1 / 10
『慈悲の微笑の聖女様』
しおりを挟む私は『慈悲の微笑の聖女様』と呼ばれている。
ハーピア伯爵令嬢である私リューリラは、光の魔力覚醒によって、10歳で神殿へと預けられた。
光の魔力は、癒しの神からの賜物。
覚醒した者は、神殿に身を置き、そして癒しの魔法を磨き、そして病気や怪我の治療にやってくる患者を治すのだ。
光の癒し手。
癒しの神から、光の魔法を与えられたため、やがて、『光の子』と呼ばれるようになった。
覚醒するのは、決まって子ども時代だからだろう。
『光の子』という役職ではあるが、その後、神殿に仕え続けたいのならば、神官などにもなれる。
覚醒者は、必ず『光の子』を務めないといけない。そういうお国の決まりだ。
最低でも3年の間、『光の子』として、人々を癒す力を使えば、光の癒し手になった義務は果たされたことになるため、家に帰って自由に生きることも出来るのだ。
ちなみに、私はそのまま『光の子』の次の役職である『巫女』になって、神殿に留まる気満々だった。
怪我人を癒してあげるだけで、衣食住を確保されている日々。平穏であるこの生活を、生涯送っていいと思っていた。
神殿は、神々しいほど清潔な住まいだ。
ほぼお城でしょ。実際、初見で思ったことである。
神殿長含むお年寄りのお偉いさん達は、孫娘のように可愛がってくれるし、文句のつけようがない生活だ。
だが、可愛がられすぎたのか。
『聖女』という女性だけの最高級の癒し手の座に、70年も居座り続けたおばあちゃんに、老衰の死に際に後継者として名指しされてしまったのだ。
私ならば、お偉いさん達は実力も問題ないということで、最高級の癒し手の座に、私は座っちゃったのである。
うん。座っちゃったのである。
13歳の『聖女』爆誕。
まぁ、別に、よかったのである。
『聖女』となっても、ちょっと治療相手がお貴族様が多くなったり、めっちゃ信者に拝まれたり、そんな変化ぐらいだったから、問題はなかった。
問題は、王子との縁談を持ちかけられたことだ。
一応貴族の身分で、年齢も同じ、さらには若くも『聖女』を務める高貴さ、癒しの力の高さ、支持者の多さ、などなど。
相応しい理由を挙げられて、あれやこれやと、政略結婚が決まっちゃったのである。
そう。決まっちゃったのである。
王族の縁談に、嫌だー、とか言えるわけもなく、婚約契約書にサインさせられた。
こんなことになるなら、『聖女』の座なんて、拒んだのに。
“まぁ、リューリラならいっか”。
なんて空気で、最高級の座に座らされただけなのに。
『聖女』と王子妃教育をこなす日々は、クソ多忙だった。
ぶっちゃけ、貴族令嬢らしい生活を送る日は、さらさらなかったために、淑女教育から叩き込まれた。
こちとら、急な患者を癒すという仕事があるのに。
王子と親交を深めるお茶会? 人脈作りの社交パーティーの参加? ふ、ざ、け、ん、な、よ?
王子と結婚する気は、断じてなかった私は。
いつしか『慈悲の微笑の聖女様』と呼ばれるようになった。
銀色の長い髪は、澄んだ水を表すように、水色を帯びて艶めく。同じ色のまつ毛の下で、青空色の瞳が見守るように見つめてくれる。
尊いほどに、美しい美しい少女。
患者や信者達には、慈しむように優しい微笑で話しかけては、癒す聖女。
それが私だった。
だが、婚約者である王子には、一切笑顔を見せなかった。
他の人達にも、必要ないと判断した相手の前では、無表情に努めた。
つい先日治療したお貴族様だとわかって、その後の経過を微笑んで聞いたあとは、“はい微笑おしまーい”と言わんばかりに、スンと無表情。
他のお偉いさん方にも、私は必要最低限に笑みを貼り付けて対応したが、会話が途切れる度に、スンと無表情になって、よそを向く。全力で作り笑いによる事務的対応だと、示した。
ゆくゆくは王妃になる身分である私に、そんな態度をされても、表立って“失礼だっ!”と激昂する者はいない。
よって、社交界では『慈悲の微笑の聖女様』は、二重の顔を持つ性悪女だとか、噂が立っていた。
何が二重の顔だ。
腹の探り合い、足の引っ張りの社交パーティーに参加するあなた達は、鏡を見たことないの?
お貴族達に、下の者に愛想を振り撒き、支持を得ている腹黒聖女だと言われようが、構わなかった。
そんなお貴族達がこそこそ言っていようが、患者達は私に治してもらいにやってくる。
私も見返りを求めることなく、大丈夫だと優しく励まして、癒すだけ。
それを続けた。
そして、婚約から6年目。
婚約者が王太子になってから、公務がようやく落ち着いた頃で、努力の成果が出た。
「お前のせいで“『慈悲の聖女』に嫌われている王太子”だと、陰で笑われているんだぞ!? もう我慢の限界だ!! 婚約を破棄する!!! サインしろ!!」
城の大応接室で、単刀直入にご立腹のネイサン王太子殿下が、目の前に婚約破棄の契約書にサインしろと声を上げた。
やったぁ!! 待ってました!!
スン、と無表情のままに契約書を手にして確認しながらも、内心では発狂したいほどに大喜びした。
124
お気に入りに追加
849
あなたにおすすめの小説
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。
※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
※単純な話なので安心して読めると思います。
かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。
修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね
星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』
悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。
地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……?
* この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。
* 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します
青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。
キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。
結界が消えた王国はいかに?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる