心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。

三月べに

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お試しの居場所編(後)

 選んで買ってもらうばかり。 (後半)

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 数斗さんの左手をじっと凝視していれば、腕時計に目が留まる。黒いベルトで、ローマ数字で表記された洒落たデザインの物。

「数斗さんの腕時計は、どこの物でしょうか?」
「ん? ああ、これは、あのブランド。20歳の誕生日プレゼントだよ、母からの」
「そうなんですね」

 自分の腕時計を確認する数斗さんは、荷物ごと軽く左手を持ち上げた。

 口にされたブランドは、またしても、高級ブランドだなぁ……。

「買い換える気はないんだけれど……」
『七羽ちゃんが言うなら』
「いえ! 私は……数斗さんが、他にアクセサリーをつけているところを見たことないなぁ、と思いまして」
「あー、うん。俺は仕事の際に、取り外しが面倒でね。それに、色々プレゼント貰っても……気取った高級ブランドってだけで、好んで身につけたいとは思わなかったから、箱に入ったままだな……」

 苦笑をする数斗さんは、ピアスも、ネックレスもしていない。指輪も、ブレスレットも。

「七羽ちゃんが選んでくれたら、つけたいな」
「えっと……では、今度」
「今度?」
『なんで今度? ……あ、今日は俺が全額持つって言ったから、自分で買う気なんだ。嬉しいけれど、七羽ちゃんが無理してお金を使うのは、心苦しい』

 小首を傾げた数斗さんは、気が付く。
 そうやって私のお財布事情を気にされると、不甲斐ない。……どうせ、安月給ですよぉ。頑張ってやりくりしてますよぉ……。
 今日のデート代の額は、すでに、私の三ヶ月分の月給は超えているはず。

「一つでも選んでくれないかな? ネックレスとか」

 数斗さんの視線の先には、私が首から下げるピンクゴールドのハート型ネックレス。

「ネックレス、ですか……」
「うん。七羽ちゃんに選んでくれた服は毎日着るわけじゃないから……アクセサリーなら、毎日身につけられるから、一つでも欲しいな。七羽ちゃんが選んでくれたもの」

 視線の先は、私の耳たぶに向かう。ペリドットのハート型ピアス。


『そうだ。初デート記念も買わなくちゃ』


 んー??? 数斗さん? めちゃくちゃ買い物しているのに、記念品をわざわざ買う必要あります???

「そうだなぁ。お揃いのブレスレットなんてどう? 初デートの記念品に」
「お揃い、ですか……」
『七羽ちゃんとお揃いの物。欲を言えば、ペアリングが欲しかったけれど……仮にもお試し期間だから、それは我慢だろうな』
「七羽ちゃんも話していたでしょ? お揃いの物を持つと、仲良くなるっておまじない」

 お揃いのブレスレットが、数斗さんの譲歩か。
 確かに小学校の頃から、仲良くなるおまじないとして、お揃いの物を持つことを、話したことがあった。

「えっと……では、商品を見てみましょうか」
「うん」

 にこりと微笑む数斗さんに手を引かれながら、私はジュエリーショップに到着する前に、腹を決めることにする。
 お揃いのブレスレット。高額だとしても、気に入った物なら、買ってもらう。
 だがしかし、ないならだめである。断固として譲らないように!

 そこで、ヴンッとリュックから携帯電話のバイブ音が聞こえたので、繋いだ手を外してもらって、右の方に傾けたリュックのサイドポケットから取り出そうとした時だ。

 ブーティの僅かな隙間の中で、ズルッと滑ってしまい、それで躓いた。

「きゃッ」
「! 大丈夫っ?」

 前の方に倒れかけたけれど、数斗さんは左腕を回して阻止してくれる。

『やっぱり、ほっそ……! 見た目以上に細い……着痩せ。でも、なんで、今、躓いたんだ?』
「す、すみません」
「……もしかして、足、痛めた?」
『靴擦れ? でも、履き慣れているブーティのはず……』

 足を気にしつつ、ちゃんと一人で立つ。油断したな……。
 苦い顔で笑う私の足元を心配そうに見つめる数斗さん。

「いえ……そうじゃなくて…………」

 首を左右に振って見せたけれど、じっと視線だけで尋問するように、数斗さんは白状を待つ。

「あの、実は、ストッキングだけだと薄いので、ちょっとだけ、ブカッとした感があって……普通の靴下なら、ピッタリですけど、今はほんのちょっぴり合わない感があるせいで……今、中で滑っちゃいました」
「あ、そうだったんだ……ごめんね、知らなくて」
「いえいえ! こういうのは、女性しかわからないんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど……。じゃあ、靴下屋で薄手の靴下とかを買っておかないと。このままじゃあ、また七羽ちゃんが躓いて怪我するかもしれないしね」
『……いや、いっそ、新しい靴を買うべきでは? 七羽ちゃんのお気に入りの靴とは言え、そろそろ替え時じゃあ……』
「そうですね。靴下屋はどこでしょうね」

