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一章 家出編。
15 新しい魔法。
しおりを挟む森は先程とは違い、清らかさを感じる。
精霊が元気になった証拠なのだろう。
「ルーシは後ろに控えて」
「え? なんで」
「加護をもらった以上、ペリミント様の支配下を燃やすわけにはいかないわ」
「おい、主。オレがむやみやたらと火を放つとでも思ってんの? 心外」
「ルーシったら」
「冗談」
火が得意なルーシには魔法を使ってもらいたくないことを、あらかじめ伝えておく。
「でも、主。毒を浴びさせる魔獣って言ったら……植物系じゃね?」
「植物系魔獣」
ルーシの言葉を聞いて、クエスチョンマークをたくさん浮かべてしまった。
それから想像したのは、人食い植物である。毒も吐く。
「レベル6のパーティーを壊滅させたのならレベル7以上……毒を吐く魔獣と言えば、植物系が浮かびます。吐く毒は微毒ではありますが、引っ掻かれると致命的な毒です」
毒を吐いて、毒の引っ掻きをする植物系魔獣。モーリスの情報で想像しようとしたが、無理だった。
「ボクも後ろに控えていい? 毒耐性はないや」
「ラムも、そうね……」
ガザガサと左右の茂みから、何かが駆け込んでくる。
飛び出したそれを、ソーイとモーリスが切り裂いた。
死体は、ちょうどスフィンクスのような毛のない猫型の魔獣。体長は一メートルってところだろう。
「毒耐性なんて持っている人いる?」
そもそも、毒耐性を持っている者はいなかった。
「毒を吐くのよね? 土属性のガーラドで壁を作って、上から風属性のソーイで仕留める。それでどうかしら、通用する? モーリス」
私はすでに魔獣の姿形を予想出来ているモーリスに確認してみる。
「火属性魔法を封じるのなら、それがいいでしょう」
モーリスは賛同した。次は指名した二人の意思を確認。
ガーラドとソーイは、頷いてくれた。決まりだ。
「……空気が変わったわね」
「そうですね。これは……腐った臭いでしょうか」
私が独り言のように溢すと、ソーイが答えた。
その通り。植物が腐ったような、そんな悪臭が鼻を刺激する。
これは、毒の臭いだろうか。それとも魔獣の悪臭。
周りの木々も、どんよりと葉を垂らしている気がする。
開けた場所に出た。恐らく、毒のせいで枯れてしまった木々が葉を散らしてしまったから、そう見えているだけ。
中心には、大きな大きな図体の魔獣がいる。
円になった口をあんぐりと開けたまま、獣らしく牙が整列していた。うねうねとツタを動かす様は、人食い植物だ。
毒を吐くためなのか、一度口を閉じた。
「ガーラド!」
私が名を呼べば、ガーラドはすぐさまドンと地面を踏み付け、目の前に壁を生やす。見えなくなったが、べちゃっという音を耳にする。毒を吐く動きという予想は、的中したようだ。
ソーイに攻撃してもらおうと思ったけれど、すでに生えた壁の上にいて、攻撃を仕掛けていた。
荒ぶる風で、私の髪もワンピースも靡く。
少し耐えていれば、ソーイがストンと着地した。
終わったのかと問う前に、ガーラドが壁を崩す。
見るも無残な萎れた植物の残骸があるだけ。
レベルの高い私達の敵ではなかった。
「んーじゃあ帰る?」
「あ、ちょっと待って」
「?」
ルーシが言い出すけれど、私は止める。
「終わるまで、周囲の警戒をお願い」
それを伝えてから、ちょうど魔獣の残骸の前に立つ。
ここが中心だ。毒の影響で、枯れた木々の中心部。
まずは水。周囲を水浸しに出来るほど大きく、頭上に作り出した。
「“ーー淀みも汚れも、清浄であれーー”」
それから毒消しの魔法をその水にかけて、毒消しの水に変える。
私や周囲を警戒してくれているラム達が浴びないように調節して、降らせた。仄かに光る水が、ビシャンと枯れ木の地に注がれる。
もちろん、これだけでは、枯れた木が治るわけではない。
ここからが、本番だ。
「よし。いくわよ」
初めて木属性の魔法を使う。
鬱蒼とするほど、木の葉を生やした木々。
それを想像しながら、魔力を地面から周囲に広げた。
さっき注いだ水を感じ取れば、楽に浸透していく。
レベル10の木属性魔法だ。枯れた木を元の元気な木に治すことくらい出来る。
顔を上げれば、清らかな木洩れ陽を溢す木々に変わっていた。
「わぁー! リディー様すごい!」
「ひゅー。すげぇ」
「これは、エルフにも出来ないでしょうね」
「流石です」
「……」
感心しては褒めてくれる一同。ガーラドは無口である。
水属性と光属性と木属性の魔法を行使したから、少々魔力が足りない。
そんな私を守るように固まって歩き、精霊ペリミント様の元に戻る。
動物達の姿はなくなっていた。けれども、精霊はいる。
「あーりーがーとー!!」
到着するなり、迎えてくれたペリミント様は、私に抱き付いた。
「毒に侵された木のみんなまで、治してくれてありがとう! リディーちゃん、いい子! わたしじゃあ毒消し出来なかったから、危うくそのままになるところだった! 本当にいい子! いい子いい子!」
流石、この森の支配者。把握していたのか。
「あ、いえ、加護をもらった者として、当然のことをしたまでです」
「礼儀も正しいなぁ!」
片腕で抱き締められ、もう片手で頭を撫でられる。
