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◯嫁に貰われるキャロット

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 実はあがり症だって打ち明けたのに、何故かその場で求婚されてしまった……!

 色香が……! 色香がすごすぎる……!!
 久しぶりに人前で赤面したこともあって昨日の婚約破棄を遥かに超える緊張に襲われて心臓が破裂寸前だったのに、色香で迫られて心肺停止寸前だ! 心臓の前に、頭が熱で爆発するかも!

「で、で、ですがっ、公爵様っ」
「キャロット。どうか、クローディオと呼んで?」

 すっごい距離詰めてきた!? 呼び捨てだし! 嫌じゃないから別にいいのだけれど、でも、でもっ!
 声が甘すぎて、痺れてくる不思議な感覚に襲われます!!

「く、クローディオ様っ……」

 声が上ずるけれど、そのまま言葉を続けないと! 話が進まない!

「私は公爵夫人を、つ、務めら」
「ああ、いいんだ。無理させない。だから安心して嫁いでくれ」

 え? む、無理させない? え??
 ど、どういうことかと瞠目してしまう。

「キャロットは無理してあがり症を隠して務められないことが心配なのだろう? ならば、無理しなくていい。
「え? ? え? で、でも、そんな、公爵夫人のお仕事をしないと、意味がないのでは」
「私の妻になる君は、ただ私に愛されればいいんだ。それがお仕事だよ」

 ふわりと微笑むクローディオ様は、甘い。なんというか、雰囲気が甘ったるすぎる。
 呑まれてクラクラしてしまった。
 いや、言っていることに理解が追い付かなくて、混乱を極めてもいるせいだけれども。

「キャロットは、私に愛される妻になることは嫌かい?」
「へっ!? ひえ?」

 反射的に、いえと否定したかったのに、思いっきり裏返った。

「それならいいじゃないか。私の元へ嫁いでおくれ」

 優しく笑いかけるクローディオ様は、やはり……甘い! なんて甘さなんですか!
 黒髪だから、なんというか、まるでチョコレートです!! チョコレートの甘さに似てます!!

「今まで頑張ってきた君のご褒美は、私の妻の座だ。とことん妻を甘やかす私の元へおいで」

 あれ。これ私、誘惑されていない?
 チョコレートのような甘さで、惑わされていない? 色香やべーですわ。
 身を引きたい私の隣に腰を下ろして、ギュッと両手で手を包み込むクローディオ様は離れてくれない。

「ところで、君のあがり症は他に誰が知っているだ?」
「え? あ、えっと……誰も」
「誰も? じゃあ私だけ?」

 驚いたように夕暮れ色の瞳を見開いたクローディオ様だったけれど、嬉しそうに顔を綻ばせた。
 うっ! なんて心臓に悪い笑顔なんでしょう! ズキュンと貫いてくるわ!

「ちゃんと明かしてお断りをしないとと思い」
「そうか、誠実だね。今まで一人で頑張ってきてえらいね」

 クローディオ様の手が、私の頭を撫でた。
 労われるなんていつぶりだろうか。それもあがり症を隠していることに対してなんて、初めてかもしれない。
 だから、じわりと涙がにじんできてしまい、ツンと鼻先が痛くなった。

「ああ、可愛いキャロット」

 可愛いキャロット!?
 かけられた言葉に驚く間もなく、ギュッと抱き締められてカッチーンと硬直した。

「もう大丈夫だよ。私がなんとかするから……君はただ身を委ねて?」

 ドロドロに溶かしたチョコレートのように絡みつく甘さ。
 妖艶な低い声が耳に吹きかけられて、やっぱりクラクラしてしまう。

 どうやら、私はクラクラしている間に、返事をしてしまったようで、満足げな顔をしたクローディオ様が「決まりだね」と言って放してくれた。

「キャロットは公爵夫人教育を受けるという名目ですぐに公爵家に移ってくれ」
「え! すぐに!? ですか!?」
「うん。その方がゆっくり出来るだろうからね」
「い、いえ、でも、私……昨日の今日ですし」

