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周囲も『ワンコ系公爵様』と認識

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 50人ほどの移住者が入っても、そのあともどんどんと移住希望者がやってきた。
 集会場には、週に二日、ベンチを用意してもらって、そこで対応をこなす。
 そうこうしているうちに、リューダ公爵領に来て、二ヵ月が経った。

 もうすぐ、夏がくるのか、陽射しが暑い。
 首まで覆い隠すハイネックに指を差し入れて、少し伸ばす。

 ……夏のドレス、仕立ててもらわないと。
 その前に、ここを去れたらいいのだけれど……。

「リューリラ様。公爵様とは、どこまで関係が進みました?」
「えっ? いや、えっと……特には」

 若い侍女が嬉々として尋ねるけれど、苦笑を零してしまう。
 婚約者であっても、交流は節度あるもので、お茶をして過ごしたり、食事をしながらお喋りしたり。
 些細な贈り物を手渡して、手をギュッと握ってくるくらいが、一番の接触だ。

「ええー! なんですか、公爵様ったら…………べた惚れのくせに、ヘタレワンコなんですか?」
「――っ!」

 真顔で呟かれたそれに、私は噴き出してしまい、口を押さえた。
 グッと堪えたのに、無理だ。

「――あはっ! あははっ! やだわっ。ワンコだって思っていたのは、私だけじゃなかったのねっ!」

 お腹を押さえて、声を上げて笑ってしまう。
 ツボに入ってしまい、笑うのが苦しくなる。

「きゃっ……! はわわっ! リューリラ様の笑顔……!」
「こんな素敵なのは、反則!」
「はう……! リューリラ様すきぃ~」

 侍女達が、頬を赤らめて悶えた。
 特に我慢することなく、笑いたい時は笑っていた生活。私の笑顔ぐらい見慣れていると思っていたけど、こうしてお腹を押さえて笑うのは初めてだ。

「だって、公爵様は犬のようにリューリラ様を見かければ駆け寄るじゃないですかぁ。リューリラ様に懐いている大型犬にも見ます。……あら、やだ、あそこにいらっしゃいますよ?」

 テレテレしている侍女の一人が代表として答えていれば、窓の外を見て、気が付く。
 一階サロンの窓から見えたのは、こちらを見て突っ立っているヘーヴァル様だ。
 噂のヘタレワンコ公爵様。
 何しているのだろう、と首を傾げつつ、ひらひらと手を振る。
 それでも反応がない。見かねたように側近が肩を叩けば、やっと動き出してこちらに来た。
 頬を赤らめてぽけーとした表情のヘーヴァル様がご到着。

「リューリラ様……とても楽しそうに笑っていらっしゃいましたね……何を笑っていたのですか?」

 どうやら私の大笑いを見て、見惚れていたらしい。そのために未だにポヤポヤしていらっしゃる。
 まさか、みんなであなたをヘタレワンコと笑っていたとは言えるわけもなく。

「いえ、別になんでもございません」

 そうツンと突き放しておいた。

「……教えてくれませんか……」

 しょぼんとした様子のヘーヴァル様は、悲しいことがあった犬が耳と尻尾をペションと垂らした姿と被るものだから、私達一同は笑いを堪えて、プルプルと震えてしまった。
 ワンコ系公爵様……!
 若いだけあって、領民には親し気に接してもらえるから、こうして笑われるのよね……!
 決して威厳がないとかではなく、親しみがあるが故。
 いや、でも……ほんと……っ。またツボに入って笑ってしまいそうだから、ワンコやめてっ。

 側近は何か察したのか、しょげるワンコのヘーヴァル様に耳打ちして催促。
 ぱぁっと目を輝かせたから、それがまた尻尾をご機嫌に振り回す大型犬に見えて、グッと奥歯を噛みしめて噴き出さないよう堪える私と侍女一同。

「そうでした。リューリラ様、ドレスを新しく仕立てませんか?」
「え?」

 ギュッと手を握って身構えた。

「今のものは、適当に購入してサイズを合わせたものでしょう? 新しいものを夏に向けてオーダーメイドしましょう。僕も選んで贈りたいのです」

 私のドレス選びを楽しみにしてほわほわした雰囲気で笑いかけるヘーヴァル様。
 気持ち悪さで顔が歪まないように、私は笑顔を作った。

「……私も、先程ちょうど考えていたところです。ですが、まだ考えたいので、決めるのはまた今度にしましょう」

 上っ面の微笑みで、後回しにする私を見て、窓の外のヘーヴァル様はキョトンとした顔になる。それでも私は微笑みを保つ。

「はい……かしこまりました」と、しぶしぶ引き下がった。


 ……早く、しなくちゃ…………。


 そう思っていても。
 ヘーヴァル様に嫌われるために何かすることは出来なかった。
 そんな隙はなくて。そんな機会もなくて。そんな好機もなくて。

 居心地のいい場所に居座ってしまっていた。

 神殿の正式な『聖女』でなくとも、わざわざ私に治癒されにくる人々と触れ合っては言葉を交わす。
 未来の公爵夫人として、視察しては領民と交流。
 大きな屋敷を家令と侍女長と取り仕切ったり。慈善活動に精を出したり。


 充実した日々。


 だめだ。
 と、こびりつく声。


 このままでは、だめだ。


 そうは思っているのに。その声が聞こえているのに、無視する形で微笑む。

 一生懸命取り組んでいても、ふとした瞬間に、このままではいけないと我に返る。
 それでも治癒を施し、微笑んで励まし、食事を楽しみ、お茶をする日々。

 それでも、いつまでも続かない。それどころか時間は迫っていく。





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