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○2 三回目。
しおりを挟む悪魔と遊び尽くして、三ヶ月は経とうとした時。
「ディナ。使い魔に社交界の噂を探ってもらったら、ディナが例の令嬢を忌み嫌っているって悪い噂が立ち始めたよ。言ってた通りになってきた。うわ、げんなり顔」
ちっちゃな蝙蝠姿の使い魔を駆使して、社交界に聞き耳を立ててくれたゼノヴィスに対して、失礼な顔をしてしまったわ。
「ごめんね、ゼノヴィス。調べてくれてありがとう」
「どんな顔のディナも好きだよ」
「やだもう、ありがとう。ってじゃれている場合じゃなかった。死活問題」
テレッと両頬を押さえたけれど、死亡フラグの噂なので、それを考えなければ。
現実逃避の遊び惚ける時間は、終わりである……! 無念!
「やっぱり出会っても婚約解消をせずに、私を悪者に仕立て上げようとするのねぇ」
もちろん、婚約者から申し立てていた婚約解消の承諾はもらっていない。
「婚約解消という手段を強行するべきじゃない? あっちの浮気を指摘して解消させよう」
「……いや、私も頃合いを見て、あっちの浮気を指摘したんだけどね。二度目」
真っ当な提案をしてくれるところ悪いけれど、私は一つため息をして頬杖をついて憂いた。
「親も兄も、私が冷たくしたせいだって、責めてきて……」
「最低か! 家族酷いな!?」
「もう信じてないからね。浮気は私のせいだって。催促の手紙を送ったあとに、紅茶の中に毒が……」
「ぐぅ~! 悔しいね!? 浮気した方が悪いのにさ~。そいつの性格上とプライドのせいなんでしょ? マジダメな男じゃん~」
「フッ。所詮、お姫様だけの王子様なのよ……」
ヒロインだけのヒーローってこと。
「たかが、侯爵家の坊っちゃんでしょ?」
肩を落とす私の背中をポンポンと叩いて宥めてくれるゼノヴィス。辛辣。
「……ねぇねぇ、ディナお嬢様?」
「え? 何? 改まって……」
二人きりの時にお嬢様呼びとは、一体どうしたのかとキョトンとした。
顔をずいっと近付けてきたゼノヴィスは、蠱惑に微笑んだ。
「こっちも、浮気しましょう?」
とんでもない提案をしたわ。この悪魔。
「え? なんで?」
「なんでって、小説シナリオから大きく離れられるし? 命助かるためなら、対抗して浮気ぐらいよくない? 浮気、しよ♡」
ニコニコと浮気を誘う悪魔。
ええー、と困惑してしまう。
そんな私を見つめながら、こてんと首を傾げるゼノヴィス。
「オレのアプローチ、あと何回流すの?」
「……」
熱い眼差しが期待を持って、一心に見つめてくる。
ゼノヴィスの思わせぶりな言動はいつしか、本気になっていると気付いたが、変わらず冗談として流していた。
顔が熱くなる。悪魔だってことを差し引いても、ゼノヴィスは気のいい奴であり、意気投合出来た親友だ。控えめに言って、好き。
「ええー、でも、私は……一応、婚約者いる身だしぃ」
トンッと、肩で軽く小突く。
トンッと、ゼノヴィスも軽く仕返ししてきた。
「その婚約者だって、がっつり浮気するじゃーん」
「あっちがしたからこっちもするって言うのは、どうかと思うしぃ」
「そう言っても、命かかってるんだよ? むしろフッてるのに、しがみついているくせに浮気をしているのは、相手だよ? フラれておいて、婚約維持してる二股野郎だよ?」
「うわ、ムカついてきた。ゼノヴィスが悪魔らしい囁きしてる! すごい!」
「うんうん、オレ悪魔だから囁いちゃう♪」
トン。トン。会話しながら、肩を押し付け合っていたが、最後にゼノヴィスは耳元に囁いた。
「婚約者のことはもうフッたんだから、オレと恋人になろう?」
甘い甘い囁き。その瞳も、とろりと溶け出しそうな熱を灯していた。
その熱さは、まんざらでもないどころか、嬉しく感じる。そう感じているとわかりやすかったのか、ゼノヴィスは恍惚と笑みを深めると、顔を寄せてきた。
なので、唇が触れないように手を挟んだ。
「だ・め! 浮気女にしないで!」
「むぅ~。わかったよぉ~」
キスを拒否されて、ゼノヴィスは不貞腐れた。
それを横目で見て、ちょんちょん、と自分の人差し指をつけては離す。
「でも、今の婚約者をどうも思っていないって示すために……エスコート、してほしいかな? デートとか」
「! ……いいね! いいね!! デートいっぱいしよう! もう何回もお忍びデートしてるけど!」
がばっと抱き着いたゼノヴィスの腕の中で真っ赤になる。
