。
しおりを挟む先程、ルクトさんは私をこれからも冒険者として、冒険させるために連れて行くと宣言した。
けれども、『ダンジョン』は、それとこれとは別の話になりそうだ。
貴重な宝石類の採取に、足を踏み入れることもあるけれど……。
魔物の巣窟が『ダンジョン』だ。魔物が襲い掛かることは、回避不可能な迷路。
まだ『黒曜山』をギリギリセーフだとしたら、余裕で『ダンジョン』はアウト判定が下る。
同じ魔物討伐が目的だとしても、やはり『ダンジョン』の難易度は、超難関、危険度マックス。
「……『ダンジョン』は……そうね。近々ね……ええ」
曖昧な回答。はっきりしない返答により、明日出発するという明言は避ける。
「というか、また行くのか? 次は、いつっ? せめて、両親が帰ってからだよなっ? ここまで明るみになったんだし!」
なんとか、ネテイトが『ダンジョン』から意識を逸らしてくれたけれど、次の追及。
明日、その『ダンジョン』へ、出発ですけど……。
「それは、あとで話しましょう。ネテイト。今日はもう解散しないと」
「おやおや。リガッティー嬢」
もう王城での告白を回避したい。
家に帰ってから、とネテイトに言った私に、待ったをかけたのは、大叔父様だった。
「こんなにも、君に手を貸している私達にも、教えてくれないのかい?」
にっこり。拒否権は用意されていないと、圧のある笑顔で問われる。
わ、わあー……痛いところ、突くー……。
大叔父様には、新薬を丸投げしたし、助言もらっては、裁判不参加の口添えまでしてもらうことになった。
テオ殿下とネテイトだって、私のために動いてくれるというのに、隠し事。
「いつから、そんな、いけない子に、なったのかねぇ?」
またもや、ルクトさんの悪影響みたいに、目が向けられている。
「あ、明日……行きます。冒険」
笑みを保って、なるべく行き先を明かさないように、回避を考えた。
あれ。なんだろうね。この既視感。
午前中にも、似たようなこと、必死に考えたわね。
「なんでだよっ? もう冤罪や婚約については解決したし、複雑な事情があるから、お父様達の帰りまで、話は待てって言ったんだし、それまで大人しくしてくれてもいいだろ! 数日もすれば、帰ってくるだろうし」
うん。二人が帰ってくる前に、行きたいのよね。
「ごめんなさい、ネテイト。もう約束したもの」
「いや、だめでしょ。やめてください」
「一度約束したことを破るなんて、嫌」
「だけど!」
「待ちなさい、ネテイト君」
約束したとしても、両親に話すことが優先。
そう食い下がるネテイトを、大叔父様は腕を割って入るように伸ばした。
「なんだか、連れて行くであろうルクト君だけではなく、ギルドマスターまでもが緊張しているように感じる」
笑顔のままの大叔父様は、そう指摘する。
先代王弟殿下に尋ねられても、伏せておきたい『ダンジョン』行き。
緊張が出てしまい、大叔父様に見抜かれた。
たらり、とヴァンデスさんが冷や汗を垂らし、頬をポリポリと人差し指で掻くルクトさんは視線をよそにやる。
「『黒曜山』で大量討伐の話は聞いているよ、リガッティー嬢。かなりハイレベルな新人指導を受けているんだねぇ。先程も、ルクト君が言っていた。”彼女の持ちうるものを制限なしに出してもらうために、どこへだって連れて行きます”……と。しかも最速最年少Aランク冒険者と名高い君は、妥協をしないとまで言ったね。リガッティー嬢の実力を、一体どこで、発揮させるのだろうか?」
私に王族殺害未遂の大罪を回避したアリバイである『黒曜山』の話を向けたかと思えば、次はルクトさんへと話しかける大叔父様。
にこやかだけれど、じわじわと追い詰めてくる感じ。
ルクトさんは、もう何も言えないという表情ではあるけれど、腕をきつく組んだ姿勢で、大叔父様と向き合う。
「はははっ。――――よもや、その『ダンジョン』へ、連れて行くわけじゃあるまいな?」
明るく笑ったかと思えば、その笑みを崩すことなく、一転した低い声を放ってきた。
……怖い。大叔父様。
私も、ルクトさんも、ヴァンデスさんも、撃沈。
微動だにせず、沈黙した。
「……うそ、だろ……? え? 明日……ダン、ダン、ダダっ」
激しい動転をするネテイト。
すまない、義弟。帰ったら話すつもりではあったんだ……いや、翌朝かもしれなかったかな。
「『ダンジョン』とは……やはり『元鉱山のうつろいダンジョン』ですよね? ここで『ダンジョン』と言えば、そこですが……リガッティー姉様が行っても、大丈夫なのですか?」
ネテイトのように動転はしていないけれど、顔に出ている戸惑いは強く、首を傾げて、私を案じて尋ねるテオ殿下。
「ギルドマスター?」
「へいっ!」
