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王命の撤回をされようとも【ハッピーエンド】

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 夏に向けてのドレスの仕立てを一緒にしながら、ついでと言わんばかりに。

「婚約披露パーティーしよう! その際のドレスを!」

 なんて言い出してしまい、侍女達も大賛成で、家出騒動してしまった私は反対が出来ず、押し負けた。
 婚約は知れ渡っていたけれど、まだその手のパーティーはしていない。
 ヘーヴァル様はまだまだ忙しいから、通達だけでも十分だと思っていたのに。侍女達のノリノリの様子からして、今更嫌だとは言えそうになかった。
 ついで、に便乗して、夏を飛び越えて秋服や冬服にマフラーや手袋まで注文し始める始末。公爵領の冬は寒いという理由。

 そういうことで、婚約披露パーティーの準備が始まった。
 ドレスに合わせて、最短で一ヵ月後に開催しようとヘーヴァル様が決定。

 公爵領の貴族から、交流のある近辺の貴族達まで。招待状を送る。



 なんとか準備が整って、私とヘーヴァル様が庭園で紅茶を楽しんでいた時。
 王家からの使者がやってきた。
 ヘーヴァル様宛に手紙を届けに来たそうで、怪訝な顔になってヘーヴァル様は席を立って手紙を受け取る。
 その場で開けて読んだヘーヴァル様は、ストンと顔から表情を落とした。
 怖くてゾッと震え上がる。

 じっと手紙を見つめていたけれど、やがて、ボォッと掌から火を噴き出して、手紙を燃やし尽くした。

「なな、なんてことを!」
「何。手紙は読んだ。用は済んだろ、帰れ」

 青ざめる使者に、ひらっと手を振ったヘーヴァル様は冷たい。指示を受けて騎士が、使者を連行するように追い出した。

「ど、どうかしたのですか……?」

 彼が怒るようなことを、王家が知らせたみたいだけど……なんだろう?
 恐る恐ると声をかけると、目の前に座り直したヘーヴァル様はにこっと笑いかけた。


「リューリラは、僕と結婚するよね?」


 キラキラーという擬音が響きそうな笑顔。圧がある。
 が、しかし、答えづらい質問だ。恥ずかしくて……。

「えっ……ええ、その……はい……」
「よかった! なら、問題ない!」

 パッといつも通りの明るい笑顔で、ハートを撒き散らしそうなデレデレっぷりに戻るヘーヴァル様。

「……? 問題、ないのですか?」
「うん! なんにも問題ないよ」

 怪しいとジト目で見ても、笑顔で言い切った。
 何かあるみたいだけど、問題ないと言い切るなら、信じよう……。

「……ヘーヴァル様が、そう仰るなら」
「……ヘーヴァル、と呼んで? リューリラ」

 くぅうん、と潤んだ目で見つめてくるワンコ公爵様。

「じゃあ、呼んだら、手紙の内容を教えてくれます?」
「呼んでくれるなら!」

 いいんだ。呼び捨てするだけで伏せようとしたことを話すんだ……。

「……ヘーヴァル……?」
「っ~~~~! 好き! 愛してます! リューリラは僕の全てです!!」
「わかりましたっ!」

 頬を真っ赤にしてはしゃぐヘーヴァルの手を押さえつけて、落ち着かせる。
 そばで待機する侍女達の生温かい視線が痛い!

「それで手紙の内容は?」
「ああ、王命の撤回をするという旨を伝える手紙でした」

 ヒュッと喉を鳴らす。
 王命。つまりは、ヘーヴァルとの結婚が王命でなくなったということ。

「大丈夫ですよ。王命を取り消すというだけで、結婚をするなという王命に変わったわけではありません」
「で、でも……取り消したということは、そういう意味では?」
「さぁ? そこまで深読みする必要はないでしょう。そうしろというなら、その王命を下すでしょうし」

 ヘーヴァルは飄々とした風に言い退けた。

「何故取り消しなんて……? 結婚の王命は、ヘーヴァルが取り付けたのですよね?」
「ええ、はい。理由はあのバ……ゴホン。理由は、王太子殿下にあるようです」

 あのバカって言いかけたわね。

「王太子殿下の手紙も入っていて、内容は“王命を取り消してやったから、リューリラとの結婚をやめろ、婚約破棄してやれ”と書いてありました。狙いは、リューリラの二度目の婚約破棄で株を下げて、リューリラよりも現『聖女』をよく見せるという魂胆でしょう」

