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一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。
23 監視対象。(影その一視点)
しおりを挟むどうも。王家の影、その一です。
王家の影は、この王国が建国された瞬間から、もう存在していた機関である。
王家の影の書。
それには、王家の影としての使命や掟がぎっしりと書かれていて、命尽きるまで、影として生きる契約魔法が宿っている。
王家の許可なく、王家の影の存在を明かしてはいけないし、名乗ってもいけない。
その契約魔法は、歴史上で最も、恐ろしいほど強力な従属の契約魔法だと言われている。
幼い頃から下積みとして闇魔法を極めたあと、王家の影の書に契約したあとは、王家の影だけの秘伝の究極の闇魔法を習得してから、初めて一人前と認められる。
オレも、そうだった。
王家の影の秘伝の闇魔法は、闇に溶けた影のように、自身の気配を消す隠密活動に相応しいもの。
闇魔法を極めて、徹底的に姿を消すことに特化したものを仕上げた究極魔法。
建国当時は、せいぜい周囲に自分の姿が見えないように魔法をかける程度だったらしい。
この究極の闇魔法を習得出来たことは、かなり誇りを感じたものだ。
王家の影として、育てられたオレにとって、努力の最高傑作の結晶とも言える。
四年前まで、その誇りという自信が、砕かれかけるまでは。
王家の影として、最高に一流だと思っていたのだ。
「……まあ。王家の影……監視者が、私についているのですか」
第一王子の婚約者リガッティー・ファマス侯爵令嬢が13歳の時。
王妃直々から、王家の影の存在を知らされて、監視されているという極秘情報を明かされた。
王族に嫁ぐ者は、不貞はもちろん、言動すらも、見えない者に見張られる。
淑女として、そして未来の王妃として、その教育を受けていた彼女は、王妃の手前だったからなのか、大きな動転を示さない。
平然に受け止めすぎて、不自然な反応である。
だが、及第点として、王妃は満足げに笑みで頷いた。
現時点で明かしてもらえる情報を受け取り、そして、納得を示すファマス侯爵令嬢。
今後、王家の影の存在を他言すれば、最悪処刑される、と仄めかす言葉を受けても、動じた様子は見せなかった。
しっかりと王妃教育を受けて、優秀な淑女になりつつあるのなら、この時点では、まぁ普通にあることらしい。
問題は、そのあとの夜である。
流石に、冷静に見えない監視者の存在を受け止めたとしても、やはり女性にとっては、いや男性だとしても、気になるものだ。
だから、夜は気丈に振舞っていても、一睡も寝付けないまま、朝を迎える日々を過ごすとのこと。
前回。つまりは、気の強い現王妃ですら、数日は寝不足でつらそうな表情をしていたと、監視を担当した影の先輩から聞いていた。
そんなもんだよなぁ。と、オレもそうなるのだと、思っていた。
だが、しかし。
「王家の影の方。今もいらっしゃいますか?」
就寝のために、ベッドに腰かけたファマス侯爵令嬢から、何故か話しかけてきた。
……え、なんで、普通に話しかけるの?
流石に寝ている時ぐらいは外してほしい。そんなことを頼むつもりだろうか。
当然、姿を見せるわけがないし、その頼みも引き受けたりしない。
これは、使命なのである。厳しいだろうが、オレは一切同情すらも抱かなかった。
「これでいなかったら、恥ずかしいですけど……。ちょっと、存在を確かめさせていただきます」
どこに向けるわけでもなく、ただニコッとした少女は、そう言う。
……存在を確かめる?
何を言ってんだ?
首を傾げていたが、彼女は本当に、確かめ始めた。
「【闇の暗視】」
ファマス侯爵令嬢が口にした闇属性の魔法は、視界が塞がれていていようとも、周囲を把握出来る闇魔法。
闇属性持ちのファマス侯爵令嬢は、確かに得意と言えるほどに使いこなす。
度々、王室魔術師長様の元に行っては教えを乞うほどには、魔法を磨くことに力は惜しまないご令嬢だとは思っていたけどっ!
