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乙女ゲー異世界転生者【悪役令嬢vsヒロイン】

44 光魔法と聖女について。

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 ディエディールド王城。

 中にある図書室は、王城大図書室と呼ばれ、陽射しが直接差し込む三階の中央庭園にいた私達の足元の二階にある。
 王城の後ろの位置にあるのは、大図書室と呼ぶだけあって、二階の奥の中央区画の三分の一は場所を占領していると言える部屋は、図書館と呼ぶ方が相応しいと思っていた。

 巨大すぎる迷路を少し早い歩調で進んでいき、到着。


 三つの内の一つの真ん中の大きな扉を開いてくぐれば、先ずは中央にドーンッと置かれた長いテーブルが目に入る。
 他にも、ずらっと均等に並べられた本棚の間に、本を置いて読むだけの十分なスペースのテーブルだけが置いてあるという配置になっていた。
 壁には、二階に上がれる階段と、足場に転落防止の柵があって、壁にも本が詰め込まれた本棚がびっしり並んでいる。
 高い天井のそばには換気のための小窓もあって、陽射しは差し込むことはあるけれど、その小窓では広すぎる室内を照らすのは無理。だから、灯りの魔導道具がテーブルと同じ位置に配置されて、全体的に明るくさせていた。本が日焼けしないための対策。


 こんなに広くても、通常待機している司書は三人だけ。

 そんな司書は顔見知りなので、にこやかに挨拶をした。
 しかし、ちょっと気まずげな引きつり気味の笑みを返される。

 そうだった。王子に婚約破棄を言い渡された令嬢だったわ……。
 これから、こういう反応をされるのよね。

 あえて言い触らす必要はない。
 というか、少々王室を貶める発言に該当しかねないので、王子が濡れ衣の罪を理由に婚約破棄を言い渡したのだ、と大きな声では言えないのだ。

 婚約解消だって、重臣には告げるだろうけれど、大々的には公表はしないだろう。

 世間だけには、婚約解消の事実だけを肯定。
 ただし、詳細は口を閉じる。そんなところだろう。

 でも、緘口令を敷かないのだ。知る人が広めていくだろう。
 第一王子の失脚。当分は、謹慎。過ちの挽回のためにも再教育を受ける。
 それは新学期が始まって、第一王子が停学または休学していると知るなり、爆発的に噂が広がるはずだ。
 私は平然と登校しているのに、第一王子達が休学。
 どういう結果になったかは、予想がつく。

 学園内に広まり、そしてまた王都中へ、それから王都の外へ。尾ひれはひれの噂は、今度は婚約解消の事実を知らせる。
 誰が悪いのか。
 それは、ジュリエットの大罪を噂に流して、誘導していくだろう。


 王城で働く者なら、当然、王子婚約破棄事件は知っている。

 さらには、どうやら、春休みからこの大図書室に足を通う貴族が増えたらしい。
 少しでも噂の進展、真相を知ろうと、ここで聞き耳を立てていたそうだ。

 それで三日目には、厳しく注意をして、利用を制限させたらしい。
 王族殺害未遂の事件もあって、大図書室の利用のために登城する貴族は、よほどの理由でない限り、引き返すようにと、指示が出されたそうだ。
 王族を狙う輩の侵入の警戒。

 おかげで、今日の大図書室利用者は、私達が最初となった。貸し切りというわけだ。


「どうしましたか? なんだか変な空気を感じますが、言いたいことでもあります?」


 ここ数日の事情と出入りの具合を聞き出したあと、普段は柔らかい雰囲気をまとっていると評判のテオ殿下が、にっこーっとしているのに棘を出したため、私はどうどうと密かに宥めた。

「光属性の魔法について、調べたいのです」
「かしこまりました。わたくしが、お手伝いさせていただきます」

 テオ殿下に少々顔色を悪くしているが、笑顔で対応をする司書は、男爵夫人だ。
 とある読書会サロンの常連様だと、ここを利用している時に、直接聞いたことがあるくらい、本好きな方。

