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お試しの居場所編(後)
55 たくさんの愛情表現をした初デート。
しおりを挟むセミオーダーの二つのバングルは、数斗さんの家に届く。注文した石と刻印により、6日ほどはかかるそうだ。予定より早く完成すれば、その発送をメールで知らせるとのこと。
私が選んだ幸運の金色の蛇のネックレスと、私の頬へキスの許可で大満足した数斗さんと、今日はもう帰ることを決めた。
帰りの車の中で飲むためのミックスベリージュースを、買おうと引き返す。
先程よりは、行列は少ないので、わりとすぐに買えた。
冷えたミックスベリージュースは、粉々の氷と果肉もあって、甘酸っぱくて美味しい。
「美味しいね」
「はい、美味しいです」
『七羽ちゃん、すごく好きなんだね。果物。ミックスベリーに、マンゴーに、オレンジ……あと何かな』
にっこりとする数斗さんも、ズズーッと吸い込んで飲んでいる。美味しい、美味しい。
数斗さんの手が塞がっているので、荷物が少ない私は、数斗さんの右腕に手を添える形で歩いた。
駐車場に向かって歩いていたけれど、あるものが目が留まる。
「……数斗さん。夕食、どうします?」
「……あのハンバーガー。食べようか?」
肉厚なハンバーグととろりとチーズを垂らしたハンバーガーが、デカデカと広告に写っていた。
数斗さんは、私が食べたがっていると先読みして言ってくれる。
これで最後である。数斗さんの全額持つデート代の、最後!
ハンバーガー専門店のそこに入店して、二人で向かい合って、ハンバーガーにかぶりついて食べた。
うまっ。お肉も肉汁がじゅわっと旨味が広がるし、とろけるチーズの濃さもちょうどよくて、最高。
「ついてるよ」と、クスッと笑う数斗さんは、私の口の端を親指で拭って、それを自分でペロリと舐めた。
そこは先程、数斗さんがキスした箇所なので、意識してしまって、熱くなる顔を俯かせてしまう。
「七羽ちゃんの美味しそうに食べる顔、好き」
「それは……あまり嬉しくないものでは? 女性への褒め言葉として」
「そうかもしれないけれど、本当に可愛いから。ほら、七羽ちゃん、口も小さいから、俺と違うでしょ?」
私の手首を掴むと、持っているハンバーガーを比べるために見せた。
……確かに。もう数斗さんは三口ぐらいだろうに、半分近くは食べてしまっている。私はまだまだ。
『口、小さいんだよな。舌も。俺の舌を入れたら、苦しいかもしれない……』
じぃーっと数斗さんが私の唇を凝視しながら、ディープなキスを想像するから、また顔が真っ赤になってしまいそう。
「見すぎです」と、そっぽを向いて、食べることを再開した。
駐車場で、数斗さんの車に乗る前に、荷物を分けることにする。
まぁ、ほぼ私の物なんだけれど……。
「んー……買いすぎたね」
「でしょう? いっぱい買っていただいて、ありがとうございます」
「あ、いや、そうじゃなくて。七羽ちゃんには重いかなって」
「?」
困ったように笑う数斗さんに、首を傾げて横から見上げる。
『まだ家族に会わせてもらえないだろうし、家のドアの前まで、運んであげられない。家、二階なのに、無事に階段上がれるかな』
そんな心配をする数斗さん。過保護。上り慣れた階段から落ちませんよ。
「アパートの目の前まで車を寄せられるけど、部屋まで大変でしょ」
「えっと…………数斗さん。なんでドライヤーが私の荷物にあるんでしょうか」
「うん、ごめん」
『七羽ちゃんのなんだけど、重くなるし、備えるために、家に持って帰ろう』
ちゃっかり私が持つ紙袋の間に、紛れ込ませた数斗さん。気付かなかったら、後々、使っていいよ、とか言う気だったらしい。危ないところだった……。
まぁ、持てば重いってわかって発覚しただろうけど。
「大丈夫ですよ? ここまでまとめてもらえれば、躓いて落ちたりしません」
『……ゾッとする』
数斗さんを安心させたかったのに、階段から落ちることを想像させてしまい、余計心配が増してしまったもよう。
そんな、顔を青ざめなくても……。
「数斗さん。私、仕事でも、鶏肉一袋二キロを三袋を抱えたりしますので、これくらいなら平気ですよ」
『……重労働。ブラック』
いや、数斗さん。ただ六キロの物を運ぶだけで、ブラック判定はおかしいですよ……。そこじゃないです、ブラックな部分は。重労働、違います。
まとめて一つに抱えれば、と私は一度抱えて見せた。
数斗さんは、しぶしぶと引き下がる。
「じゃあ、どうだった? 今日の初デート」
パタン、と後部座席に荷物を置いたら、ドアを閉じたあと、数斗さんは私と向き合った。
「感想ですか? そうですね……」と、私は顎に手を添えて、今日を振り返る。
厳密には、正午から始まった初デートのこと。
「えっと……ええっと……初めてだったので、準備が大変でしたね」
「あはは、急だったしね」
『七羽ちゃんのバストを聞いて、下着を買ったからね。……ベビードールも。着てるところ、いつか見たいなぁ……黒の方が特に。白の方も見たいから、買っておこう』
……そうですね。始まりがあれでしたもんね……。急遽決まったことだから、着替えが必要で……バストを打ち明ける羽目になった。そして、下着を買われて……。
……いや、待って? 数斗さん。着てるところなんて、見せられませんよ???