「それでは、私達はこれで帰らせていただきます」
「もう帰るの?」
「はい。シゲルの街の住人も、厄介な魔獣がいなくなったことを知りたいでしょう。早めに報告したいと思います」
「そっかぁー……」
離れてくれたペリミント様に、そう答えておく。
長期戦を想定していたけれど、あっさり解決してよかった。
「じゃあね、リディーちゃん達!」
すずらんのピアスを揺らしながら、ペリミント様は手を振ってくれる。
私もラムも、手を振り返して、教えてもらった方角へと進んだ。
迷いの深い森だけれど、一度も迷うことなく、出ることが出来た。
「ガーラド、ソーイ、お疲れ様」
「はい、ありがたきお言葉」
「ありがとうございます」
わ。ガーラドが喋った。
「ボク、何も活躍出来なかったなぁー」
ぼやくラムが、右手を出して一つ、二つと指を折り始める。
「森に探索するだけで金貨が十枚、精霊に会えたら五枚、魔獣討伐は相談……って言ってたよね。金貨十五枚もらってぇ、あと何枚かなぁ?」
「七、八枚……程度でしょうかね」
報酬の金貨の話か。
ラムとモーリスの話を聞きつつ、分け前をどうしようかと考えた。
均等に分けられる報酬だといいなぁ。
「どこに泊まる? この前、泊まった宿で部屋を取る?」
「そうですね」
もう陽が暮れて、空は赤色に染まり始めていた。
宿はこの前、私が目覚めた時に部屋を取った宿だ。
「飯は、ヤドリギって店にしようぜ! あそこはどれも絶品!」
「報酬をもらった頃にはもう混んでいるかもしれないけれど、ルーシがそこまで言うなら」
夕食時だから、混みそう。
でも食事を取らないわけにはいかない。
昼は抜いてきてしまったから。
「ご飯! ご飯!」とラムも乗り気だ。
「では、こうしましょう。ルーシとラムが先に食事のテーブルを取り、私とリディー様でギルドに報告をし、ソーイとガーラドは宿の部屋を取る。そしてヤドリギ食堂で集合にしましょう」
モーリスの提案通りにすることにした。
街についてから、三つに分かれる。
ギルドに入った私とモーリスを見付けたギルマスことジャックさんは、驚きで目を丸めた。
「驚いた! もう済んだのですか? どうぞ、こちらへ」
また二階の部屋に通されたので、ついていく。
まずは精霊と会って、毒に侵されていた精霊を癒し、元凶の魔獣を討伐したことを報告した。
私が一通り話し終えると、向かいに座るジャックさんが手を組み、深刻そうに考え込んでいたから、首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「……いえ、討伐の報酬は相談と言いましたよね」
予想より少なくされてしまうかと、不安が過ぎった。
「こんなにも早く解決してくれたので、上乗せして、金貨十枚でよろしいでしょうか?」
まさかの逆パターン。
「本当に助かります。ありがとうございます」
「いえいえ、冒険者として仕事をこなしただけですので」
にこやかにお礼を受け取り、ジャックさんが金貨を持ってくるまで、部屋で待たせてもらった。
「分け前は均等に四枚ずつでいいかしら? 残り一枚は今日の夕食と宿代に回して」
「ええ、皆納得すると思いますよ」
笑顔のモーリスから、それが聞けて安心する。
「リディー様」
金貨を乗せたトレイを持って戻ってきたジャックさんが、おもむろに私の名前を呼んだ。
「はい?」
「実は、リディー様を……いえ、勇者レベルの冒険者が現れたと聞き、探しにきた者がいまして」
「私を、ですか……」
勇者レベルは私しかいないようだから、私を探しにきたのだろう。
「リディー様は素性を隠したい事情をお持ちのようなので、名前から容姿まで伏せさせていただきました」
「あ、お気遣い、ありがとうございます」
ペコッと頭を下げる。
「勇者レベルの冒険者に依頼をしたい件がある、ということでしょうか?」
「それならギルドで依頼を発注してくださいと申し上げたのですが、しぶりましてね。訳ありの様子だったそうです。マントを深く被っていて名乗らずに出直すと言って、出て行ってしまわれたそうです。恐らく、また明日訪ねてきますので、その際に引き止めておきましょうか?」
「そうですね……」
私は顎を摘むように手を添えて考えた。
依頼を発注出来ないような訳あり。どんな理由で私を探しているのか、わからない。モーリスを見ても、肩を竦められた。
「わかりました。明日、正午前には来ますね。その時に来たら、そうお伝えください」
「はい、そのようにお伝えしますね。この度は、誠にありがとうございました」
「いえいえ」
勇ましい体格のわりにとても礼儀を尽くしてくれるジャックさんにお辞儀をしてから、ギルドをあとにする。
モーリスの案内で、ヤドリギ食堂に行けば、ルーシとラムはど真ん中のテーブル席を取っていて、ソーイとガーラドもいた。
次から次へと運ばれてくる料理を平らげていく鬼族の従者達。軽く金貨一枚分食べたものだから、宿代はヘルサラマンダーの報酬で支払おうと考えた。
それにしても、こんなにも賑わった食卓は、転生してから初めてだ。
いや、転生前も、そういえば、寂しい食事をしていた。
団欒っていいなぁ。そう眺めて、食事を楽しんだ。
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