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一目惚れの出会い編

01 一目惚れだと心の声で知る。

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 感受性豊かで感傷的。楽しい時も嬉しい時も、元気に笑う。機嫌が悪くなればむくれるし、悲しければ泣く。

 成人を過ぎても私は、自分自身が子どもっぽくっ見えて嫌だった。大人になれきれていない自覚があって、コンプレックスだった。身長は百五十三センチで止まってしまった上に、顔立ちもあか抜けない感じで、お酒を買おうとすれば必ず年齢確認をされてしまう。


 そんな私に新しいコンプレックスが、最近加わってしまった。

 感受性豊かなせいか、他人の感情を察知しては俯く人生だった。それがいきなり、他人の心を読む能力に開花。

 これ、ただの妄想だったら、どうしよう。病院コワイ。

 そう最初はガクガクと震えて耳を塞いでいたのだけれど、このままではコンプレックスに押し潰されて死んじゃうって、前向きになる努力をした。

 人は心の中でも、些細な愚痴を溢す。
 私に向けられた悪意ではない、と必死に聞き流す努力をした。
 人ごみは、なるべく避ける。大音量で音楽を無理して聞いているみたいで、気分が悪くなってしまうから。

 友だちの些細な心の声に傷つくこともある。今まで以上に俯いてしまいたくもなるけれど、自分の欠点の指摘だと思って、変えられるところは変える努力をした。

 昔、誰かが「他人は思うほど自分を見ていない」と言っていたけれど、私が思っているよりも、他人は私を見ていた。

 だから、心を読む能力が目覚めてからというもの、精一杯、外見を整える努力をした。
 時にはアドバイスさえも聞こえてくるものだから、それってとっても利点だと思った。

 子どもっぽすぎ、だとか、もっと大人っぽい格好しろ、だとか、友だちの評価は辛辣。
 かといって直接アドバイスを求めても、今のままでいいよー、と嘘をつかれてしまう。
 あまり周りの声に従いすぎてはだめだ、と学んだ。

 失敗して、反省して、私はそれでも上手く生きていこうとした。
 お洒落を楽しんで、前向きになる努力をして、以前よりも自分が好きになれた。


『あの子最近チャラくなって、うざい』


 でも、やっぱり、友だちの辛辣な心の呟きは、グサリと刺さる。

 その日、友だちと映画を観る約束をしていたけれど、待ち合わせ場所で珍しく先に来ていた友だちに近付くと、私の悪口が聞こえてきた。
 私は回れ右をして、友だちに具合が悪くなったからドタキャンを許して、とメッセージを送りつけて逃げる。

 お一人様で、レストランに飛び込んだ。

 空いている時間でよかった。
 声が少なくって、助かる。テーブルに突っ伏して、泣くことを堪えた。

 茶髪のセミロングを軽く巻いて、前の方に下ろしている。ゴールドの粒のピアスが見えるように、サイドの髪は耳にかけた。
 白いニットは肩部分に控えめな穴が開いているデザインで、ハイネックとゴールドチェーンのネックレス。短パンと黒のニーソと、白と黒のブーティ。
 今日のために、頑張ったお洒落…………はぁ……。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。……前向きになろう!

 前向きになるために呪文を唱えて、顔を上げる。
 注文したパスタを食べていたら、後ろのテーブルにいる人達の声が聞こえてくる。
 チラッとだけ見たけれど、歳の近いかっこいい感じの男三人組だった。

