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一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。
14 可愛い後輩と学園へ(ルクト視点)
しおりを挟むこれで、最速ランクアップで最年少Aランク冒険者のオレが担当する新人冒険者のリガッティーが、只者ではないと知らしめられた。
「昨日冒険者登録したばかりの新人の私一人に、Bランクパーティーが一瞬で負けて身動き取れない間に、依頼の獲物であるトロールを仕留められて、先に逃げ帰ったことを自己報告するなんて! とっても勇気が必要でしたよね!」
勇気を称えたふりをして、煽りも込めた事実を、その場の冒険者達に聞かせてやったのは、本当にすごい。
一国の王子に、公衆の面前で、婚約破棄されても、取り乱さなかった高貴な令嬢。
先に、言い掛かりの苦情を喚いて、フロアの冒険者達に聞かせていたのは相手だ。
逆に利用して、華麗に返り討ちにした。
もう負け犬のようにキャンキャン喚くから、あえて白々しい茶番で、指摘までして……。
もうっ、最高すぎるっ!
笑いすぎの腹筋の使いすぎで痛い。
本当にリガッティーといると、楽しすぎるっ!
「ルクトさんが楽しいなら何よりです」
すましたような佇まいなのに、オレには優しげに柔らかく微笑むから、ドキリと胸の中が鳴る。
本心からの言葉。
何度も、オレが一緒にいるのが楽しい、と言ったからなのか。
オレを楽しませたいだなんて。
オレの方が、気晴らしで楽しい冒険に、連れ回しているつもりなのに……。
手助けしたかったのに、情けない。という気持ちは、あまりない。
嬉しい気持ちが、大きくて、幸福感すら覚えた。
パンッ!!!
手を叩いて、音が鳴り響く。
魔力を乗せたそれは、この場の全員の意識を集めた。
いつの間に、緊急窓口で苦情を聞いていた男性ギルド職員の代わりに、レベッコさんが立っている。ここを仕切るのは、彼女が適材だ。
「オリアンさん率いる『デストロ』パーティーは、新人冒険者のリガッティーさんに不当に攻撃された上に標的の横取り行為をされたと、通報したいのですね?」
冷え冷えとした声が、問う。
「先程聞いたように、『デストロ』パーティーの五名がリガッティーさん一人に、戦いで負けたことは事実でしょうか? それも魔物が来ても戦えないほどの戦闘不能の状態にされた。その間に、トロールを討伐された、と。そう至ったやり取りについて、後程、詳細を聴取させていただきますが……本当に、Bランクパーティーである自分達が、昨日登録したばかりの新人冒険者一人に、戦闘不能にされた事実を記録されてもよろしいのですね?」
レベッコさんも、容赦ない。
流石、荒くれ者の冒険者も頭が上がらないギルド職員である。
「事実確認をしてから、どちらに処罰を下すかを決定しますが……実力に疑問を抱かずにはいられないので、少々パーティーのランク付けの見直しをさせていただくことになります。それを踏まえた上で、正式に報告しますか?」
パーティーのランク付けは、連携してどんな魔物と戦えるか、を基準にするらしい。メンバーの入れ替えもあるから、ギルド職員の判断で見直しが行われる。ランクが下がることは、あり得るのだ。
今回の場合、リガッティーが格上だっただけのこと。
オレとしては、Bランク止まりの冒険者もパーティーも、同じ格下にしか思えない。ランクが下がっても、どうだっていいんだ。
今後、リガッティーに絡みにこなければ。まぁ、普通なら、新人に一瞬で戦闘不能にされれば、近付くわけないが。
『デストロ』パーティーは、言葉を失ったまま、棒立ちしている。
ランクダウンは痛いのだろうな。Bランクパーティーだって、デカい顔してたし。
さらには、新人冒険者に負けた事実が、記録される。現時点でも、かなり恥ずかしい状況になっているが、今後もそれがこびりつく。Aランクアップの面接の際に、その記録を読まれて、赤っ恥かくんだろう。自業自得だ。
