漆黒鴉学園

三月べに

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本編その後

魅惑の夜会ー5

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 アメデオは夢の中で踊ったことを思い出して微笑んだ。
 霞むゴールドのダンスホールで、"月の光"の曲に合わせて踊った。美しい夢の思い出。
 相手は、今と同じ。
 アメデオが髪をくるりと巻いた髪型と、鮮やかな青いドレスで着飾った音恋。
 飾り終えて、アメデオはダンスをしようと提案した。頭の中で流す曲に合わせて、リードする。
 時折、音恋が長いスカートに躓きそうになるが、それをカバーしてアメデオはステップをする。
 音恋も同じくあの夢を思い出して、微笑みを溢す。アメデオは嬉しくて、笑みを深めた。

「あれが最後だと思ってたんだけどねー」
「……私も」
「こうなると知ってたら、夢の中だけでも……」

 クルリ、と音恋を回すとアメデオは抱き寄せると言葉の続きを言った。

「キスしたのにな」

 魅惑的な顔を近付けるが、音恋に掌で顎を掴まれて、アメデオは押し退けられる。

「殴られたいのですか」

 いつもの無表情に戻った音恋が言う。

「ちょっと。ドレスを汚さないでくれよ」

 不意に隣の部屋から、リュシアンの声が聞こえた。

「さっきから盗み聞きしてるのかよ」

 アメデオは文句を言いながら、目の前の音恋を軽く抱き締める。ドレスを汚さないためだったが、音恋を力一杯抱き締めたい衝動にかられた。音恋の香りを吸い込み、落ち着くために息を深く吐く。

「貴方だって、さっき盗み聞きしていたくせに。漆くんに嫉妬して、またいじめないでね」
「嫉妬? なぁんのこと? そりゃ、恋ちゃんとラブラブしてると奪いたくなっちゃうけどぉ」
「私じゃなくて、リューくんのこと」

 アメデオは目を丸めて他所を向いて、動揺を隠した。しかし、すぐに笑みを浮かべる。
喜んだ微笑みを隠すように、音恋の頭の上に顎を置いた。

「ほーんと。初めて君が笑ってくれた夢の中で、キスすればよかったなぁ……」

 そう本音を告げた声は、笑みを隠し切れていない。
 アメデオの心情を見抜いている音恋に、心地よさを感じてギュッと抱き締めたくなる。

「ねぇ。今からでも、連れ去ってもいい?」

 そっと、耳元で囁く。

「いいえ、だめです」

 音恋はきっぱりと一蹴した。アメデオが顔を確認すれば無表情だったが、すぐに吹き出したように笑う。
 夢の中を思い出した。
 アメデオは笑い返す。
 そこで隣の部屋で着替えていた黒巣が戻ってきた。
 寄り添うように微笑みあっていた姿を見るなり不安を顔に浮かべたのを、アメデオは見逃さなかった。

「じゃあオレ達も着替えてくるねー」

 音恋の髪型を崩さないように頭を撫でてから、部屋を出る。その際に、黒巣に向かってにんやりと笑ってやった。
 黒巣を逆撫でして、アメデオはすぐにリビングで着替え始める。二人がいる部屋に聞き耳を立てたが、口論はしていない。アメデオは残念がり、唇を尖らせた。
 髪を掻き上げてセットしながら、呟く。

「オレも随分丸くなったよなぁ……」

 欲しいならば、奪う。手に入れたいなら、掴む。欲しいものを手に入れようと、がむしゃらに手を伸ばした。そんな生き方をしてきたのだ。
 宮崎音恋を欲しても、奪わない。奪えない。強引に手を伸ばして、傷をつけたくない。

「……リューちゃぁん?」

 一人言について触れてくれないリュシアンを振り向いてみると、既に着替え終えたリュシアンが窓辺で険しい顔をしていた。
 手には新聞を持っている。

「なんかいいニュースでも書いてあんのー?」
「グールだ」

 リュシアンはアメデオに目もやらずに新聞を投げ渡した。
 アメデオは受け取ると、ソファーに腰を下ろして見る。
 ロンドン新聞には、動物に切り裂かれた死体が見付かったと記されていた。これで三件目。

「グールだねー。片付けておく? 恋ちゃんと漆くんは、引き寄せる匂いしてるしね」

 吸血鬼の血で怪物化した人間の末路、グールの仕業の事件。人間の血が混じったモンスターは、他のモンスターを引き寄せやすい。
ロンドン旅行を台無しにされる前に、始末しようとアメデオは提案した。

「いや、ハンターが退治したはずだ。……ハンターがいる、そちらの方が気掛かりだ」

 窓からロンドンを見下ろして、リュシアンは呟く。

「何故?」

 音恋の声に、アメデオとリュシアンが振り返る。着飾った黒巣と音恋が肩を並べて立っていた。
 アメデオから新聞を受け取り、音恋は読むと首を傾げる。

「私がグールを作った吸血鬼だと、間違えられるということ?」

 的外れな推測をする音恋を、アメデオとリュシアンは吹き出した。

「違うよ、恋ちゃぁん。日本と違って、火葬しない海外には、まれにグールが埋葬されていることがあるんだよ。何かの拍子でグールが這い出て、夜中だけ人を襲う。ほとんどはハンターが片付けるよ。日本なら疑うけど、海外なら昔の産物で片付けちゃうから、犯人だって疑われたりしない」