その魔法って、使ったことないよな!?
初めて使う闇魔法だよな!?
「あ。本当にいらっしゃいましたね。でも、正確な位置が……認識阻害の効果もあるのですか? 流石は、影と呼ばれる方ですね」
存在バレた!!
初めて使う魔法で、いるってことだけはバレた!!
大昔からの、秘伝の究極の闇魔法なんですけどっ!?
なんで初めて使う魔法で、消しているはずの存在を、把握出来ちゃうんだよっ!?
「お互い、色々と思うことがあるでしょうが……えっと……そうですね。これは、義務ですから。どうぞ、今後とも、よろしくお願いいたします」
ベッドに腰かけたまま、見えないオレに対して、ファマス侯爵令嬢は頭を下げた。
ニコリと上品に微笑んで「おやすみなさいませ」と、横たわると、間もなく、すやぁーっと寝息を立ててしまう。
…………え、何この子? 物分かりよすぎて、こっわ!
寝ちゃったよ。普通に、寝ちゃったよ。見知らぬ見えない監視者を、全く気にすることなく安眠したよ!
とりあえず、オレ以外にも、担当する監視者がいるので、もっと究極の闇魔法の質を上げるように忠告しておいた。
それ以降、ファマス侯爵令嬢が、王家の影を気にしたことはない。
確かに、どうしようもないし、王家の決定だから、受け入れるしかないけれど……早すぎるにもほどがあるって。
それから、四年間。
ファマス侯爵令嬢の監視者を、務め続けた。
ファマス侯爵令嬢は、優秀なご令嬢だ。
ぶっちゃけると、頭一つ飛び抜け気味の優秀さで、身近で見ているオレとしては、引く。
初めて使った魔法で存在がバレて以来、彼女が特筆的に優秀だという認識をしていた。
順調に、ファマス侯爵令嬢は、王妃になるべく、王家に嫁ぐに相応しい方に育っていき、その道を歩いていた。
なのに。
何度も第一王子に苦言を呈しては、第一王子や側近の二人に、距離が近すぎると注意していたご令嬢のせいで。
進級祝いパーティーで、婚約破棄騒動が起こった。
あーあー、やらかしたな。第一王子様。
第一王子が、ファマス侯爵令嬢の行った罪をつらつらと挙げていくけど、監視者としてそばにいたオレは全部否定できる。
そんな証言をしてもらえるとわかっているからか、公衆の面前で婚約破棄をされても、ファマス侯爵令嬢は動じた様子を見せない。
相変わらずである。こんな騒動まで、動じずに対処をするなんて、飛び抜けて優秀すぎだって……。
それに反して、第一王子様は何をやらかしているのやら。
ファマス侯爵令嬢の監視者として、周りでざわざわとしていると去年から危惧していたけど、こうなるとはな……。
なんで王族の婚約者だけに、王家の影の監視者がつくのだろうか。
一応、つくことはつくのだが、目的は監視ではなく、護衛であって、四六時中ではない。
在学中だって、ほとんど王家の影は、第一王子を監視していないのだ。
嫁いでくる相手は、不貞を警戒して監視をつけるのに、自分はつけなくていいと棚に上げる。正直、最低だと思う。
しかし、大昔からの王家が決めたルールのため、王家の影としては言いたいことがあっても言えない。
なんか、王家の者が不貞を働くような卑しい人間になるわけないと豪語して、そんな目的の監視は侮辱に当たるということで、王家側の監視者はつかないことになったと、言い伝えられている。
いや、ホント、実際こうなると最低だな。としか思えない。
絶対に第一王子が、浮気しただろうに。
罪で婚約破棄を正当化したあと、くだんのご令嬢と婚約したい狙いが見え見え。
そう思っていても、オレにはファマス侯爵令嬢の無罪の証言をするしか出来ない。
……あれ? 初めて、ファマス侯爵令嬢のために、何かしてあげられるのか。ずっと影に徹して監視だけをしてきたから、ちょっと変な気分である。
「――冒険でもしようかしら」
ふわふわな気分だなーっと思っていれば、自室に戻ったファマス侯爵令嬢がそんなことを呟いた。
…………ん?