「……ちなみに」
一向に返事がないため、しびれを切らしたレベッコさんが、口を開く。
この件がどうなるのか。冒険者もギルド職員も、全員が耳を傾けている。
「昨日、リガッティーさんが、とあるパーティーに絡まれたという報告を受けました。指導担当のルクトさんもそうですが、二人は若くて見目麗しい容姿をしているので、余計目立ってしまい、迷惑行為を受けやすい危険があります。よって、昨日のうちに、リガッティーさんには自己防衛で迷惑行為を行ってきた相手を、正当な理由があれば攻撃をしていいと許可を与えました」
コツコツ、とレベッコさんの人差し指の爪が、カウンターに当てられて音を鳴らす。静かだから、それが嫌に響く。
「相手が怪我を負っても、正当防衛ならば、問題は相手の方で処罰を下します。……怪我は負っていないようですけど」
サッと視線を走らせて、『デストロ』パーティーのメンバーの身体を確認。
リガッティーの正当防衛は、相手に傷を与えていない。……肉体的には。
それがかえって、リガッティーが圧倒していると示しているはずだ。
「もし、リガッティーさんが迷惑行為を受けて、あなた方に正当防衛として戦闘不能にしたことが発覚したのなら……虚偽の報告の罪も合わせて、重たい処罰を下します。撤回するなら、今ですが。いかがなさいますか?」
事実確認で聴取される手間が省けるので、撤回のチャンスを与えるのは、こちらとしてもありがたい。
多分、こんな時間にギルドに来たから、レベッコさんも今日の冒険者活動を切り上げたことはお見通しなのだろう。予定があるので、言い掛かりな通報の撤回してほしい。
まだ自分達が、恥を晒しているショックから立ち直らないのか、『デストロ』パーティーは無言。でもパーティーリーダーのオリアンが、デカい図体のくせに、弱々しく頭を縦に揺らした。
通報を取り消すそうだ。
「撤回ですね。……ああ、この機会に知らせておきます。まだ若く、美しいリガッティーさんが例えとなりますが、新人であろうがなかろうが、迷惑行為になる問題を起こすことはやめてください。身の危険を感じれば、自己防衛をするのは当然。冒険者同士でも、当然、正当防衛は、許可しております。冒険者ギルドで、処罰を下します。どんな行為が迷惑行為に該当し、どんな処罰が下るのか。例を確認したい方は、あちらに書かれているので、どうぞご覧ください」
女性冒険者の強い味方、レベッコさんは、リガッティーのためにも、厳重注意をフロアに響かせてくれた。
そして、冒険者ギルドの規則に関しての記載が書かれた掲示板を、ついでに掌で差しておく。
「さぁ。再開してください」とレベッコさんが、ギルド職員に声をかけて促すから、依頼報告などの対応で、徐々に日常の空気に戻る。
そそくさと、気配を消そうとしながら、オリアン達がギルド会館を出ていく。……解散しそうだな、あのパーティー。
「レベッコさんの手を煩わせてしまいましたね」
なんて、リガッティーは列に並びながら、可愛く聞こえる声で言った。
「いや? レベッコさんの仕事の一環だし、気にすることないって」
リガッティーが侯爵令嬢だって知っているから、その辺も多少気を遣っているだろうけど、冒険者の中でも女の敵はいるわけだから、同じ女性として肩も持つだろう。
……ただでさえ、リガッティーは美少女だし。
オレと同じく、心配になるのは、無理もない。
今回の件で、リガッティーは可愛いだけではないって事実が一部に知られたから、安心していいはず。
リガッティーは、オレを規格外に最強な冒険者だって評価するけれど。
リガッティーだって、引けを取らないはず。
目指せば、最速ランクアップの記録、更新出来るだろうに。
実戦経験のなさがネックだから無理もないだろうけれど、Aランク冒険者の強さなんて余裕だろう。
「聞きそびれたけど、『闇のナイフ』って何? オレも闇属性持ちだけど、それなりに鍛えて、本も読み漁ったのに、初耳」
「そうなんですか? 我が家の図書室の本棚の本に書いてありました」
