8 / 10
忌々しい願いの秘密
しおりを挟むその足取りを見てから、空を見上げる。すっかり暮れた空は、暗い青い色。ヘーヴァル様の髪色みたいだ。
地平線から欠けた大きな月も出てきた。
「……消えてほしくないです、リューリラ」
黙った私に向かって、ヘーヴァル様はそう切り出す。
真剣に、でも微笑んで、告げる。
彼を横目で見て、淡く微笑む。
「どうしてだと思う?」
震えそうな声で問う。
彼は、薄々その答えを見付けている気がする。
「――――リューリラは、後ろに立たれるのが苦手ですよね」
……うん。
「侍女も後ろ歩いているだけで、気を張っているように見えました。忍び寄れば、酷く身構えてましたね」
うん。
「ドレスは薄手の物は着ませんし、首まで覆い隠すデザインばかりを選び……自分一人で着替えるそうですね。入浴すらも、神殿にいた頃から自分でやっているからと、一人でこなしてしまうと侍女から聞きました」
髪が冷たくなった風にさらわれて、宙をサラサラと泳いだ。
「背中を庇ってますね、リューリラ。まるで――――怪我を庇うような仕草だと思いました」
ヘーヴァル様は、慎重に言葉を出す。
きっと警戒している。私が一歩前に踏み出さないために。踏み出そうとすることを見逃さないように。
背中に手を回して、自分を抱きしめる。
「――――私の母は、心を病んでいました。私を妊娠している最中に、父が娼館へ通っているとわかって思い詰めてしまったとのことです」
ぽつりと、打ち明け始めた。
「『光の子』の資格が発覚するまで、ずっと……母は泣きながら、私を責めて鞭を打ってきました」
泣き嘆き、鞭を振るう母。泣いて謝っても止めてくれない虐待の日々。
「父は負い目もあって母を止めませんでした。『光の子』の資格があるとわかれば、これ幸いと神殿に私を押し付けました。口なんてずっと利いていません。母が死んでも、ずっと……」
埋葬だけ立ち会った。特に何も言うこともなくて、花束を手向けただけ。
ずっと父という伯爵とは口を利いていない。社交界で会ってもうわべだけの挨拶をして、気まずげに逃げるだけの伯爵に、微笑み一つ向けないし、目も合わせてこなかった。
「当時の『聖女』のおばあちゃんを筆頭によくしてくれました。初めて穏やかな日々を過ごせました。幸せでした……」
幸せだったんだ。初めて、人生で幸せと呼べる日々が訪れた。
献身的に励めば、それだけ褒めてもらえる場所だった。
「そのおばあちゃんを看取ったら、次の『聖女』として名指しされてしまって、評価もあってすんなり最年少の『聖女』となって……恩のあるおばあちゃんの遺言だからと、励もうと思ったのですが…………王子と婚約なんて決まって……消えてしまいたかった」
ギュッと背中を押さえる。
忌々しい願いを口にして、顔を歪ませた。
「――――『聖女』なのに、私は私の傷を癒せない」
忌々しい事実に、涙がにじむ。
治癒魔法は、古傷の痛みは取り除けても、癒せない。治りかけた傷も、癒せない。傷は消せない。
だから、私の背中には見られたくない傷が忌々しく残っている。
「『聖女』だってもてはやされても、私は私の傷が癒せないっ。何が『聖女』だって、何度も何度も自分に魔法をかけた。祈った。でもっ。でもっ……!」
ポロポロと涙が落ちた。いつぶりの涙だろう。とうに枯れたと思っていた。
「消えないっ。傷が消えないっ。だからっ……消えたいっ」
消え入りそうな声で、願いを口にする。
悲鳴のような声だった。苦しくて搾り出した声。
その場に蹲って震えた。
本当に消えてなくなりたいんだ。
『聖女』ともてはやされても、背中に残る酷い傷を見て、あの王子が優しい言葉をかけて受け入れるとは思えなかった。だから婚約破棄を目論んだ。絶対に背中をさらすものかと決めて。
だから結婚なんてしたくない。
傷なんて、さらしたくない。
傷が消えないなら、消えてしまいたい。
「お願いだから、消えないで。リューリラ」
黙って聞いていたヘーヴァル様が口を開く。
出来ることなら、耳を塞いでしまいたい。何も聞きたくないと。
でも、動けないかった。
わかってはいたんだ。
「僕にあなたの苦しみの元凶である傷が消す魔法が使えないのは、悔しいです。でも、苦しまないように受け止めることは出来ます。僕に受け止めさせてください。僕はあなたの全てを受け止めて、愛する覚悟が出来ています」
「――――」
ヘーヴァル様なら、受け止めると言ってくれると、わかっていた。
でも私の覚悟は決まらなくて。踏み出せなくて。逃げたかったんだ。
立ち向かえないから、ずるずると引き延ばしては、逃げ出した。
「ごめっ、なさいっ」
「謝らないで。大丈夫ですよ」
そっと引き寄せて抱き締めてくれるヘーヴァル様。
「あなたは何も悪くない、リューリラ」
「ふっ、ううっ」
「どんなあなたも好きです、リューリラ。あなたの消えたくなる気持ちを消してみせます。どうか、いなくならないで。僕はあなたを愛しています。心の底から」
「ヘーヴァル、さま、うぅ」
泣きじゃくる私をギュッと両腕に閉じ込めて、愛を伝える。
私はそんなヘーヴァル様に、しがみついた。
135
お気に入りに追加
849
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね
星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』
悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。
地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……?
* この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。
* 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。
※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
※単純な話なので安心して読めると思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します
青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。
キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。
結界が消えた王国はいかに?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる