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一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。

33 可愛い相棒はどっち。

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 春休みが始まって六日。冒険者活動五日目。
 婚約破棄騒動による解決日は、二日後。
 その翌日には『ダンジョン』行きの初遠出冒険。

 いいことも、面倒ごともあるけれど、この濃厚な春休みは、嫌いじゃない。

 一番のいい理由は、右隣にいる想い人のおかげだろう。

 快く気晴らしの冒険者活動を指導してくれると、手を差し伸ばしてくれた人。
 最速最年少のAランク冒険者であり、実は学園の先輩だったイケメン。


「そうだ。メアリーさん達、見てません? 明日、買い物に付き合ってもらおうと思って」
「いや、今日はまだ見かけてないな。珍しいな、メアリー達が付き合わせるならともかく、お前から誘うのか」
「三日後のために、明日は早めに切り上げて、服の買い物だけして帰ろって話をしてたんですよ。二人きりだとアレなんで、メアリーさん達も同行してもらうってことで」
「あ、ああ……それがいいな」

 ハハッ、と私も、納得したヴァンデスさんと乾いたような笑いを零す。

「リガッティーと買い物って言えば、食いつくでしょうから、伝言頼みます」
「わかったわかった。『ダンジョン』は、本当に備えが必要だぞ。確認を怠るな」
「了解です、ギルドマスター」

 きつめの念の押しに、ルクトさんは素直に頷く。

「そうだ。当日はドレスで挑むんだよな? リガッティー」

 くるっとルクトさんが話題を変えて、明るく笑いかけてきた。

 当日、ドレス……?
 ああ、二日後の解決の日か。
 もちろん、貴族令嬢として、ドレスで武装する。

「ドレス姿のリガッティーは、まだ見たことないから見たいな。終わったら、教えて」

 答えを聞かずとも、ドレスを着るとわかっているルクトさんが、会う気だとわかり、目を丸めてしまった。
 左耳の耳飾りを小突いて、揺らして見せてくる。

「教えてと言われましても……」
「長くはかからないでしょ?」
「そうですね……早くはありませんが、朝集まって、昼前までには終わるでしょう。あちら側の悪足掻き次第ですが」
「ふぅん……、ねぇ?」

 集まる場所が、無論、王城の中だ。
 そのあとにドレス姿のまま、ルクトさんと会うなんて、ちょっと難しい……。
 どこで会えと言うのだろうか。

 首を捻りたい私は、ルクトさんがちらりとヴァンデスさんに目を向けたことに気付く。声も、意味深な気がする。

「何色のドレスを着るの?」

 ルクトさんは、ニコッと尋ねてきた。

 初めて見る私のドレス姿。どんな色のドレスなのか。

「ええっと……」
「決めてないんだ?」
「まぁ、侍女がサクッと決めて着させてくれると思います。こだわりたい時以外は、お任せしてますので」

 すぐに答えられなかったので、ルクトさんはドレスがまだ決まっていないと気付いた。

 一応、衣装部屋で一瞥はするけれど、お任せを頼むことが大半だ。
 別にこだわって、気合いを入れてドレスを着なくても……。
 王城に行くから、高価で真新しいドレスになるだろうけれど。

「オレがリクエストしていい?」
「いいですけど……どうやって見るつもりですか?」
「それは、終わり次第、決めよう。何色がいいかなぁー」

 ルクトさんは腕を組んで、楽しげな笑みを深めて、私を見て、ドレス姿を想像している。

「自分の瞳の色でも着てもらうか?」

 おかしそうに笑って眺めるヴァンデスさんが、珍しく冷やかす。
 ルクトさんは乗り気になって、パッと反応したけれど、すぐに眉間にシワを寄せた顔になる。

「いや、し……なんか違う」

 ルクトさんのルビー色の瞳と同じ色のドレスは、脳内では似合わないと却下されたらしい。


「あ、そういえば、同じ赤系の瞳の色でしたね。ルクトさんの方が明るい色なので、光りに透かしたルビーの宝石で素敵ですよ」


 何を言っているのか、首を傾げかけたけど、そう言えばオレ様王子も、赤系統の色の容姿だった。
 髪と瞳が烈火な赤。瞳は、もう少し濃い。濃すぎて、見方次第では、赤茶色になるくらいだ。

