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年下公爵はやり手なデレデレワンコ系
しおりを挟む私は立ち上がって、聖女の制服でもあるスカイブルーデザインのドレスを摘み上げて、お辞儀をして挨拶をした。
「改めまして、元『聖女』のリューリラ・ハーピアです」
顔を上げてから、フッと憐れみを込めて笑う。
「爵位を受け継いだばかりで、私のような元聖女である元婚約者を押し付けられるなんて、よほど殿下に嫌われてしまっているのですか?」
若くしてそんな公爵となって、彼も大変忙しい時期に違いない。それなのに、最悪物件と化した元『聖女』を押し付けられるとは、私と同等くらいに嫌われているんじゃないか。
「うわあ。治療するわけでもないのに、リューリラ様が、微笑んでくださった! 早速あなたの笑顔が見れて、嬉しいです!」
「……」
ぱぁっと笑顔を輝かせた若きリューダ公爵が、もふもふと尻尾を振る大型犬に見えた。
微塵も、嫌味が届いていない……。
スン、と無表情に戻る。
勝手に決まった婚約の破棄を狙いたいが……これ、難しそうだぞ? 押し付けられたのではなく、この人、喜んで私との婚約を受け入れたみたいだ。
何故…………?
「座ってお話をしましょう」と促されるがままに、王太子が座っていた席に腰を下ろすリューダ公爵と、向き合って着席。
紅茶とお菓子が運ばれたので、最後の王城でのお菓子を堪能しよう。
「実は押し付けられたというわけではなく、いただいた、と言った方が正しいかと思います。物みたいに言って申し訳ございません。ですが、王太子殿下があなたとの婚約を破棄すると仰っているのを聞いてしまい、居ても立っても居られず、説得を試みたのですが、結局私の言葉は届かずでして……『聖女』の座まで引きずり降ろさないといけないとなれば、リューリラ様ばかりがつらい目に遭われると思うと、私が娶って守って差し上げなくては、という使命感に燃えてしまいました。これは王命でもあり、『聖女』でなくなった伯爵令嬢のリューリラ様に逆らえないものです。勝手に婚約を結ばせてもらって申し訳ございません」
顔を曇らせて、王命だと重い口調で告げた。
王命と来たか。確かに『聖女』の時点では、ほぼ拒否権はなかったが、まだ合意したというサインを必要とした契約書を交わされた。内容には、王妃教育の秘密厳守の魔法契約も、あったけれど。
王命では、一介の伯爵令嬢では逆らえるわけがない。
「白状すると……あなたを娶れることに、胸が高鳴ってます」
頬を赤らめて、胸を押さえては、はにかむリューダ公爵。
……マズい。なんか、めっちゃ婚約破棄が難しい相手みたいだ。
「……どこかでお会いしたことがありましたか?」
先代リューダ公爵も、顔を知っている程度の回数しか挨拶したことがないのだが。
そもそも公爵領から、あまり出てこない人だったはず。自ら戦前に出る強い方だったけれど、結局魔物の群れの戦いの最中に命を落として、目の前の息子が若くして爵位を受け継いだのだ。
私は、そんな彼とは会った覚えがない。
「やっぱり覚えていませんよね……いや、名乗っていなかったのでしょうがないですし、あんな姿を覚えられていない方が幸いのような、悲しいような」
テレテレとした反応をした若きリューダ公爵。
どっちなの。
「僕は、二年前のリューダ公爵領で、リューリラ様の治療を受けています。その際、初めてお会いしました」
「患者……二年前ですか」
顎に手を添えて、記憶を振り返ってみた。
確かに、二年前にリューダ公爵領へ赴いたことがある。魔物のスタンピードが起こり、領民にも対処した戦闘員にも、負傷者が多数出ていたので、その治癒に、他の『光の子』や『巫女』達と奔走していた。
あの時も多くを治療したけれど、はて……? この美少年を記憶に留めないって、あり得るだろうか?
