心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。

お試しの居場所編(前)

罪悪感を晴らす幸福の居場所。 (後半)

「うっ、う～ん。……私、祥子、葵の三人組が一番の仲のいいメンバーでした。次に、今はもう既婚者で妊娠中の子と、あと異性と深く関わりたがらない子の二人。当時から、葵とその既婚者の子は、今と同じ恋人がいました。そして、異性に興味のない子と祥子と私が、恋人ナシでした」
『あ、あっれぇ～。これ聞いちゃダメじゃない？　いいのか？　聞いちゃっていいの？　七羽ちゃんの口から言わせていいの？』

　額を手で押さえて、私が呻きながらも言うと、真樹さんがいち早く察した。

「私の男友だちが、恋人だろって、しつこく問い詰めてきて、否定しても納得しなかったあの子は…………自分の兄の友人と寝たそうです」
「「…………」」
「バイト先の女先輩に、もっとマシな相手と初経験すればいいのにって言われたって、ぼやいてました……。相手は、好きでもない、顔がそこそこいいだけの、三十路前の男性だそうで」
『待て、それ犯罪』『犯罪っ！』
「もしかして、焦った？　って、当時も一瞬過ったんです。私まで恋人が出来たと思い込んだなら、経験豊富な相手に、初体験も済ませたんじゃないかって……自分だけ遅れてるって…………私、それをさっき言っちゃったんです」

　年齢的に犯罪だろうけれど、同意の上。今更告訴しても、証拠がない。無罪放免。

　そんなことより、罪悪感だ。
　両手で顔を覆って、俯く。

「いや、でも、やっぱり七羽ちゃんのせいじゃ……」
「”あなたが焦って処女捨てたのは、私のせいじゃない”って。きつく吐き捨てたから、あの子は手を上げたんです」

　数斗さんが慰めようとしてくれたけれど、私は酷いことを吐き捨てたんだ。

「最低ですよね……もうぉ……」

　泣きべそかいているみたいな声を零す。

『な、泣いてるっ？　七羽ちゃんっ？』と、数斗さんが焦っている。

「七羽ちゃん！　七羽ちゃんのせいじゃないって！」
「そうだ。どう考えても、ナナハネの言葉を信じず、勝手に暴走したんじゃないか。勝手に焦って自滅しただけ。ナナハネに非はない」
「非はないのはわかってますけどぉ……それを言ったのは最悪じゃないですかぁ」
「絶交したんだから、最後に言ってやっていいじゃないか。それも原因で逆恨みも込めて、ナナハネを悪く言ってたってことだろ。そうでも言わないと、あの破滅しまくりの性格、直そうとしないだろうし。これを機に、暴走気味の激しい思い込みも、やめるんじゃないか？」

　真樹さんが、慌てて励ます。
　新一さんは、キッパリと言い退けてくれる。

　……そう頭ではわかるんだ。私に非はない。あの子が勝手に暴走して自滅したんだって。

　祥子に、処女を捨てたのは、私に恋人が出来たって思い込んで焦ったからなの？
　そう問い詰めたら、心の声は、肯定していた。金切り声みたいだった心の声。

　だから、睨みつけて吐き捨てた。
　私のせいじゃないって。焦って処女を捨てたのは。自分のせいでしょ。

　平手打ちを避けられたのは、あの子の心の声が喚き散らしていていたから、ちょうど離れようとしていたところだった。
　酷く喚き散らされていたのは、私を責め立てる声だけだ。

　私のせいだと、強い声がガンガン響いた。

　その声を振り払うように、祥子の直すべき欠点を言ってやって、それから、嘘を白状して。
　数斗さんのことを紹介した。
　恋人として。
　いつの間にか、葵に数斗さんは私のことを好きだって言っていたらしく、恋人関係だということには驚いていた。

　そして、最後の捨てゼリフ。

　事実を突きつけた。真実を言い放ってやった。
　あの子の顔は見なかった。
　今まで、本当のことしか言わなかった私を信じなかった罰だ。
　彼女が私をずっとあんな風に思っていたことに衝撃を受けたように。
　彼女だって酷く衝撃を受けただろう。

　全部間違いだった。それを知った彼女の顔なんて。
　私には見える勇気なんてなかったから、すぐに部屋から出て離れた。
　あの子の心の声は聞き取らないように、必死だった。


　あの頃。心の声が読めるこの能力があったら。
　あの子に間違いを起こさせなかっただろうか。
　もっとあの子のことを見ていれば。もっとあの子と向き合っていれば。
　もっと。

　……もっと。


　車が、急にコンビニの駐車場に停まる。

「七羽ちゃん、大丈夫！？」
「えっ……？」

　数斗さんが血相変えた顔をするけれど、その理由がわからなかった。

　でも、数斗さんの手が私の頬に添えられて親指で拭われて気付く。

　私。泣いている。

　自覚したら、苦しくなって、涙がポロポロと落ちた。

「やっぱり私が悪いんじゃっ」とか「もっと私がっ」とか「そもそも私が」とか、泣きじゃくりながら、バカなことを支離滅裂気味に言っても、その都度、否定してくれる数斗さん達。
　あわあわとしているけれど、それでも私を宥めて、あやして、諭すように「絶対に悪くない」とか「そんなことはない」と言ってくれた。


