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一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。
10 冒険者の二日目。
しおりを挟む春休み、二日目の朝。
いい気分で、起床。
いちいち着替えるのは、面倒なので、朝からズボンスタイルを着る。
「お嬢様……今日も、また……?」
「ええ。あとでね」
「……」
侍女長の問いに、ケロッと答えておく。
昨日家を抜け出した時と同じスタイルを見つめながら、考え直してほしいと、すがるような眼差しを向けられたが、気に留めない。
一階に降りて、朝食をとり、食後の紅茶を啜る。
その間、家令がそばで、そわそわしている気配がしたが、それもまた気に留めない。
「失礼、お嬢様。本日もお出掛けになるのならば、考え直していただけないでしょうか?」
「繰り返し言うべきかしら」
「当主様と夫人が領地に向かわれ、ネテイト様も不在の今、リガッティーお嬢様まで屋敷を空けてしまうのは、どうかと。状況が状況なのですから」
きっと考え抜いた言葉なのだろうが、私は家令を振り返りもしなかった。
「何を言うのかと思えば……。侯爵夫人である母が、普段は屋敷内を管理していたけれど、今は家令と侍女長が手分けして代理を務めているはず。私の役目はないわ。今までだって、侯爵家の人間が不在な日があったのに、今回は例外だとでも?」
「そ、それは……」
「私は未来の王妃になるという役目があったけれど、今はもうない。今だけは自由なの。それを邪魔したいってことかしら?」
「っ……。……違います……」
言い負かせてやったり。
どんな理由で引き留めようとも、私は譲らない。
伊達に、未来の王妃に選ばれて育てられていないのよ、おーほほっ!
「知らないふりでいいのよ。では、また夕食時に」
項垂れた暗い雰囲気の家令達に、出掛ける合図をしておく。
帰ってきた時、お父様達に処罰を受けることを避けたいなら、知らないふりでいいのだ。
二階の自分の部屋に戻ってから、昨日の書き置きを机の上に置いておく。
そして、窓から外へと出たのだけれど、その場に、副団長といつも私の護衛を務める騎士二人が待ち構えていた。
「お嬢様。どうか、お供の許可を」
「却下」
まともに取り合ってはやらない。
サーッと左腕を振って、闇魔法で眠らせた。膝から崩れては、倒れた騎士三人。軽装な鎧を着ているので、ガシャンと音が鳴った。
私の闇魔法の強さは、年々上がっている。いくら屈強な精神の騎士であっても、闇魔法に当てられれば、簡単に意識は眠りに誘われるのだ。静かな闇に包まれるように、安眠させられる魔法。
不眠治療に使われるとも、聞いたことがある。そういう使い方があると発表しては、闇属性が悪というイメージを払拭する手伝いをしているのだろう。
だから、最初から知らないふりをすればいいのに。
目が覚めれば、きっと真面目に、反省会でもするのだろう。ご苦労様である。
腕を上げて、背伸びをしてから【探索】魔法を発動した。
昨日と同じく、王家の影がいる。正確な位置はわからないけれど、近くに存在しているのはわかるだけ。
副団長のように、私の一人外出を阻止しようと待ち構えている騎士がいないか、確認。
屋敷内はともかく、敷地内には不自然に人がまばらにいる。抜け出さないように引き留めるために、配置されているのだろう。
私の【探索】には気付いていないようなので、潜伏者を避けていき、塀を風魔法を使って軽々と飛び越えて、脱出成功。
ルクトさんのスパルタな教えのおかげで、【探索】がバレなかった。これからも重宝する魔法を教えてくれたルクトさんに、深く感謝。
先ずは、【テレポート】を使っての移動。
今後も冒険者活動するつもりなので、昨日と同じ衣服店に入って、深く考えることなく、サクッと数着分を選んで購入。
着替えるために試着室を利用すると断りを入れてから、昨日も買った服も比べてから、コーディネートを決めた。
今日は、前開きのスカートに見えるデザインの短パンを穿く。
昨日の帰りで服を買った際に、試着室の中で気付いたのだ。
短パンだと、お尻の丸みが、かなり気になる。
ズボンとは違い、脚を丸ごと包んでいないから、裾の下からはみ出た太ももが、その……。
つまりは、お尻の形と太ももの絶対領域を、後ろからガン見されたくないと思ったのだ。
だけれど、私もルクトさんも、短パンスタイルは好きだということで、今日のところは、隠したい部分が隠れるデザインのものにした。
後ろから見れば、膝上丈のプリーツスカートだけれど、前から見れば、前開きで短パンが見える。
