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一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。

13 負け犬の遠吠え。

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 ウザ絡みしてきた冒険者パーティーに構っている場合ではない。
 私は放り出すように解放しては、腰の剣を抜いた。

「トロールだ」

 まだ目で確認していないが、ルクトさんは間違いないと言い切る。
 きっと正しいのだろう。
 トロールの巨体が迫る足音。

「そっち、倒せ」
「はい!」

 一度背中を向かい合わせるように、接近する気配を警戒したが、ルクトさんの指示を受けて動くことにした。

 一方は、ルクトさんが倒すから、私はもう一方だけに集中して倒せばいい。
 そういう意味が込められたと受け取って、低い位置で地面の壁しか見えない状態の穴の中から、先ずはひと蹴りして、追い風を起こして舞い上がる。

 ちょうど私の攻撃範囲を突っ切る灰色の岩男のような魔物・トロールと対面。
 肩に大岩をつけたみたいな不格好な身体なのに、あっという間に距離を詰められた。
 歪な顔で、睨み付けるそのトロールの左目に、躊躇なく剣先を深々と突き刺す。
 脳みそまで届くように、しっかりと押しやれば、トロールはすっころんだみたいに背中から傾いては倒れた。
 倒れた際も、地鳴りみたいな音を立てたな……。

 そんなトロールの上に着地した私は、ブーツ越しでも、皮膚が硬いとわかった。なんなら、踵で小突いても、鉄みたいに硬くて、こちらが痛さを感じてしまいそうだ。
 他にも方法はあっただろうが、一瞬の判断に従って、仕留めた。
 穴の中には、一応、人がいるもの。万が一、被害に遭ったらいけない。この瞬殺は間違いではないと思ったけれど。

「あっ! トロールの目って、何かの素材になるから売れますよね!?」
「え? あー、うん。まぁ、いいじゃん?」

 トロールの目が素材として売れるという知識が、頭に蘇って振り返れば、穴を挟んだ向こうでは、トロールの口から剣を抜くルクトさんがいた。

「ああ! 口から刺せばよかったですね!! もったいない感が!!」
「あははっ!」

 確かにトロールは般若の仮面のように、大口を開けっ放しにしていたので、口の中から脳に向かって一突きすればよかったではないか。
 もったいないと反省を嘆く私を、ルクトさんはおかしそうに笑った。

「バッ、バッカじゃないの!?」

 そこで、またキャンキャンした声が聞こえてきたから、ちょっと首を伸ばして穴の下を覗く。

「早く魔法を解きなさいよ!! アタシ達を殺す気!?」

 威勢よく声を上げてはいるけれど、青ざめた顔で震えているロリ女は、パーティーメンバーに与えた魔法を解けと訴える。

「バカなのはそっちだろうが。どっちも時間が経てば解ける魔法なんだから、なんでわざわざ魔力を使って解いてやらないといけないんだよ? だろ」

 ルクトさんは、呆れた様子で淡々と告げた。
 魔法を使えば、感電状態の三人を解放してあげられるけれど、ルクトさんの言う通り、自業自得の状況。
 親切に魔力を消費する価値はないのだと、そう遠回しに伝える。
 絶望したみたいな表情をするロリ女は、自分こそ、この森を生きて帰る自信がないのだろうか。

「死にたくなければ、【ワープ玉】で帰ればいいだろ」

 それだけ言ってやって、ルクトさんはもう無視を決めた。
 ひょいっと風をまとっては穴を飛び越えて、私のそばに着地する。

「トロールの片目ぐらい、いいじゃん。ちゃんと仕留められれば、それでよし」

 そう話を戻して、普段通りに優しく笑った。

「あれっ? 結局トロールの討伐しちゃった!」
「ブフフッ!!」

 今更ながら、懸念していたことが現実になってしまったと気付く。

 Eランク冒険者の強さは、トロールを一人で討伐だと、ルクトさん基準で言われた翌日に、討伐することになろうとは……。

 おかしすぎると、ルクトさんは噴き出し笑いをしては、肩を震わせて笑う。

「私の実力は、Eランク冒険者って判定が出来るってことですかね?」

 倒せちゃったものは倒せちゃったので、しょうがない。

「いや、それ以上でしょ。Bランクパーティーを、一瞬で鎮圧したんだからさ」
「………………そうでした」

 何言ってんの、とルクトさんが笑いを止めてまで、ケロッと言ってきた。
 普通にBランクパーティーを名乗った彼らを、一瞬で全員ねじ伏せたので……私の実力は、いずこ……?