 魔法関連の本は、魔法の歴史と各属性に分けて並べてある。その量は、膨大なのだ。

「ひょえぇー……王都学園の図書室より、絶対多いよな」

 実用性のある魔法を王都学園の図書室で発掘してきたルクトさんが、そう声を零すほどだった。

「はい。でも、ここの大図書室は……保管という意味合いの方が、強いのですよ」
「保管?」

 司書の男爵夫人の後ろを歩きながら、ルクトさんにそう教える。

「後世のためにも、あらゆる分野の書物をここに置いているのです。作家にとって、名誉あることですね。ですが、調べ物をするとなると困りますの」

 そう微苦笑をしてしまう。
 ルクトさんとヴァンデスさんがキョトンとしている間に、魔法関連のコーナーに到着。

「ファマス侯爵令嬢の仰る通りです。だから、わたくしのような司書がいるのですよ。魔法関連の書物は、この二列の棚、あと壁の本棚に詰められています。魔法の歴史に関する書物だけでも一つ分の棚を埋めています。各属性でなるべく分けていたり、あらゆる属性の魔法を一冊にまとめて記した書物もあります。歩き回って探さないといけなくなりますし、何よりも……別の著者が書いただけで、内容が酷似した書物が、10冊あるなんてざらなことなのです」

 サッと手で差しながら、初めて利用するルクトさんとヴァンデスさんに、司書の夫人は小さく笑って説明してくれた。

「えっ……10冊って……」
「なんでまた?」
「内容が似たり寄ったりなだけで、その著者による注釈や、他にも加えた情報や、無駄だと判断した部分の削ぎ落し……色んな作家の自分流の本に仕上げた本が、複数あるということです。特に大きな声では言えませんが、貴族の方が書いたそういった本も、ここに並び、保管されがちなのです」

 私が小声で伝えておけば、司書の夫人とテオ殿下がクスクスと笑う。
 貴族の自慢げに書かれた気取った文章による解釈の本も、いくつも並べられてしまうために、数だけは多いのだ。

「ですが、光属性の魔法ならば、希少属性故に、それほど多くは…………申し訳ございません。ありました」

 司書の夫人は、光属性の魔法専用の棚の前に移動すると、謝ってから、言い直した。

「あぁ……神聖扱いされる属性ですからね……」
「……過去の貴族の方々が書いたのでしょうね。名家、ばかりです……」
「神殿に関わりある方々でしょうか。……問題は、内容が求めている魔法によるものかどうかですわね。光属性の魔法についての称賛が、つらつらと並んでいる文章がある気がしてなりません……」

 テオ殿下、ネテイト、私で、遠い目をして、ぎっしりと詰め込まれた本を見上げる。
 タイトルをザッと目にしたところ、偉大な癒しの魔法についてや、光魔法は救いだとか、そんなものばかりで、光魔法の種類についてを見付けるのは大変そうだ。


 苦笑をするルクトさんとヴァンデスさんとも顔を見合わせて、手分けして探そうと気合いを入れた。


 テオ殿下やネテイト、そして司書の夫人はもちろん、テオ殿下の側近としてついてきたハリーも、途中で呼び付けたネテイトの従者スゥヨンも、護衛のための近衛騎士の二人も、手伝ってくれる。




 昼食の時間となれば、手配してくれたものを食べに行く。
 大図書室がある二階にはないため、上の三階に、貴賓室が並ぶ区画があり、そんな貴賓客のための食堂を使わせてもらった。

 ルクトさんとヴァンデスさんも、王城の料理にご満悦。舌鼓を打っている。

 そんなヴァンデスさんに隙あらば、ハリーが冒険者関連の話を振っては聞き出す。
 冒険に憧れる男の子だな、と思った。

「ルクトさんは、リガッティー姉様の新人指導期間を終えれば、晴れてSランク冒険者になるのですよね?」
「ん? はい、そうですよ。新人指導はBランクから担当することが出来て、でもランクアップの条件としては、Sランクの時には埋まっていないとだめなものでした。だから、後回しにしたまま、二年間はAランク冒険者として活動してましたよ」

 テオ殿下の質問に、ルクトさんは目をパチクリさせたあと、気さくに笑いかけて答える。


「そうなんですね。Sランク冒険者になるには、下級ドラゴンを5体討伐しないといけないと聞きましたが、やはりもう5体は倒したということですよね?」


 ニッコニコーとテオ殿下が嬉々として尋ねたのは、答えを慎重に選ばなくてはいけないものだ。
 ハリーくん。またもや、余計な情報を与えたのは、君だね?