「かーのーじょー、ほしー」

 そう声を伸ばすのは、私のすぐ後ろの席に座っている男の人。大学生みたいな若さ。
 しかも、心の声も重なっていて、本音をだだ漏れさせていた。

「コンパしよ、コンパ」
「俺はカノジョいるから」

 優しい声の男の人が、不参加だと答える。

「そういうの、セッティングしてから誘えよ」

 少し冷たい口調の人が返す。

 なんだか微笑ましい。
 人付き合いが上手くなかったから、男友だちは今現在いなくって、こういう話は新鮮で、ついつい聞き耳を立ててしまう。

「そんなー、強がちゃって。シンちゃんだって、カノジョほしいくせにー」
「その呼び方やめろ。蹴るぞ。いらねーし」
『絶対蹴ってやる』

 ”大学生”さん、気をつけて。
 ”シンちゃん”さんは、本気で蹴ろうとしてるよ。

「いいよなぁ、二人はモッテモテで」
「見境いなくモテたいだけなのか? カノジョほしいのか? どっちなんだよ」

 ”シンちゃん”さんが、苛立ってる。

新一しんいちは、真面目だなぁ。いつも真樹まきの面倒見がいい』

 優しい男の人の心の声が聞こえた。笑っている。

 素っ気ない口調でも、真面目に相談に乗ってあげているみたいだ。
 いいなぁ、男の友情。
 黒い悪口も聞こえてこない人達の会話はいい。傷ついた心が癒える。

「なんかこーう、すっごく可愛い子とイチャイチャしたい」
「外見的に?」
「心も身体も」
「お前は、相手に求めすぎ」

 真樹さんは、とってもいやらしいことを想像していた。
 こういうのは、いきなりだとギョッとしてしまうけれど、なんとか平常心を保つ。

「そもそも、心まではわからないでしょ、心を読める超能力でもなければ」

 優しい声の人の言葉に、ギクリとしてしまう。
 冗談でも、心の声が聞いている私の方は、バレたかとヒヤヒヤしちゃう。

「いやいや会った瞬間、ピーンってきたりしない? 目が会った瞬間に、わかっちゃう感じ」
「そんなおとぎ話みたいなこと、ないでしょ」
「バカなの、真樹」

 能力があるからこそなんだけれど、この三人は本音で話していて、聞き心地がいい。

 盗み聞き癖がしっかりついてしまって、いけないな。
 もうやめて、姿勢を正すと。

『可愛いといえば……』
「可愛いといえば、真樹の後ろにいる子は?」

 わ、た、し!?

 声を潜め始めたけれど、聞こえてしまった。

「え? どんな子? 見てないや」
「新一がナンパすれば?」
「おれは、別に……。真樹が欲しいんだろ」

 ガクガクと、震えてしまいそうだ。
 電車の中や街を歩いていると、男の人の評価も聞こえてくる。
 ナンパの話題にされるのは初めてで、軽くパニクった。
 いや、落ち着こう。本気とは限らない。

「一人だし、声かけようか?」

 真樹さんったら、乗り気。

「待ち合わせかもしれないよ?」

 優しい声の人、その調子でやめさせて。

「確認しなよ」

 新一さん、お願いやめてっ。

 これは逃げるが勝ち。上手く対処する自信ないから、私は横に置いた鞄を掴んだ。

 そうしたら、立ち上がる前に誰かが立ちはだかってきた。

 後ろの三人ではない。
 別の二人組の男の人がいる。金髪に染めていて、大きめなピアスやブレスレットにネックレスがじゃらじゃらと派手。
 怖くて、身体を強張らせる。

「一人でしょ? 一緒にいい?」
『うわ、童顔可愛い。モノにしたい』
「い、いえ、私はもう」
「おごるからさ、ね」
『押しに弱そうー、チョロいな』

 固まっている場合じゃない、逃げるんだ、私!

 立ち上がろうとしても、一人が前を退いてくれず、もう一人が伝票をとってしまう。

 ひぃい。
 小柄な私には、押し退ける力も度胸もなくって、逃げられなかった。

「そう身構えないで、おれ達、仲良くなりたいだけだから」
『怖がってる顔もかっわいー』
「自己紹介から始めよう?」

 ひぃい、心の声が気持ち悪っ!

 褒められることは嬉しいけれど、照れるし恥ずかしい。
 でも、これは怖い。

 にこにこと笑いかけてくる彼と目を逸らすと、こっちを見ていた真樹さんと目が合ってしまった。
 明るめに茶髪に染めているけれど、このナンパさんほど派手じゃない。

『あ、目が合っちゃった……助けてあげるべきかなぁ。でも、おれのことも怖がりそう』

 ぜひ助けてください!
 でも真樹さんは決めかねているみたいだったから、私は思い切って、ある手段に出ることにした。

「あ、あれ!? 真樹くん? 久しぶり!」
「えっ?」

 知り合いのフリをする!
 当然、真樹さんは私を知らないから、戸惑った。

『ええ? 知り合いなの? と、とにかく知り合いなら、助けやすいや……名前は、名前……』
七羽ななはだよ!」
「ナナハちゃん! 久しぶり!」

 真樹さんはノリの良さを活かして、私に合わせてくれる。

「一人じゃないので、ごめんなさい!」

 きっぱりと断ることができたので、伝票を奪い返して席を移動する。空いていた真樹さんの席に座った。

『んだよ、知り合いがいるとか最悪』
『もう少しだったのに』

 全然もう少しじゃなかったです。

 彼らが去るまで、私は俯いた。
 次の問題は、知り合いのフリをしてくれた真樹さんだ。もとい真樹さん達だ。

『やっべー。全然、この子のこと思い出せねー』
「……すみません。さっき、名前が聞こえたので、咄嗟に……ごめんなさい、巻き込んでしまって……」
「え。知り合いのフリしたの?」

 必死に思い出そうとしてくれる真樹さんに白状すると、彼の向かいの席にいる黒髪の新一さんが驚いた声を出す。

「本当に割り込んですみません。おかげで助かりましたっ! ありがとうございます! ……もう行きました?」
「あー……ん、まだ店で会計してる」
「もう少しいた方がいいんじゃない?」

 真樹さんも新一さんも、見てくれた。
 意識を向けて、彼らの目を通して見れば、本当に先程のナンパさんはお会計中だった。
 こういうことも出来るのよね。人の見ているものを、見る。ちょっとコツがいるけど。