圧の強い笑みで、大叔父様に、ヴァンデスさんはビシッと身体を強張らせて、観念した。
「『元鉱山のうつろいダンジョン』は……出没する魔物の強さがまちまちすぎて、断定は出来ませんが、実力的にはSランク冒険者のルクトと居れば、リガッティー嬢は無事帰って来れます。Bランクほどの実力もあれば、大丈夫です。リガッティー嬢は……実際、Bランクの魔物をルクトと連携プレーではありましたが、立ち向かって討伐しました」
「実力的には、リガッティー嬢はBランク冒険者に相当するから、大丈夫という判断かい?」
痛いところだ。サブマスターの欲により、ギルド側から私目当てでルクトさんに回ってきた依頼。
ギルド側が『ダンジョン』へ、新人冒険者を行くように言ったことは、褒められたものではない。
「はい、そうです。トロールだって、リガッティーは一刺しで仕留めました。トロールはEランク冒険者なら倒せる魔物だと、オレは判定してます。さらに加えると……リガッティーはトロールを仕留める直前、ちょっかいをかけてきたBランク冒険者のパーティー五人を、一瞬で戦闘不能にしてねじ伏せてました。新米騎士の団体を倒したことがあると言いましたよね。リガッティーの強さは、明白。Bランク冒険者の実力はあります」
きっぱりとルクトさんは言い退けて、ヴァンデスさんから自分の判断へと、一同の意識を集めた。
誰かが「ヒュッ」と喉を鳴らした気がする。
冒険者パーティーを戦闘不能にしたことに関しての反応……ネテイト? ハリー?
「指導を担当しているオレからすれば、Aランク冒険者と判定してもいいくらいですよ。戦闘経験が浅いので、そこはこれから重ねていき、そして下級ドラゴンを討伐させてAランク冒険者並みだと、堂々と胸を張ってもらいたいと思ってます」
「ルクトさん???」
ここで、何を言ってくれているんだ。
下級ドラゴンは討伐しに行きませんからね? 行きませんから!
「……相棒」
「うぐっ……!」
子犬みたいに上目遣いをしてくるルクトさんに、ズキュンと撃ち抜かれた胸を押さえる。
相棒として隣にいてほしいルクトさんは、下級ドラゴンを討伐させてAランク冒険者の実力を、発揮してほしいのだろう。
肩を並べられる実力発揮で自信を持たせたい気持ちは、本物だとはわかる。
――――でもね。でもですね!
その実績を持たせては飛び級ランクアップに有利に動くように、という打算があるとはわかっていますから! 正真正銘! Aランク冒険者に、押し上げる気だって、見抜いてますからね!!
「あの、申し訳ないのですが……確認させてください。自分の記憶が間違いでなければ……『ダンジョン』は、ここからだと一日かかりますよね?」
そーっと、顔を強張らせたスゥヨンが、手を上げては、発言する。
一同は、彼に注目して、目を見開く。
「というか……一日では戻れない距離だった……ような……」
否定してくれ……、と言いたげな弱々しいカラ笑いを浮かべたスゥヨンは、顔色が悪い。
ネテイトに続いて、一同が私とルクトさんの元に戻る。
「…………三日くらい……留守に、するわ……」
ネテイトとスゥヨンに向かって、そう呟くように告げるしかなかった。
サァアア、と血の気が引く音が聞こえた気がする。誰かしらね。
「外泊!? 無断外泊!? 『ダンジョン』へ無断外泊とかっ! 最悪かよ!!」
がしっと腕を掴んできて、ネテイトは詰め寄った。
「そうね……」
「殺されるぞ!?」
「え、物騒」と、ルクトさんがそばで、思わずと言った風に反応する。
「事情を説明することはおろか! 冒険者になったことも話してないのに! 『ダンジョン』へ無断外泊!」
「そうね……」
「そうね、じゃないから! お母様に殺されたいの!? せめて、帰ってくることを待って、許可をもらうべきだろ!?」
「許可が出るわけないから、今の内よね」
「確信犯か!! 最悪だよ!!」
必死の形相のネテイトから、目を背けた。
確信犯よ。許可をもらえるとは思わないから、不在の内に、行ってくるの。
怒号を響かせるお母様とは…………帰ってから向き合うわ……。
「やめてくれ!」
「もう約束したことよ。決定事項」
「くっ~~~!!」
目を合わせて、諦めてもらおうと、譲らないときっぱり告げる。
ネテイトは、顔を真っ赤にさせた。そして、バッと掴んでいた私の腕を振り払うように放す。
「だったら実力行使! 力尽くで止めてやる!!」
「え? それでいいの? 受けて立つ!」
「ぐああ! 負ける気しかしない!!」
ドンと言い放つから、私もドンと言い返してやったら、ネテイトが頭を抱えて床に蹲ってしまった。
ええ。私も勝つ気しかしないわ。
闇魔法の使い手よ? つよつよよ?
