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婚約破棄のあとの婚約
しおりを挟む6年にしてやっと婚約破棄してもらえたわ! 長期戦すぎて、そろそろ結婚の話が進むのかと、ヒヤヒヤしてたわ!
王太子には悪いけど、笑顔を一切作らず、会話も必要最低限の返答や生返事。聞こえていないふりして、沈黙も度々。さらには、隣にいるのは退屈と言わんばかりに、ボーッと景色を眺める態度も取ってきた。
耐えすぎだろ、王太子。
ここまで失礼な態度されたなら、自分からなら可能なんだから、もっと早くに婚約破棄を言い渡してほしかったわ。
こっちだって心苦しかったのよ? 王太子になれるほど認められた優秀な王子に、あんな態度をするのは………………いや、態度を取ること自体は、別に苦ではなかったわね。
実際、くっだらない会話しか振られなかったし、事実、隣にいても退屈だったし、めちゃくちゃどうでもよかった。
それに、初対面から、勝手に自分の結婚相手が決まったことに憤怒していたから、もうお互い様ってことにしよう。
こっちが断れない縁談を押し付けた相手に、失礼すぎな態度するなんて、“クソガキだなぁー”と笑顔を引きつらせた時に、閃いたのだ。
そうだ。無表情で過ごして、とことん嫌われよう――と。
この縁談を白紙に戻してもらうために、嫌われ作戦を即座に決行したのである!
これで6年の鎖は、解けた!
サイン完了!
「フンッ! あっさりとサインしおって……つくづく嫌な女だ」
鼻を鳴らす王太子は、忌々しそうに睨んだ。
今までの態度で、承諾を渋るとでも思ったの?
頭大丈夫? 残念だけど、頭の具合は魔法では治せないのよ?
「はあ、そうですか。それでは、用件も済みましたでしょう。神殿へ、帰ります」
いつもの調子で、聞き流すような生返事をして、帰ろうと腰を上げたが、王太子は手を翳して制止させる。
「いや、お前の帰るところは、もう神殿ではない」
「……どういう意味でしょうか?」
腰を戻して問うと、待ってました、とニヤリと笑った。
「お前はもう『聖女』ではなくなったからだ!」
…………何故?
無表情のまま、言葉の続きを待つ。
「新しい『聖女』は、ハニエラ・タリアリ侯爵令嬢に決まったのだ!!」
……同期のハニエラか。
私が『聖女』になったことが、身分が高かっただけに、プライドを刺激したらしく、かなり妬んでいたっけ。
そして、この王太子に、隙あらばすり寄ってもいた『巫女』。
ああ、そうか。
『聖女』の人気や支持も得たいので、王家としては、『聖女』との婚姻は諦めきれなかったのだろう。代用案みたいに、ハニエラを『聖女』にして、互いに気がある王太子と結びつければよしって話か。
「なるほど。わかりました。……だからと言って、何故、神殿に帰れないのですか?」
聖女の座を奪われたことに対しても、無表情を崩さない私を、これでもかと王太子は気に入らないと顔を歪めてしかめた。
だがしかし、すぐにまた意地の悪い笑みを浮かべる。
「信者達に愛想を振り撒き、操ろうとするお前なんぞ、神殿に居続けてもらっては、新しい『聖女』のハニエラも安心が出来ないからな! 神殿から追放することが、決定したのだ!」
王太子の新しい婚約者を守るという正当な理由を掲げて、神殿に圧をかけたのか。なんか、神殿長達に申し訳ない。
なんとか“王太子と仲良くなりなさい”と、アセアセと言ってきたおじいちゃん方、今までありがとうございました。
人を見下すハニエラが『聖女』だなんて、これまた苦労しそうだな。
まぁ、別に、患者達も、他の『光の子』や『巫女』に治してもらえるし、私が『聖女』でなくなっても、いなくなっても、支障はないだろう。
私には『聖女』の座も、満足していた神殿暮らしからの追放も、結婚という問題よりはよほど、軽いことだ。
神殿を追放となると、どこかで治癒師として雇ってもらって生計を立てないといけないかな。
……きっとこれから、真の悪女だっただと、噂を広げて、新聖女のハニエラへの支持者に変えるだろうから、この王都からは離れないとね。
「はっはっはっ! 今後が心配だろう? リューリラ」
なんだ。まだあるのか。
神殿に帰れないなら、陽が暮れる前に、今日の寝床を見つけたいのだが?
「お前が『慈悲の微笑』を、オレには向けない薄情者でも、オレは違う! オレの慈悲で、次の縁談を決めてやったぞ!!」
……あんだと??? ゴラァ?
次の縁談? は? 今、晴れて自由の身になったのに?
「ハッ。慈悲ですか」
「今、オレを鼻で笑ったな?」
「なんのことでしょう」
ついつい、嫌味を込めて、鼻で嘲笑ってしまったわ。
スン、と真顔を取り繕う。
余計なことしやがって!! 王太子が押し付ける縁談では、また解消が難しいじゃないか!! こんのクソ王子め!!
貴族社会でも、私が“二重の顔を持っている”って悪い噂があった方が、伯爵令嬢としても、もう縁談が来なくなると思っていたのに!!
「大丈夫だ。醜い貴族の後妻という嫁ぎ先ではない」
元婚約者を、そんな相手に押し付けたら、王太子にも醜聞になるもんね。
『慈悲の聖女』に嫌われているから、醜い貴族の元に追いやったんだー、とか、人としての器がどうのと笑われるだろうからねー。……事実やん。
もう私のことは、ほっとけや!
婚約破棄、神殿追放、で終わりでいいじゃん!
「オレの従弟のヘーヴァルだ。リューダ公爵当主になったばかりだと、当然知っているよな?」
「リューダ公爵様と……縁談、ですか?」
流石に困惑が顔に出てしまい、王太子は大いに気を良くして頷いた。
確かに、若き公爵だと、知っている。
17歳という若すぎる歳で、公爵領の領主になってしまったなんて、大変だなぁ、と思っていたのは、記憶に新しい。
「ヘーヴァルを呼べ!」
従僕に指示を下せば、すぐに本人が颯爽とやってきた。
青色に艶めく短い黒髪をサラリと靡かせた長身の少年は、細身でも頼りなさはない身体付きだと、服の上でもわかる。彼は剣術使いだな、と腰に携えた細い剣を見て判断した。
瞳はペリドットの宝石のような色で、それを細めて微笑みかける。
「リューリラ・ハーピア伯爵令嬢。ヘーヴァル・リューダ公爵です。今後、末永くよろしくお願いいたします」
胸に手を当てて、お辞儀。
『聖女』でもなく、『王太子の婚約者』でもなくなった私に、低姿勢だ。
「では、あとは婚約者同士で」
「もういいのですか? 六年は婚約者だった相手と、別れは惜しまないのですか?」
「フン。そんな情などあるか。お前が婚約した相手は、特にな」
腰を上げた王太子を、リューダ公爵は首を傾げて引き留める。
鼻で笑い飛ばす王太子殿下。
「お前達二人も相手するなど拷問だ!」
と、意味深な言葉を吐き捨てたかと思えば、扉の前で振り返ってきて。
「オレの慈悲で、せいぜいお幸せにな! 元『慈悲の微笑の聖女様』!」
笑顔で皮肉をぶちまけてから、部屋をあとにした。
……物凄く根に持たれたな。慈悲慈悲って、うるさ。うっぜ。
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