「エスコートかぁ。ふふん♪ あっちが噂を利用してディナを貶めるっていうなら、こっちもやってやろうか」
ニヤリと口角を上げる顔を見上げた。
「堂々とオレがその辺のパーティーでエスコートをする。誰かに問われたら、こう答えてやるんだ。”以前婚約解消を申し立てた手前、婚約者にエスコートを頼むのは気が引けて……”ってね♪」
それを聞いて一つ頷いた私は、姿勢を正してから、頬に手を当てて、はぁ、と一息ついた。
「以前婚約解消を申し立てた手前、気まずくて婚約者にはエスコートを頼めなくて……従者に頼んだのですわ」
と、実演してみた。
ゼノヴィスは拍手。
「上手い上手い! 演技最高じゃん! それを三回くらいやれば、こっちから婚約解消をすでに申し立てたって話が広まるよ! さらにはオレを連れ回す姿を見て、婚約者の浮気相手に嫌がらせをする必要はないってなるわけだ。一体どっちが事実かなんて話題になれば、実際に見たことを信じる。話題沸騰にして追い込んでやろうぜ」
「ゼノヴィスがとても悪い顔してる」
「悪魔だからね」
悪巧みを楽しんで語る顔をじっと見ていたら、じっと見つめ返された。
「……無事、婚約解消したら、ちゅーしていい?」
そう唇を親指で拭われて、また真っ赤になった私は、おずおずと頷いた。
ゼノヴィスは、嬉しそうに笑みを零した。
即実行。
しばらく社交なんてしていなかったけれど、婚約者が来ないはずのお茶会へ。そこで約束を取り付けて、夜会の招待をもらい、ゼノヴィスにエスコートしてもらった。
当然、見目麗しい青年は誰だって話になるので、ゼノヴィスは従者だと紹介しておく。基本的に参加者は貴族が限られているけれど、お付きの者もエスコートは可能なのだ。王城ともなると、平民は厳しいけれど、その辺のパーティー会場ならギリギリセーフ。
その紹介のついでと言わんばかりに、何故従者をエスコートにして参加したのか、憂いたため息を零して、例のセリフを吐くのだ。
私とアレキサンドが、婚約解消の話をしていた事実に「まあ」「そうだったの?」と食いつくご婦人方。
そして、この話題を触れ回ってくれるのだろう。やっておしまい!
夜会に参加したのだから、私とゼノヴィスはダンスもした。
「えー? 上手い、すごい」「でしょー?」と二人でこそこそ囁き合って笑い合って、仲睦まじい様子も見せつけた。
婚約者のアレキサンドに未練はないのだと示せるのもあるが、単純に楽しかったからだったり。
成果は、想定通りだ。
嫌がらせを受けていると吹聴するヒロインのミンティーは、じゃあなんで私が従者にエスコートを頼んでいるのか、とか、どうして婚約解消が進まないのか、という話を返されてしまい、誤魔化し笑いで逃げる羽目になったらしい。
ゼノヴィスの使い魔調べ。
そんなヒロインも、実は小説シナリオを知っている転生者だと話したのは、その報告をゼノヴィスから聞いたあとだった。
「もっと早く言って!?」
……あれ、言わなかったっけ。
「それじゃあそのヒロインが軌道修正にディナを殺しにきたらヤバいじゃん!!」
「ひょえ……。ヒロインの護衛騎士に切られた身としては否定出来ない」
どう足掻いても、デッドエンドフラグが折れない……。
死を回避したいのに、私の死を望む二人がいて、なかなか……。
「そのヒロイン、葬ろう」
「悪魔が真顔でなんか言ってる」
キリッ、じゃないんだよ、ゼノヴィス。
「一番の根源だよね? むしろ、婚約者に毒殺を唆したのって、そのヒロインじゃない? 原作と違うイレギュラーを起こすのは、当然原作を知るディナとヒロインの言動にある。オレがここにいるのは、ディナが封印を解くというイレギュラーな行動に出てくれたから。みたいな」
現に小説には出てないしね。ゼノヴィスは。悪魔すらも。
「小説通りという”運命の力”が強くて、婚約者はヒロインに心変わりするけれど、それも小説通りの言動をしているおかげなんじゃない? ヒロインが小説通りの動きをしているから、簡単に婚約者の心も奪えている。小説通りの噂が広がるのだって、小説通りだから。『小説通り』っていうのは、強い。だからこそ、その強さを上回るイレギュラーを起こすことは必要なんだ」
なるほど……と、うんうん頷く。
ゼノヴィスは人差し指を立てると、キリッと言った。
「ヒロイン、葬ろう」
「原作強制終了」
ヒロインとヒーロー、どちらかが死んだら終わりよ……。
「原作終了してもいいでしょ」
ハッ……!