弱体化の魔法が、豊富。足止めなんてお手の物だから、私の方が追いかけてくることを食い止めて、さっさと出掛けるわ。
「ネテイト様! 全員で! 現在いる家の者総出で、力尽くで止めましょう!!」
「わあ、大人げない」
「いや、この場合、大人げないのはリガッティーお嬢様ですよ……」
なんとか蹲ったネテイトを励まして支えるスゥヨンは、遠い目をして言葉を返す。
総出で、力尽くで止めるって。
響きが、絶対に大人げないのに……。
「リガッティーの家はホント、笑っちゃいけないけど面白いよね」
「「いや! あなた! あなたが元凶!!」」
「え、えぇー……」
笑うことは控えたけれど、面白がっているルクトさんに、ネテイトもスゥヨンも、クワッとした形相で言葉を力強くぶつけた。
そうも言えるけれど、この『ダンジョン』行きが決まってしまったのは、私の方が原因と言える。
冒険者ギルドの信用を落としかねない、話せないことだから、ルクトさんも頭の後ろ掻くだけ。
「これは『黒曜山』でストーンワームを討伐した二人が適任だと思い、ストーンワームがやってきたであろう『ダンジョン』の調査の依頼が来たんですよ」
「ストーンワームだって?」
今度はヴァンデスさんが、なんとか反対雰囲気を和らげようと明かした。
ネテイト以外が、その魔物の名前に驚愕を示す。
「先程ルクトが言ったリガッティー嬢と協力して討伐したBランクの魔物です。『ダンジョン』から来たとしか思えないので、何かしらの異常がないか、冒険者ギルドの調査機関からの指名なんですよ。ストーンワームが出没したことすら、異常ですがね」
「確かに異常だ。それではなおさら、リガッティー嬢が行くのは、危険じゃないのかい?」
「なんとも言えませんね。しかし、ここ最近は、他に『ダンジョン』内の異常は報告がありませんので、手に負えない事態にはならないかと。こういう場合、上位種の誕生の要因のヒントを持ち帰るだけとなりますが……ワーム自体が、レアなんですよね。他にワームがいれば討伐するという形となるでしょう」
「ふむ……確かにそうだ。王国内でワーム自体が、ね……」
ワームの上位種の一つ、ストーンワーム。
ヴァンデスさんが挙げたのは、過去に該当する例に過ぎない。
上位種の出没近くには、下位種が繁殖していたりする。
本当は何がどう待ち構えているか、わからないのだ。
でも、大規模モンスタースタンピードほどの危険はないだろう。そんな危険はない。
だからこそ、ルクトさんも実力を考慮して、私も行けるという判断を下した。
「必要な調査だということだね。まったく……リガッティー嬢は、困ったさんになったものだ。きっかけを与えた身内のせいだがね」
仕方なさそうに肩を落とした大叔父様は【収納】魔法から、何かを取り出す。
「今日は解決のお祝いを伝えるついでに、例の新薬について、話しに来たんだ」
「これは? 改良されたものですか?」
渡されたのは、二つの小瓶。
新薬といえば、新治癒薬。
開発が出来たあと、レインケ教授が改良作業していたけれど、それだろうか。
「そうだよ。レインケ教授から、リガッティー嬢が試供品を三つ持って行ったから、改良版も持っていいと言ったんだ。冒険者活動のためだったんだね?」
「はは……まぁ、そうとも言えますね」
思わず、ちらりとルクトさんに目をやってしまった。
冒険者活動のためと言えば、冒険者活動のためなのだけれど。
冒険者活動をするルクトさんの治癒のための魔法薬が欲しかったからだ。
「リガッティー?」
そのまま、名前を呼んできた大叔父様は、私の視線の意味を問い詰める。
やれやれと言った様子で、やんわりと促すように、隠し事を明かすべきだと伝えてきた。
「本当に冒険者活動のためです。ですが……深く話すと、とても複雑でして。お任せした大叔父様に、ちゃんと全てをお話したいところですが……難しいですね。この新薬の公表も、大きな激震が走りますが…………この開発を再開した理由には、いずれ、然るべき対応を取っていただくべき案件だと思っています。とても、慎重に」
とても、慎重に。深刻さを伝えるために、力を込めた。
「……ふむ。想像以上に、根が深いのか」
「はい。悪いことにならないことを、願っています」
「……わかったよ。これ、その改良版の新薬の効能の鑑定書」
「! 流石は改良版ですね……前より上がってます」
