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一章 家出編。

11 光明と水の泡。(三人称)

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 一方、城を飛び出したスチュアート。
 王都ワストローの冒険者ギルド会館で、冒険者登録。
 対応した受付の男性は、ステータスの提示で彼が王族だとわかっても、眉一つ動かすことはなかった。プロに徹していたこともあるが、王都のギルド。貴族が遊びで登録してくるのは珍しくなかったのである。

「レベル6!?」

 驚愕したのは、スチュアートだ。
 予想よりも低いと驚いた。
 スチュアートも、貴族達が自慢する冒険者レベルが最高でもレベル6だと知っている。
 勇者の末裔である自分ならば、王族として教育を受けてきた自分ならば、勇者レベルのレベル9には届かずともレベル8にはなれるのではないか。
 そんな期待をほんの少し持って、鑑定玉に触れたのである。
 期待は、見事に裏切られた。
 スチュアートは知らない。リディーに比べて、甘い教育を受けていたことを。この先、知ることはないのだろう。
 受付の男性は、その反応に微動もせず「ライセンスを発行をしますか?」と確認する。たまにいるのだ。発行をしなくてもいいと言う貴族が。
 受付の男性は思う。

 ーーーーまた、勇者は現れずか。

 勇者王の末裔ですら、レベル6に落ちた。
 高い教育に費やした貴族の平均レベル。
 受付の男性は思い出す。

 ーーーーそう言えば、いつか勇者レベルが現れることを夢見て、この仕事に就いたんだった。

 その夢は叶いそうにない。
 勇者が現れることはもうないのだ。

「おい! ビックニュースだぞ!!!」

 そう声を響かせたのは、ここのギルドマスター。
 長身の男性で、頬の下に古傷があるが、二枚目の顔立ち。
 ワイシャツの袖を巻いた格好の彼は、ドンとカウンターを叩いて、その場のギルド職員と冒険者の注目を集めた。

「勇者様が現れた!!! レベル9の冒険者だ!!!」

 スチュアートの目の前にいる受付の男性は、目が零れ落ちてしまいそうなほどまん丸と見開く。
 リディーが生前好きだった漫画で描写するなら、飛び出ていただろう。
 ざわざわと騒然となるギルド会館。
 呼吸も忘れてしまった受付の男性は、慌てて息を吸うと、スチュアートの対応を忘れてギルドマスターに詰め寄った。

「名前は!? どんな人ですか!? 性別は!? 種族は!?」
「お、おおう、すまん。新人だってことしか聞けなかった。なんでもヘルサラマンダーの襲撃があったとかで、通信が切れたんだ」

 ギルドマスターは申し訳なく、自分の頭を摩る。

「どこですか!? 勇者は!」
「シゲルの街のギルド」
「隣街じゃないですか!!」
「クールなお前が、なんでそんなに怒るんだっ!?」

 ギルドマスターに思わず掴みかかる受付の男性。
 四方八方、ざわついている中、放置されたスチュアート。

「勇、者……」

 自分は勇者になれなかったが、勇者が現れた。

「光明だ!」

 これは自分に差し込まれた希望の光だと思えたスチュアートは、その勇者にライアクア家を倒してもらうと考える。
 スチュアートは知らない。それがリディーだと、知るはずもなく、シゲルの街に向かうために馬車で出発をしたのだった。



 一方、陽が暮れてライアクア家は絶望をしていた。
 厳密には、ライアクア家当主とその子息。

「二日目だぞ……何故、何故見付からない!?」
「最悪なことしか思い浮かびません……」

 王都中の友人の家を探し回ったが見付からない。
 リディーが命を断ったのではないのか。
 そんな最悪を想像してしまい、家に戻っていないかと帰ってきた二人は、リリィーからまだ帰宅していないと聞いて崩れ落ちた。

「大丈夫よ。リディーの手紙には捜さないでと書いてあるのだし、無理に捜すことないわ。家出なんだから、そのうち帰ってくるわよ」

 リリィーは、そう二人の肩を撫でる。

「何故そう冷静でいられるんだ、お前……」
「バカね。バカな王子を取られたくらいで、自ら命を断つほど傷付きやすい子ではないわ。自分の娘だもの、わかるでしょう?」

 微笑むリリィーが、最悪の想像を払拭した。

「しかし、手紙には何度も謝罪を書いて思い詰めていたようですが……」
「まあ、あの子、優しいから。私達の面目を気にしてるのでしょう」
「そうですよね、優しいですよね……そんな優しいリディーをフるとはっ!!」

 リディアックは、怒りを燃やす。

「それなんだけど、どうやらステイシー王妃達は婚約破棄に同意してなかったそうよ。だから、暗に攻撃をするなら息子だけにしてくれって言われたわ。王位継承権は剥奪ね」
「当然の報いです! それで今牢獄ですか!?」
「それが……逃げてしまったらしいのよ。王位継承権剥奪を聞いたあと、ショックで飛び出したとかで」
「「はぁ!?」」

 ラディアックもリディアックも、素っ頓狂な声を上げた。

「リディーもバカ王子も、どこに行ってしまったのかしらねー」

 リリィーは、呑気な声を伸ばす。

「リディーを捜索すべきなのか!? バカ王子を捜索すべきなのか!?」
「えっと……!」

 リディーの捜索か、スチュアートの捜索か。
 リディーの安否と、スチュアートへの報復を、天秤にかけてしまう。
 そんな二人を置いて、リリィーは思い出を振り返る。

「リディーは本当に優しい子だったわよね、昔から……」

 幼いリディーを脳裏に浮かべて、微笑みを溢す。

「“ライアクア家に恥じぬ立派な令嬢になります!”って言って、たくさんの稽古に励んでいたわね。小さな胸を張って、いつも元気に頑張ってた。それが婚約が決まると“立派な王妃になります!”に変わって、本当に頑張っていたのに……いたのに……」

 懐かしむ微笑みから一転、黒い笑みと変わり、下ろした美しい髪がうねる。

「その膨大な努力を水の泡にしたバカ王子にはーーーー水の泡になってもらわなくちゃいけないわね」

 メデューサのごとく髪が動く恐ろしげなリリィーの姿は、二人の目には映ってはいなかった。


 
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