「Aランク冒険者でいいんじゃない?」
「いや、下級ドラゴンは倒せませんからね?」

 ブンブンと、右手を顔の前で横に振り回して、否定しておく。
 Aランク冒険者は、下級ドラゴンを倒せる強さだろうに。
 強さの判定は、もうBランク冒険者止まりでいいから。
 もう持ち上げないでほしい。

「経験さえ積めば、倒せる倒せる」

 ルクトさんの方は、右手を上下に振って、軽く言い退けた。

 何その、その辺で経験値稼ぎしたら、すぐにラスボス倒せるって言っているようないい加減さ!

 下級ドラゴンだけは、頼むから、討伐しに連れて行かないでほしい。
 流石に、そうなったら、ビビった、と叫んでやるわ。

「なんか、飛び級制度みたいに、Aランクにアップ出来ればいいのに……相談してみようか」
「遠慮しますよ?」

 本当に。本気で待ってほしい。

 ギルドマスターと親しいらしいルクトさんなら、掛け合うのも容易そうだから、阻止しないといけないと思った。
 だいたい、気晴らしの冒険者活動だ。新人指導の30日間も達成出来るとは限らないのに、ランクアップの話は必要ないじゃないか。

「ランクの肩書き、要らないですから。実力は実力だって言ったじゃないですか。下級ドラゴンは無理です」
「あー、うんうん、わかったわかった」

 泣きつくような声で止めると、はぐらかし気味に頭を撫でて宥められた。
 言質くれない。ぐすん。

 というか、頭を撫でる手つき、かなり優しい。
 頭の形をなぞるみたいに、そっと掌を動かす。
 耐性がないはずなのに、心地いいとか思ってしまう。
 頬が火照る。顔を上げられない。

「だから言ったろ? 買いかぶりなんかじゃなく、リガッティーには楽勝だって」

 青年らしい若く低い声は、とても優しさが込められている。

 真心を伝えようとする声に誘われるように、顔を上げてしまいそうになった。


 そうしてしまったら、きっと。
 焦がれるように熱く見つめてしまっただろう――。


 まだ婚約破棄が保留の身だからと、全力で律して、失礼のない程度に顔を背けた。

「トロールって、皮膚が恐ろしいほど硬いって聞いたのですが、どうやって解体するのですか?」

 話を逸らして、絶命したトロールを見下ろす。

「仕留めちゃえば、もう皮膚の硬さもすぐに問題なくなるよ」
「そうなんですか?」
「そそ。硬さと自己再生の高さが特徴だけど、心臓さえ止まれば、おしまいさ」

 それを聞いて、あることを思い出して「あっ」と声を零した。

「そうだ。心臓! トロールの心臓を、教授が欲しがってました!」

 トロールの心臓で、例の学園にいる魔物研究者が欲しがっていたことを思い出す。

 そういえば、心臓さえ動いていれば、自己再生も続くから、硬い皮膚が傷付けれても、すぐに治るのだと。直接教えてもらったのだった。

「え? リガッティーも、レインケ教授から聞いたの?」
「え? ルクトさんもですか?」

 二人でまん丸に見開いた目をして顔を合わせてしまう。

 王都学園の唯一の魔物研究のレインケ教授は、一年と二学年の間に王国内の魔物について教えてくれる授業を行う方。
 トロールの心臓については、個人的な頼みで聞いたのだ。
 どうして、ルクトさんも聞いたのかと、首を傾げた。

「あ。まさか。トロールの心臓を直接売ってくれた冒険者って、ルクトさんのことだったのですか?」
「そう! なんで? 教授から言ってたの?」

 なるほど、と私は納得したけれど、ルクトさんの方はまだ理解出来ていない様子。

「心臓でトロールの自己再生の高さを利用したを作るって話だったのですが」
「うん。オレもそう聞いたから、一回目は冒険者ギルドを通して買って、もう一個欲しいって言うから、直接売ってあげたんだ」