 やれやれと肩を竦めるヘーヴァル。私はなるほど、と納得して、しらけた顔になる。
 私の人気が未だあって、現『聖女』のハニエラの株が上がらないから、二度も婚約破棄されるという汚名を知らしめたくて、苦肉の策で王命を撤回し、王室の信用回復に諮った、と。
 どうせ手紙には“愛想もくそもない元『聖女』のリューリラなんて捨てろ”とかいう文面でも書いたから、ヘーヴァルも怖い顔をしたのだろう。
 “お前も捨てるチャンスを与えてやろう! オレはリューリラと違って慈悲深い!”とか、また言っていそう。

「これで僕とリューリラの意思で婚約を発表して、結婚が出来ますね」

 そんなことを言われて、じわじわと頬が熱くなった。
 誰かに言われたからじゃない。強制もされていない。その結婚をする。

「はぁ……可愛い。リューリラ、キスをさせて?」
「んー!」

 頬を紅潮させてうっとり見つめてきたヘーヴァルに、昼間から人前で唇を奪われる羽目になった。



 婚約披露パーティーを阻止するために、王太子殿下と現『聖女』ハニエラがリューダ公爵領に来ていたと知ったのは、その婚約披露パーティーを無事に終えた翌日のことだった。

 一週間も前に突撃した王太子殿下を、公爵領に入る前に、ヘーヴァルが精鋭を連れて阻止したとか。それを目撃した信者から聞いて、私が問い詰めたところ。

「ごめん……煩わしいコバエは気付かないように払うべきだったね。僕はまだまだだ」

 と、隠していたことより、知られてしまったことに、しょんぼり落ち込まれた。
 そういうことじゃないけど!?

「なんかリューリラが未だに『聖女』を名乗っているって言うから、公爵夫人となるリューリラに害をもたらすなら、リューダ公爵領を敵に回すのが王家の決定かーって脅したら、逃げ帰ったよ」

 私は『聖女』を名乗っていないし、未だに呼ぶ信者にもいちいち修正しているくらいだから、罪に問われても煩わしいことこの上ないが、王太子ももっとまともな理由で突撃出来なかったのか。
 手紙を受け取った様子を報告されていれば、ヘーヴァルの答えなんてわかっていただろうに。
 公爵領の騎士団は、魔物のスタンピードにも耐えた精鋭ぞろい。貴族も優秀ぞろい。リューダ公爵領は、敵に回しては勝てっこない。従弟だからと言って、無遠慮で押しかけて逆鱗に触れてはいけない相手だ。
 王家がその気になっても、ほとんどの貴族がリューダ公爵領を敵に回すべきではないと言うだろう。
 それがわかって、王太子も逃げ帰ったというところか。

 意気揚々と『聖女』を騙る罪で汚名を被せて自分の株を上げに来たのに、肝を冷やして逃げ帰ったなんて……無様ぁー!
 せいぜい、失墜した支持率でなんとかするがいい!

「でも、大丈夫ですか……? 今後も王家、特に王太子殿下から妨害を受けません?」
「大丈夫。次が来ても、リューリラの耳に入れないように処理するから」

 キラキラの笑顔で言い退けるヘーヴァル。
 処理……? 処理? それって大丈夫って言っていいの……?

「予定通り結婚式は、半年後、行う」

 圧がすごい。何が何でも妨害を処理する気だ。

 薄々思っていたけれど、結構……いやかなり……とんでもなく、この人の愛重くない?

 激重愛を持っているワンコ公爵様。若くて飄々としているけれど、食えないところもあるやり手。
 どう足掻いても、私はこの人から、逃げられなかったんじゃないだろうか。
 愛されてしまったから――――。

「?」

 じっと見ていれば、キョトンとするヘーヴァル。くりくりしたペリドットの瞳が健気で、尻尾をフリフリしている大型犬にしか見えない。
 そんなヘーヴァルに、深呼吸してから、抱き着いた。
 ちゅっと、頬にキスをする。

「好きですよ」

 そう言うのが精一杯で、私は抱き着いたまま、ヘーヴァルの肩に顔を埋めた。

「っ~! 好き! 僕も好き! 愛してる! 結婚しよ! すぐにでも結婚する!!」

 抱き締め返すヘーヴァルは、大型犬の如く、頬ずりしてくる。



 若き激重愛ワンコ公爵様は、我慢出来ないと言わんばかりに、あらゆる仕事を前倒しに片付けて、三ヵ月後に結婚式を挙げるという事を実現してしまったのだった。



 【ハッピーエンド】
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