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番外編
誕生日
しおりを挟むぐるぐる回るメリーゴーランドに乗り、皆で写真を撮った。そのあとに少し遅いランチ。
談笑したあとに、紅葉ちゃんに誘われるがままにジェットコースター巡りをした。
黒巣くんも緑橋くんも付き合ってくれたけど、後半はうんざり顔。
でも緑橋くんと美月ちゃんは、目を合わせる回数も多く目的通り親しくなれたみたいだ。
ジェットコースターに乗り疲れた頃に、もう帰ることにして最後に観覧車に乗ることになった。
当然の流れで、二人で一組。私達は最後に乗った。
「疲れたね」
「あぁ……すっごくな」
迎えに座る黒巣くんは、ぐったりして横の壁に頭を凭れる。
「全部付き合わなくてよかったのに」
「はぐれたりしたら面倒じゃん」
嫌々ながらも黒巣くん達は、ジェットコースター巡りに最後まで付き合ってくれた。
男のプライドでしょうか。あんなに乗ったのだから途中で根を上げてもよかったのに。
「緑橋くんと美月ちゃんは仲良くなれたみたいだね」
「ああ、そうだな。お化け屋敷から出た時は、手繋いでた」
「美月ちゃん、やんわりと積極的だから。惹かれてるって素直に認められたら、進展すると思う」
ゆっくりと景色が上がる。ほんのり暗さを纏う空と街が見えた。
緑橋くんには最初外見で惹かれたから、美月ちゃんは躊躇している。けれども親しくなっていけば、外見以外で惹かれるところに気付けるはずだ。
そうしたら紅葉ちゃん達の協力はいらないでしょう。
「今頃なに話しているんだろうね」
「さぁな」
密室で二人きりになった二人は何を話しているのかな。
想像してみようとしたけれど、無理だった。
こんな高い場所で話すことは、景色のことくらいでしょうか。
私と黒巣くんは、話題が出ずに沈黙した。
近い距離で、密室で、二人。
なにか話題はないかと景色を眺めたあとに、黒巣くんに目を向けてみればこちらを見ていた。目が合った瞬間に、黒巣くんは背けて景色に目をやる。
流石にこの中でにらめっこをしたら気まずい。
私はこのまま一周するまで黙ってても苦じゃないけれど、黒巣くんの方は耐えられないでしょう。話題を考えてみた。
「……宮崎」
「なに?」
「文化祭さ、両親は体育祭と同じく欠席?」
「ううん、私の舞台があるから絶対に来るって」
「ふーん……」
黒巣くんから口を開いたから、見てみるけれど彼は外を向いたままだ。
「……あれは。あれ」
「?」
「だからさ……」
黒巣くんは言葉を探すように詰まりながらも、私に何かを問おうとした。
「桃塚先輩との偽恋人関係。続いてるわけ?」
「……うん」
「なんで?」
「……先輩に告白されて、考えてるところなの。今学期一杯は考えてほしいと言われたから」
「…………へぇ」
桃塚先輩について問われて、罪悪感にチクリと刺された。
普段は違うけれど、両親の前では偽の恋人だ。誤解されたくなくて、私は正直に話した。
黒巣くんは興味がないような態度をするものだから、少し怖くなる。目の前で、気持ちが冷める瞬間なんて見たくない。
少し、沈黙になる。これは苦痛な沈黙だ。
「宮崎」
「うん?」
「好きな人って誰?」
黒巣くんはまた問う。
私の好きな人は誰か。
薄々気付いているくせに、私の口から聞き出そうとする。黒巣くんだと口にすれば、私に応えてくれるのだろうか。
「君こそ……好きな人は誰?」
私は同じ質問を返す。
やっと私と目を合わせた黒巣くんが目を丸めた。
「君が答えられないなら、私も答えない」
今日の黒巣くんはとても私に優しく柔らかい態度で接してくる。
でもまだ。黒巣くんが私を選ぶと言ってくれないなら、私も言えない。
黒巣くんは答えてはくれなかった。私だとは、言ってくれなかった。私を選ばないということでしょう。
「……まぁ、アンタが誰を想っても、成就は確実だよな。前は攻略対象者が好きになりそうだって言ったし、あの中なんだろ」
俯いて二人のブーツを見つめていたら、黒巣くんが口を開いた。声音には嘲笑が含まれているように感じたのは、自意識過剰か。
或いは今"攻略対象者"なんて言葉を出されてしまったせいか。
「神様も望んでるし誰とでも幸せになるだろうけど、やっぱり一番はアンタが偽恋人に選んだ桃塚先輩だよな。まっ、アンタなら選り取りみどりだけど。優しいし人気者だし、アンタに夢中だし、実家は超金持ちだし、幸せは保証されたも同然だよな。包容力あるし面倒見もいいし、絶対にアンタを幸せにしてくれるだろうし、お似合い……の……」
鼻で笑いながらベラベラ喋っていた黒巣くんは、途中で言葉を止めた。
私が、泣いているから。
それが黒巣くんのいつもの悪態だと言うのはわかっている。
でもその言葉は傷付いた。
黒巣くんだから、傷付く。
好きな人だから、傷付く。
まるで私を選ばないと遠回しに言われたようだった。
薄々私の気持ちに気付いているくせに、黒巣くんではなく桃塚先輩を選べと言われているようで、涙が溢れてしまう。
黒巣くんの言葉に喜んだり安心したりするけれど、怒ったり傷付いたりもする。無頓着の私でも、好きな人に言われてしまっては、酷く傷付く。
告白する前に、酷いフラれ方をしてしまったようだ。
「み、みや」
「そうだよ、選り取りみどりだよ。私が誰を想っても、確実に両想いになれる。神様のおかげで、幸せにっ、なれる……」
腫れてしまわないように指先で涙を拭うけれど、次から次へと溢れてきてしまって止まらない。
黒巣くんの声を遮り、気丈に返そうとしたけれど、余計苦しくなってしまい俯く。
「ち、ちがっ」
「どうしてなの……っ」
今日はずっと、優しかったのに。
ずっと柔らかい態度で、接してくれていたのに。
掌を返したみたいに、拒絶するみたいに酷い言葉を言うの?