「リガッティーの家の本棚、多様すぎない?」
昨日は、マイナーなおとぎ話の本が普通にあったとか言ってたし。幼い頃から、そこで魔法を学んできたらしいし。
どんな豪邸に住んでいるかは知らないけど、図書室も広いんだろうなぁ……。
そんな冗談を交えての雑談をしていれば、レベッコさんが担当する窓口に到着。
礼儀正しいリガッティーは、お礼を言う。
レベッコさんも、にこやかに笑みを返すと「次は厳しく罰します」と宣言した。
あの厳重注意をしたのだから、次にリガッティーに迷惑行為をした冒険者には、慈悲をかけない。当然である。
「ところで、何故リガッティーさんがトロールと戦ったのでしょうか?」
オレに目が笑っていない笑みを向けるレベッコさん。ギクリ。
バレることを想定していなかった。
依頼達成報告で、『火岩の森』に行ったことは、バレる。
常識で考えれば、新人冒険者をその奥に連れて行き、トロールと戦わせるのは無謀。
本当は、バレるはずじゃなかったのにっ。
「ルクトさんも、私の実力を測りかねているので、試行錯誤してもらっています」
微苦笑ながらも、リガッティーが叱られる前に庇ってくれた。
「買いかぶりをされていると思いましたが、トロールも一突きで倒せましたし、あの場所でも苦はなく、行動が出来ました。ルクトさんの指導は、昨日と同じく、とてもよくて問題はありません」
オレの新人指導も、問題ないと報告する。
レベッコさんが、新人がトロールを一撃で倒した事実に、ピクリと眉にしわを寄せたが、いつもの笑みに元通り。
オレの方は、庇ってくれて、いい指導だと評価してくれたことに、ジーンと胸に熱さを感じた。
気晴らしの冒険者活動は、順調らしい。
そういうことで、2日目の新人指導も報告完了。
王都学園へ向かうことになったが、その前にリガッティーは変身。
冒険者リガッティーで学園に行くと、教授達がひっくり返るに違いない。
貴族令嬢リガッティーに、戻る。
剣術などの運動用のズボンスタイルの服装。白いズボンを穿いてても、スラッとしたちょうどいい細さの脚。黒を基調にした短い丈のジャケットのせいか、くびれが際立つ。
髪色は、鮮やかな青から、紫に艶めく黒色に戻した。でも、今朝から同じ、三つ編みで右肩から垂らす髪型。
「貴族令嬢のリガッティーと、登校か……不思議な感じ」
並んで歩きながら、隣を見下ろす形でリガッティーを見た。
リガッティーも見上げるような形で、上向きの長い睫毛の下からアメジスト色の瞳で見てくる。
「わかる気がしますが……私の方は、冒険者のままのルクトさんと登校する感じが、違和感です」
ちょっとだけ眉を下げて、笑うリガッティーの言う通り。
オレは冒険者の格好だ。
「んー……お互い制服なら、どんな気分だろうな?」
「二人とも学生……」
「休み明けが楽しみだな!」
学園で会えるのは、わりと楽しみだというのは本音。
その頃には、リガッティーが30日間の新人指導を達成する約束をしてくれると信じている。
だから、きっと学園でも会って話すだろう。なんなら、放課後は一緒に冒険者活動をしに行くかもしれない。そんな生活が送れるかもしれないと、今からでもワクワクして楽しみだ。
制服姿のリガッティーも、改めて、近くから見たい。
「……」
休み明けも会いたい。そんな言葉が効いたのか、リガッティーは口をキュッと閉じた。
今日は、照れる気持ちをやり過ごすように、そうやってやや俯く仕草をする。
ほんのりと、頬も耳も赤みを帯びる姿は、可愛いとしか言いようがない。
つられて赤くなりそうだが、なんとか堪える。一応年上だし、男としては、余裕ぶりたい。
初めて会話をした時は、可愛い美少女だってちゃんと自覚していたから、褒められ慣れた様子で対応されたのに。
お世辞じゃないって伝わったのか、反応に困っている様子が初々しい。余計可愛いって。
恋愛感情がなかった婚約者が七年いたから、その手のことには意外と免疫がないのか。
……それとも、オレは特別?