「色々と、経験が出来て……総合的に言えば、楽しかったです。数斗さんの、色んなところも知れましたし……」
性的趣向が多い気がするけれど、まぁ、そこは男性なので仕方ないと言わざる終えない。
「私のためにも、選んでくれたワンピースを着て、数斗さんのためにお洒落をすることも……。あの、数斗さんは、センスいいですよね。ワンピース、三着とも素敵でした。アクセサリーも……素敵です」
ワンピースのスカートを伸ばし、それから右の中指につけたアメジストの側面を撫でる。
トントン、と落ち着きなく、踵を上げては地面に下ろす。
「全部、数斗さんが私を想って、考えてくれたのですよね? 数斗さんのその……とても私を想ってくれているところ。凄いと思います。その……愛情の深さ、とても尊敬します」
『……その愛を抱かせてくれるのは、君だけなんだよ』
数斗さんもアメジストの指輪に手を伸ばしたかと思えば、そっと指の間に指を滑らせて絡めてきた。
ポッと、頬が火照る。
「私も、数斗さんに……応えたい、んですよね。で、でもっ。やっぱり……足りない気がして……自信がなくて」
『……応えるって気持ちだけで、十分だ。幸せなのに』
俯いていた視線を上げれば、とろりとしそうな熱い眼差しで見つめていた。
「わっ、私っ。愛とか……まだ、わかんなくて」
「……付き合うって決めた時の、七羽ちゃんの質問は覚えてる?」
『俺の愛を受け取るためにそばにいる決心がつければ、それは愛と呼べるって話した』
数斗さんは、左手で頬を撫でてきた。
コクコクと小さく頷く。
「じゃあ、愛し方は――――わかるよね?」
『俺のそばにいて、愛を受け取ってくれること』
数斗さんは私に愛を注いで、受け取ってもらえるなら、それで幸せになると云う。
だから、私はそれを受け取るためにそばにいると決心することで、愛に応えるということになる。
それが、私が出来る愛し方。
「今日は想いの伝え方は、自分ではどうだった?」
「……いっぱい、数斗さんが、そ、その……好き、でしたね」
「ふっ……そうだね、うん。いっぱい、好きだって言ってくれたね」
『想いなんて、十分強いのに』
「本当に足りない? 想いの伝え方」
足りない、足りない。なんで足りないのかな。
「俺の愛が重く感じる?」
冗談として笑って言う数斗さん。
……え、えっと……。重いと言うのは、アレですよね……だめな表現ですよね。
ややヤンデレな数斗さんには、図星になり得るので、言いづらい。
「愛って……重いものですか?」
「想いとかけ合わせてる?」
「ふふっ」
クスッと、数斗さんと一緒に笑ってしまう。
「あぁー、でも、物を買い与えすぎているのは、重いですね」
「え? 財布は軽くなっているのに?」
「いや、数斗さん。ほぼカード支払いでしたよね。重さ、変わってない」
これこそ冗談なやり取りをして、和やかに笑い合った。
あ、でも。ここは言っておかないと。
「冗談抜きで、ピアスから始まった私への贈り物と今日のデート代の合計金額はどのくらいです? いや、今更知りたくないんですけども。次はせめて、割り勘でお願いします」
「わかったよ。次のデートは割り勘。でも、七羽ちゃん。わりとカレシ側がおごるのは、普通だよ? 俺の方が稼いでいるのは事実だし、甘えてもいいんだよ? 恋人だから」
「おごるのは、普通は食事代だけとかでは?」
「んー、そうかもしれないけど、俺が贅沢したいだけだよ? 七羽ちゃんに貢いで」
「私に貢ぐことが贅沢なんですか?」
「そうだよ? お願いだから、デート代は俺に持たせて? カレシの顔を立てると思って。次だけは、割り勘」
言いくるめようとするけれど、全額負担は普通ではないと言っても、次回だけは割り勘で、あとは全額持ちたいだと、素直に言い出す数斗さん。
だから、なんでおねだりしている感じなんだろうか、数斗さんは。
