漆黒鴉学園

三月べに

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6巻

6-3

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 私は、私を想ってくれるヴィンス先生と桃塚先輩に向き合って、答えを出さなければいけない。そしてどちらかを見つめて、黒巣くんに対して抱いた感情と同じものが芽生めばえるのを待とうと思った。
 ねぇ、黒巣くん。ありがとう、ずっと私を助けてくれて。好きという感情を抱かせてくれて。
 ありがとう。
 その一言だけでも伝えたくて振り返る。
 あかねいろの光の中、黒巣くんの姿をとらえたと同時に、私の意識は途切れてしまった。


 目を覚ますと、ヴィンス先生が私の横で眠っていた。
 視線を上下左右に動かしたら、天井とカーテンが目に入ってきて、ここが保健室だとわかる。
 どうやら私は倒れてしまったらしい。多分、さっきまで一緒にいた黒巣くんが運んでくれたのだろう。でも、その彼はいなくて、代わりにヴィンス先生がいる。しかも、何故か同じベッドで寝ている。
 何がどうなってこうなったのでしょうか。
 まだ起き上がる元気は出ないけれど、ずいぶん長く眠っていたのかもしれない。だからヴィンス先生もこうして眠ってしまって――

「……?」

 そこでふと気付く。純血の吸血鬼には、睡眠が必要ない。つまりヴィンス先生は眠らないのだ。だから、目の前にあるのは寝顔ではなくて、ただまぶたを閉じた美しい顔。

「何をなさってるんですか、ヴィンス先生」
「添い寝、ですね」

 ヴィンス先生は目を開け、微笑んで答えた。確かに、その言葉の通りです。

「いけませんね、音恋さん。チョコを食べるように言っておいたはずですよ」
「……すみません。今日は食べ忘れてしまったのです」

 起き上がった彼の手には、見覚えのある箱が載っている。彼の血が入った生チョコだろう。これを食べれば、私の体調は回復する。
 私は起き上がり、そして目眩めまいに襲われた。ヴィンス先生が私の背中に手を添える。

「食べればよくなります。口を開けてください」
「ん……」

 いつもならその甘さにうっとりするはずなのに、体調が悪いせいか気持ち悪いと感じてしまう。けれど、元気になるためには必要。良薬口に苦し、ということです。
 ヴィンス先生はもう一切れ食べさせようとしたが、限界なのでやめてほしいという意思を伝えるため、彼の手首を掴む。するとヴィンス先生は箱をシーツの上に置いた。
 じっと、宝石のような瞳で私を見つめ、親指で私の唇をぬぐうようにでる。

「……柔らかいですね」

 ヴィンス先生は、そっとささやいた。
 黒巣くんへの想いが、ヴィンス先生を拒んで痛みを生む。この痛みがなくなる日は来るのでしょうか。
 でも、黒巣くんへの気持ちを隠すために彼らを利用することだけはしたくない。

「ヴィンス先生」
「何でしょうか?」
「告白の返事、いつまで待ってもらえますか?」

 甘い香りに包まれたまま静かに問う。
 ほんの少しの沈黙のあと、ヴィンス先生は「貴女の心が決まる時まで」と答えた。

「いつまでもお待ちしております」

 ぎゅ、とヴィンス先生は力を込めて私を抱き締める。

「……いつまでも」

 もう一度、彼はささやいた。
 その愛にこたえられるかどうか、ちゃんと考えて答えを出すので、もう少しだけ時間をください。
 しばらくしてから、ヴィンス先生は不意に私を解放してベッドから下りた。服の乱れを直している。
 その時、保健室の扉が開いた。そこに立っていたのは黒巣くんと、養護教諭の笹川仁ささがわじん先生。