 ストッキングを穿かない男性のほとんどはわからない事情だ。謝らなくていい。こっちも言わなかったし。
 今度は靴を買おうと考えるから、慌てて靴下だけでいいと言っておく。

「んー、でも、とりあえず、一回休憩しようか。あ、そうだ。いいタイミングだし、喫茶店に行こうか? デザート、食べながら休憩」
『この先の奥にあるってサイトにあったな』

 数斗さんは先を指を差したので、頷いてそうすることを頼んだ。
 でも少し歩いて、数斗さんは足を止めた。

「七羽ちゃん。我慢をしないで。痛い?」

 私の顔が強張っていることに気付いていた数斗さんは、覗き込んで尋ねる。

「……痛いというより、疲れちゃって……。滑らないように、足に力を入れていて……」

 また白状するしかなかった私は、肩を落とす。

「で、でも、大丈夫です。喫茶店で休めば」
「我慢しちゃダメだって言ったでしょ?」

 ツンと、数斗さんに、人差し指で額を小突かれた。叱られた……。

「あ。あそこ、フルーツミックスジュースだって。ミックスベリージュースもある。買ってくるから、七羽ちゃんはあそこのベンチで休んで。飲みながら、休もう」

 数斗さんは少し先のジュース屋さんを見付けると、私を気にしながら、ベンチまでリードしてくれる。
 ちょっと混んでいて、行列が出来ているフルーツミックスジュース専門店。

 まぁ、今日は土曜日だもんね。ショッピングモール内に、行き交う人は多い。
 数斗さんの声に集中して、なんとかすれ違う人々の心の声は聞き流してきた。

 ざわざわ。色んな人の心の声が行き交う。
 雑音雑音。この能力に、ノイズキャンセリング機能があればいいのになぁ……なんて。

「待っててね」と数斗さんは、荷物を脇に置くと、私の頭をひと撫でしたら、列に並び始めた。


 私はそれを見送り、バックから携帯電話を取り出して、さっきのバイブ音の通知を確認。

 メッセージアプリから、グループルームの招待だ。
 なんだ? と首を傾げたけれど、招待者は真樹さんだった。

 ギョッとする。
 グループルーム名が【天使守り隊】という、完全にふざけたもの。
 すぐに招待に応じて、ルームには入室。

 【隊長は誰だ?】と、先に入った新一さんの第一声のメッセージ。

 【私を招待したのはミスですか!? なんですか、このグループ名!】
 【いや、天使守り隊として、情報共有の場が必要だと思ってね!】
 【本人入れます!?】

 テンション高めの絵文字を並べる真樹さん。

 【なんだ、ナナハネ。守りたい対象の天使、自分だと思ってるのか?】
 【他にいましたっけ!? 天使って呼ばれている人! 周りでは、私以外に知りませんが!?】
 【で? 隊長は誰だ?】
 【おれじゃないの?】
 【務まるのかよ? 泣いたくせに】
 【掘り返す!? 意地悪お兄ちゃんより、おれの方が相応しくない!?】

 しれっと私との会話をなかったことにされた……!
 新一さんが隊長なの……? 参謀隊長? 真樹さんも、隊長って柄じゃなさそう……。
 適任は、数斗さんでは? ん? 招待されていないみたいだけど……真樹さん、招待を忘れてる?

『あれ……? あれって、まさか……。アイツだよな。名前、なんだっけ? あ、そうだ。古川だ。名前の漢字、忘れたけど。確か、ナナハ』

 近付く心の声が、何故か私の名前を呼んだから、そっちに顔を向けた。
 一組の男女がいたけれど、声は男性のものだし、こちらを見ながら歩いてくるから、彼の心の声だ。
 知り合い……? 見覚えがあるような……誰だっけ?

「古川。古川だよな?」

 ひらりと掌を見せて振って、笑顔で声をかけた彼を、首を捻って見上げたあと、誰かわかって、内心で戦慄いた。

「あ、綾部(あやべ)……?」
「そうそう。久しぶりー。中卒以来?」

 あっ、綾部裕太(あやべゆうた)ッ!?

 中学の時に、少女漫画みたいな恋に憧れて、イベントのノリに任せて、二度も告白した相手。
 イケメン生徒会長だった、綾部裕太。
 二回私をフッた彼は、普通に仲のよかった旧友みたいに、笑いかけてきた。

 何故、ここに彼がいるんだ?
 しかも、なんで二回もフッた相手に話しかけるの? 気まずくないの? 私は気まずい!!

 私は、大混乱した。


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