 いつもならケロッと自分の実績を話してしまうルクトさんは、制限されていることを覚えててくれて、ちらりと戸惑いの目配せを送ってきた。
 幸い、ルクトさんとは隣だったので、テーブルの陰の見えない位置で、指を広げた掌を、下に振り下ろすジェスチャーを送る。

 五本指。下。


 つまりは、5と指示。


「ええ、もちろんです」

 とりあえず、数を明確に答えないことにしたルクトさん。
 伝わった。よかった。

「どんな下級ドラゴンを討伐したのですか? 大きさや属性もまちまちの下級ドラゴンを5体も知っていて、その上、討伐したなんて! ギルドマスターもSランク冒険者ですから、二人合わせて10体の下級ドラゴンについて、ぜひお聞きしたいです!」

 キラキラと無邪気にはしゃいだ笑みで、テオ殿下は深く掘り下げてきてしまう。ハリーは便乗して、コクコクと頷いて催促をする。

 合わせて10体……それがルクトさんの討伐数なんですけどねぇ……。

 とりあえず、ルクトさんには、もう一度、五本指の手を下に振り下げるジェスチャーを送る。

 話すなら、5です!

 ルクトさんも、目立たないように、小刻みに頷く。
 でも、今までペラペラ話していた自分の話を制限されたことはなかったためか、難しそうな顔で少しの間、黙り込んだ。


 間違っても、8体目と9体目の下級ドラゴンの番の討伐の話は、絶対にだめです!


 二本指と、バッテンを、テオ殿下達には見えないテーブルの下で、強めに振って訴える。


 わかってる……わかってるから。


 そうルクトさんも、テーブルの下で掌を見せては、また小刻みに頷く。


 ひやひやしながらの下級ドラゴンの討伐の冒険の話で、男の子達は盛り上がった。





 食後のお茶もいただいたあと、もう一度大図書室へ。

「聖女についての書物をお願いします。特に、二代目の聖女の書物は、全てお願いします」

 大図書室に入るなり、私は司書の三人に頼んだ。

「聖女まで? 強力な光魔法ではあるけれど……なんでまた二代目の聖女?」

 ネテイトに、首を捻られた。

「……魔族とのいがみ合いを止めた一人でしょう? 魔族の大半は、闇属性の魔法が使える。偏見による解釈では、聖女の光魔法で闇属性持ちの魔族を制圧したなんて説を唱えているものもあるから」

 ちらりとルクトさんを一瞬だけ、一瞥した。
 目が合ったルクトさんは腕を組んで、考え込む仕草をした。

 魔族の血が流れているせいか、光魔法が込められた治癒薬『ポーション』が効かない体質のルクトさん。
 何か関連があるかもしれないし、そちらの対策案も見付かるかもしれない。

「それだと、王室特別図書室にあります。入室の資格のあるお方のお許しがあれば……」
「私が許可をします」
「かしこまりました。テオ殿下の許可で、入室を許可します」

 テオ殿下がすぐに言えば、王室特別図書室も入れた。

 とはいえ、あまり大勢が入り込むのは躊躇われる場所。ヴァンデスさんはすぐさま遠慮をする。
 元々、ぎっしりと詰められた文字のページすら、見るのが億劫なのだとか。
「見た目通り」と、ルクトさんにケラケラと笑われた。

 ルクトさんも「気になるけど、流石に、他の魔法の書物はだめっしょ?」と、聖女に関してではなく、他の魔法を学びたくなってしまうからと、入室を遠慮。
 スゥヨンもハリーも、恐れ多いと断った。

 だから、中で重要視されている本を閲覧したのは、私とネテイトとテオ殿下だけ。


 あとは外で、司書に運んでもらった聖女関連の書物にも、目を通して調べてもらった。



 この世界の創造主、女神キュアフローラ様。万人を愛して、癒す女神。
 そんな女神が、光属性の持ちの少女に強い力を与えて、万人を癒す聖女として、地上を託したという伝承。

 他国にもそんな聖女と呼ばれた者がいるが、このハルヴェアル王国では、800年の歴史の中で、三人だけ。

 一代目は、女神キュアフローラ様の分身とまで言わしめた大変美しい少女だったそうだ。約800年前。
 二代目は、強力な光魔法で、争いが絶えない人間と魔族にいがみ合うことをやめさせた功労者の一人。それが約500年前。
 三代目は、まだまだ幼い少女らしかった。それでも、強力な光魔法の癒しで、多くの命を救った最年少の聖女。それが100年前。

 二代目の聖女ベアシリアン。書物の挿絵では、ゆるふわカールの女性が手を合わせて祈るポーズをしていた。
 彼女の人柄、そして、どんな魔法を使っていたのか。その情報は見付からない。
 人間と魔族の争いをやめさせた功績ばかりが書かれていて称賛の言葉が並んでいる。