むぅー、と唇を尖らせて、私はしぶる。
確かに数斗さんの稼ぎはかなり高いわけで、私も贅沢はキツい。
「もう。ワガママを言わないでください」
「えー? お願いだよ。俺の可愛い恋人さん」
「……熟考しておきます」
「検討をお願いしますね」
数斗さんは顔を寄せて、ちゅっと私の左頬にキスをした。
離れた数斗さんと見つめ合って、会話が途切れてしまう。沈黙の間。
「電話の時も……ちゃんと、毎回想いを込めて、好きって言いますね。今日みたいに」
「うん。楽しみ」
『延長も答えも、まだ言ってくれないか……』
微笑んで言って言葉は、本心だけれども、内心はまだお試し期間の延長の希望も、正式な恋人になるという答えも出なかったことに、残念がっている。
「ギュッとしていい?」
「今ですか?」
なんで? と、首を傾げた。
「家の前でしたら、七羽ちゃんの家族に見られちゃうでしょ?」と、苦笑い。
別れ際に、抱き締められないので、今、したいとのこと。
首を縦に振れば、数斗さんは一歩で距離を詰めて、私を両腕で抱き締めた。
「……ビビリでごめんなさい」
「ん? いいんだよ。自信はそのうち、つくから」
まだお試し期間について、言えないことだとか、家族に紹介しないことだとか、それらの罪悪感で謝罪をすると、抱き締めたまま、数斗さんは頭を撫でてくる。
「俺が好きな七羽ちゃんは、いざって時に勇気を振り絞ってくれるからね」
『……それは誰かのためだろうけれど。今回は俺の延命のために勇気を出してくれるかな。……なんて、それはずるいか。…………まぁ、ずるいのは、今更だけど』
「ビビリだとしても、勇敢になれるんだから。自信、持ってね」
一度、ギュッと力を込めたあと、数斗さんは放すと、ちゅっとまた左頬にキスをしてきた。
私に拒絶されれば、死んでしまいそうな数斗さんに、延命と称してのお試し期間の延長。
今は自信がなくて、ビビってしまっていても、勇敢になれると。そう励ます。
「……数斗さんと一緒にいること。改めて、好きだと、思いました」
今日の初デートの感想。
「……もっとそばにいたいって、言わせられるように頑張るね」
眩しそうに綺麗な黒い瞳を細めて、微笑んだ数斗さんは、右頬を撫でると、そこにもキスをした。
『七羽ちゃん。頬にキスする度に、ギュッと目を瞑って固まるなぁ……。可愛い顔が無防備すぎて、唇にもキスしたくなっちゃう』
……頑張って、目は閉じないようにしよう。…………難しそうだ。
美しい顔が迫って、頬に唇を押し付けてくるなんて……身構えてしまう。
お試し期間中は、私の許可なしには、口付けはしないはず。……多分。……うん、多分。
「初デート。楽しかったです。ありがとうございます、数斗さん」
「俺も、終始嬉しくて、楽しかったよ」
数斗さんは、今度は額にキスをしてきた。じゃらっと、金色のネックレスが目の前に落ちてきて、揺れる。
その額を押さえて、数斗さんを見上げた。
「あ。しすぎた?」
「……こういうものですか?」
「ん? 愛情表現だよ。七羽ちゃんが可愛いから、ついね」
『好きすぎて、もうずっとキスの雨を降らせたくなっちゃう』
それは、絶対にしすぎですよね。
『愛しい君に、もっと愛を示すキスをたくさん』
したいと心の中で強く響かせるけれど、数斗さんは今日は我慢をした。
私の頭をひと撫でしては、助手席のドアを開いてくれて、乗ることを促してくれる。
「七羽ちゃんの特等席」と、お茶目に笑いかけてきた。
数斗さんが運転する時は、私は必ず助手席に座る約束。だから特等席。
そこに座らせてもらって、私はぬいぐるみを抱き締めながら、お喋りをしつつ、家まで送ってもらった。
たくさん、好きだって想いを伝え合った初デートは、これでおしまい。
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