 アメデオは笑いながら音恋を自分の膝に座らせようと手を引く。しかし、黒巣が割って入って阻止した。

「心配なのは、遭遇して揉めてしまうことだ。手練れのハンターなら、君は避けきれないだろう? 君は不死身じゃないからね。弾丸一つで死ぬ。もしもの事態を真似かねないハンターが君の近くにいると思うと、心配でならないよ」

 リュシアンは見張るように横目でロンドンを眺めながら、淡々と告げた。

「ま、吸血鬼の夜会に乗り込むようなハンターはいない。遭遇するわけがないが、漆くんは絶対に目を放さないように」
「……おう」

 にこりと微笑むと、さらりとリュシアンは黒巣にプレッシャーをかける。黒巣はひきつりながらも、頷いておく。

「恋ちゃんはトラブルメーカーだし、念には念を警戒した方がいいよねー」

 アメデオが黒巣をケラケラと笑いながら言うと、音恋が指先でアメデオの頭を小突いた。

「トラブルメーカーは貴方達の方ですっ」
「……」

 音恋からのお叱り。ムッと唇を尖らせて膨れた表情をした音恋は、可愛すぎると感じてアメデオは口元を緩ませた。

「なに笑ってるの?」
「んー? べっつにー」
「トラブルを招くのは貴方の方だから」
「んー、ごめんねー」
「反省の色が見えませんけど」

 ご機嫌な笑みを浮かべていたアメデオだったが、音恋の瞳に心配の色を見付けてきょとんとする。
 それはアメデオがハンターの指名手配されていた吸血鬼だからだ。今は笹川仁とリュシアンのおかげで、いわば仮釈放中。ハンター全員がそれを認めているわけではない。アメデオも安全ではないのだ。
 そんな心配がくすぐったくなり、アメデオはやはり口元を緩ませた。
 引き寄せたかったが、勘でも働いたのか、黒巣が先に音恋を引き寄せてアメデオから離す。ぷいっと顔を背けるが、黒巣は音恋から手を離そうとしなかった。
 黒巣の反応が可笑しすぎて、ついついいじめたくなる。
 アメデオはニヤニヤとしながら見上げた。

「鴉をディナーにする前に、夕食を済ませよう」

 リュシアンも黒巣をからかう発言をしてから、夕食へ急かす。
 ムスッとする黒巣と腕を組んで、音恋は一緒に歩き出した。


 ホテルの三ツ星レストランでディナーを済ませてから、近くの会場へ。
 既に着飾った吸血鬼達が、酒を片手に談笑をしていた。一階ホールから、すぐに手入れの行き届いた中庭がある。そこは結婚式にも使われることが多い、美しいガーデニングが施されていた。だがしかし、吸血鬼達はガーデニングなど視界に入れもしない。自分の誇る容姿と地位の話で夢中だ。
 そんな吸血鬼達に、存在感を示す。注目しろ、と命令するように、圧倒的な妖気を放つ。
 リュシアンは最年長の吸血鬼。どんな吸血鬼もモンスターも捩じ伏せられる。アメデオもリュシアンに敵わずとも、強い。そんな二人の妖気に当てられ、吸血鬼は身を低くした。
 艶めく白金髪をオールバックにして、惜しむことなくオッドアイを晒すリュシアンは、きっちりと着こなした背広姿。
 そんな二人に手を引かれて会場に足を踏み込んだのは、鮮やかなロングドレスと白いファーのボレロを纏う音恋。黒い巻き髪が包み込む顔は見目麗しい白い肌で、静かな黒い瞳が宝石のように魅惑に惹き付けた。
 吸血鬼であり、人間である。ハーフの新生者である音恋は、決して弱くない。教えられた通り、妖気を放ってそれを示す。
 それが音恋の夜会デビュー。
 彼女は我々の連れだ、と示したリュシアンとアメデオは、最後に白い手袋に包まれた音恋の手の甲に口付けを落として離す。
 あとは音恋の後ろに立つ、黒巣に渡した。風に靡かせたように黒髪をオールバックにした黒巣は、場違いな異種でも何食わぬ顔で音恋の手を引く。
 見せ付けるように出した黒い翼で、黒巣はともに歩く音恋を包んだ。

「ふふん♪」

 満足しているアメデオは鼻唄を漏らす。
あらかじめ万が一に備えて、バルコニーへ出られる扉にいるようにと打ち合わせをしていた。視線を浴びながら、四人はそこへ向かう。

「……音恋……さん?」

 聞こえてきた声は、アメデオのご機嫌の笑顔を壊した。
 前方に立つのは、驚いて目を見開く白金髪を青いリボンで束ねて、気品よく肩に垂らした見目麗しい青年。ヴィンセント・シルベルがいた。


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