 やっぱりそうか。
 直接、魔物の素材を売り買いすることは、違反ではない。
 毒物などは、犯罪行為となるけれど。

「私は魔力のコントロールのよさを買われて、手伝いを頼まれたんです」
「研究そのものを手伝わされたんだ!?」
「偶然空き時間でもあったので、興味本位で手伝うことを承諾しました。一回目は、心臓を魔力で動かして、自己再生能力を引き出すことに成功しました。二回目で、その自己再生能力を魔法薬に注入していったのですが……いい配合が見付からず、失敗でしたね」

 他に用事があれば、断っていただろうけれど、神殿で作る光魔法の『ポーション』以外の治癒薬の開発研究は気になったので、手伝った。
 これは言ってもいい研究内容だろうか、と言ったあとに気になったが、ルクトさんはすでに知っていたようで、頷き続けて相槌を打っている。

「聞いた聞いた。また持って来てやろうかって言ったけど、トロールの心臓以外で試すって諦めたんだよな」
「そうなんですよね。もっとねばってもいいとは思いましたが、研究者が諦めると言うなら、仕方ありません」

 研究している本人が言うのだから、諦めが早いと思いつつも、私も手伝いを終えた。
 魔物研究者として、他にもいい素材だとか、調合だとか、考えていたのかもしれない。

「なんだ……そんな接点があったんなら、一年前くらいに、もっと早く会えたかもしれないな」

 独り言のように、ルクトさんの声が落ちた。
 いや、実際、返事を必要としない独り言だったのだろう。
 腕を組んでトロールのお腹を意味もなく見ているルクトさんは。


「まっ。会えたからいっか」


 私にルビー色の瞳を向けると、眩しげに笑った。
 もっと早くに知り合えるチャンスがあったことは惜しいけれど、今はもう会えているのだから、それで十分。

 私もそう思うけれど、ルクトさんが嬉しげに言ってくると、胸を貫かれる衝撃を受けてしまう。
 ズキュン、と。

「ル、ルクトさんは、冒険者として有名だったから、直接声をかけられたのですか?」

 ドキドキする胸を押さえて衝撃をやり過ごしつつ、ルクトさんがレインケ教授と関わった経緯はどうだったのだろうか。
 去年の話だから、三年生だったルクトさんは、もう魔物研究授業がなかったはず。

「うん。冒険者として声をかけられたし、『が欲しかったから、二回目は直接採ってきて売ったんだ」
「欲しかった?」
「冒険者ギルドから買い取った心臓で、いい方向に進んだって言ったから、期待を込めて、ここで仕留めて心臓届けた」

 確かに、私の手を借りて、順調に研究が進んでいたのは本当だ。
 けれど、ルクトさんはどうして『ポーション』以外の治癒薬を欲しがるのか、不思議で首を傾げてしまった。

 ルクトさんも金銭的に余裕があると言ったのだから、神殿で『ポーション』を買えば済むのに。
 狂信者の目があれば買いづらいだろうけど、高ランクの冒険者には備えが必要だと、わかってもらえるはず。

 レインケ教授の治癒薬は、どれほどの効力になるか、どんな値段になるかも、まだわからない段階だった。
 私の疑問を読み取って、ルクトさんはちょっと気まずげに苦笑して教えてくれる。





 驚きで、思わずギョッとしてしまった。

「えっ……そんな体質があるのですか?」
「んー。原因は定かじゃないけど……祖母が魔族のハーフだって言ったじゃん? 祖母も『ポーション』を吐いちゃって、怪我が治らなかったから、時間かけて魔法薬で治療したことがあるんだってさ。言いにくいけど、『ポーション』が受け付けない者が一部いるのかも」
「それは……本当に言いにくいことですよね」

 頭の後ろを掻くルクトさんは、私だから口にしてくれたが、それはあまり大声では言えないことだ。
 多くの魔族が、闇属性を持っているという特徴。
 それが、光魔法を込めた『ポーション』を、拒絶している要因になっているのかもしれない。