「暗くなる前に、気を付けて帰ってくださいね」

 ヴィンス先生は私に生チョコの箱を手渡すと、微笑みながら出ていった。黒巣くんと笹川先生が中に入ってくる。

「黒巣くん、運んでくれてありがとう。迷惑をかけてしまってごめんね。笹川先生も、夏休みなのにどうもありがとうございます」

 二人に頭を下げて感謝を伝えた。

「音恋ちゃんなら、いつだって大歓迎だ。でも、無理しちゃ駄目だぜ?」

 気さくに笑う笹川先生にもう一度お礼を言い、黒巣くんと一緒に寮に戻った。

「黒巣くん、ありがとう」
「さっきも聞いた。ちゃんと休めよ」

 黒巣くんは素っ気なく返事をして、さっさと行ってしまった。


 翌朝はいつも通りの時刻に起きて、ラウンジに向かう。先客は桃塚先輩で、元気に挨拶あいさつをしてきた。

「おはよう、恋ちゃん!」
「おはようございます」
「昨日、倒れて運ばれたんだって? 大丈夫……?」
「はい。もう大丈夫です」

 誰から聞いたんだろう。
「よかった」と笑みを浮かべる桃塚先輩を見てから、彼にも言わないといけないことを思い出す。いったん手にした茶碗とはしを置いた。

「桃塚先輩」
「んぅ?」

 呼べば、おかずを口に運んでいた桃塚先輩が、きょとんとした顔を向ける。

「お返事は、いつまで待ってもらえるでしょうか?」
「……」
「告白の返事です。少し、時間をもらえませんか?」

 さっき、ヴィンス先生は、いつまでも待つと言った。桃塚先輩は、どれくらいだろう。
 首をかたむけて考える素振そぶりを見せた彼は、しばらくしてから笑顔で言う。

「一学期一緒にいた分、考えてほしいな」
「……一緒にいた時間と同じくらい、ということでしょうか」
「うん。そして比べてほしいんだ。一学期の僕は、恋ちゃんにとって〝お兄ちゃん〟だったでしょ? でも、これからの僕は〝君のことを好きな異性〟だ。どっちの僕がいいか、答えてほしい」

 桃塚先輩の声は明るかった。告白してくれた時と同じトーンだ。

「わかりました。それで、正確には何日間でしょうか?」
「えっ、そんなに細かく答えなきゃ駄目?」
「はい。できれば時間単位で教えてほしいのですが」
「えっ!? お、大まかでいいんじゃないかな? えっと、四ヶ月くらいとか」
「私は几帳面なんです。何日間プラス何時間何分何秒か、細かく決めてください」
「ええー!?」
「冗談です」

 少しあわてた様子の桃塚先輩にいつもの台詞セリフを言ったら、「もうっ」と言いつつも笑ってくれました。


 朝食を済ませたあと、部活に参加した。

「部長。ここ最近、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。もう大丈夫です。練習に参加させてください」

 ちょうど私抜きで稽古が始まろうとしていたから、江藤えとう部長のところまで行って頭を下げる。
 部長は眼鏡越しに私をじっと見たあと、丸めて肩に載せていた台本で部員達のいる方を指した。

「文化祭までそんなに日数があるわけじゃない。これからはしっかりね」

 許可が出たことにホッとし、急いで皆のもとへ向かう。そしてまずは、迷惑をかけたことを詫びた。「気にしなくて大丈夫」と、優しい言葉を皆が返してくれた。
 練習は、私も登場するシーンから始まった。今まで不調だったのが嘘みたいに、すんなりと台詞セリフが出てきて、身体もちゃんと動く。
 今までできていたことが、問題なくできる。身体が思い通りに動く。
 当たり前だと思っていたことがもう一度できるようになって、とても嬉しい。練習が終わると部長も顧問の三吉みよし先生も笑っていたから、思わず小さくガッツポーズをする。本調子に戻れました。


 それからは完全に調子を取り戻し、部活も順調にいった。
 翌日には約束していた通り黒巣くん達と遊びに行き、夏休みの新しい思い出もできた。
 他にも、夜の学園に忍び込んで花火をしたり。誘ってくれたのは草薙先輩で、参加したメンバーはサクラと黒巣くん、それから緑橋くんと橙先輩。
 その日、サクラは橙先輩と肩を並べていた。草薙先輩の部活の応援にも行ったらしいのだが、彼との関係にはあまり変化がないようだった。
 夏休みも満喫したし、文化祭に向けての準備も順調。告白への返事や自分の気持ちの整理もゆっくりとしていくと決めて、落ち着き始めていた。
 ――と思っていたのに。
 二学期が近付くにつれて、再び悪夢にうなされて目を覚ますようになってしまった。