黒のニーソ。フィットした七分袖の紫色のシャツと、黒のベストを合わせた。
出る前に【変色の薬】の飲んで、青色の髪に変身。
薬で思い出す。
ポーションも備えておくべきだと、ルクトさんが助言をしてくれていた。
魔法薬店だと、痛み止めや血止めの薬が主で、大きな怪我などの治癒の薬は、あまり効果がないと言えるほどのもの。時間をかけて、いくつもの薬を繰り返し飲まないと完治出来ない。
ゲームで例えるなら、HPを満タンに回復するために、弱めな薬を何度か使用する感じだろう。
でも神殿から、光魔法を込めて作られた治癒薬の『ポーション』が、店頭に並ぶこともある。光魔法の治癒効果を、留めた液体の薬だ。
それなりに値が張るし、冒険者は備えておきたい一品なので、すぐに売れ切れてしまうらしい。
一本だけは、常備しておきたいな。本当に、万が一に備えて。
魔法薬店へ向かって歩きながら、私は鮮やかな青色になった髪を三つ編みにする。作業をしながら、店内を見たが、『ポーション』は売れ切れていた。残念。
闇属性持ちは、光の魔力が満ちているせいか、神殿にいると、よく気分が悪くなる。闇属性は、光属性に弱い。闇魔法が強力な私も、該当するようだ。公務の一環で、何度か足を運んだ時に、そうだった。
この世界の創造主の女神様を崇める神殿に通う熱狂的な信者が、『ポーション』まで崇めているから、なかなか手に入れづらい。買いにくいレベルである。
差し迫ったよっぽどの理由がないと、買わせてもらえないというおかしな雰囲気なのよね……。
だから、神殿に直接行って『ポーション』は買うことはしない。
治癒なら、病院でも事足りる。神殿に行くのは、かけられた呪いを神官に解いてもらう時くらいだ。そんな経験ないけれど。
しっかりと三つ編みにした髪をリボンで締めた私は、あらゆる毒を解く薬や止血薬を購入することにした。
そこで、左耳に熱を感じたので、指で耳飾りを軽く弾く。
「おはようございます、ルクトさん」
〔おはよう、リガッティー〕
店員が不思議そうな顔をするから、耳飾りに手を添えたままにする。誰かと通信していますよー、という姿勢を見せておく。さもないと、不審者扱いされる。
〔採取用の刃物は用意した?〕
「いいえ、まだ」
〔そうだと思って、武器店にいるんだけど……オレが適当に見繕っていい?〕
「え? んー……」
私のために武器店にいる。遠慮したいとは思ったけれど、すでに買う気で店にいるようだし、ここは甘えておくべきかしら。
「では、ルクトさんにお任せしますね。採取用と解体用の二つで」
〔りょーかい。任せて〕
「あっ。レシートは受け取ってくださいね。お金をお返ししますので」
〔これくらい、奢るのに。オレはAランク冒険者だぜ? 貯えは想像以上にあるから、余裕だぞ〕
「お言葉ですが、ルクトさん。私がお金持ちだから、全て奢るとあなたに言うのと同じですよ?」
〔……負けました。レシート持っていくよ〕
潔く諦めてくれたルクトさんを、クスクスと笑ってしまう。
買い物が終わり次第、冒険者ギルド会館で会おうと言葉を交わして、通信を切った。
わりと早めに到着したつもりだったけれど、ギルド会館の前には、白銀髪の長身イケメンがすでに立っている。
二人組の女性と話していたけれど、私に気付くと、微笑んで手を上げて見せた。
断りを入れるように、女性達と離れて、私の元に大股で歩み寄る。
ぷっくりとした赤い唇でむくれ顔をして、私を睨みつける女性二人は、そのままギルド会館を離れていった。冒険者ではなく、ましてや友人でもなく、ただの通りかかったナンパのお姉さんに違いない……。
「おはよう、リガッティー。三つ編みだ」
「おはようございます。変装のためにも、髪型を変えてきました」
右肩から垂らす三つ編みに触れようと、ルクトさんが手を伸ばしてきたけれど、思い留まったように拳にしてから引っ込めた。
昨日、髪に触れられたことを思い出して、顔が赤くならないように気を逸らす。
「早かったですね。買ってくださったのですか?」
「うん。これな。採取用ならナイフで十分だろうし、解体用なら短剣の長さがあった方がいいだろう。こんなんでよかった?」
「はい。ありがとうございます」
ホルダー付きでナイフと短剣を差し出してくれたので、軽く確認する。別にこだわりもないので、使えば馴染んでくれるだろう。
邪魔じゃないなら、片方を剣の隣にぶら下げようかと、ちょっと悩む。
「今日も可愛くて似合ってるけど……昨日買ったのと違う?」
ルクトさんが、気付いて指摘してきた。
おお、イケメン。着ている服を似合うと褒めてくれて、違いがわかるとは! 満点なイケメン!