私を選ぶ気がないなら、もう優しくしないで。
胸を高鳴らさないで。
子どもみたいな笑みを向けないで。
「宮崎っ、ごめ」
「黙って」
黒巣くんが謝ろうとしたけれど、聞きたくなかった。
早く、早く。
地上に着く前に泣き止んで何事もなく振る舞わないと、美月ちゃん達に迷惑がかかる。
楽しかった一日を私の泣き顔で台無しにしたくない。
「もう黙って。お願いだからっ」
「……っ」
謝りたいのはわかってる。
でも今は黙っていてほしい。また悪癖が出ないように、口を閉じてほしい。
黒巣くんは黙った。
地上に着くまで、彼が動くことはなかった。息を止めてしまったみたいに、ただ目の前に座っている。
私は一度も黒巣くんの顔を見ずに、涙を拭いて必死に平然を作った。
「あれ、音恋ちゃん。涙目?」
「疲れて眠くなっちゃった。帰ろうか」
二人きりの空間から抜け出せば、先に降りて待っていた紅葉ちゃんに気付かれる。動揺せずに肩を竦めて私は答えた。
「黒巣くん?」
「別に。眠いだけ」
紅葉ちゃんの前を横切ったあとに、後ろで黒巣くんと会話しているのが聴こえる。ぶっきらぼうな声だ。
帰りは疲労と眠気を理由に、美月ちゃんの肩に凭れて目を閉じて談笑に加わることを避けた。
黒巣くんとは一度も目を合わせなかったし、口も聞かなかった。
「ねぇ、音恋ちゃん」
電車を降りて寮に帰る道を歩いていたら、最後尾にいる美月ちゃんに袖を引かれた。
「黒巣くんと喧嘩しちゃったの?」
「……なんで?」
「黒巣くん、電車の中で時々音恋ちゃんを見て苦しそうな顔をしてたから」
首を傾げて穏やかに訊いてくる美月ちゃんは、気遣ってくれている。
乗車中、黒巣くんの視線が向けられていたことはわかっていた。謝りそびれたんだ。
黒巣くんは謝りたいと思っているだろうけれど。
どうしても、向き合いたくない。
「ちょっと……口論しちゃっただけ」
私はそれだけ答える。
楽しかった一日は、悲しみで終わってしまいました。
黒巣くんの悪癖をきっかけに、今度こそ心の整理をしようとした。登校しても、彼と目を合わせることなく避けた。
様子がおかしいと気付いた草薙先輩に、気持ちを告げろと背中を押された。後悔してしまわないように。
その矢先、黒巣くんが謝ってくれた。このまま距離が離れてしまうのは嫌なのだと、反省して涙をこぼしながらも謝ってくれました。
それから、黒巣くんは誕生日に伝える約束をしてくれました。
きっと平穏が戻ってくるであろう私の誕生日にーー私を選んでくれる。
けれども、文化祭が終わった翌日、堪えきれなかったように、告白してくれた。
私はずっと勘違いしていた。黒巣くんが中学時代から想っていたのは、私だった。私は、私に恋している黒巣くんに恋をして、そして私自身に知らずに嫉妬してしまっていた。
黒巣くんはただ一途に、私へ不器用な優しさと気持ちを注いでくれていたのでした。
私も堪えきれず、想いを告げようとしたけれど、先に返事をしなくてはいけない人達がいるから待ってもらった。
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そして、迎えた誕生日は、幸せでした。
起こりうる最悪は乗り越えて、たくさんの人達におめでとうと祝ってもらえて、心から嬉しかったです。
黒巣くんにも、ちゃんと言葉にして想いを伝えられました。
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