 第二章 はぐれ吸血鬼


   七話 始業式


 悪夢を見て飛び起きた。

「……ハァッ、ハァッ……」

 朝日が差し込む部屋を見回して、ただ夢を見ただけだと自分に言い聞かせても、まだ心臓がドクドク音を立てている。
 夢だ。ただの夢。私はもう一度自分に言い聞かせて、右手をぎゅっと握り締めてから深呼吸する。
 夢の中で最初、私は揺りかごの中に横たわっているような心地よさを味わっていた。安らぎのひとときだったが、それは突如一転する。
 てのひらに突然真っ赤な血が広がったのだ。前世で血を吐いて息絶えた記憶がよみがえり、赤いてのひら以外は何も見えなくなって終わる。そんな悪夢だった。
 九月一日、新学期初日に見る夢にしては、あまりにもひどい内容だ。
 なるべく考えないようにして、登校の準備に取り掛かった。夏用のセーラー服を着てから、髪をとかす。
 シルバーネックレスに鍵がついているのを確認してから、服の下にしまった。アメデオの心臓にかけている鍵で、これが彼を眠らせているのだ。
 それからラウンジに顔を出したけれど、桃塚先輩はいなかった。始業式の準備のために、早めに登校したのでしょう。
 今日は朝練がないので、私はいつもの席で一人ゆっくり朝食を食べた。そのあと、寮の玄関で待ち合わせしていたサクラと、クラスメイトのユリさん、森田もりたさんと合流して校舎に向かう。

「おっはよう、ネレン! あれ? 何か疲れた顔してない?」
「おはよう、サクラ、ユリさん、森田さん。大丈夫、怖い夢を見ただけだから」
「聞いて聞いて、ネレン! 留学生が来るんだって!」

 ユリさんが興奮した様子で言った。

「そうなの?」

 留学生が来るなんて、ゲームのシナリオにはなかったのに――
 性別も学年もまだわかっていないというのに、ユリさんと森田さんは「イケメンだといいね!」とはしゃいでいた。


 その留学生が、私達一年B組の一員になるということは、HRホームルームで知ることになった。

「それでは皆さん、HRを始めます。まずは今日からこのクラスの仲間になる留学生を紹介します」

 ヴィンス先生の隣には、白みがかった金髪にオッドアイの少年が立っている。皆と同じ夏の制服を着ていて、ヴィンス先生にもおとらないほど容姿端麗ようしたんれい。皆、彼の美しさにざわめいている。その雰囲気だけで、彼が何者かわかった。
 ――純血の、吸血鬼だ。
 私に近付くのが目的で教師になったヴィンス先生はともかく、突然他の吸血鬼が入学してくるなんて、非常事態に決まっている。
 私の不安をよそに、彼の自己紹介が始まった。

「ルーマニアから来ました、リュシアン・モルダヴィアです。仲良くしてください……と表向きは言うべきかもしれませんが、あいにくれ合うのは嫌いなのでボクに構わないでください。よろしく」

 うるわしき留学生のリュシアンは、金髪を揺らして首をかたむけ、笑顔で毒を吐いた。


 うっとりと彼を眺めていた生徒達は唖然あぜんとし、教室に沈黙が訪れる。衝撃的な自己紹介になったようです。

「それでは、リュシアンくんはあの席に座ってください」

 ヴィンス先生は優雅に微笑み、これまで通り淡々とHRを始めた。
 だけど、私の心は不安でいっぱいだった。
 そしてふと、キャンプから帰る車の中で、ヴィンス先生が私に「リュシアンという名前に聞き覚えはあるか」と尋ねてきたことを思い出す。
 もしかしたら……アメデオと同じように、私のせいでリュシアンはここにやってきた? だとしたら、また大切な人達が危険にさらされるかもしれない。
 謎の留学生に動揺を悟られないようにしつつ、ヴィンス先生に真相をくチャンスを待った。
 HRが終われば、次は体育館での始業式だ。リュシアンが教室を出たのを確認してから、急いで教壇に立つヴィンス先生のもとに走る。

「ヴィンス――、ヴィンセント先生……質問があります」

 愛称で呼ぼうとしたら、手で制された。何を質問されるか、わかっている顔だ。
 サクラ達には先に行くよう、目で伝えた。サクラもリュシアンが吸血鬼だと勘付いているようで、心配そうな顔をしつつ教室を出ていく。
 二人きりになった教室で、ヴィンス先生は顔をくもらせ、ため息をつきながら言った。

「キャンプ中、彼は私に会いに来ました。ルーマニア出身の二百歳になる吸血鬼で、同じ種族の私が教師をやっているからこの学園に関心を抱き、生徒になることを希望したのです。本当は断りたいところでしたが、そうすることで私の〝弱点〟に気付かれ、何か問題が起きても困ります。理事長に許可をいただき、留学生として入学させることにしました。生徒会の皆さんも事情を知っています」