 新しい婚約者の元に移り住むってことでしょ?
 もっとほとぼりが冷めた頃に調節した方がいいのでは。

「君のことを理解した私の元に移り住んだ方が、絶対いいよ」

 私の手をまた取っては包み込んで、真剣に言い聞かせてくるクローディオ様に、な、なるほど……? と戸惑いながらも納得する。
 …………めちゃくちゃ流されていないかしら? 私。

「とりあえず、今日は君の部屋を用意させるから、チラッとこの家の君の部屋を覗かせてもらってもいいかな? それに合わせる感じで準備させるから」
「えっ、そ、そこまで気を遣わなくても」
「だめだよ。君に不自由をさせない。慣れ親しんだ場所でゆっくりしてほしいからね」

 そう言ってクローディオ様は私の手を引いて立たせる。これは私の部屋に案内すべきか。
 ちゃんと頬の赤みを引かせてから、エスコートをしてもらおう形で、私は廊下を出た。

「そうだ、今回の婚約破棄の件だけど、一体どういうことなんだい?」
「えっと……それは」
「第二王子の暴挙なのだろう? それを許したのは、第二王子を溺愛している王妃ってところ?」
「……あくまでわたくしの予想ですが、恐らくそうでしょう。両親があの直後に国王陛下と話をしましたが、国王陛下と王太子殿下から謝罪をいただけたそうです。慰謝料で手打ちという形になります」

 やれやれとクローディオ様は呆れたため息をつく。
 王妃が自分によく似た第二王子を溺愛していることは有名なのね、としみじみ思う。

「第二王子殿下はわたくしが優れていることが気に入らなかったようで、学園に通っている頃から拗れてはいました。王妃様は第二王子殿下を立てろと執拗に言ってきましたけれど、すでに嫌われていました。逆に、くだんのご令嬢は人を立てることに長けているようなので、次の婚約者にしたかったでしょうね」
「でも君がそれを阻止した」

 おすまし顔で淡々と語ると、隣でクローディオ様は面白そうに笑いかけた。
 そうですね。恐らく、婚約破棄を突き付けて、私が動揺している隙に、新たな婚約者を発表することが、計画だったのだと思います。
 私は先回りして、発表出来ないように阻止したけれども。
 公衆の面前で婚約破棄を受けた私からの精一杯の意趣返しである。

 私の部屋を廊下から覗き込んだクローディオ様は「何か要望はあるかい?」と私の部屋の希望を尋ねてくれたが、特にないと答えたのに「では後々変えていこうね」と言われてしまった。
 いや本当にないのですが……。

「あ、そうだ。私達の婚姻は王命でなるべくすぐに済ませられるようにするから、そのつもりでね」

 帰り際に爆弾発言を置いて行って、クローディオ様は私の手の甲にキスを落として、帰っていった。

 ……。
 …………王命ですぐ結婚とは!!? なにゆえ!!?


 取り残された私は、流石に冗談ではないと思い、一先ず荷造りを指示した。

 慰謝料を盛大にいただく確約を得て帰ってきた両親にも、縁談は先方の希望ですぐに婚姻をしたい上に、公爵夫人教育を受けるために家に移り住んでほしいと言われたと伝えた。
 呆気にとられた両親は、よっぽど能力を買っていると解釈して「でかした」と褒めるだけで特に反対をしなかった。
 能力はともかく、とりあえず嫁いでほしいと言われているのだけれど……。
 それは私も消化出来ない疑問が大きいので、伝えないことにした。

「クローディオ様は王命で婚姻を確約するつもりのようです」

 と、付け加えるには衝撃な一言も伝えたら、目を点にされた。
 ですよね。私も自信なくなってきました。もしかしたら、空耳かもしれません……。



 そう思ったのに、翌日、彼は王命の勅命書を持ってやってきた。
 クローディオ・ロジェット公爵とキャロット・マリーゴード侯爵令嬢の婚姻を直ちに認めるというもの。

「キャロットを、私の嫁にいただきます」

 清々しいほどに爽やかな気分の様子で、煌びやな喜びがこもった瞳を細めて、笑いかけたクローディオ様。


 そんな彼に、婚約破棄をされた翌日に求婚されて、そのまた翌日には嫁に貰われてしまいました。


 正直、あまりにも展開の速さについていけないし、彼の仕事の速さに震えた。


 
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