 ルクトさんの方が明るい赤色だから、全然思い出すことなかったので、わからなかったと笑ってしまう。
 恋愛感情がなかったとはいえ、七年の付き合いの婚約者相手に、なかなかの薄情者である。まぁ、お互い様か。

「……そっか」

 ルクトさんは嬉しげに口元を緩めたが、キュッと堪えるみたいに唇を閉じた。
 でも、頬がほんのり赤いので、喜んでくれているもよう。

 一切重ねて見ていないのは、それほど喜ばしいのか。

 ……私も、ルクトさんが私を見て、他の異性を一瞬でも思い浮かべていたら、嫌な気持ちになるわね。
 該当する異性が、誰一人思い浮かばないだけでも嫌なら、ルクトさんは相当だろう。元々、嫌悪(ヘイト)が、溜まっているし。

「では、にします」
「え? オレの好きな色? ……そんな話した?」

 閃いた私は両手を合わせて、そう言い出す。

 覚えのないルクトさんを見て、好都合だと思う。
 こちらも、ささやかなサプライズだ。
 遠出の冒険と、ドレスでは、天と地の差だけど。

「ふふ、当日までのお楽しみということで」
「んー? うんー」

 ちょっとすっきりしないという顔をするルクトさんより先に、腰を上げる。

「じゃあ、いってきます。ヴァンデスさん」
「いってきますね、ヴァンデスさん」
「おう。冒険、行ってこい」

 ルクトさんと一緒に挨拶すれば、ヴァンデスさんは大きな手を振って見送ってくれた。
 階段から一階に向かっていれば、依頼掲示板の前に、メアリーさん達の姿を発見。

「よかった。メアリーさん、ルーシーさん、ダリアさん!」
「あら! リガッティ~!」

 手を上げて声をかけると、気付いてくれた三人から階段下まで来てくれた。

「明日、よければ、買い物に付き合ってほしいのですが」
「なんの買い物!?」

 食い気味に目をギラつかせるメアリーさん達。

「えっと」
「午後に……あぁーいや。出来れば昼食を一緒にとってから、服の買い物に付き合ってほしいんですよ。オレのなんですけど」

 少々気圧されたので、ルクトさんに助けを求めて顔を向ければ、首の後ろをさすってから、そう頼んだ。

「ルクトの、服!?」
「あのルクトが服を!!」
「天変地異!?」
「オレの服をなんだと思っているんですか……」

 大袈裟に慄く三人に、げんなりするルクトさん。

「冗談はさておき、どうして私達も誘うの? 嬉しいけど、リガッティーが選んであげて、……あぁ~」

 メアリーさんは、不思議がったが、デートと口にして気付く。
 微妙な空気になって、あちゃー、という表情をする三人。
 が、だめなのである。
「そういうことなんです」と、私は苦笑を見せる。

「あと何日だっけ?」
「明後日です。なんで、明日は冒険休日にして、オレの服の買い物に付き合ってもらって、早めに解散する予定にしたんです。そういうことで、同行お願いします」

 うんうん、とメアリーさん達は頷いた。

「了解した。ルクトの服はついでに買って、ぱぁーっとショッピングデーね!」
「反論したいですけど、それでいいです」

 メアリーさん達なら乗っ取るとわかっていたので、譲歩を決めていたルクトさんは、しぶい顔ながらも承諾する。
 最初の目的の自分の服購入が、ついでになっても、譲歩。

「でも、なんで? 昼食からなの? 午前中で済ませればいいのに」
「午前中は、冒険指導で、道具を買い揃えるんです」

 そのあとは、完全にオフとなるので、二人きりを避けて、同行をお願いすることにしたのだ。

「それだって、私達と一緒でいいじゃない? なんの道具よ?」
「……灯りとか、寝袋とか」
「「「寝袋?」」」
「「……」」

 ルクトさんがスイッと目を泳がすので、私は床を見つめた。

 ……『ダンジョン』に行くなんて、言いづらいわよねぇ……。

 だけど、付き合わせる以上、話さないという選択肢はないに等しい。
 寝袋だなんて言ったら、もう追及されるに決まっている。

「コラ?」
「……ちょっと遠くへ」
「「「ちょっと?」」」
「はい、えっと、その……一泊か二泊するだけですよ、野営体験」

 いい言い訳だったが、動揺を見せすぎた。
 じろり、と行き先を、ルクトさんが白状することを待つ三人。


「……『ダンジョン』です」
「「「……はぁあ?」」」


 腹の底から、低い声を出したなぁ……この人達。


「アンタ、こんな可愛い相棒まで、最速でなんつー経験させるつもりなの? 新人期間中に下級ドラゴンまで倒させてAランク冒険者まで引っ張り上げるつもり? おいコラ、下級ドラゴンを何体横取りすれば気が済むのよ?」
「いや、オレは横取りしてないって……流石にそれは無理ですし。あ、ギルマスに、特例ランクアップの話をすればよかった」
「ルクトさんルクトさん、火に油です」