とてつもなく、妙な独り言。
何故だろう。
とっっってつもなく、不吉な予感しかしなかった。
予感は的中して、翌朝には、家を抜け出しては、冒険者ギルドで冒険者登録してしまった!
いやなんでだよ!!?
なんで冒険者なんだよ! 解せねーよ!!
しかも、家を抜け出しては、服を着替えて、さらには髪色を変えるとか……!
なんで躊躇なく、すんなりとこなしてんの!?
アンタこの七年間、こんなことしたことないよな!?
どうして家出の常習犯みたいに、手慣れた感あんの!?
確かにさぁー。アンタは王妃になる身分だったからさぁー。冒険者登録なんて、許されるわけなかったけどさぁー。
婚約解消保留中を抜きにしても。
侯爵令嬢は、常識的に考えて、冒険者登録はしないよな? ねぇ!?
クッソ!! めちゃくちゃ解放感を楽しんでる!!
笑顔が弾けるみたいな年相応の美少女!!
なんも言えねえ!! 元々なんも言えない立場だけど!!
……もういいさ……王子と婚約の解消が成立したら、それで終わりだから……うん。
監視者と監視対象者。その関係は、終わりだ。
それまで、監視なんかじゃなく、冒険するご令嬢を見守るよ……。
って、んんん?
新人冒険者の指導担当で、王都学園でも先輩だという最速ランクアップで最年少Aランク冒険者が、オレの存在に気付いていただと!!?
【探索】魔法だって!? いやいやいやいやっ! なんでそんなもんで、究極の闇魔法で存在を消しているのに、バレる!?
お前は、バケモンかよ!!
その後、魔導道具の店主にも、バケモンって怒鳴られていた。
いや、下級ドラゴン10体討伐した18歳の青年冒険者って…………世界の救世主でも目指してんの???
翌日は、ちょっと新人冒険者ではキツイと言われている森へと連れて行かれた。オレの場合は、ついていった、が正しいけど。
絡んできたBランクパーティーを、一瞬で戦闘不能にしたことは、特に驚かない。
だいたい、今朝だって、自分の家の騎士を三人戦闘不能にしてきたしね。
人相手の自己防衛は、異常レベルで強いから、このご令嬢様。
オレも、本当に監視対象者の命が奪われそうな時には、助けることが許されているのだが。
このご令嬢には、そんな瞬間は来ないなぁ。と、漠然的に思ってはいた。
今からは、魔物相手でも異常なレベルで強くなるのか…………。え、お嬢様も、どこ目指してんの???
そのまた翌日は、王都の近くで一番危険地帯だと有名な『黒曜山』に行くなんてことになって。
ぶっちゃけ、やめてくれ~!!
っと言ってやりたかった。
王家の影だって、戦闘能力は高いと自負している。
だが、しかし。
魔物相手じゃないんだわ! 主に、人相手にする戦闘技術なんだわ!!
幸い、究極の闇魔法のおかげで、魔物達には存在すら気付かれてないけど!
どんどん奥に進んでいっては、バッサバッサッと湧いてくる魔物を討伐していくファマス侯爵令嬢。
アンタは、なんなのマジでぇええっ!!!
もうっ、三日前までは、王妃になるために、立派な淑女の鑑だったじゃんんんっ!!
なのに、通った道に魔物の屍を転がすことしちゃって!!
どうして豹変した!? むしろ、どうやって豹変出来たわけ!?
全然ショックを受けたとか、そんな自棄もなく、純粋に冒険を楽しみ、戦う女冒険者になっている……。
七年も監視して来たのに…………どこにそんな面を隠してたわけ???
