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一目惚れの出会い編
21 強い想いの心の声が響く。(後半)
しおりを挟むまた助手席に乗れば、数斗さんは運転席に乗る。
私から家の住所を聞いて、カーナビに入力。それでゆっくりと車を走らせた。
数斗さんと車内で、二人きり。
なんの話をしよう。なんの話をされるだろうか。
「七羽ちゃんって、鞄を抱き締めるの、癖?」
『電車でも横とか足元には置かないで、膝の上に置くけど……車だと抱き締めてるんだよな。緊張? とは違う?』
数斗さんが指摘するように、私は車に乗っている時は、ついつい鞄を抱き締めている。
「はい……多分。ちょっと運転が荒かったりすると、怖くてつい……」
「え? 運転、怖かった? 高速だから、それなりにスピードは出したけど」
「数斗さんと新一さんは大丈夫ですよ! 友だちの彼氏の先輩は、ちょっと荒めで……。昔、車に乗せてくれた親戚も、ヒヤヒヤしちゃって、その癖ですよ」
焦った数斗さんに、他の人の運転が怖かったと言っておく。
車に乗る時は、シートベルトをしっかり締めて、鞄を抱き締めて耐える。それが癖になったのだ。
「そうなんだ……。気を付けるね」
『……鞄だとゴツゴツしちゃうから、ぬいぐるみとか、抱き締める用に、車に置いておこうかな。夜も抱き枕にしてるから、抱き癖が……。抱き癖、か……。七羽ちゃんの好きなキャラのぬいぐるみか……あ、この前の、肌触りよかったあのぬいぐるみとかどうかな? 七羽ちゃん、猫好きだし、ぴったりじゃん』
運転を慎重にしながら、数斗さんは私のことをひたすら考える。
なんでそんなに、私を想ってくれるのだろうか。
一目惚れから、加速して、増幅して、強くなった想い。
数斗さんのそれが、私に向けられる。
親友の新一さんと真樹さんも、優先して応援される恋路。
私の何がいいのか。
そう考え込むと、沢田さんの本性を暴こうとした数斗さんの言葉を思い出した。
「七羽ちゃん? 寝るのは我慢してね、もう少しだから」
「あ、はい。大丈夫です」
『ふふっ、眠そうな声だな。可愛い』
黙ってしまった数斗さんが、チラリと気にする。
確かに眠いけど、まだ眠ったりしない。……多分。
数斗さん。
一目惚れだと、心の声を聞いた時、確かに初めて目を合わせた瞬間だった。
そんな私の目を見て、心が綺麗だから、だなんて。さっき言っていた。
自分の心が綺麗だなんて、天使だなんて、神聖化したり美化なんて、する気はないし、小っ恥ずかしい。
本心だったのだろうか?
電話越しでその会話を聞いていただけから、心の声で本音は聞いていない。
「あの、数斗さん」
「ん?」
「私の目が綺麗に見えますか?」
「!」
顔を一瞬向けたけれど、数斗さんは前を向き直る。
『沢田との話のこと? 目は心の窓ってやつ……?』
「うん。綺麗だよ」
『心が綺麗だって。そこまではっきり言っておくべきかな……。沢田を挑発したためだけど、本心だって』
心が綺麗、か。
こんな風に、心の声を盗み聞きしているのに……。
そんな私が、本当に心が綺麗だと言えるだろうか。
「そうなんですね……」
『声が……沈んでる?』
「……」
「……」
『何か、声を』
「あの、そこを曲がってください」
「あ、うん」
言葉に迷う数斗さんに、気を逸らすように、声をかける。
「……私は……」
「ん?」
数斗さんの声は、優しい。
いつだって、私に向けられるのは、優しい声だ。
「私も、数斗さんの目が綺麗だって思います」
「えっ……あ、ありがとう。……照れくさいね」
「ですよね」
心が綺麗だ、って言われているのだから、照れくさい。同感だ。
「一目惚れって、直感的に好きになることを言うんでしょうか?」
「あー、んー。そうかもね」
『そうか……俺は、変な時に、一目惚れだって七羽ちゃんに明かしちゃったのか……。窓見てるから、七羽ちゃんがどんな顔して言っているのか、わからない』
焦りを滲ませる心の声を聞きながら、私は抱き締める鞄をギュッと握った。
「数斗さんの声、本当に優しいですよね」
「ああ、前に言ってくれたね」
「性格も優しい人だと思います」
「ん? あんなやり取りを見ても、そう思ってくれるんだ?」
「私には優しいですから」
冗談めいて、腹黒の正体を暴いたやり取りのことを持ち出しても、私は数斗さんの方を見ることなく、少し淡々と答える。
『褒められているのに……なんで……雰囲気がよくないんだろう。七羽ちゃん……?』
数斗さんの焦燥が伝わってきた。
「誰もが数斗さんを優しいイケメンだと印象を抱くでしょうね。心を許した相手には深い思いやりを与えてくれる、そんな優しい人だと思います」
「そう、かな……」