「すみません。患者なら覚えていそうなのですが……」
「えっと……全身が真っ黒焦げの重傷患者」
「あっ」
それを言われて思い出すのは、騎士達が血相変えて、“”治癒してくれ!!”と急いで運び込んだ真っ黒焦げの患者だ。巨大な火を噴く魔物の火に呑まれたとかで、瀕死だった。
時間はかかったけれど、なんとか癒せても、血にまみれた彼の顔はよく見えなかったのだ。どうりで覚えていないわけだと、納得した。
「思い出していただけましたか。意識が朦朧とする中、リューリラ様は微笑んで、私を励まし続けてくれる姿を見ていました。あなたは、まさに救いの天使……そんな美しい人に、どうして心惹かれないと言えるでしょう」
「…………」
恍惚とした表情で頬を赤らめて、眩しそうに見つめてくるリューダ公爵。
……だめだな、ホント、今回の婚約者。
最悪な相手を選んでくれたよ、あの元婚約者王子この野郎。
私にゾッコンでは、婚約破棄に持っていくのは、難しすぎる。
いや、諦めるな、私。かなり美化されているみたいだから、ここは幻滅されれば、意外と簡単かもしれない。
この“救いの天使”に尻尾振っているワンコ系若き公爵には、現実を突き付けてやろう。
「それはあくまで患者に見せる姿です。今後、あなたには見せることはないかと」
「どんなあなたでも、愛せる自信があります!」
……幻想に一途すぎるワンコめ。
「……そんな努力の必要はないかと。公爵家なら、なんとか王命も覆せるはず。汚名を被る私が、爵位を授かったばかりの若いあなたに嫁ぐなど、不利益すぎます。リューダ公爵領に打撃を与えるなど、国王陛下も望まないはず」
「それは自分が説得しました! 王都には居づらくなるでしょうが、正直、王国内のリューリラ様の信仰者を甘く見過ぎです。王妃教育も済ませたリューリラ様なら、公爵夫人の教育も問題ないでしょうし、我が領民も救われた経験があって、受け入れやすいはず。王国の信仰者の暴動を起こさないためにも、次に地位の高い公爵夫人が一番いいと進言しました!」
王命化したのは、他でもないあなたのせいか!!
王太子の暴挙を利用して、あの国王陛下を丸め込んで、王命として私の逃げ道を塞いだ!
だめだ、この人。無害そうなワンコ系に見えて、意外とやり手だ! くそ! 若き公爵、恐るべし!!
くっ……! 覆る気が今はない。今ないだけだ! 逆に、幻滅させれば、逃げられる!
長期戦覚悟で、嫌われてやろうじゃない!
こちとら王太子と婚約破棄出来たんだから! ワンコ公爵とも、可能だ!!
目指せ二度目の婚約破棄!!
「私が伴侶に相応しくないと思ったら、どうぞ婚約破棄をなさってくださいね。リューダ公爵様」
無理矢理作った笑みを見せて、無表情でもなく、微笑でもない刺々しい私を見せた。
「そんな……自分の方が至らない点が多いですが、僕のためにもっと素敵になってくれると言うなら、この上ない喜びです! リューリラ様、幸せにしますのでご安心ください!」
…………幻滅……してくれるよね?
キラキラーと眩しい笑顔で、幻覚で尻尾を振り回して見えるゴールデンレトリバーなリューダ公爵とは、苦戦を強いられる長期戦を、決死で覚悟しないといけないと悟った。
なんとなく、あの王太子が彼に押し付けた理由がわかった気がする。
あの不満があれば、たらたらと文句を垂れる不遜なネイサン王太子殿下に対して、笑顔で正論を言い退けるリューダ公爵の図。
あの王太子が、ブチギレそうだ。
そりゃ私と同じくらい、嫌われるわな。
「では、公爵領へ行きましょう! あらかた、準備を終えましたが、リューリラ様はご実家に一度戻りたいですか?」
「……いえ。ハーピア伯爵家には、実質関わりはもうないので、伯爵家はお気遣いなく。大丈夫でしょう。今までもそうでしたから、全く関わらなくとも」
『慈悲の微笑の聖女』の実家として、注目を浴びている実家だが、夫人は他界したし、伯爵もあまり社交界に顔を出さない。出したところで、のらりくらりと上手くかわしていた。患者以外に笑いかけない理由には、一切寄り付かないことも挙げられている。
だから、リューダ公爵も、少し窺うように確認をしたのだ。
私は、しれっと実家に顔を出す気はないと、きっぱりと告げた。
「それでは、行きましょう。我が婚約者様?」
「……はい」
先に立ち上がって、手を差し出したリューダ公爵の手に、手を重ねて私も立ち上がる。
頑張って幻滅されるぞー! おおー!
そう公爵領に向かう道中で、必死に作戦を立てては、些細なワガママを連発してみたのだけれど、サラリと笑顔でワガママを叶えてしまうリューダ公爵。
さらには、サラリと名前呼びを約束されてしまった。
くっ……! このラブラドールレトリバー公爵! 二歳下の若造め! やり手すぎる!!
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