「さっき追加で買いました」と答えておく。結局、違和感が拭えなかったので、装備することは諦めて、【収納】した。
レシートを確認して、ちゃんとお金を返したので、冒険者ギルド会館に並んで足を踏み入れる。
依頼を受けて、ルクトさんの指導のもと、今日も冒険だ。
冒険二日目も、引き受ける依頼を、ルクトさんに選んでもらう。
「今日も採取の依頼でいい?」
「どんな内容ですか?」
一通り目を通したルクトさんが指差す依頼板を覗きながらも、口頭で答え待つ。
「『火岩の森』は知ってる? 西方面の『パトラミの街』から移動した方が、早い場所にある森とは名ばかりのゴツゴツした荒地みたいなところだ。一応木だらけだけど」
「確かに『パトラミの街』が、ここから西側にありますね……かなりの距離ですので、今回は『パトラミの街』へ【ワープ】するのですか?」
「そういうこと。『火岩の森』の入り口付近で、森中に生えている『白の枯れ木』の皮を削り取るだけの簡単な依頼だ」
依頼内容は、『火岩の森』の『白の枯れ木』の皮の採取と書かれている。補足で、森の入り口で採取するだけで可、と書いてあるので、新人冒険者向けの生易しい依頼なのだろう。
Fランク冒険者は、奥に行くことをお勧めしない、と注意書きがあるのだけれど……。
「奥に行けば、『カトラー森』より、手応えのある魔物と戦えるはずだ」
ルクトさんが、耳打ちしてきた。
ち、近い……吐息が……。
じゃなくて!
「Fランクではお勧めしない場所だと書いてあるのに、行っても大丈夫なのですか? 新人指導として、問題ないですか?」
「あー、オレが指導者として咎められるとかの心配? リガッティーなら大丈夫だって判断で選んだから、問題はないさ」
新人Fランク冒険者の私が引き受けられる依頼を口実に、『火岩の森』に向かい、少々強い魔物が出没する森の奥を目指す。
私を高く評価してくれているのは嬉しいのだけれど、ワイバーン相手に飛行戦闘の経験を積んでから、下級ドラゴンを討伐しようと言ったルクトさんに任せていいのかと、不安になってしまった。
スパルタ……なんだよなぁ……。
「ちなみに、『火岩の森』に出没する魔物って、なんですか?」
前情報をもらっておかないと。
「あそこには、ちっこいサラマンダーが多いね。火属性の魔物が好んで棲みついているんだ。ちょっと暑い。名前のように、火の岩はないけれど、触ると火傷する赤い石がゴロゴロしているから、それには注意するべきで……あ、そうそう、その赤い石に化けている魔物もいるんだ。赤い石によく似た甲羅を被っていて、自爆する亀みたいな魔物、爆弾亀って呼ばれているんだけど、知ってる?」
「ええ、知識では知っていますね」
自国にいる魔物については、知識で得た。というか、学園の授業で大半学んでいる。
サラマンダーは、素早く這い回る火を噴くトカゲだ。生息地で、大きさや姿が異なる。
そして、爆弾亀も、同じく生息地で、異なる姿をしているそうだ。自爆と言っても、甲羅の表面だけで爆発して、身を守り攻撃する。
あと、狼と変わらない魔物の群れも見かけるし、オオコウモリのような魔物も夜になれば頭上から襲ってくるそうだ。
対処出来そうだな、と思っていたのだが。
「一番強くて、トロールだな」
ケロッと、ルクトさんは言い放つ。
「……Eランク冒険者が、倒す魔物だと、昨日言いましたよね?」
「うん。リガッティーなら、楽勝」
キョトン、と首を傾げるルクトさんは、全く支障がないと思っている様子。
私は昨日、冒険者登録したばかりの新人だし、魔物と戦闘はまだ経験していないのだけれど……?
