令嬢は魔王子と惰眠したい。

三月べに

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2 出会う。

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 予想通り、許嫁関係はあっさり解消出来た。
 学園ではその噂で持ちきりだったけれど、私は気にせず休み時間には図書室Bで夢を見る。それが日課となった。
 勿論、ラブラブしている元許嫁達のことは気にも留めていない。人目もはばからず、いちゃいちゃ。授業中でも、こそこそ内緒話をしていたり、ペアを組もうとしたり、それはもうあからさまだ。でも私は無視を決めた。

「シェリエル様。いいですの?」
「このまま引き下がっているあなたではないでしょう?」
「いいですわ。放っておいて」

 何かしたがる取り巻きのことも、哀れみの周囲の眼差しも、ほぼ無視である。
 私はお昼寝に、もふもふの幻獣ともふもふする夢を見て、ご機嫌である。眠る前のお共には、幻獣図鑑が一番だ。二番目は愛らしい姿の妖精図鑑。最高よ。
 丁度いい厚さの幻獣図鑑を枕がわりに、もう一度眠ろうと瞼を閉じていると、図書室に他の人がいることに気が付く。
 サファイアのように輝く色の魔力の気配。
 目を開いて顔を上げれば、彼は机のそばに立って私を見下ろしていた。

「失礼、レディ。具合でも優れないのかい?」

 濃い青色の短い髪。と思ったけれど、後ろで長い髪を白いリボンで結んでいる。そして、サファイアの瞳。黒のロングコートに身を包んだ姿。とんがり耳に、赤黒いツノ。心配そうに覗こうとする彼を、私は知っている。
 留学中の魔族の王子だ。名をフィロザ・シュベル・リウツヴァイ。
 いわゆる魔王の息子なのだけれど、物語のように人間と敵対関係になっていなければ、世界征服を目論んでもいない。友好関係である。
 けれども、別種族、それに王子だから、皆遠巻きにしている。彼が誰かと話しているところを見るのは、いつも連れている従者以外では初めてだ。

「ご機嫌よう。リウツヴァイ殿下。お恥ずかしい話、ただ居眠りをしていただけですわ」

 立ち上がって、制服のドレスを摘んで頭を下げる。
 よもや魔王子様に、見られて話しかけられるとは恥ずかしい。

「それは良かった」

 魔王子様は、微笑んだ。いつも無表情なのに、それは破壊力があった。肌荒れが一切なく、陶器のような美しい肌。スッとして高い鼻。形のいい唇。シュッとした輪郭。長い睫毛に宝石のようなアーモンド型の瞳。美しい男性の微笑は、この上なく美しい。

「邪魔をしてしまったね」
「そんなことありません」

 私は微笑みを返す。
 すると、魔王子様は私の向かい側の席に座った。そうか、他の生徒と違って伯爵令嬢に遠慮したり怯えもしないのだろう。それにしても、誰かと関わってくるなんて珍しい。それも初めて見る。

「どうぞ、居眠りを続けても構わない」
「……それは、無理ですわ。リウツヴァイ殿下」

 柔らかく苦笑を見せる。流石に魔王子様の目の前で居眠りは出来ない。

「そうか……。それは、幻獣図鑑かい?」
「はい」

 サファイアの瞳が、私の枕こと幻獣図鑑に向けられる。
 私はそれを差し出す。人より長く見える指で、ゆっくりと本は捲られた。爪は長く尖っていて、王家の紋章の金色の指輪が嵌められている。ページを捲るだけでも、優雅な動作に見えた。
 何故この人は、この図書室Bに来たのだろう。図書室は他にもある。それにわざわざ向かい側の席に座らなくてもいいのに。眠い。

「ここは暖かくていい。居眠りもしたくなるね」
「はい。そうなのです」

 うっかり笑って答えてしまう。
 丁度よく射し込む陽が、最高なのだ。お昼時は特に。

「シェリエル嬢……と呼んでも構わないだろうか?」
「はい、リウツヴァイ殿下」
「俺のことはフィロザでいい」
「では……フィロザ様」

 名前で呼び合うなんて恐れ多い。なんて思いながらも、笑みで応えた。同じ生徒なのだから、いいだろう。それにしても、私の名前を知っていたのは意外だ。
 そんなフィロザ様は、私を見つめてきた。

「私の顔に……何か付いていますか?」
「いや、美しい顔だと見惚れていただけだよ」
「……」

 驚きのあまり、琥珀の瞳を見開いてしまう。
 えっと、私ってもしかして、魔王子様に口説かれてる?

「綺麗だ、シェリエル嬢」
「……お褒めにあずかり光栄ですわ」
「本心だ」

 本当に口説かれてるみたいだ。
 私、彼と関わったことあるだろうか。覚えがない。私と彼は、今日初めて言葉を交わしたはずだ。疑問だらけだ。
 小首を傾げていれば、手が伸びてきた。

「触れてもいいかい?」
「え、ええ……はい」

 咄嗟に頷いてしまう。人間より大きな手が、私の髪に触れる。人間より長い指先が、私の髪の毛を絡め取った。

「陽射しの中にいるから、輝いて見える」

 スーッと人差し指が、私の頬を撫でる。

「また来てもいいかな」
「はい。どうぞ」

 フィロザ様は立ち上がって、漸く去ってくれた。返された幻獣図鑑を、再び枕にして眠ろうとした。
 ん? 待てよ。またってどういうこと? 
 つい反射的にまた頷いてしまった。私のお昼寝タイムは、魔王子様がお邪魔してしまうということなの。


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