「モテるのも、しょうがないですよね。なんだか、数斗さんって完璧って感じですから」
「……うん」
『俺は……フラれるのかな。優しくて、完璧だから……自分に釣り合わない、だなんて。嫌だって言ったのに、そんな言葉で……フラれちゃうのかな』
重たそうな短い相槌。
釣り合わない。
その言葉に、身構えている。
『そんなに優しくないよ。拒絶が出来ない七羽ちゃんに言い寄ってるし。完璧って何。そんな出来た人間じゃないよ』
苦しげな声だった。
こんなにもつらそうな心の声は、今まで誰からも聞いたことない。
「あれが私のアパートです。手前までお願いします」
「あ、うん……」
『嗚呼、もう……着いちゃったのか』
のろのろと車は、私の暮らしているアパートの前に停まった。
「今日もありがとうございました。楽しかったです」
『嫌だな……嫌だ。俺を拒まないで。お願いだ』
「今日もごめんね、嫌なこともあって。次は……えっと」
『あ、次の約束……してない……どうしよう』
「いえ、本当に楽しかったですよ。遊園地も、飲み会も」
『だめだ。今行かせたら…………』
「そっか……」
シートベルトをカチャッと外して、顔を上げれば、運転席の数斗さんが、苦しげな表情を我慢したような無理矢理な微笑みを浮かべていることに気付く。
『――――俺、失恋で、死んじゃうな……』
ギュッと締め付けられて痛む胸。
……また、八方美人だ。突き放しきれない。
曖昧な態度なんて、だめなのに。だめだと思うのに。
「……あの、数斗さん」
「何?」
「行きのサービスエリアを出た時に思ったのですが……」
「朝の時? 何を?」
なるべく自分のつらさを隠して、優しく微笑む数斗さん。
「……数斗さんの運転する姿、かっこいいなぁ、と」
「!」
目を見開く数斗さんから、ぷいっと火照る顔を背ける。
「数斗さんは、本当にとっても素敵な人だと……思います」
『”とっても素敵な人”……”相手がとっても素敵なら、頑張って釣り合う努力はしたい”って言っていたけど、それのこと?』
あ。すぐに気付いてくれた。
「えっと……そのぉ……それだけです。じゃあ、また、誘ってくださいね」
『!』
「おやすみなさい!」
ちゃんと次もある。そう思ってくれていい。
私はドアを開けて言い逃げしようとしたのだけれど、右手を掴まれてしまい、車を降り損ねた。
「待って、七羽ちゃん」
『行かないで』
「……もう少しだけ……」
『お願いだ』
「話さない……?」
『あと少しだけでもいいから……一緒にいたい』
ギュッと、握り締められる手。
懇願する眼差しは、縋りつくような心の声と一致していた。
心臓が、バクバクしている。
片腕で、キツいくらい、鞄を抱き締めた。
「……あし、た…………は?」
私はやっとその声を絞り出す。それだけが、限界だった。
熱くなりすぎて、残っていた酔いが、思考を鈍らせている気がする。
それとも、身体の疲労のせいかも。
『明日……会ってくれるってこと? 俺と、二人で?』
「……実は、俺も二連休なんだ」
『少し、期待して、七羽ちゃんと同じ日に、休みを取ったんだ。あ、でも……七羽ちゃん、疲れてるはずだから……休むための休みの日だからな……どうなんだろう』
「その……疲れて、寝過ごして、なければ……連絡、します……」
『……会ってくれるんだ?』
数斗さんの掴んでくる手が、少し滑ると、私の指先を握り締めてきた。
期待をしていると、示すような手付き。
『その恥ずかしそうな赤い顔……可愛い。いい方に、期待、していいんだよね……?』
「わかった……じゃあ、明日。待ってる」
「は、はい……おやすみなさい」
「うん……おやすみ。七羽ちゃん」
すーっと肌の上を滑って、ゆっくりと手が離れた。
コクリと深く頷いて見せて、足早にアパートの階段まで向かう。
『好きッ!!!』
そんな声が響いて、思わず、びくぅううっと震え上がった。
ちょうど階段の壁で死角になっているけれど、数斗さんの車はまだそこにあるのだろう。
心底、驚いた。
今まで心の声は、強弱はあれど、あんな大音量に聞こえたことはなかったから。
いや、大音量に聞こえてしまうくらいに、強い心の声だったのかな。
想いの強さ。
家へと駆け込んだ私は真っ先に手洗いうがいをするために、洗面所に向かった。
ペッと口に含んだ水を吐いたあと顔を上げれば、耳まで真っ赤な顔の自分がいる。
ドキドキ。
高鳴る心音。
パジャマに手早く着替えて、ベッドにダイブした私は、眠気に負ける前に、新一さんに【無事帰りました、おやすみなさい】のメッセージを送ってから、泥のように沈んで眠った。
好きだなんて、強いくせに、優しい声。
いつまでも、頭の中に響いていた気がした。
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