元聖女は新しい婚約者の元で「消えてなくなりたい」と言っていなくなった。

三月べに

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忌々しい願いの秘密

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 その足取りを見てから、空を見上げる。すっかり暮れた空は、暗い青い色。ヘーヴァル様の髪色みたいだ。
 地平線から欠けた大きな月も出てきた。

「……消えてほしくないです、リューリラ」

 黙った私に向かって、ヘーヴァル様はそう切り出す。
 真剣に、でも微笑んで、告げる。
 彼を横目で見て、淡く微笑む。

「どうしてだと思う?」

 震えそうな声で問う。
 彼は、薄々その答えを見付けている気がする。

「――――リューリラは、後ろに立たれるのが苦手ですよね」

 ……うん。

「侍女も後ろ歩いているだけで、気を張っているように見えました。忍び寄れば、酷く身構えてましたね」

 うん。

「ドレスは薄手の物は着ませんし、首まで覆い隠すデザインばかりを選び……自分一人で着替えるそうですね。入浴すらも、神殿にいた頃から自分でやっているからと、一人でこなしてしまうと侍女から聞きました」

 髪が冷たくなった風にさらわれて、宙をサラサラと泳いだ。

「背中を庇ってますね、リューリラ。まるで――――怪我を庇うような仕草だと思いました」

 ヘーヴァル様は、慎重に言葉を出す。
 きっと警戒している。私が一歩前に踏み出さないために。踏み出そうとすることを見逃さないように。

 背中に手を回して、自分を抱きしめる。

「――――私の母は、心を病んでいました。私を妊娠している最中に、父が娼館へ通っているとわかって思い詰めてしまったとのことです」

 ぽつりと、打ち明け始めた。

「『光の子』の資格が発覚するまで、ずっと……母は泣きながら、私を責めて鞭を打ってきました」

 泣き嘆き、鞭を振るう母。泣いて謝っても止めてくれない虐待の日々。

「父は負い目もあって母を止めませんでした。『光の子』の資格があるとわかれば、これ幸いと神殿に私を押し付けました。口なんてずっと利いていません。母が死んでも、ずっと……」

 埋葬だけ立ち会った。特に何も言うこともなくて、花束を手向けただけ。
 ずっと父という伯爵とは口を利いていない。社交界で会ってもうわべだけの挨拶をして、気まずげに逃げるだけの伯爵に、微笑み一つ向けないし、目も合わせてこなかった。

「当時の『聖女』のおばあちゃんを筆頭によくしてくれました。初めて穏やかな日々を過ごせました。幸せでした……」

 幸せだったんだ。初めて、人生で幸せと呼べる日々が訪れた。
 献身的に励めば、それだけ褒めてもらえる場所だった。

「そのおばあちゃんを看取ったら、次の『聖女』として名指しされてしまって、評価もあってすんなり最年少の『聖女』となって……恩のあるおばあちゃんの遺言だからと、励もうと思ったのですが…………王子と婚約なんて決まって……消えてしまいたかった」

 ギュッと背中を押さえる。
 忌々しい願いを口にして、顔を歪ませた。


「――――『聖女』なのに、私は私の傷を癒せない」


 忌々しい事実に、涙がにじむ。

 治癒魔法は、古傷の痛みは取り除けても、癒せない。治りかけた傷も、癒せない。傷は消せない。
 だから、私の背中には見られたくない傷が忌々しく残っている。

「『聖女』だってもてはやされても、私は私の傷が癒せないっ。何が『聖女』だって、何度も何度も自分に魔法をかけた。祈った。でもっ。でもっ……!」

 ポロポロと涙が落ちた。いつぶりの涙だろう。とうに枯れたと思っていた。



「消えないっ。傷が消えないっ。だからっ……消えたいっ」



 消え入りそうな声で、願いを口にする。

 悲鳴のような声だった。苦しくて搾り出した声。

 その場に蹲って震えた。

 本当に消えてなくなりたいんだ。
 『聖女』ともてはやされても、背中に残る酷い傷を見て、あの王子が優しい言葉をかけて受け入れるとは思えなかった。だから婚約破棄を目論んだ。絶対に背中をさらすものかと決めて。
 だから結婚なんてしたくない。
 傷なんて、さらしたくない。
 傷が消えないなら、消えてしまいたい。

「お願いだから、消えないで。リューリラ」

 黙って聞いていたヘーヴァル様が口を開く。
 出来ることなら、耳を塞いでしまいたい。何も聞きたくないと。
 でも、動けないかった。
 わかってはいたんだ。

「僕にあなたの苦しみの元凶である傷が消す魔法が使えないのは、悔しいです。でも、苦しまないように受け止めることは出来ます。僕に受け止めさせてください。僕はあなたの全てを受け止めて、愛する覚悟が出来ています」
「――――」

 ヘーヴァル様なら、受け止めると言ってくれると、わかっていた。

 でも私の覚悟は決まらなくて。踏み出せなくて。逃げたかったんだ。
 立ち向かえないから、ずるずると引き延ばしては、逃げ出した。

「ごめっ、なさいっ」
「謝らないで。大丈夫ですよ」

 そっと引き寄せて抱き締めてくれるヘーヴァル様。

「あなたは何も悪くない、リューリラ」
「ふっ、ううっ」
「どんなあなたも好きです、リューリラ。あなたの消えたくなる気持ちを消してみせます。どうか、いなくならないで。僕はあなたを愛しています。心の底から」
「ヘーヴァル、さま、うぅ」

 泣きじゃくる私をギュッと両腕に閉じ込めて、愛を伝える。
 私はそんなヘーヴァル様に、しがみついた。






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