 メアリーさんに胸ぐらを掴まれたルクトさんは、散々言われたであろう八つ当たりに、げんなり顔をしたのに、すぐに余計なことを口にした。

 ブンブンと、ルクトさんを揺さぶるメアリーさんを、宥めるために、そっと背中に手を当てる。

 パーティーメンバーがまだBランクなのは、下級ドラゴンの討伐条件がクリア出来ないからなのかな。
 討伐数が、一人異常なルクトさんに、八つ当たりかな。
 それで私に特例ランクアップの話を出すなんて、不満爆発したのかな。
 ブンブンと揺さぶられている。

「サブマスが持ってきた話なんで、文句を言うなら、サブマスへ」

 ルクトさん。憎悪(ヘイト)をサブマスターへ、丸投げた。

 カッと目を見開いて殺気立つメアリーさんとルーシーさんとダリアさんは、嫌悪剥き出しに大きな舌打ちをする。

 嫌われ者、蛇男爵……。

「はぁ? 何? ?」
「大丈夫ですよ」

 ズイッと顔を寄せてきたメアリーさんは、額をくっつけるほどの距離で、私に問い詰めてきた。
 放つ怒りは、嫌われサブマスターから湧いているのだろう。

 私が侯爵令嬢だからということで、何か問題でも起きたのではないかと、心配してくれたと思うから、笑って見せる。

「流れで行くことにはなりましたが……私も行くのが楽しみなんで」
「うっ……! なんてこと! もう手遅れなのね! 立派に育てた可愛い娘がっ!」
「いつからメアリーさんは育ての親になったんですか……変なテンションやめてくださいよ」

 私も強制されて行くわけじゃないと、拳を固めて見せたが、メアリーさんが悲痛な空気を醸し出して、泣き真似をしたから、ダリアさんが軽く抱き締めて宥めた。


「あ、家族と言えば、連絡来た?」
「いいえ。ないということは、順調なはずですよ」

 親といえば、とルクトさんが、領地にいる私の両親について尋ねてきた。
「マイペースか」と、メアリーさん達を放っておくルーシーさんがツッコミを入れる。ルーシーさんこそ。

 領地の問題が悪化すれば、緊急事態を報せる合図がある。それがないなら、事態収束のためにも後片付けに専念しているはずだ。

「じゃあ、蛇投げた義弟くんは?」
「え。何故、蛇投げた? 義弟くん」

 気になることを聞き取り、泣き真似していたメアリーさんがギョッとした顔を上げた。

「義弟は敵地に身を置いてますが、彼も大丈夫ですよ」
「「「おお~!」」」

 声をひそめて、答える。
 王子の側近として敵地にいる義弟の株は上がったようで、興奮を示すお姉様方。

「ふぅん……無事ならいいけど」

 ちょっと考え込む仕草をするルクトさん。意味ありげな声だと思っていると、彼の後ろから、ヴァンデスさんが顔を出した。

「なんだ。伝言は必要ないか」

 メアリーさん達と会えたので、頼んだ伝言は無用だ。

 笑ったヴァンデスさんを、依頼掲示板前にいつからいたのか、ドルドさんが気付いて「おーい! ギルマス~!」と呼ぶ。ケヒャーンさんもいるので『藍のほうき星』パーティー、集結。

「あ、ドルド。明日、昼から買い物行くことになったから」
「何ぃ!? 討伐行くって言ったじゃんか!」
「「リガッティーと買い物が優先」」
「えぇ~……それじゃあぁしょうがないなぁ」

 きっぱりと言うメアリーさん達に、弱った声を絞り出して、しょんぼりと諦めるドルドさん。
 リーダーなのに押し負けて、予定変更。
 メアリーさんとルーシーさんに挟まれた私を見て、仕方なさそうにするから、申し訳ない……。

「あ。オリバー! ダンダ! ロッツア! アンタ達も、明日ルクトの服、一緒に買いに行かない?」
「「「っ!? 行きます~!!」」」

 大人気メアリーさんが声をかけたから、ちょうどやってきた『黄金紅葉』パーティーも、目をハートにして即承諾。

 オリバーさん達が知っているであろう若い男性向けの服が売っている店を知るためらしいけれど……大所帯になりすぎでは…………?