〝弱点〟とはつまり、ヴィンス先生が私を好きだということ。

「どうせ、人間との生活にはすぐに飽きるでしょう。東間紫織とうましおりが来た時の練習だと思ってください」

 東間紫織――それは、ヴィンス先生のかつての恋人・東間ゆかりめいにあたる女性で、最強のハンター。そして、ヴィンス先生にうらみを抱き、命を狙っている。叔母おばである紫が命を落としたのはヴィンス先生のせいで、いつか彼に復讐ふくしゅうしろと、生まれた時から一族に教え込まれてきたからだ。
 ヴィンス先生が私を好きだと彼女に知られれば、彼の命を仕留めるために私が狙われる可能性もある、とヴィンス先生は恐れているのだ。

「あくまでただの教師と生徒のフリをするようにお願いします」
「はい……わかりました」

 ルーマニアから来た純血の吸血鬼のままを、皆で受け入れてあげることにした、ということらしい。

「少しだけの辛抱です。さあ、始業式に出ましょう。遅れてしまいますよ」

 ヴィンス先生は手を伸ばし、軽く私の髪をでてから背中を押した。私はうなずいて、ヴィンス先生より先に体育館へと向かう。
 アメデオのように、私が原因でここにやって来たわけではない。それがわかってホッとした。
 始業式では、生徒会長として壇上で挨拶あいさつする桃塚先輩を見て、入学式のことを思い出す。同じようにこうして桃塚先輩を見上げながら、私は前世の記憶を思い出したのだった。
 そこから、すべてが始まったのだ。
 この世界が、この学園が、乙女ゲームの舞台だと知りつつも、前世よりいい人生を送り、長生きすると決めた。最近、悪夢が続いていたうえに予期せぬ留学生が現れ、つい不安になってしまったけれど、きっと杞憂きゆうに終わるはず。
 一学期以上に高校生活を楽しもう。楽しいことがたくさん待っている。
 絶対に、前世のような結末にはしない。今朝の悪夢のように、自分の血を見て死ぬようなことだけは避けてみせる。絶対に……


 二学期初日は、授業も部活もない。クラスで文化祭の出し物に関する打ち合わせをしたあと、下校となった。
 サクラと一緒に寮に帰ろうとしたら、校門でクラスメイトを見つけた。――いや、正しくは待ち伏せされていた。

「あなたが宮崎音恋さんですね。学年で一番頭のいい生徒だと聞きました。あなたに教えていただきたいことがあるのです。他の生徒にも質問してみたのですが、今時の高校生は頭が悪すぎて、要領を得ない答えばかりで疲れてしまいました」

 学園の生徒を見下す発言をサラリとしながら、リュシアン・モルダヴィアは笑いかけてきた。
 サクラからは他の友だちと遊ぶ約束があることを聞いていたから、先に帰るようにうながす。彼女は「でも、ネレン」と心配してくれたけれど、「大丈夫」と言って送り出した。

「おや、友人を先に帰すということは――」
「あなたが純血の吸血鬼だということはわかっています」
「そうか。君は、この学園の秘密を知っているのですね。なら話が早い。最近、何か事件は起きていませんか? 失踪事件や変死事件……この学園の生徒が被害にった、あるいは学園の近辺で発生したことはないですか?」
「事件、ですか? 学園の生徒に失踪者や変死者が出たとは聞いたことがありません」

 何故そんなことをくのか、理由がわからず私は首をかしげた。

「風紀委員や生徒会の手によって守られている学園ですから、ここは安全な場所だと思います」
「そのようだ」
「気になるなら、風紀委員に直接いてみてはどうですか?」
「ふふ。銀弾を常備している危険な連中に、みずから近付くほどバカだと思うかい?」

 見下した眼差まなざしを向けられてしまった。だけど、弾丸を撃ち込まれても死なないのが純血の吸血鬼だ。吸血鬼を倒せる唯一の武器は私が首から下げてある鍵だけど、この場で言うべきことではない。

「それでは質問を変えましょうか、宮崎さん。あなたは、アメ――」
「どうかなさったのですか? 宮崎さん、モルダヴィアくん」

 リュシアンの質問は、背後から聞こえた声にさえぎられた。振り返れば、いつの間にかヴィンス先生が私のすぐ後ろにいた。

「人間への暗示や吸血行為は禁止されています。ルールに従う約束をしたはずですよね」

 ヴィンス先生は、リュシアンをきっと見据みすえてとがめるように言った。

「暗示も吸血もするつもりはありませんよ、ヴィンセント先生。宮崎さんとお話をしているだけです」

 リュシアンは、にこやかに返した。でも、ヴィンス先生の表情はけわしいままだ。

「気を付けて帰ってください、宮崎さん」
「はい……さようなら」

 ヴィンス先生にうながされ、私は頭を下げてからその場をあとにした。二人の様子が気になって振り返りたい気持ちもあったけれど、妙な印象を与えてしまうとまずい。胸騒ぎを覚えつつも、歩き続けました。