オレはもう、女が怖いよ……。
てか!! どうして、会った初日から、バケモン級のAランク冒険者の青年といい感じなんだ!?
アンタが本気で照れている姿、初めて見ましたが!!?
雰囲気が、砂糖を吐けそうなほどに、甘すぎるんだけど!!?
ちょくちょく、甘々すぎない!? ちょくちょくが多くない!?
初々しくて、微笑ましい……ってレベルを、最初から飛び越えてるよ!!?
冒険しながら、恋愛するとか……今どきの若者って、器用だな!?
オレはずっと王家の影として生きてきたから、恋愛したことないけど!
ここまで自然と恋に落ちて、想い合うもんなの?
七年間、婚約者がいたのに、こんな雰囲気一切なかったのにっ!
どうしちゃったんだよお嬢様ぁああっ!!!
めっちゃ恋する乙女!! アンタの周囲にいた令嬢達が、こんな感じの顔してた!! 似てる!!
甘いっ! 甘すぎて! 見守っているのも、いたたまれない!!
もうくっつけよ!! って言いたいけど、立場上、無理!!
あとまだ婚約継続中だから、だめ!! ファマス侯爵令嬢に罰が下るから、堪えて!! あと五日だよ!!
ううぅっ。あと五日かぁ……。オレ耐えられるかな。
この二人の甘い雰囲気もそうだけどさ……。
とんとん拍子でレベルが上がっていく冒険についていくの。
万が一の時は、ぶっちゃけ怖いんだが???
まさか『ダンジョン』とか行かないよな? それは流石にお嬢様も、オレも、死ねるからやめて?
真っ当な新人指導をお願いいたします。
てか、イケメン冒険者くん。アンタ、えげつない実績を持ってんのな。
なんで隣国で2体の下級ドラゴンを討伐して、商人の一行と食べ合ってんの。卵までオムレツにしちゃってさ。
なんか聞いたことあるなーって思っていれば、隣国の王子が酔っぱらいながら自慢していた話だった。どうりで。
下手したら、国同士で取り合いになりかねない件に、ファマス侯爵令嬢も頭を抱えて、顔を曇らせちゃったじゃん。
それだけじゃないんだよなぁ……隣国の王子って、ファマス侯爵令嬢に、いつも熱い視線を送ってんだよなぁ。
第一王子の婚約者だし、他愛ない程度の口説きだけで留めていたアレが……今後どうなることやら。
まぁ、ファマス侯爵令嬢の性格上、一夫多妻の隣国の王家には眉をひそめていたから、どんだけ本気で口説かれようが、受け入れないだろう。
しかし、このイケメン冒険者くんのことが、発覚したら……どうなることやら。
…………修羅場不回避!?
見たいような、見たくないような!!?
ワクワクとモンモンを胸に抱えていたその夜のこと。
王妃から、呼び出しがかかった。
オレから情報を得たいとのことだそうだ。
婚約破棄騒動の直後でさえ、呼び出しなんてかからなかった。
ただ、ファマス侯爵令嬢の無実の証明のために、実は密かについていたという監視者として、証言をしろ、と命令は受け取っていたのだが。
それなのに。
どうしてこのタイミングで、呼び出してまで情報を得たいのだろうか?
もちろん、ファマス侯爵令嬢のことだろうが……。
不可解に戸惑いつつも、王妃の元まで行き、問われた情報について、答える羽目となった。
う……うわー。……うわあー、嘘だろぉおお…………。
まさか。こんなことになるだなんて……。マジかぁ。
ファマス侯爵令嬢も、こうなるなんて、想定が出来なかっただろう。
うん……これは…………どうしようもねぇなぁ……。
五日後。いや、四日後だな。
お互い、色々思うところはありますが、義務ですからね。
四日後のその時。
最後まで、どうぞよろしくお願いいたします。
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