「他に魔族の血縁の方で、『ポーション』を受け付けないような体質の方は、いたりしますか?」
「オレの知り合いにはいないな。人づてにいるって聞いたことあるけど」
「そうなんですね……。歴史にもありますし、公にしてはいけないことなんでしょうから、黙っていたのかもしれません。私も、初耳です」

 眉をひそめるようにして、手を口元に添えて、少し黙考してしまう。


 神聖扱いされる光属性の魔法の使い手は、神殿に集っては女神を崇拝している。

 この異世界の創造主の女神は、万人を愛して、癒すとされているキュアフローラという名だ。

 かつて、女神キュアフローラは、光属性の持ち主の少女に力を授けて、万人を癒す聖女に地上を託したという伝承がある。
 過去にも、聖女と称えられた女性が、この王国の神殿に三人ほどいた。
 五百年前の魔族と人間のいがみ合いを終戦させた功労者の一人は、二代目の聖女だ。
 万人を癒す聖女の力で、争いを止めたと歴史に遺されている。

 けれども、偏見による解釈では、『闇属性で負の感情を増幅させた魔族を、弱点である光属性の持ち主である聖女が制圧した』というものがあることは、常識的に知られているのだ。

 確かに、闇属性の魔法は、光属性の魔法によって、消されるほど弱い。
 だからといって、闇属性持ちが多くいる魔族を悪とし、女神から力を与えられたと謳われる光魔法を絶対の善とするのは、間違っている。

 女神キュアフローラは、万人を愛する。だから、どんな種族であっても、力を与えられたであろう光属性の持ち主の聖女の敵は、という認識をしてはいけない。
 闇属性の魔法が、必ず悪の力ではないと主張するように、持ち主も悪ではないのだ。差別がされないように、歴史には強く書き遺されてきた。

 だから、光魔法が込められた治癒薬である『ポーション』が、実は魔族の血が流れている者には、効果が発揮されない。
 そんなことが公になると、偏見による差別認識が広がりかねないのだ。

 特に、この王国の神殿は、女神キュアフローラを熱烈なほど崇拝している。聖女という存在も、また同等に。
 同じくらい熱狂な信者は『ポーション』は女神キュアフローラからの授かった癒しの薬だと思っている節がある。
 なので、そんな信者が、一瞬で差別者に変貌する可能性が大いにあるのだ。
 変に広まってしまわないことを祈る。混乱の火種になりかねない。


 そういえば、ゲーム冒頭で、ここのところをちょこっとだけ書かれていたっけ。
 こんな異世界だよ、的な軽い説明として、創造主の女神様と光魔法の聖女が書かれていた。
 強い光魔法の使い手のヒロインは、あくまで聖女のような存在だと、その程度の描写による、ちょっとした引き立てに過ぎなかったので、ゲームシナリオ内では聖女になる展開ではなかったな。

 なんて、ちょっと気が逸れた。

「『ポーション』では怪我を癒せないなら、ルクトさんも不便ですよね……。今までは大丈夫だったのですか? 大怪我とか」
「あー。一回、がっつり脚を噛まれちゃって、負傷したけど、食いちぎられなかったから、自力で帰って一ヶ月安静にしてたら治った」

 自分の右の太ももをつついて見せたルクトさんが軽く言い退けるけれど、絶対笑い事ではない負傷だったと想像が出来て、ゾッとしてしまい震え上がった。

 ソロで冒険者活動するルクトさんは、下級ドラゴンにも勝ててしまう強者ではある。
 でも、万が一の場合は、負傷で身動き取れなくなれば、絶体絶命だ。

「このトロールの心臓。レインケ教授に無償提供しましょう!」
「え? でも、もう要らないって」
「これで、また試してもらいます!」

 トロールの心臓による自己再生能力を、魔法薬に無事注入するのは、いい線だと自画自賛で大興奮していたのだから、試す価値はあるはず。
 一刻も早く、『ポーション』ではない治癒薬を完成させてほしい。出来れば、重傷も一瓶飲み干すだけで治るほどの効力で。

 ルクトさんのためなら、私もまた手を貸す!

