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「消えてなくなりたい」

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「リューリラ、こんにちは」

 公爵領に来て、もうすぐ三ヶ月。その間に、ヘーヴァル様は、私の呼び捨てをさらりと勝ち取った。
 嬉しそうな顔して呼ぶから、私が折れるしかなかった。
 呼びかけながら、横から歩み寄るヘーヴァル様。
 そう言えば、また花壇の花を見ている時に話しかけられた。

 ……前と違って後ろから声をかけるんじゃなくて横から私の視界に入ってから声をかけた行動。…………気付かれたのかな。少なくとも、なのは、察したみたいだ。

 じんわり、と焦りが冷たく広がる。

「こんにちは、ヘーヴァル様」
「僕のことは、ただのヘーヴァルと呼んでください」
「ヘーヴァル様と呼んでおきます」

 微笑みを貼り付けて、キッパリと断った。

「そう……」と、しょんぼりと犬耳を垂らすワンコ公爵様。

「ドレスの件だけど、あれからずいぶん経ってしまって、夏に間に合わなくなるから、そろそろ仕立てる日を決めましょう?」

 ドレスをオーダーメイドする件を持ち出したヘーヴァル様の目が、
 ペリドットの視線が向けられた。その事実がどうしようもなく……。
 生温く感じる風が吹き込み、いつも下した長い白銀の髪を巻き上げるから、心細くなって髪を押さえて撫でつけた。

「……仕立てることはありません。仕立てません」

 視線を落として、そう答える。

「どうして? 侍女達も仕立て屋も張り切っているし、僕も楽しみなんです」
「……」

 ギュッと手を握り締めた。冷たい焦りが気持ち悪く広がるから、それを堪える。

「リューダ公爵様。私にドレスは必要ありません」
「……リューリラ?」
「…………」

 笑みが作れない。
 ドクドクと、気持ち悪い脈が押し寄せて煩い。
 怪訝な表情でこちらを見るヘーヴァル様と目を合わせて、でも目を背けて足元の花を見る。

「やはり私は相応しくありませんので、婚約破棄なさってください」

 横でヘーヴァル様が息を呑んだ気配がした。

「では、私は出て行かせていただきます」
「待って。リューリラ。どうして? 嫌だった? 公爵領は嫌?」
「……」

 何一つとして、公爵領に嫌なものなどない。酷いくらいに。
 だからこそ余計に。私は。


「私は」

 開いた唇は、震えた。

「――――消えてなくなりたい」


 吐露した言葉は、簡単に風に掻き消えそうなくらいか細い声で紡いだけれど、ヘーヴァル様には届いたようだ。
 言葉を失って固まっているヘーヴァル様を一瞥して、背を向けた。

 誰かが付いてくる前に、氷魔法で壁を作った。

「待って! リューリラ!」

 ヘーヴァル様以外にも、侍女達にも呼ばれたけれど、私は振り払うように駆け出した。




 ――――消えてなくなりたい。



 忌々しい私の願い。

 公爵領を出るために把握していたルートをずれて、山へと登った。ドレス姿でも登れるくらいには、それほど険しくない山道を歩き、薄暗くなった頃には、見晴らしのいい広い崖に到着。
 下には、森。高さは、どう例えたらいいだろうか。公爵邸の二つ分はありそう。ここから落ちたら、ひとたまりもないだろうか。正直、答えは明白にはわからない。
 下から吹き荒れる風が私の髪を舞い上げて、白銀の糸が無数に踊る光景を、ぼんやりと眺めた。

 過去を思い出す。これは走馬灯に分類されるのだろうか。

 泣いて謝る幼い私。嘆く母。目を背ける父。
 治癒魔法を発現し、神殿に連れていかれた日。
 やっぱり泣いて、『聖女』だったおばあちゃんにあやされたあの日。
 『光の子』として働いて、可愛がられて。
 そしておばあちゃんを見送って涙した日。

 じんわり、と涙が込み上がった。

 その私の目に映るのは、横から視界に入ったヘーヴァル様だ。
 同じく崖の縁に立っては、私と目が合うとニッコリと笑いかけた。

「もっと近づいてもいいかな? リューリラ」
「……」

 深呼吸して、私は頷いて見せる。
 私を刺激しないように、ヘーヴァル様は三歩、近付いた。


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