 ルクトさんに顔を向ければ、頬をひくりと震わせて、顔を引きつらせていた。
 オフの二人きり買い物を避けたかっただけのに……予想外な人数になってしまったわね……。



 ちゃんと待ち合わせ場所と時間を約束したので、また明日と解散。

「あっ! 特例ランクアップの話!」と二階に戻ったヴァンデスさんを追いかけようとしたルクトさんの腕を掴んで阻止。
 この際、交渉するべきだー、と言い募るけれど、はいはいと聞き流して、今日もまた『白わたわた』の依頼を受けておく。
 『黒曜山』から、また『白わたわた』が採取されて、依頼業者はびっくりしただろうなぁ~。

「いや絶対に、ギルド側から『ダンジョン』に行けって言い出したんだから、飛び級制度を設けてもらうべきだって!」
「ギルド側と言っても、サブマスターの独断でしょう?」
「サブマスの立場だから、ギルド側! そうでなくても『ダンジョン』調査をこなしたことを、記録してもらって評価してもらって、そんでランクアップ!!」
「ルクトさんは、本気で自分の最速記録を上書きさせたいのですか?」
「……うん、イイよね!」

 『黒曜山』の手前まで行く大馬移動中も、ルクトさんの私の飛びランクアップについての話が止まらなかった。

 ギルド側が無理を言ってきたのなら、こちらも無理を言い返せると主張。手のひら返しのように、コロッと『ダンジョン』行きを承諾したくせに。

 ギルドマスターのヴァンデスさんが頭を抱えて呻く姿が、簡単に脳裏を過った。

「だから、私は別にランクアップなんて興味がないんですって」
「今日みたいに、依頼はFランクのもの一つだけなのに、討伐相手はCランクばっかで今日でもう100超えするんだぜ? 依頼達成数と討伐数が、アンバランスだ。『ダンジョン』行きだって、リガッティーには依頼達成にカウントされない。不公平だ」
「ですから、気にしないと」
「いいや、気にしてくれよ。今後、オレと高いランクの依頼を受ける気ないわけ? 相棒」

 うっ……!
 ここで相棒と言うなんて、ずるい……!

 つまりは、相棒として釣り合うように、ランクアップしてほしいってこと。
 そうすれば、『ダンジョン』行きのように、黙認されてついていく形ではなく、堂々と二人揃って同じ依頼を受けて冒険者活動をする。

 気持ちは、わかるけれども……!
 そのまま、引っ付き虫のようについていくでもいいのだけど、やっぱり、ランク上げもすべきかしら……。

 気晴らしの冒険者活動。
 それが、名目なのよね……。

「うーん。もっと待ってくださいよ。ルクトさん。私には両親の説得というミッションがありますので。『ダンジョン』行きの功績を切り札に持つのはいいですけど、先ずはルクトさんです。私の婚約破棄騒動を片付け、そして『ダンジョン』調査を乗り越え、さらには隣の王太子の目を掻い潜っての爵位の受け取りでしょう?」

 一難去る前にまた一難、さらに一難と構えている。
 私のランクアップについては、後回しにしてほしい。


「――――……なんで、相棒として、ランクも肩を並べたいって、言ってくれないの?」


 大馬の走行中。
 耳飾りの通信具で会話していた私は、頭に響かせるように、拗ねている甘えた声を受ける羽目となった。


 んんんっ!!
 可愛すぎかっ!!


 今日も大馬のハスキーに乗せてもらっているけれど、身悶えて、背中をバンバンと叩きそうになった。


 そんなに相棒が嬉しいんですかそうですかっ!

 甘やかしたいっ……くっ!

 相棒って、物凄い誘惑効果があるのね!?


 いや、わかってるんだ……!
 ルクトさんが、に、喜んでくれているとわかっているから!
 そこんところ、弱くなっているのよ!!


「ルクトさんっ!」
「……なんですか?」

 拗ねた声やめて!
 きっと不貞腐れた顔をしているだろうから、横は見ないわ!