 ちなみに、その争いをやめさせたのは、ハルヴェアル王国の勇者と呼ばれた方、他国の王女、王子、そして、流浪の賢者、最後に魔族の女王だった。
 戦争は彼らが結託して収束させ、それから、もういがみ合わないと人間と魔族の王族達が世界中に宣言したのだ。


 目ぼしい情報を得られないまま、関連がありそうな本を見通し終えた。


「だめだな……いくら探しても、治癒系の魔法しか見付からない」
「闇魔法を消し去る魔法もありますが……かと言って、闇魔法の使い手への攻撃魔法というものはありませんな」
「光魔法の攻撃魔法も、他の属性と比べれば極端に少ないですし……闇魔法の使い手だけに効果覿面な攻撃魔法なんてものは記されてはいません」
「攻撃として光りの刃や槍の形を放つような魔法ならともかく…………リガッティーお嬢様に痛みを与えたような、他人に害を耐える類なんて、何一つとありませんね」


 王室特別図書室から諦めて出れば、調べた結果をルクトさんとヴァンデスさんとハリーとスゥヨンの順で教えてくれた。

「そうですか……。こちらも、歴史に遺すべき功績についての称賛ばかりで、これといった情報がなかったのです」
「聖女か。こっちも聖女について読んだけどさ……? 書いてなかったんだけど」

 ルクトさんが一つの本を手にしては、首を傾げて尋ねてくる。

 手にしているのは、聖女について。どうやら他国の聖女についても少しだけ書かれてはいるけれど、はっきりと聖女と確定して呼ばれる基準、判定や条件などが書かれていないとのこと。
 私達が王室特別図書室で読んだ聖女に関する本にも、明確なそれはない。

 、特別に強力な光魔法の使い手になるわけじゃない。
 使、聖女になるわけでもない。


「私としては……自然に大勢の方がそう呼び、神殿の方々がそれで認めた方が、聖女として歴史に遺ったのかと思うのですが」
「まさにそうだよ」


 年を重ねた素敵な男性の声が、そこにやってきた。


「大叔父様っ」


 先代王弟殿下であり、ミッシェルナル王都学園の学園長、ディベット様。
 歩み寄る彼に、私も目の前まで、てくてくと控えめな小走りで行く。

「大叔父様? なんだい? ご機嫌だね。””私へのご褒美かな?」
「ふふ。バレてしまいましたか。そうですわ。大叔父様のおかげで、が出来ましたもの」

 媚びた声だとバレバレで、言い当てられた。でも、嬉しさを隠さない笑みを零す。

 学園長の緘口令を敷かないという選択のおかげで、国王陛下をからかっての後押しをして、婚約解消のサインをさせられたのだもの。

「そうか、それはよかった」と、学園長も目元を緩ませた。

「大叔父様。リガッティー姉様に会いにいらっしゃたのですか?」
「テオ。まだ姉様と呼ぶのかい? 私も、もう大叔父様と呼んでもらえない……とても残念だ」

 テオ殿下も、自分の実の大叔父の前へ行き、にこりと笑いかけたが、学園長は落ち込んだ表情を作って肩を落とす。


「いえ。僕はリガッティー姉様に許可を……間違えました。血縁者の不祥事ということで、償いとして、呼び続けることを言いつけられました。こうなってしまっても、今まで通り、大事な家族と思っていると証明し続けろと。アリエットも道連れで、リガッティー姉様とネテイト兄様と、そうお呼びをするのです」
「なんと。それならば、私も同じ血縁者だ。その責任として……大叔父様呼びを受けなければいけないな、うむ」