「ああ、そうだよ。実は、もっと君達と話したいとレインケ教授が言っていたんだ」
俯いてしまえば、大叔父様は今は引き下がってくれて、肩に手を置いてポンポンと宥めてくれる。
それから、新薬の鑑定書を手渡してくれた。
ルクトさんも、私の肩越しから覗き込むので、よく読めるように差し出す。
「ん? 素材変わってるじゃん。これのことを話したいのかな?」
ルクトさんが違いを見付けたから、私も彼が持つ紙を覗き込む。
「それは定かではないけれど……リガッティー嬢。この新薬について、もっと深く関わらないかい?」
「!」
大叔父様は、恐らく、それを伝えに来たのだろう。
「深く、とは? 開発の助手だけではなく?」
「そうだ。いい話ではないかい? まだ伏せている理由が何かはわからないが、新薬の実績は都合がいいのでは?」
ちらり、とルクトさんに視線が寄越される。
大叔父様は、ルクトさんが関連しているとしかわかっていないが、阻む理由でなければ、新薬についての特許権を握ることを勧めてきた。
将来を考えれば、これを手柄にするのは、より立場が盤石なものとなる。
私の視線も受けて、ルクトさんはどう捉えるべきか、わからなそうに怪訝な顔になった。
「……ええ、そうですね。ありがとうございます、大叔父様。私も今後の進路のために、何かを始めようと思っていたのです。あとをお任せしましたが、この新薬に携わってもらえるかどうかを思案もしました……手に余ると思ったのですけれど、大叔父様がそう提案してくださるなら、最善を尽くしたいです」
「うーむ。結局のところは、冒険者のためになるんだと思うと、なかなか複雑だよ」
「それは否定は出来ませんが……冒険者のためだけの魔法薬ではありません」
冒険者活動にまだ物申したいのだろう。本当に複雑そうな苦い笑みを見せる大叔父様に、私は素直に認める。
けれども、冒険者だけの魔法薬ではない。
そう小瓶を、透かして見る。
光魔法の治癒を込めた『ポーション』ではない、全く新しい治癒薬。
「そうだね。画期的な開発による新薬が、世界を変えるだろう。そういえば……レインケ教授曰く、特別な技術は自分ではなく、リガッティー嬢のものだと言い張っていたよ? その点でも、リガッティー嬢はすでにこの新薬で大きすぎる貢献をしているんだ。携わるべきさ」
特別な技術……。トロールの心臓から、自己再生能力を、魔力で絞り出して、魔法薬に注入するアレか。
発案者はレインケ教授だというのに、私は実践しただけだ。それは、私の貢献と言えるのだろうか。
「オレもレインケ教授と同じく、リガッティーのものだと思うけど」
首を捻りたかったのだけど、ルクトさんが先回りするかのように、レインケ教授の意見に賛同した。
「リガッティー嬢にはまだまだ何かあるようだから、君が取り掛かれるように、なるべく話をまとめておくよ」
「ありがとうございます、大叔父様」
手に余るだろうけれど、大叔父様がなるべく進めてくれるというなら、なんとか私も携わっていけそうだ。
私は安心して、胸を撫で下ろす。
「あの、リガッティー姉様……」
恐る恐るというように、テオ殿下が口を開いた。
「激震が走る新薬の開発とのことですが…………なんだか、大きく複雑なことを抱えすぎていませんか? 大丈夫ですか?」
「…………そうですねぇ……今のところは、大丈夫ですが」
テオ殿下が微苦笑ながらも、真剣に私を心配する眼差しを向けてくる。
オレ様王子と婚約解消はしたけれど、狙ってくるであろうヒロインの問題がまだ残っている。
ルクトさんとのことが、かなり複雑に絡み合った事情で、慎重に進めなければいけないこと。
そして、同じく慎重に進めるつもりで、またもや複雑な事情が含む、激震が走るほどの画期的な新薬。
三つの指を折って数えてしまったのだけれど。
「あと、魔導道具の件」
「え? 別に複雑なこととして抱えてませんが?」
横からルクトさんに、もう一本と数に入れるために指を動かされた。
「魔導道具?」とヴァンデスさん以外が、声を重ねて聞き返す。
「リガッティーが、とある魔導道具研究所のエリート職人達から多数の意見を求められて、これまた画期的な新発明の手助けを……」
「大袈裟です。違いますよ?」
「新薬から魔導道具……冒険者としても偉業を成し遂げるリガッティーが、新時代を開拓すると思います」
「ルクトさん~???」
また新時代というワードを……!