「教授は学園内に研究室があるので、春休みの今もいるはず……。申し訳ございません、ルクトさん。これから学園に行きたいので、今日のところは、依頼報告を済ませて終わりでいいですか?」

 このトロールの心臓を持って、研究室に突撃するために、先ずは予定変更を頼む。

「あー、うん。全然いいよ」

 一瞬、浮かない顔に見えたけれど、承諾してくれた。

「ありがとうございます。……パフェは食べたいので、またの機会に、連れて行ってくれますか?」

 人気カフェでパフェを食べる予定をなかったことになってしまったが、いつか一緒に食べたいと、ちょっと控えめにおねだりをする。
 冒険者活動に関係ないようなものなので、ちょっと、デートのお誘い感があって、恥ずかしい。

 見開いた目をぱちくりしたルクトさんは、嬉しげに笑みを深めた。

「うん。絶対に連れていくから、一緒に食べような」

 そんなルクトさんを見て、やっと今日の予定を楽しみにしていたのかもしれないと気付く。

 ……一緒にカフェに行ってパフェを食べるのは、最早デートだものね!
 パフェの美味しさの期待に意識が行っていて、最初に提案された時、そのことに全く気付かなかったことが発覚した!
 さらりとデートするところだったんだ! 私は鈍感か!

「研究材料は多い方がいいっしょ。あっちも、持っていこう」
「え? いいのですか? 売るのではなく、無償提供なのですが」
「いいよ。別に完成したら、ラッキーってだけだし。またリガッティーは手伝うってことだろ? なら、オレも無償提供する」

 正直言うと、レインケ教授に押し付けて、トロールの心臓での研究を半強制的に再開させるので、手伝うだけなのだけど。

 あと心の中だけでも、言わせてほしいけれど、完成したら、あなたには絶対に常備してほしい。

 あなたのためなので!

「だから、ギルド寄って、報告したら、軽く昼食済ませて、一緒に学園の研究室に行こうぜ」

 報告したら、それで新人指導時間は終了となるのに、ルクトさんは同行すると笑いかけた。

 冒険者として行動するのではなく、一緒に学園に行くのは、不思議な気分になってしまう。
 たどたどしくならないように精一杯心掛けて「はい。そうしましょう」となんとか返事をした。

 春休みなのに、イケメン先輩と一緒に登校だ!

 ルクトさんが教えてくれた通り、トロールの皮膚の硬さはマシになったので、目玉はついでに抉り、【核】と心臓を取り出した。
 トロールの身体も、火に強いので、焼却処理することはせず、放置するとのことだ。もっと奥に行けば、白骨化したトロールをよく見かけることになるのだとか。あと、狼型魔物にかじられて散らかされるらしい。

 心臓を新鮮なままの素材にするための保存する方法も、教わった。今後も、他の素材に活かせる。
 水魔法で包んだ状態で、無属性の【保護】魔法でさらに包み込む。魔力を透明な膜のようにする魔法で、水風船のようになった。そのまま【収納】が可能だ。

「そういえば、リガッティーの【収納】ってどんな感じ? コントロールいいから、かなり整頓されそうだな。オレの方は、だだっ広い感じ」

 無属性の【収納】魔法は、個性が出るとは聞いていた。
 基本的に、収納した空間に手を入れれば、自ずと望む物を掴むことが出来る便利な魔法。
 広さはもちろん、各々で違う。
 私は……一つの収納棚だろう。

「一応、区別されていますね。服や武器、薬類の瓶やお金、あと素材」

 実は【収納】魔法を発動すると、薄っすらと収納棚のように整頓された物が見える。他の人達も同じらしいが、私の場合は、区別された棚が望む通りに動く。取り出したい物の棚が、音もなく移動してきては、手に触れる。

 予想が当たって「やっぱり」と軽くニヤリとするルクトさん。
 彼のだだっ広い収納空間は、ちょっと知るのが怖かったりする。
 規格外だからな……この人。

 用も済んだから、王都の転移装置へ【ワープ玉】を使用して帰還。
 足早に冒険者ギルド会館に入っては、報告しようとしたのだけど、なんだか賑やかさとは違う騒ぎがあるとすぐに気が付く。

「来た! アイツよ!!」

 何かと思えば、ロリ女のパーティーだった。
 そういえば、一悶着あったことを、すっかり忘れていたわ。
 先に帰っていたことすら、気付くことなく、忘れ去ってしまっていた。