そう自惚れたくなる。
嫌ではない沈黙になりかけた。そわそわしてしまうけれど、決して気まずいわけではない雰囲気。
そうなる前に、食べ物の匂いが鼻に届いて、空腹を自覚した。
「そうだ。もうお昼過ぎてたんだった。食べようぜ?」
王都学園までの道に、いくらでも食べ物を買って食べ歩ける店がある。
同じくお腹を空かせたリガッティーに、オススメを教えてその中から選んでもらった。
「美味しいですねぇ」
「昨日も意外に思ったけど、リガッティーは、高級料理を食べ慣れてるのに、焼き魚も干し肉も平気で食べてたよな」
中にトロリしたチーズとソーセージを入れたカリカリの揚げ物に、ちまちまとかじりついて堪能するリガッティー。
ニコニコしながら、食べ続けるので、嘘なわけがない。
絶対に、リガッティーはオレに嘘を一つもついていないくらい、偽りなく接してくれている自信がある。
貴族令嬢なら、食べながら歩くなんて行為は、抵抗があるのかと思った。リガッティーは抵抗がないが、歩きながら、が難しいと言うから、立ち止まって食べる。
「私も舌が肥えていると自負しますが……美味しい物は美味しいですよ」
高級食材かどうかは別で、美味しい物は美味しいと感じるのだと、リガッティーは微笑んで答えた。
買った店のそばだったから、店員がそれを聞いて「ありがとうございます!」と満面の笑みを向けたため、リガッティーも笑顔を返す。
王子の婚約者だった侯爵令嬢なのに、全然驕った態度がない。
いい子。
そんな少女なのに、どうして他人に嫌がらせ行為をしたなんて、七年一緒にいたはずの婚約者は信じたのやら。
そんないい子なリガッティーが、向かい側の斜め前の店を気にしていることに気付く。
ここからでも甘い匂いが漂う。あれは、焼き菓子だな。
カフェでパフェを食べようって誘った時も、目を輝かせたし、やっぱり甘い物は好きなんだろう。
自分用に追加でもう一本の揚げ物を買ってから、リガッティーを「デザートはどう?」と誘導した。
アメジスト色の瞳をキラキラと輝かせて、大きく一つ頷く仕草。
少女らしい幼さがより感じられて、可愛さのあまり、キュンと胸の奥が鳴った。
はぁ~。本当になんなんだこの子。
佇まいは凛とした美しさなのに、なんで可愛いを振りまくの?
選んだのは、テディベアの形の焼き菓子を一袋。
一つずつ手に取って、口に入れるとその手で口元を隠して、モグモグと食べる。
染みついた癖なのか、食べる時は、口元を隠すんだよな……。
それが、また可愛い。
驚く時も、開けちゃう口を隠す。お上品。
さっきは、食べ歩きは出来ないって言ったのに、自然と歩き出したので、オレも何も言わずに隣を歩く。
すると、オレが揚げ物を食べ終えたタイミングで。
「ルクトさんも、いかがですか?」
摘んだ焼き菓子を、差し出してくれた。
ちょっと驚いたけど、喜んでパクリと食べる。
「ん。美味しいな」
「……っ」
無意識に食べさせてしまったようで、ポッと赤くなった。
もっと食べさせてほしいけど、からかうことなく、一つで満足しておいて、歩き続ける。
でも、気を遣って袋を差し出してわけようとするので、自分の手で取って食べた。
テディベアの耳や足部分は、ちょっとカリッとしているが、しっとりした甘い焼き菓子だ。
この甘さ。覚えておこう。
そんなデザートも食べ終えた頃に、煌びやかな豪邸にしか見えない学園が見えてきた。
長期休みでも、学園は封鎖されない。魔導道具による結界で厳重警備はされているけど、学生証さえ見せれば、門から出入り自由。
レインケ教授は、学園内に研究室があるので、今日もいるはず。
大きな門をくぐって、正面玄関の扉を開けて入る。
一応、【探索】魔法で一足先に、目的の研究室を確認すれば、人の気配があり。いたいた。
「レインケ教授~。トロールの心臓をお届けに参りましたぁ」
強めにノックして、ちょっとの間を開けてから、扉を押し開ける。
こうして入室しろ、と言われたことがあったので、これでよし。
奥から飛び出した白衣のヨレヨレな印象を抱く中年男性が、レインケ教授。黒い髪が、うねりまくっているし、顎の無精髭が濃いので、手入れを怠っているようだ。日頃、身だしなみを注意されているって、よくぼやいてたのに。
「は!? え!? なんて!?」
「こんにちは。突然申し訳ございません。トロールの心臓を手に入れたので、以前の研究を再開してほしくて来ましたわ。今、お時間、大丈夫でしょうか?」
突撃訪問に混乱するレインケ教授に、にこやかに笑いかけるけど、何故か有無言わせないような圧を感じた。
高位の貴族令嬢の威圧……?
