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『慈悲の微笑の聖女様』

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 私は『慈悲の微笑の聖女様』と呼ばれている。

 ハーピア伯爵令嬢である私リューリラは、光の魔力覚醒によって、10歳で神殿へと預けられた。
 光の魔力は、癒しの神からの賜物。
 覚醒した者は、神殿に身を置き、そして癒しの魔法を磨き、そして病気や怪我の治療にやってくる患者を治すのだ。
 光の癒し手。
 癒しの神から、光の魔法を与えられたため、やがて、『光の子』と呼ばれるようになった。
 覚醒するのは、決まって子ども時代だからだろう。

 『光の子』という役職ではあるが、その後、神殿に仕え続けたいのならば、神官などにもなれる。
 覚醒者は、必ず『光の子』を務めないといけない。そういうお国の決まりだ。
 最低でも3年の間、『光の子』として、人々を癒す力を使えば、光の癒し手になった義務は果たされたことになるため、家に帰って自由に生きることも出来るのだ。

 ちなみに、私はそのまま『光の子』の次の役職である『巫女』になって、神殿に留まる気満々だった。
 怪我人を癒してあげるだけで、衣食住を確保されている日々。平穏であるこの生活を、生涯送っていいと思っていた。
 神殿は、神々しいほど清潔な住まいだ。
 ほぼお城でしょ。実際、初見で思ったことである。
 神殿長含むお年寄りのお偉いさん達は、孫娘のように可愛がってくれるし、文句のつけようがない生活だ。

 だが、可愛がられすぎたのか。
 『聖女』という女性だけの最高級の癒し手の座に、70年も居座り続けたおばあちゃんに、老衰の死に際に後継者として名指しされてしまったのだ。
 私ならば、お偉いさん達は実力も問題ないということで、最高級の癒し手の座に、私は座っちゃったのである。
 うん。座っちゃったのである。

 13歳の『聖女』爆誕。

 まぁ、別に、よかったのである。
 『聖女』となっても、ちょっと治療相手がお貴族様が多くなったり、めっちゃ信者に拝まれたり、そんな変化ぐらいだったから、問題はなかった。


 問題は、王子との縁談を持ちかけられたことだ。


 一応貴族の身分で、年齢も同じ、さらには若くも『聖女』を務める高貴さ、癒しの力の高さ、支持者の多さ、などなど。
 相応しい理由を挙げられて、あれやこれやと、政略結婚が決まっちゃったのである。
 そう。決まっちゃったのである。

 王族の縁談に、嫌だー、とか言えるわけもなく、婚約契約書にサインさせられた。
 こんなことになるなら、『聖女』の座なんて、拒んだのに。

 “まぁ、リューリラならいっか”。
 なんて空気で、最高級の座に座らされただけなのに。


 『聖女』と王子妃教育をこなす日々は、クソ多忙だった。

 ぶっちゃけ、貴族令嬢らしい生活を送る日は、さらさらなかったために、淑女教育から叩き込まれた。
 こちとら、急な患者を癒すという仕事があるのに。

 王子と親交を深めるお茶会? 人脈作りの社交パーティーの参加? ふ、ざ、け、ん、な、よ?


 王子と結婚する気は、断じてなかった私は。
 いつしか『慈悲の微笑の聖女様』と呼ばれるようになった。


 銀色の長い髪は、澄んだ水を表すように、水色を帯びて艶めく。同じ色のまつ毛の下で、青空色の瞳が見守るように見つめてくれる。
 尊いほどに、美しい美しい少女。

 患者や信者達には、慈しむように優しい微笑で話しかけては、癒す聖女。
 それが私だった。

 だが、婚約者である王子には、一切笑顔を見せなかった。
 他の人達にも、必要ないと判断した相手の前では、無表情に努めた。
 つい先日治療したお貴族様だとわかって、その後の経過を微笑んで聞いたあとは、“はい微笑おしまーい”と言わんばかりに、スンと無表情。
 他のお偉いさん方にも、私は必要最低限に笑みを貼り付けて対応したが、会話が途切れる度に、スンと無表情になって、よそを向く。全力で作り笑いによる事務的対応だと、示した。
 ゆくゆくは王妃になる身分である私に、そんな態度をされても、表立って“失礼だっ!”と激昂する者はいない。

 よって、社交界では『慈悲の微笑の聖女様』は、二重の顔を持つ性悪女だとか、噂が立っていた。

 何が二重の顔だ。
 腹の探り合い、足の引っ張りの社交パーティーに参加するあなた達は、鏡を見たことないの?

 お貴族達に、下の者に愛想を振り撒き、支持を得ている腹黒聖女だと言われようが、構わなかった。

 そんなお貴族達がこそこそ言っていようが、患者達は私に治してもらいにやってくる。
 私も見返りを求めることなく、大丈夫だと優しく励まして、癒すだけ。
 それを続けた。


 そして、婚約から6年目。
 婚約者が王太子になってから、公務がようやく落ち着いた頃で、努力の成果が出た。

「お前のせいで“『慈悲の聖女』に嫌われている王太子”だと、陰で笑われているんだぞ!? もう我慢の限界だ!! 婚約を破棄する!!! サインしろ!!」

 城の大応接室で、単刀直入にご立腹のネイサン王太子殿下が、目の前に婚約破棄の契約書にサインしろと声を上げた。


 やったぁ!! 待ってました!!


 スン、と無表情のままに契約書を手にして確認しながらも、内心では発狂したいほどに大喜びした。


 
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