 優しい声の人が何も言わないな、と思って、伏せていた顔を上げる。


 そこには、美しい人がいた。

 明るいグレージュに染めた髪を右寄りにセンター分けした清潔感ある髪型で、美人と表現したい整った顔立ちの男性だ。優美な雰囲気で、魅力的。


『――――あ。一目惚れした』


 ポカンとしてしまう。
 間違いなく、こちらを見つめてくる、優しい声の人の心の声のはず。

 え? ええ? なんて?
 今、私に、一目惚れって……?
 いやいや、そんなわけない。だってこんなにも美人な男性が、私に一目惚れなんてするわけがない。

 聞き違いだろう。

 …………心の声を、聞き違うなんて……今までなかった、よね……?

「あ、あの。本当にありがとうございます」
「いいって。怖かったっしょ? てか、よくおれと知り合いのフリをしようと思ったね。びっくりだわ」
「すみません……会話が聞こえてしまって。微笑ましいだなんて思ったので、いい人達かなって……先程の人達よりは、と」

 けらりと真樹さんが笑い退ける隣で、苦笑を零す。
 でも、真樹さんは得意げに鼻を高くした。

「まぁ、見る目あるよね。おれも助けようか迷ったから、よかったよ。あっ、おれは真樹。って知ってるか。でも、改めて、戸田真樹とだまきって言うんだ。ナナハちゃんだよね、珍しい名前だけど、なんて字?」
「私は、古川七羽こがわななはです。数字の七と飛ぶ羽のハで、ナナハです」
「七羽、ちゃんか。これも何かの縁だし、よければ、友だちになろう? 連絡先、教えて」

 えっ。

 真樹さんに自己紹介を返すと、向かいの優しい声の人が、自分の携帯電話を差し出した。
 画面には、私の名前がすでに入力された連絡先登録のものが、表示されている。

『え!? 数斗が、自分から初対面の女の子に、連絡先を!?』
『どうしたんだ、数斗のやつ……?』

 カズト、という名の優しい声の人の行動に、二人が戸惑いの心の声を出す。
 にこっ、と笑いかけるカズトさんに、私は固まって目をパチクリさせた。

「え、えっと……」
『警戒されてるな。いきなりすぎたか。でも、逃したくない』
「俺は、竜ヶ崎数斗りゅうがさきかずと。漢字は、これだよ」

 カズトさんは、自分の名前が表記された画面を見せてから、また入力するようにと、携帯電話を差し出してくる。

 い、今……”逃したくない”って、言ったけど……な、何故?

「えっと、でも、そのぉ……」
「ん?」
『可愛いなぁ。俺の外見だけに食い付かないなんて、ますます良い。あ、それとも、軽薄なナンパにしか思えないかな……元々、警戒心が強い? でも、俺達に助けられて、ホッとはしてるし……』
「もしかして、俺のこと、怖いかな?」

 ちょっと寂しげな笑みを浮かべるから、ギョッとしてしまう。

 可愛いな、なんて心の声に気を取られてしまったが、慌てて携帯電話を受け取る。

「い、いえ! 助けていただいたのに、怖いだなんて思っていません!」

 シュババッと携帯電話の番号を入力。
 そして、差し出して返す。

「あ、ごめん。生年月日も入力してくれないかな? 七羽ちゃんは、何歳?」

 何故か、また差し出されてしまった携帯電話。

「あ、ハイ。こう見えても、21歳です」
「あれ? てっきりまだ未成年かと思っちゃったよ。ごめんね」
「いえいえ、あか抜けない童顔なので、慣れっこです」

 へらりと笑いながら、生年月日も入力。
 再び、差し出し返す。

『いや、ホント、数斗、どした!? てか! カノジョいるじゃん! 何やってんの!? いや、でも、例の如く、迫られて根負けで付き合ってるだけだから……別れて、この七羽ちゃんに乗り換える気?』

 焦った真樹さんの声を聞いて、ハッと私も思い出した。

「あ、あのっ! 先程聞いてしまいましたが……竜ヶ崎さんは、カノジョさんがいるのでは……」
『あ。そこも聞こえちゃってたのか……』
「うん。そうだけど、友だちだから。いいでしょ」
『すぐに別れるってメッセージ送ろう。あ、先に七羽ちゃんと、メッセージ繋がらないと』
「七羽ちゃん、メッセージアプリ入れてる? あ、あった。承諾してくれるかな?」
「あ、は、はいっ!」

 混乱の極みながらも、携帯電話がピコンと鳴るので、アセアセとアプリからの友だち承諾をして、早速メッセージが来たのでそれを確認。

 【苗字じゃなくて、名前で呼んで。それから、俺の連絡先も登録してね】

 メッセージで、名前呼びを要求された。
 しかも、携帯番号と生年月日まで送り付けられてしまう。

 グ、グイグイくる……!


 
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