そして、ちゃっかり冒険者として偉業を成し遂げさせようとしている!
偉業を成し遂げた冒険者は、10体の下級ドラゴンを討伐したあなたですが!?
「義姉上……な、何を…………」
失神しそうな蒼白の顔でよろけたネテイトは、消え入りそうな声を出して、スゥヨンの胸に手をついて、なんとか崩れ落ちないように踏み止まった。
「……まぁ、リガッティー姉様なら」「……まぁ、リガッティー嬢だから、ね」
「えっ、お二方???」
何故か、テオ殿下と大叔父様が、達観しような目で小さく微笑み、頷く。
どうして、慈愛のような笑みを向けるのですか???
「我が王国の王妃として、偉大な女性として名を遺さないなら……それも十分、いいと思います」
「待ってくださいませ? テオ殿下? 一体私をなんだと思っていらっしゃるのですか?」
「? ……何をやっても凄い、私の憧れの姉様です!」
キョトン、と小首を傾げたテオ殿下は、幼い頃のような天使の笑みを見せた。
天真爛漫な笑顔で、無邪気に尊敬の眼差しを注ぐテオ殿下は、光属性をお持ちではない?
そのキラキラに、浄化されそうなのですが……。
「わあー……ありがとうございます……」と棒読みの返事しか出せなかった。
テオ殿下の中でも、私は崇拝されている域に尊敬されている気がしてきたけれど、気のせいでありたい……。
いや、待って? 私なんで、身内当然の王族の方に、新時代を開拓出来るって思われているのだろうか?
「さてはて……そんなリガッティー嬢を、一体そばで、誰が支えられるだろうか?」
にっこーっと大叔父様が目を向けていたのは、ルクトさん。
ルクトさんは、にっこーっと笑みを返す。
また険悪な空気を感じ取り、私はようやく、気が付く。
……大叔父様。もしかして、ルクトさんを、牽制してない?
娘との交際を反対する父親の如く、阻もうとしてない?
え? 何故? ルクトさんの何が、気に入らな……? あ、身分的にも、反対はするかぁ……。
私の実の父親だって、平民ってだけで、カッと目を見開いて睨むだろうな……。
…………何故、大叔父様がしているのかしら? あ、家族としての心配からかぁ……。
「私は応援しています!」
キリッと宣言するテオ殿下。失脚した兄が失態の挽回しなければ、未来の国王なのだけれど、もう私の天使な弟にしか見えなくなってしまった。キラキラ可愛い……。私の弟二人は、何故ショタ枠……? もう一人は今、意識を手放しかけているけども……。
「もちろん、全力でお支えします!」
「私達の方が支えると、午前中に言ったような……」
未来の国王として支えると言われているのは、気のせいではないから、恐ろしい……。
「私に出来ることは何なりと頼んでくださいね、リガッティー姉様」
「うむ。私達がいること、忘れてはならないよ? リガッティー嬢」
王族のお二方が、全力で助けてくれる。
ありがたいけれど、恐れ多いので、複雑。
でも、そこには家族愛があるので、引きつった笑みは悪いだろう。
だから、心からの感謝を込めた笑みで「ありがとうございます。テオ殿下、大叔父様」と言葉を返した。
改めて、これからの各々の動きを確認。
私はしっかりと今は打ち明けられない事情を、ちゃんと話すことを約束した。
そうして、やっと王城大図書室から解散となったのだが。
「あの……次回のご利用の際は……お静かにご利用ください…………」
出る前に、勇気を振り絞った様子で、伝えてきた男爵夫人は、司書としての遠回しではあるけれど、今日はうるさかったという注意をした。
振り返れば、遠慮なく喋り倒した……。
特に、ネテイトが叫んでいた。
大図書室は少しのお喋りなら気にならない防音効果の魔導道具が置かれていて、今日は利用者が他にはいなかったが。
図書室では、お静かに。
………………すみませんでした……。
私達は、今更ながら、静かに、謝罪をした。
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