元聖女は新しい婚約者の元で「消えてなくなりたい」と言っていなくなった。

三月べに

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公爵領で嫌われ……ない、だと?

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 なかなか手強いヘーヴァル様を後回しに、周囲から嫌われよう。
 私がこの公爵領で上手く生きていられないとわかれば、考えも変わるはず!
 と、意気込んだのだが――――。

「私の夫は二年前のスタンピードの際、『聖女』様の癒しで救われたのです! あ、お名前で呼ぶべきでしたね、すみません。リューリラ様。あの時は、どうもありがとうございました!」
「私は兄を! 治していただき、ありがとうございます! 『聖女』様! あっ、リューリラ様、でしたね」
「わたしは姉と弟が巻き込まれましたが、やはり『聖女』様の癒しの力で! あっ! リューリラ様でした。ありがとうございます、リューリラ様!」
「私! 私は覚えておいででしょうか? 腕がちぎれかけていたのに、『聖女』様が癒してくださって……あ、リューリラ様ですね! リューリラ様、あの時は、ありがとうございました!」

 リューダ公爵領の小さな城。
 意図的、だよな……!? それとも偶然!? 偶然で、私に感謝する侍女が一堂に会する???

 とにかく「右腕は、その後、不自由ないですか?」と、治療した覚えのある彼女の腕を撫でたら、黄色い悲鳴を上げられた。何故。
 そして、みんなして『聖女』から呼び直すの。何故。


 そんな感じで、私に治療された人達が筆頭に、その身内から友人までが大歓迎状態。
 特に重傷だった者は、腕が立つ騎士だったから、公爵領の主戦力が私を快く歓迎していれば、下の者も大歓迎とニッコリと笑顔。

「いやー、よかったですね! 公爵! 恋心を隠して、わざわざ『慈悲の微笑の聖女』様ファンと称して、延々と語っていたあなたが! まさかご本人様と結婚出来てしまうなんて!!」
「ちょっ!! バラさないでくださいよ!!」

 騎士団長にからかわれるヘーヴァル様は、顔を赤くした。

 ……騎士団にも、想いがバレバレな公爵……。
 生温かい目で見られて……公爵領、応援モード。
 ……つ、詰んでいる……? いやいや、諦めるな!


 リューダ公爵夫人としての教育を、受けつつ、なんとか領内をうろついて幻滅される糸口を探していたのだけれど、二年前の功績が領民の心を鷲掴みにしすぎて、全然無理そうだった。

 婚約者本人だけではなく、領民にすら嫌われそうにない……だと……!?

 なんなの、リューダ公爵領……!

 王都の貴族達は、チョロかったのにっ!

 好感度が下げられないっ……!!



 そうこうしているうちに一ヵ月は経ってしまい、心の中、嘆きながら、目の前のお花をしゃがんで見つめた。

 おはな、きれいだなぁ……。

「!」

 びく、と飛び上がるように立ち上がって振り返ると、後ろには手を伸ばそうとしていたヘーヴァル様がいた。

「あ。驚かせてしまいましたか? 申し訳ございません、リューリラ様」

 しょぼんと犬耳を垂らして見えるヘーヴァル様に、肩を竦める。

「いいえ。何か御用でしょうか? ヘーヴァル様」

 ツンとした態度で、用件を尋ねた。

「リューリラ様に会いたかっただけと言ったら、怒りますか?」
「この時間帯は、お忙しいでしょう?」

 私は休憩時間として庭に出てきただけだけれど、公爵として執務に追われている時間帯のはずのヘーヴァル様が、そんな理由できたわけがないだろ、とジト目を向ける。ありえそうな理由ではあるけれど、彼は思い付きだけでただ会いに来ることもないのだ。

「リューリラ様にご相談というか、報告もあったので、会いに来ました」

 テレテレと、ヘーヴァル様は白状した。
「報告、ですか?」と、首を傾げる。彼の仕事に関して、私に報告すべきことがあるのかしら。
 エスコートされて、白のガゼポのベンチに腰を下ろして、向き合った。

「簡潔に報告すると、リューリラ様の信者が公爵領へ移住している数が急上昇しています」
「……まあ。すなわち、こうして報告するほどに、数が多いと?」

 少なくとも十人とか、そういう数ではないのだろうと予想する。
 ヘーヴァル様は苦笑して、肯定の頷きを見せた。

「最近、わざわざ私の治癒を受けに来たと話す方が、何人かいるとは思ってはいたのですが……」
「『聖女』の座にいなくとも、リューリラ様が変わらず治癒してくれるとわかって、意を決したのでしょうね」

 公爵領を視察するついでに、治癒を施していた。正直、私の仕事は治癒することだったから、当然怪我人の治癒はやらずにはいられず、治安維持の騎士団にも、病院にも、孤児院にも、治癒時間を設けて行っていた。
 その中に、違う地から来たという見覚えのある人も数人いた。私の治癒を受けたくて、と笑って話していた。

「それで……移住者は何人?」
「50人を軽く超えます」

 予想以上の数に、ギョッとしてしまう。

「その半分が、王都在住でしたね。現『聖女』に不満があるようで、どうしても元『聖女』様が恋しいみたいですね。率直に移住理由が“元『慈悲の微笑の聖女』様がいらっしゃるから”と、回答する方々ばかりでした」
「ま、まぁ……」

 口元が引きつるので、片手で押さえて隠しておく。
 そんな移住理由でいいのだろうか。
 こちらとしては拒否する理由ではないから、受け入れるしかないのだけれど。

「現『聖女』に問題でもあったのでしょうか?」
「さぁ? ですが、リューリラ様を超える支持なんて、どんな『聖女』にも無理だと思いますよ?」

 首を傾げれば、笑顔で言い退けるヘーヴァル様。

「私を超える支持、ですか? 現『聖女』は、私の同期でした。侯爵令嬢という身分のため、振る舞いと性格上、平等に癒すことは少し難しいとは思いますが、上手く立ち回れさえすれば……。いえ、私の悪評を利用すれば、自分に得られるのでは?」

 元『聖女』は、現『聖女』に危害を加える恐れがあるから神殿から追放した。そういうことになっているはず。
 それで私にあった支持は、現『聖女』のハニエルが得るのでは。

「そうですね」と、ヘーヴァル様はクスリと笑った。

「“上手く立ち回れば”……それだけの話ですが、それが出来ないが故に、信者達に流されたリューリラ様の悪評は効果をなしませんでした。致し方ありません。リューリラ様を超える素晴らしい『聖女』ではないのですからね」

 キラキラの笑顔で、誇らしげに言う。
 ……本当に上げるなぁ、この公爵様は。


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