やっぱり、スパルタである……。
あわよくば、トロールと一人で戦うように、指示するかもしれない。
死にはしないだろうけれど、スパルタだもの……そうなる予感しかしないわ。
頷くことに躊躇していれば、ルクトさんの顔がまた寄ってきて、耳打ちされた。
「ビビってんの?」
「行きますが!?」
挑発に、即座に乗ってしまった私。
実戦経験が浅すぎるけれど、対人の模擬戦闘なら負けなし。
強いと評価されているのに、弱腰になっているなんて思われるのは、悔しい。
「じゃあ決まり」
楽しげな笑みを溢すルクトさんを、恨みがましく見てしまう。
「……絶対に、カバーしてくださいよ。私は経験の浅い新人冒険者なのですよ」
むくれつつも、私は念のためにも、言っておく。
「当たり前じゃん。オレがリガッティーの指導担当なんだから」
眩しそうに目を細めて微笑むルクトさんは、本当に私の担当が楽しいみたい。
どうか、忘れずに、新人指導をしていただきたい。
スパルタ、やめて……。
依頼板の下のプレートに、タグを当てて、依頼を引き受けた。
次は、隣の店で【ワープ玉】の購入。依頼に関する【ワープ玉】の購入なら、新人は経費で落とせる。だから、ルクトさんがいくつか備えていても、今は依頼の目的地に必要な【ワープ玉】を買えばいいとのことだ。
そういうことで、『パトラミの街』行きと、王都への帰還の二種類を購入。
昨日と同じく、ルクトさんが持つ『パトラミの街』の【ワープ玉】に手を置いて、発動。
瞬く間に、転移装置に到着。
街を囲う防壁を見上げつつ、転移装置の上から降りる。王都ほどの高さも厚さもないと、一目でわかった。
「あれ? 『パトラミ』には、来たことない?」
「はい。こちら側に来たことはありませんから」
領地とは違う方角なので、当然、初めてだ。
どんな街かな……、と少し、ぼんやりと見上げた。
「……オレ、ある物が目当てで『パトラミ』に寄っていくことが多いんだ」
私と違ってよくこの街に来ているルクトさんに顔を向ければ、ニカッと歯を見せて笑っている。
「人気カフェのパフェ!」
「パフェ……!」
「うん。よかったら、帰りは食べていこ?」
「ぜひっ!」
パフェに釣られて、私はコックンと頷いた。
人気カフェなら、期待大なパフェのはず。
暑い森が近くにあるせいか、少しだけ気温が高いと感じた。
きっとアイスも入っていれば、最適なデザートになるに違いない。
楽しげに目を細めて見つめられていると気付かないまま、私は鼻歌をうたい出すご機嫌な足取りで、ルクトさんについていく。
「【テレポート】を五回くらいすれば、すぐ着くけど、行ける?」
「徒歩で行かないのですか?」
「距離がありすぎるけど……徒歩がいい?」
ちょっとした森の馬車道を進んだ先に、目的地があるらしい。
「『火岩の森』は、新人では悠長に話していい地ではないでしょう? 中では集中するので、この徒歩の移動時間に、ルクトさんの話を聞かせてください。昨日言ってくれたじゃないですか」
一日では語れない、と互いの話は後日、少しずつ教えるということにした件を持ち出す。
魔物出没地域に入る前に、聞きたい。
「そうだった。何? そんなにオレのこと、知りたいの?」
「はい」
好奇心は最高潮なのに、きっぱりと返事したら、ちょっと怯んだ。ルクトさんの頬が、ほんのりと赤らんだ気がする。
「ゴホン。じゃあ、一回だけ【テレポート】して、歩こうか」
咳払いしてから、ルクトさんは促す。それに従い、目が届く遠くの場所まで【テレポート】を使って移動。ふわりと浮いた足を着地させて、そのまま歩み出す。
「何から知りたい?」
「んー。ルクトさんが王都学園に入学した経緯ですかね。元から王都生まれで、学園で様々学ぶために通ったにしては……一年でAランクになったのは、あまり学園での学びは、冒険者活動には影響がないように思えてなりません」
先ずは、どんな進路で王都学園に入学したか、ね。
「ミッシュルナル王都学園に入学したのは……親の遺言で通えって書かれていたからなんだ」
前を向いているルクトさんを見て、なんとも言えない気持ちになる。気軽に問うべきじゃないことだった。
「それは……無神経に尋ねてしまってすみません」
「え? ああ、ごめん。誤解させた。親は今もピンピンして生きてるよ」
「はい?」
こちらに顔を向けたルクトさんは、あっけらかんと誤解をとく。
いや、でも……。
今、遺言って……。
……え?