丁寧なお嬢様口調ながらも、押しの強さがある。
「リガッティーさん……? えっと……治癒薬の開発研究の再開ですか? ええっと……」
リガッティーの押し強めの頼みをいきなりされても、当然困るだろう。
レインケ教授の目が、忙しなく、部屋の中を見渡す。
研究熱心だから、没頭のあまり、周囲がごっちゃごっちゃになっているイメージがあるけど、意外なことに教授のこの研究室は整然とされている。清潔すぎるほどだ。
自分自身だけは、無頓着らしい。
「トロールの心臓から高い自己再生能力の抽出が成功したので、いい線だと仰っていましたよね? あとは魔法薬の調合と注入次第だと……どうですか?」
「それは……その通りですね。その後も、調合について、最適な組み合わせを考えたのですが」
リガッティーに答えながら右往左往して、棚から一冊のファイルを取り出したレインケ教授は、すっかり研究者モードに入ったご様子。
二年間、授業を受けている間、脱線して魔物の研究成果を熱中して語っていた姿を見てきたから、わかる。
「こちらの治癒薬の調合に、注入が出来れば、完成に近付くのですが……リガッティーさんの手を借りたように、繊細な魔力のコントロールが必要です。さらに、トロールの心臓を含めて、素材を買い揃える研究費が足りず……」
開いたページを見せながらも、しょげたように肩を下げては、情けない顔を俯かせるレインケ教授。
そうそう。レインケ教授は、あくまで魔物を対象にした研究者。
魔物を素材にするとはいえ、治癒薬の開発は、専門外になるから、研究費を使えない。それが、トロールの心臓の研究を諦めた理由の一つ。
「レインケ教授なら、コツを掴めば、あれぐらいお一人で可能ですよ。トロールの心臓なら」
あっさりと繊細なコントロールは、リガッティーじゃなくても可能だと言い退けた。
それから【収納】から、【保護】魔法で包んだ大きな心臓を取り出す。
途端に、レインケ教授の目の色が変わり、食い入るように見ている。ガン見だ。
「ご提供しますわ」
にっこり、とタダで渡すと告げるリガッティー。
「えっ? な、なんでですかっ? そんな、いただけません!」
口は遠慮するけど、今にもよだれを垂らしそうなほど、物欲しげに見ているし、手を伸ばして受け取る気満々だ。
「投資ですわ。これで治癒薬の研究が進むことを願っています。負担に思わなくてもいいのです。あくまで完成出来ることを願っての投資ですし、無事に完成してもらった薬はぜひとも使わせていただきたいので、その際は優先して購入させてもらえたら嬉しいですわ」
研究を進めて完成させろ、なんて横暴な要求をする気は一切なく、完成したなら優先的に売ってほしいと言う。
見返りは、優先して売ってもらうだけ……?
オレが聞いた限り、上手くすれば『ポーション』に匹敵する治癒薬になると想定しているから、画期的な開発としても価値があるはずだし、高い利益がかなり出るだろうに。伝手を通して、事業とか商談に持ち込まないのか?
「どうして、そんなに期待していただけるのですか?」
もう欲望に負けて、心臓を受け取るレインケ教授は、それに意識の大半を向けたまま、尋ねる。
「完成した治癒薬が欲しいからですわ」
リガッティーは、小さな笑みのまま答えるけど、見た目以上に欲していると感じた。
「それにレインケ教授のこの研究ならば、きっと完成すると信じられるのです! 再開していただけますか?」
「もっ、もちろんですぅ!!」
信用の言葉で上手く乗せられたレインケ教授は、とっくに心臓を抱えているので、すでに再開する気満々だっただろう。
「あ。教授。オレからも一つ、トロールの心臓があるから、使って。オレもリガッティーと同じく、投資として提供ですよ」
「っ!! ルクトくんまで!! 僕は最高の生徒に恵まれた!! ありがとうございます!! 期待に応えてみせます!!」
オレの存在忘れてそうだから、挙手すれば、涙ぐんで大喜びした。
取り出した心臓を机に置いて、レインケ教授は開発の研究のために準備を始める。
ブツブツと言いながら、手早く薬品やら素材やらを並べるレインケ教授には、少々狂気を感じるんだよな。
彼のテリトリーなので、オレもリガッティーも手を出すことなく、準備が終わることを離れた位置で大人しく待つ。
そこで、研究室の扉がノックされた。オレと同じ入室方法だったけど、レインケ教授は気付かない。
でも、学園長が入ってきたから、教えるべきだと思ったのに。
「まあ! 大叔父様!」
おしとやかさを欠かさないけれど、弾んだ声でリガッティーがそう呼んだ。
すぐに、ハッとした顔をすると、バツが悪そうな表情で咳払い。
「ディベット学園長。ごきげんよう」
両手をお腹の前に重ねて、丁寧に頭を下げる。
オレも遅れて、頭を下げて挨拶をした。
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