「順序があります! 新人指導担当中であるルクトさんの最後のランクアップの条件でもありますので、私のランクアップまでどうこうするなんてややこしすぎます! 順序です、ルクトさん!」
「……はい……」

 拗ねた返事やめて!

「この話は、今度でいいですか?」
「え?」
「私の方から、言いますので。ちゃんと、ルクトさんと釣り合う相棒になれる時に」

 大馬のハスキーに二人乗りで走っている時に、似たようなことを話した。
 話を続けてしまうと、抱き締めてしまいそうだから、ルクトさんが”また今度”と話を後回しにしたこと。
 それもまた、”相棒”と関わりある話だ。

 ちゃんと自分から言いたい。

 耳を真っ赤にしつつも、前を見据えて、ハスキーに走り続けてもらう。

「……うん」

 その短い返事の声は、嬉しさを帯びていた。



 三回目の『黒曜山』は、素早くストーンワームを討伐した場所まで駆け抜けて到着。

 十分に周囲を【探索】で警戒しつつ、ルクトさんが所持していた灯りの魔導道具を点灯。
 胸ポケットにカチッとピンを留めたのは、前方に目に優しい明かりを放つ球体を浮かべるタイプの灯りの魔導道具。形は四角い箱の真ん中に白く光る石が嵌められたもの。かなり小型な魔導道具だ。
 ファンタジー要素強めの小型の懐中電灯というところか。
 これもファン店長の店から、買った物らしい。明日は、私の分を買おうとのこと。

 ルクトさんが先に中を確認したが、足場が悪すぎるから、私は覗く程度に留めた。足元の土が柔らかすぎて、崩れて滑りそうだ。当然、灯りがないところは、真っ暗。

 『ダンジョン』の方は、本当に明るいし、道を間違えなければ、こんなに狭くて足場の悪い場所には行かないと励まされた。


 ルクトさんは、一体何度、その元鉱山の『ダンジョン』に行ったのか、という話を聞きながら、その『ダンジョン』に向かう際の『黒曜山』の険しい道へ向かう。


「険しいって……これですか?」
「そっ」

 少し距離を開けた先で、ルクトさんが狼型の魔獣の群れを、武器召喚で出した火属性の剣で、一振りで両断して、短く返事をした。


 予想出来なかった険しさだ。

 道は、全て黒曜石だった。そこもかしこも、足元が黒光りする石。元々、生い茂る森は、黒っぽさを滲み出しているので、黒い。もう全体的に黒い道だ。

 昨日登った道は、まだ土があった。黒曜石というか岩がゴロゴロしていただけだったのに。

 ここは、足元は全て黒曜石なの?

「だいたいこんな道を二、三時間進むんだ。それから普通の地面になるけど、新しい森に住む魔獣に歓迎されるから、また一時間くらいは忙しくなる」

 このゴツゴツした険しい道を歩いたら、そのまま魔獣の群れが湧いてくるわけか。

「体力的に心配ですけど」
「んー。昨日を見た感じだと、イケると思うぜ?」
「そう判断出来るなら……頑張ります」

 昨日は疲労を癒すマッサージをしてもらったけれど、それをなしのまま、野営を過ごす。さらには、『ダンジョン』調査だ。

 ルクトさんにちゃんと自分の体力を申告しながら、進めてもらおう。

 少し、黒曜石の道を進んで、湧いてくる魔獣の群れを切り捨てたけど、歩きにくいったらありゃしない。

 下手に歩くと、ジャリッと表面が削れて、バランスを崩しかける。そのくせして、ゴツゴツと平らじゃない固さが、厚底ブーツ越しでも伝わる。

 ちょっと足の負担がかかりやすい。

 体力回復の魔法薬を所持してるけど、使い所は考えないと。わりと高価だし。

 足に強化魔法を使えば、疲労を軽減して、遠出の移動による体力消耗を避けるか。


 考え込みながら、兎サイズのネズミ魔獣に、剣を突き刺す。尻尾がそれらしく細いので、きっとネズミだ。大ネズミ。


「っ!?」


 次が来ると、剣を魔獣から引き抜いたところで、それが目の前に迫った。


 濁った水色の高波!?