 テオ殿下はわざとらしく深刻そうな表情をして、嘆くように頭を振った。それに便乗した学園長は、真剣に頷いた。

 二人のおかしな茶番に、私はクスクスと笑ってしまう。


「そうですわね。血縁者ですもの、これからも大叔父様呼びを許してもらわないと、割に合いませんわ。あ。時と場所は、気を付けるのですよ?」


 私も調子を合わせる。
 念のために、テオ殿下に注意をしておく。
 わかってますよ、と込めてテオ殿下は明るく笑った。

「それで? どうして、聖女について、こんな人数で調べているんだい?」

 小首を傾げて、大叔父様はテーブルに積み上がった本を覗き込んだ。
「光魔法かい?」と調べているものは、聖女というより、光魔法の方かと言い当てた。

「はい。光魔法について、情報を集めていたのですが……その前に、大叔父様は、聖女の決定について何かご存知なのでしょうか?」

 大叔父様の登場の際の、肯定の理由を確認する。

「少なくとも100年前の三代目聖女は、群衆から祭り上げられて、神殿の大神官長が聖女のを授けたとのことだよ。王室特別図書室の隅に、遺された王族の日記の一つに、その日のことが書かれていたものを読んだんだ。当時の王子が、神殿の授与式に参加して、あまりにも幼い少女を見て憐れんでいたよ。世界の救世主のような扱いをされて、委縮していたってね」
「まあ。そうだったのですか……他の書物には、そんな記載はありませんでしたわ」
「そんなものさ。その後は立派に聖女を務めたから、それだけが歴史の書物などに書き遺されたのだろう」

 とにかく、大勢の国民に認められたのちに、神殿の最高責任者から授けて、それから聖女という称号を得るという認識で間違いないのだろう。

 だから、あのジュリエットがさらに強い光魔法を覚醒させたとしても、聖女という特別なパワーアップ効果のある称号は得たりしない。その点の心配は、いらないのだろう。

「例の令嬢が、強い光魔法の使い手だから調べているのかい? とにかく、光魔法について調べたいのだったら、神殿の記録書物室を当たってみるといいよ」
「神殿、ですか?」
「何か詳しいことが記録されているということですか?」
「うーん。確かなことは言えないが、王室特別図書室に王族の日記が遺されているように、聖女本人、またはそばにいた神官などからの日記から、身近な光魔法の情報について得られるんじゃないかい?」

 テオ殿下と問えば、そう返されたので、ネテイトと三人で王室特別図書室を振り返ってしまった。

 なるほど。聖女本人の日記か。

 でも、ちょっとそれは、現実的に触れさせてもらえるかどうか、疑わしい。
 テオ殿下と目を合わせれば、彼も同じことを考えたようで、難しそうに眉間にシワを寄せた。王族の特権で、テオ殿下が閲覧出来るかどうか。

 正直、王家と神殿は、協力関係ではあってはいるが、この王国の神殿の信者達の女神崇拝は過激だ。『ポーション』すら、神聖のものとして崇めているし、聖女の私物すらも、崇めていそうなくらい熱狂的だという印象が濃い。
 それに私は、神殿には行きたくないしなぁ……。

「どうしたんだい? リガッティー嬢?」
「はい?」
「顔が曇っているよ」
「あ、いえ……神殿には行きたくないな、と思いまして。闇魔法の使い手のせいか、どうも気分が悪くなってしまいますから」
「そうだったのか」
「それもあるのです。いえ、それが原因で調べ始めまして」

 大叔父様に、ジュリエットと二人で話すために【影映し】という闇魔法で接触したら、追い詰めすぎて光魔法で消し去られたという話をする。そして、私は影響で受けた痛みのあとに、神殿にいる時と同じ気持ち悪さを覚えたため、嫌な予感に付き合ってもらい、こうして調べ物を始めたのだと説明した。

「それは確かに、嫌な予感を覚えるのも理解が出来るね。例の令嬢は、もちろん投獄塔の部屋で、裁判待ちだろう? 多少の猶予がある中で、リガッティー嬢にダメージを与えた光魔法を極められて、攻撃の準備をされるのは警戒しておくべきだろうね。投獄部屋内なら、魔法の練習ぐらい出来てしまうし」

 そうなんですよねぇ、と大叔父様に相槌を打つ。

 有罪決定の暫定死刑囚でも、順序があるし、執行まではまだまだ遠いはずだ。
 外部からの攻撃も、内部からの攻撃も受けない投獄塔では、部屋内で魔法の練習は出来る。
 刃物を研ぎすませる時間を、与えているようなもの……。