　いいよ。我慢しなくていいか。全部言っていいよ。


　その言葉は、直接聞いたのか、心の声だったのか。よくわからない。
　優しい声は、そのまま、私に吐露を促す。涙を拭いてくれながら。


　――私、心が読めるんです。


　嘘や隠し事をしたくなくって、さっき、そう答えてしまった。
　でも、超能力みたいだって思われても、本気にそう思わないことくらいわかっていたからだ。


　数斗さんの心の声に、答えることはしなかった。そんな勇気、私にはありはしない。


　――――けれども。
　居心地のいい居場所だと、思う。

　数斗さん達と一緒にいるのは。

　真樹さんも、ついさっきも、癒したいと強く願って、泣いてくれた。
　新一さんも、心から心配してくれて、考えてくれている。
　大切にしてくれる人達だ。

　頼って甘えて、楽しく笑って過ごす。
　大切にして、大切にする。
　大事な絆――――。


「そ、そうだ！　甘い物！　甘い物でも食べておこ？　ケーキ？　あっ！　シュークリーム！　シュークリーム好きなんだよね？　カスタードの！」
『数斗情報！』
「買ってくるね！」
「グスン、すみま、せんっ」

　少し落ち着いたところで、真樹さんが甘い物を食べようと言い出して、車から降りた。

「謝るなって。すみませんじゃなくて、ありがとうに変換しとけ」
『数斗がオレンジソーダ買ってたから、ナナハネの好きな飲み物なんだろうな』
「オレンジソーダでいいか？　飲み物も買ってきてやる」
「ずみません」
「言った矢先！　わざとか！」

　新一さんも真樹さんを追いかけるように、コンビニへ入って行く。

　……私の好きな物。数斗さんを通じて筒抜けすぎ。

「数斗さん、本当に、すみません」
「七羽ちゃん。謝らないでって」
「でも、私……数斗さんを都合いい時だけ、恋人だって……グス、紹介して……」

　鼻を啜って、二度目の謝罪をする。

「それは構わないって。俺は嬉しいって言ったでしょ？」
「……私……思ってたんです」

　涙を拭い続ける数斗さんの手に、自分の手を重ねて握り締めた。

「…………数斗さんは、想いを込めて、好きって、言ってくれるのに……私、いつも、勢い、任せで、言ってて……」

　すり、と数斗さんの手に頬擦りをする。

「私だけ…………やっぱり、甘えてる。ずるい、です」

　数斗さんに、甘えすぎだ。
　ちゃんと、想いを込めて、好きだって言えてもいないのに。
　利用ばっかしちゃって……。

『……可愛い。俺の手に頬擦り……可愛い。可愛すぎる』

　…………数斗さん。話、聞いてます？

「七羽ちゃんは、俺の気持ちをちゃんと受け取ってくれてたんでしょ？」
『俺は嬉しいんだよ』
「ちゃんと、俺の想いの強さを、理解してくれた上で」
『伝わっている。そして、受け取ってくれているんだ』

　頬に当てていた数斗さんの手の指が動いて、私の顎を滑るように撫でる。

『幸福感』

　熱い眼差しのまま。

「初めての恋人だ。まだわからないだけだと思うよ。俺の方が想いが強すぎて、七羽ちゃんはそれと比べちゃって、申し訳ないって思ってるんじゃない？　まだこれからだよ。始めたばかりだから」
『俺だけが幸福感を覚えてはいけないな。七羽ちゃんも、自覚してほしい。俺の愛で幸せになれると言ってくれたんだ。その愛で、幸福感を覚えて』

　数斗さんの愛。
　感じている。私は、幸福だ。
　愛されているのだから。

　でも、やっぱり。一方的は、ダメだと思うから。
　まだまだ、全然足りない、と。

「じゃあ、明日、デートしようか？」
「え？　……でも、明日は、休めないって」

　明日、私が休みでも、数斗さんは仕事を休めないと、沈んだ声で言っていた。
　だから、朝まで歌ったあと、家に帰って気が済むまで寝て、私は休む予定だったのだ。

「午前中に終わらせる。だから、今から行くホテルで部屋を取って、七羽ちゃんは午前中は休んで、俺の仕事が終わった午後からデートをしてくれないかな？」
「デート……」

　初めてのデートの申し込み。

『七羽ちゃんに、何度言ってもらおうかな。好きって』

　初めてのデートで、私は何度も好きと直接言わないといけないらしい。
　えっ、ええっ……。そのデート。どこまで耐えられるかな。

「俺とデートしてくれますか？」

　私の手を逆に引き寄せて、数斗さんは軽く指先に唇をつける。

「……はい。お願いします」

　こくり、と頷く。

　想いを強めて、伝え返すことが出来るのならば――――。



　デートをしましょう。初めての恋人さん。