「親も冒険者でさ。オレが15歳になってから、引退した元Bランクの冒険者。自分達が死んだ時に備えて、遺言書を用意してたんだよ」
ケラリ、とルクトさんは笑う。
私は、目を点にする。
それは……死もあり得る冒険者としては……子どもに遺言書を用意するのは……当然、か?
「王都学園に通わせる学費を稼ぐために、かなり無理して依頼をこなしてたから、わりと死を覚悟してたんだって。結構歳だし。でも、なんとかなっちゃったから、通ってこーいって感じで送り出された」
「ノリが……軽い……?」
「うん。オレも、それでいいのか、ってポカンってした。ちなみに、オレが生まれ育ったのは、王都の北側の『アスタランの街』で、両親はそこで悠々自適に引退生活送ってる」
私も、当時のルクトさん同様に、ポカンとしてしまう。
「な、何故また、王都学園へ?」
「オレならSランク冒険者になるって見越して、貴族が多く通う王都学園に通うべきだって判断したんだよ。まぁ、もちろん、高度な教育を受けさせたかっただろうけど、一番は人脈作りや貴族に関しての観察のためだった」
「貴族の観察、ですか?」
人脈作りなら、教育を受ける場としても、ミッシュルナル王都学園以上に、優れた場所は他にないはず。
でも、貴族の観察、とは?
「名誉貴族になるかどうか。その選択のための判断材料だよ」
「あ。なるほど。いきなり、貴族の社交界に飛び込む前に、事前に把握したかったのですね。いえ、把握させてあげたのですか。素晴らしいご両親です。ルクトさんの将来のために、備えをよく考えられたのですね」
平民から貴族になる。それは、簡単なことではない。新参者が、あっさり馴染むほど、現実は生易しくないのだ。
「オレもそう思うよ。親に憧れて冒険者になるって、小さい頃から息巻いてたからさ。まさか、親にまでSランク冒険者になれると太鼓判を押されるとは思ってなかった。『アスタラン』の中等部学園でも、悪くない成績だったし、親に同行して魔物討伐の経験を積ませてもらってたけど…………一年でAランクになったのは、流石に予想外過ぎたって」
幼い頃からの夢で、冒険者になると強く決めていたルクト少年を、頭の中で浮かべた。
美形青年は、絶対に天使な容姿の少年だったに違いない。
長年の努力のかいあって、15歳で冒険者になってから、最速ランクアップで最年少Aランク冒険者となったのは、流石に夢にも思っていなかったか。
息子が、規格外最強冒険者になるだなんて……どんなに驚いただろう。お歳のようだから、腰を抜かしていないといいけど。
「王都学園は、身分を分け隔てなく、実力至上主義で切磋琢磨する学びの場をモットーにしてますからね。それで、三学年通った結果、Sランク冒険者になった時に、名誉貴族を望むかどうか、貴族の生徒と交流して、もう決めたのですか?」
中には気後れして貴族の生徒と交流出来ない平民の生徒はいるけれど、ルクトさんはそんなタイプではない。それなりに交流しては、自分が貴族社会に合うか否か、判断は下したのだろうか。
「んー……一昨日の進級祝いパーティーまでは、名誉貴族になるのはいいやって思ってたんだけど……」
小首を傾げて見上げる私を、ルビー色の瞳でじっと見下ろしたルクトさんは、大股で三歩くらい先を歩いて顔を背けてしまった。
「やっぱ、名誉貴族になろうかなーって……考えてる」
首の後ろをさすっているルクトさんの背を見ながら、私は頬が火照らないように堪える。
もう、貴族の身分は自分に必要ないと判断していたのに、一昨日に考えを変えた。
一昨日は、私が婚約破棄を言い渡された進級祝いパーティーがあった日。
昨日、ルクトさんが私に“惚れ惚れした”とか“手助けしたい”とか、そんな言葉をかけてくれた声が、耳元に蘇った気がした。
……もしかしなくても、私のために、面倒な貴族の身分を得ようかと考えを改めた……?
うぐぅ……口元がだらしなく緩みそう。
キュッと唇を閉じて、気を引き締めた。
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