「ちょっと、すみません」


 ルクトさんの声が右耳のそばで聞こえたかと思えば、背中に張り付くみたいな距離に、彼を感じた。

 私は、ピシリと固まってしまう。


「裁判って、どういうものなんですか? リガッティーも参加するから、その時が、危険だということですか?」


 ルクトさんは、そう大叔父様に尋ねた。
 のだと思うけれど。
 固まってしまった私は、真横にあるルクトさんの顔を見れなかった。


「どうなの? リガッティー」


 触れる近距離にあるのに、ルクトさんがこっちを向いたらしい。

 と思いきや。


 私の肩に顎を乗せてきた。ぴったりと、ルクトさんの頭が、頬に触れる。
 なんだか、冷たいように感じる白銀の髪は、サラッとした感触だ。


 ボッと、熱が、顔を爆発させた。

 耳から熱で溶けて、落ちてしまいそうだ。


「あ、義姉上あねうえがっ……!!」
「素で……照れてる……!?」
「初心に、恋する乙女のように……!」


 ネテイトとテオ殿下と大叔父様が、目を見開いて、驚愕で口まであんぐりと開く。

 見られているという恥ずかしさが追加されたけれど、それどころじゃない。


 ルクトさんが。
 ルクトさんが、顎を肩に! 近距離! むしろ、ゼロ距離!


 う、動けないッ……!


 衝撃的なあまり、身体の動かし方を、忘れた!


 え。私にどうしろと?
 え。ルクトさんは何をしてるの?
 ええぇ?


 あなたは、確かに私をよく驚かせる人けれど……いきなりでこんな接触ってありですか!?


「あ。つまりは、?」
「! ……ふむ。何が言いたいのかな? ルクト君」

 嬉しげなルクトさんの声が近い。というか、顎の動きまで肩に伝わる。

 固まった身体が、ぷるぷると震えそうになっていれば、ピリッとした空気に気付く。


 え。あれ。


 大叔父様。笑顔なのに、背後がゴゴゴッて、なってません?
 腕を組んで威圧してません?

 え? 何故? 視線の先が私……ではなく、ルクトさんを、射抜くように向けられている……?


「いえ。ただ、リガッティーが可愛すぎるので、いつでもどこでも、誰の前でも可愛いのかと気になって……」


 コツン、とルクトさんの頭が、私の頬に凭れた。

 ひえっ! 密着度が増した!


「リガッティーって、甘い花の香りがするんだけどさ」


 急に私に声をかけたけれど、その声が囁くようで、私だけに聞かせているみたい。


 か、香り?

 なんか。もしかして。

 少しルクトさんの顔が動いたみたいだけど、鼻が首元に近くない……? 匂い嗅いでる?


「どうして? ここまで近付かないとわからないけど、髪からするの? それとも肌から?」


 肩の上のルクトさんの顔が動いて、首のそばに鼻の先が触れた。かもしれない。
 ピン、と身体を強張らせた私の腰に、何かが触れた気がする。

 ルクトさんの――――腕。

 後ろから、寄り添って、腕を腰に巻かれて、肩に顎を乗せられている状態。


「ッル、ルル、ルクトひゃんっ……!!」


 耐え切れなくなって、ルクトさんの腕の中から飛び出す。
 思いっきり声が裏返っては、軽く噛んだ。

「い、いきなりは、ご勘弁くださいっ!」
「え、ごめん。いい匂いすぎて。それに、前に言ったじゃん。
「ごご、ご勘弁ください! まだ! まだっ!」

 えっ!? あれって、事前報告だったの!?
 不意打ちにもほどがある!

 恥ずかしさのあまりの赤い顔のまま、大叔父様の後ろに隠れる。


 そこで、すぱぁああんっ! と爽快な破裂音が響いた。


 大叔父様の袖を摘まみながら、顔を覗かせてみれば、どうやらヴァンデスさんがルクトさんの頭をひっぱたいた音らしい。
 ルクトさんが、自分の後頭部を押さえている。

「すみません! コイツはいつもはこんなことはしないというかっ……! いや、本当ですよ! だって、リガッティー嬢は午前中まで婚約者がいたわけですから! ちゃーんと、節度は守っていましたとも! ええ、本当に! ただ、それまで我慢をしていたから、多分、あれですな! 反動です、そう反動! 元々、初恋ですから、その、加減がわかっていないというか、それでなんですよ! アハハ!」

 ヴァンデスさんがあたふたとしながら、なんとか言い訳を絞り出していく。
 薄々思っていたけれど、ヴァンデスさんは急なフォローだからか、時々言葉が雑過ぎる……。


 盾にしている大叔父様を見上げてみると、笑顔だった。
 そして、またもや、ルクトさんを真っ直ぐに射貫いている。


 ルクトさんは後頭部を片手でさすりながら、口元を笑みにしてルビー色の瞳で、大叔父様の青い瞳を堂々と見つめ返していた。


 …………お二人は、何故……殺伐としているのですか……?


 
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