 騒いでいたパーティーの一人のロリ女が私を指差すから、このフロアに居合わせた冒険者達の注目を浴びる。

 呑気に、あそこは苦情専用の窓口なのかしら、と小首を傾げてしまった。

!!」

 改めて苦情を訴えるロリ女は、カンカンな様子。
 自分には非がないという口ぶりと内容で報告する上に、横取りだなんて言い掛かりで、キャンキャン騒ぐ。
 本当に、耳障りでウザい。


「あら! !」


 笑顔で私はわざとらしく、両手を前に合わせて、無邪気ぶった声を上げた。

「は?」

 なんの話かわからないと、ロリ女パーティーは、怪訝な顔になる。
 ロリ女の童顔の可愛さが、歪みで見事に台無しになっていた。


「昨日冒険者登録したばかりのに、Bランクパーティーが身動き取れない間に、依頼の! とっても勇気が必要でしたよね!」


 注目されていることをいいことに、簡潔にまとめて、彼女達の醜態を明かしてやる。

 公衆の面前で恥をかかすとは、こういうことだ。

 そもそも、その恥を自己申告していたのは、彼女達だ。
 敗北した屈辱の怒りのあまり、そのことに気付いたのは、この瞬間だったみたい。
 色んな感情で、彼らはたちまち赤面した。

 ウザ絡みをされないための実力を示すには、絶好の機会なので、私は遠慮なく利用させてもらう。

 ロリ女パーティーメンバーの反応に、私の皮肉を込めた発言は信憑性を増したし、Bランクパーティーを新人の私一人で倒したという強さを持つ事実が、激震する衝撃だったらしい。

 誰もが言葉を失うから、水を打ったように、静まり返ったフロア。
 痛いくらいの静寂は、たった一瞬のこと。

「ブフッ!!」

 おかげで、隣で噴き出したルクトさんの笑い声が、木霊するほど響き渡った。

 ルクトさんは、私の発言がいちいち笑いのツボに、クリティカルヒットしてしまうのだろうか。安定の笑い上戸である。

「自己防衛とはいえ、動けなくしたのはごめんなさい。でも突撃してきたトロールから守った形になりましたし、怪我はないですよね? ですよ」

 先に仕掛けたのは、そちらだから、ねじ伏せたまで。
 武装した拳を持つ大男は、非難と軽蔑の視線を浴びて、わなわなと震えた。

 被害者ぶるわけではなく、ただただ事実として、自分に非はないと毅然と主張させてもらう。

「ち、違うわよ!! アタシ達を悪いみたいに正当防衛だなんて言ってんじゃないわよ!! 挑発したのはそっちだし! 何が守ったよ!! 獲物の横取りは横取りよ!!」

 本当にキャンキャン喚くロリ女だ。
 吠え癖が酷い子犬みたい。

「ルクトさん。今、が聞こえませんでしたか?」
「ん? ……そうか?」

 ルクトさんに声をかけると、真面目に耳をすませてくれる。

「ああ、気にしなくていいですよね。です」
「……クッ……ブハハハッ!!!」

 白々しく、負け犬の遠吠えが聞こえると、茶番をしてまで、笑顔で言い退けた。

 つまり、負け犬の遠吠えは、気にしない。

 目の前でキャンキャン喚いていた負け犬ことロリ女は、絶句して放心する。

 煽りに煽った私の対応に、一度は堪えたようだけど、もうお腹を抱えて、大笑いを響かせたルクトさん。

「ヒィーヒィー! もうっ、リガッティー! 最高すぎるっ! アハハハッ!」

 笑いすぎで涙まで出てきているルクトさんは、目元を拭う。しかも、全然笑いが収まらない様子。


「ルクトさんが楽しいなら何よりです」


 ルクトさん以外、笑ってないけどね。

 美少女だけど、ヤバい新人認識されただろう。
 Bランクパーティーを倒すわ、トロールを討伐するわ、笑顔で煽りに煽って絶句させるわで、近付きにくいと印象を抱かせただろう。
 これでウザ絡みは、なくなるはずだ。

 ルクトさんと楽しく冒険出来さえすれば、他の冒険者に遠巻きにされても、支障はないもの。


 
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