 【探索】で気配を把握していたはずなのに、ヌッとソレが私に覆い被ろうとした。


 呑み込まれる直前に、ルクトさんの白銀色が目に入ると同時に、お腹に衝撃を受けたあとには【テレポート】で、濁った波から逃れた位置に移動された。


「あっぶなッ!」


 咄嗟に【テレポート】で駆け付けて、私のお腹に左腕を回して掴み、また【テレポート】で避けてくれたルクトさんは、すぐに私を放して、構える。

 私も、捕まりかけた相手を睨む。

「スライムっ……!!」
「正解! ここのレア魔物!」

 濁った水色の高波は、液体型魔物のスライム。
 『黒曜山』に稀に出てくるとは、私も授業で聞いていたはずなのに、思い出さなかった。

「さて問題! スライムの特徴は?」
「本体は【核】を包む球体のみ。あとは、本体が操る液体で、色も質も、個体差で異なる。問題はっ」

 左から黒曜石の地面を蹴り、額の角を突き刺そうと突撃するディーラビットを、一瞥してから左手の剣で切り払う。


「操る液体は魔法攻撃が有効ではあるが――――唯一効果的な弱点の属性は、一つのみでランダム!」

「大正解!」


 ルクトさんも、右から突撃したディーラビットを、火の剣で、ひと刺ししては燃やし尽くした。

 レインケ教授から教わったこと、そのまま口にしただけ。

 前世では最弱魔物の代名詞だったスライムだが、ここでは、何故か魔法攻撃のみ有効であり、さらにはたった一つの弱点になる属性はランダムという特殊な魔物。
 まとい操る液体の色や質や量。それらは、人が茶髪や金髪のように違うだけの容姿にすぎない。
 その容姿から、弱点の属性を見極めるのは、今のところ、ないという。

 過去のスライムを調べても調べても共通点がなくて謎すぎる魔物なんだーっ!
 と熱く叫んだレインケ教授の声が、蘇ってきそうだ。
 つまりは、意味不明なランダム魔物。

 しかも、ランダムの弱点以外の属性では、イマイチ。もっと言えば、無効なほどダメージはないに等しい。
 弱点さえバレなけば、最強かっ!

 なんかそんな中ボスが、どこかのゲームになかっただろうか……。
 弱点を探るを選択したあとは、発覚した弱点をつく攻撃をする。敵ターンが来る度に弱点属性が変わってしまうようなモンスターがいたような……。どんなRPGゲームだったのか……思い出せそうで、思い出せない。
 そんな場合ではないか。


「じゃあわかるよな!? !」
!」


 何かの魔法や道具で、見抜くことは不可能な弱点がランダムなら、当てずっぽうに各属性の魔法をぶつけるのみ!


 先手のルクトさんは、手にした剣から炎の斬撃を放つ。

 しかし、こちらに迫る液体に触れると、ジュワッと一瞬で消し去った。
 ドロドロと蠢く液体は、火属性は弱点じゃない、と。

 絶対に、ノンダメージだろう。太めな樹の一本なんて、一瞬で原型を留めない灰にしてしまう火力だったのに。


 飛びかかるから、その場から飛び退いて、各々で離れた。


 火属性がハズレならば――――水属性でどうだ!?

 左右に二つの鋭利な氷柱を作り出して放つ。
 しかし、突き刺さった氷柱は溶けるようにして呑み込まれた。その後、本当に溶かされたようで、跡形もない。


 火は鎮火、氷は溶かす。

 いや、どんな液体なの!?

 レインケ教授は、液体の性質もランダムすぎて謎なんだーっ!
 と熱く叫んでいたっけ。


 水属性もハズレ。

 続いて、ルクトさんは、左手で手刀を叩き付けるように振り下ろし、一つの風の刃を上から突き刺した。

 ザックリと真っ二つになって、沈黙。

 ドロォーと液体は広がり伸びていく。切られたところには、それなりに大きな【核】があった。

 【探索】で、ピンポイントに風の刃を突き刺して仕留めたのか。流石である。


「三連続で負けてしまいました」


 ちょっとむくれた。

「三連続?」
「魚獲り。魔獣横取り。スライム弱点当て。三回の勝負に、私は敗北です」
「あ~……あはは! オレ、三連勝かぁ。やり~♪」

 これで唐突な勝負は三回目であることは忘れていたらしいが、ルクトさんは嬉しそうに笑う。

 眩しげに目を細めているルクトさんは、きっと三連勝に喜んで笑っているわけじゃないとわかった。


 
 
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