   八話 隠し通す


 音恋は気付いていないが、夏休み中、彼女を寵愛ちょうあいする神・シヴァは、黒巣の前に現れて助言をしていた。リュシアン・モルダヴィアという純血の吸血鬼がこの学園にやってくると。そして、音恋を傷付ける存在だから気を付けた方がいい、とも。
 黒巣は急いで生徒会メンバーと風紀委員を集め、ヴィンセントを問い詰めた。同じ純血の吸血鬼である彼なら、すべての事情を知っていると考えたからだ。
 果たして、その読みは当たっていた。
 ヴィンセントいわく、リュシアンはアメデオを探しにルーマニアからやって来て、キャンプ中にひっそりヴィンセントに接触していた。そして、情報を集めるため学園に通うつもりなのだという。
 そのため彼らは、音恋と桜子に知られずに、この問題を解決する方法はないかと話し合った。

「だから! ネレンから鍵を預かってアメデオにトドメを刺せばいいじゃないか! アメデオが死ねば、リュシアンだって諦めてすぐに帰るだろ!」

 橙が声を荒らげて言ったが、笹川仁は静かにそれを制した。

「駄目だ。そんなことをしたら、紫織にすべてを話さないといけなくなる。そしたら、ヴィンセントの弱点が音恋ちゃんだとバレて、危険が及ぶかもしれない」

 ハンターである東間紫織は、一年前からアメデオを仕留めようと試みていた。
 その紫織に対して仁は、アメデオが音恋をさらったことや救出にヴィンセントが関わったことを伏せたうえで、「偶然見つけたアメデオを俺が眠らせて預かっている」と話してあった。紫織が現在追っている別の標的を仕留めて日本に戻ってきた時、トドメを刺せるようにと。
 それなのに勝手にアメデオを殺してしまったら、何か裏があるのでは、と紫織が探りを入れてくるかもしれない。その結果、ヴィンセントの弱みが音恋であると発覚し、彼女に危険が及ぶ恐れもあるのだ。

「けどせめて、鍵を預かるだけでも!」

 音恋の持つ鍵がアメデオに繋がるものだと知れば、リュシアンは彼女を傷付けてでもそれを奪おうとするかもしれない。
 音恋の身を案じる橙は食い下がったが、黒巣がそれを抑えた。

「そんなことしたら、宮崎さんは異変に気付きますよ。リュシアンは、ヴィンセント先生のクラスに入ることを希望してるんですよね? それってつまり、純血の吸血鬼が宮崎さんのクラスメイトになるってことです。彼女に死ぬほど怖い思いをさせたアメデオと同じ種族がね」

 黒巣は髪をクシャクシャとかき回しながら、苛立いらだちを顔に出した。

「宮崎さんがどんなに強がっていても、アメデオを探し求める吸血鬼が教室にいたら、あの時の恐怖がよみがえって動揺してしまう。そこをリュシアンに狙われるかもしれません。姫宮さんは嘘がド下手ですし、やっぱり二人とも知らない方が安全なんです。何とかして、二人には隠し通しましょう」
「リュシアンの入学を拒否することは、どうしてもできないんですか?」

 ヴィンセントにそう尋ねたのは赤神だ。ヴィンセントは腕を組んだまま答える。

「難しいでしょうね。彼はアメデオの足取りを追い、この学園が関係していると踏んで私に入学の仲介を頼んできたのですから。どんな手を使っても、入学しようとするはずです」

 桃塚が、不安げな表情で口を開いた。

「リュシアンは、アメデオの友達か何かですか?」
「わかりません。アメデオの交友関係までは、私も把握していませんので……。ただ、リュシアンはルーマニアから来た二百歳の吸血鬼だと言いましたが、それは疑わしい」
「どういうこと?」

 体育教師で風紀委員顧問の雪島ゆきしままゆが、顔をしかめて言った。

「モルダヴィアという名を、聞いたことがないのです。それほどの年齢であれば、かなり強い血統の出身であるはずですが……」
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