言われて気付いたが、ブンブンと首を振っておく。
「だめだめ! 手を汚すことない! そこは! そこは最終手段! 究極最終手段!」
「究極最終手段……。……まぁ、その前に出来ることはするけど。ディナは死に戻りを繰り返して麻痺しているかもしれないから言っておくけど、死んだら終わりだからね? 最終手段が最善だってこともあるよ。こっちが終了させられる前に、あっちを終了させておくべきだ。生きたいならね」
真剣に説得するように言い聞かせるゼノヴィスは、私の頬に手を添えて首を振ることを止めた。
そ、そうなのかな……。
そうなのかもしれない。
死に戻りを二回も経験して、また死んでも次があるなんて慢心しているところがあるのかも。
自分の死を阻止するなら、返り討ちにする覚悟が必要なのかもしれない。その最終手段。
目を伏せていてれば、ちゅっと頬にキスをされたので、真っ赤になる。
「早く婚約解消を進めようね」
そう不思議な目を細めて、ゼノヴィスは微笑んだ。
けれども、婚約解消は叶わなかった。
その日の夜会では、アレキサンドもミンティーも参加すると予想していた。
だから直接対決で、公衆の面前で”どうして婚約解消をしてくれないのか”と悲し気に問い詰める作戦を立てていた。
アレキサンドの言動に疑問を持つ声は、大きい。ミンティーの自作自演疑惑も然り。
最早、針の筵。今夜がトドメのようなものだった。
婚約解消の有無を公衆の面前で問う。
どんな回答を返されても、継続は不可能だと当主の父も諦めてくれるはずだ。婚約解消が成立するなら、それで終わりである。終止符が打てるはずだ。
そのあとが、楽しみでしょうがない。
だから、油断していた。
パーティー会場にいれば、使用人を通して暫定婚約者のアレキサンドに呼び出された。
早速の予定が狂ったことに眉をひそめつつ、父に「話してきなさい」と促されてしまい、ゼノヴィスがついてくることを条件に行くことにした。
婚約者に会うのに、どうして他の男を引き連れるのかと問われたが、一人でパーティー会場を歩かない護身のためだし、そもそもあの婚約者だって他の女を侍らせているじゃないかと毒を吐き返せば、黙ってくれた。ふんだ。
ゼノヴィス、こっそり笑わないの。
使用人の案内でパーティー会場の控室まで歩いて行ったが、変更で庭に出るようにと言われてた。
しかも、ゼノヴィスはここまでと、待機していた衛兵が引き留めたのだ。
他の衛兵が連れ添うと言うが、そういう問題ではない。信用出来る従者のゼノヴィスじゃないと意味がないと私は抵抗したが、しびれを切らした衛兵が私の腕を引っ張ったのだ。
いよいよマズい展開になったと理解した時には遅かった。
庭に出た瞬間、悍ましい表情のアレキサンドが出てきて。
「この裏切り者!!」
と、短剣を私の胸に突き刺したのだ。
ゼノヴィスと冒険者業をして、魔法も剣術も習ったのに、何一つ頭に浮かばず、身体は一切動かなった。
誰が裏切り者か。
最初から裏切り続けたのは、そっちなのに。
「ディナ!!!」
崩れ落ちる私を受け止めたのは、ほんの一瞬、衛兵に足止めされたゼノヴィスだった。
「嫌だっ! ディナッ! ディナぁああ!!」
真っ青なゼノヴィスの絶望した顔を見上げるしか出来ない。
ボロボロと溢れ落ちる涙が降り注ぐ。
それに合わせるように、私の命もポロリと闇の中に落ちていった。
ゼノヴィスには悪いことをしてしまったな……。
こんな終わりにしてしまって。
泣かせてごめんね……――――。
そして、私は四回目の目覚めをしたのだった。
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