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短編

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 神が見守る王国・ミューシュラン。
 王都の大神殿にで、聖水に満たされた器に、優美な文字で神託を書いて下す神には、未来を視る力があると云われている。厄災を未然に防ぐために知らせてくれる時もあれば、こちらが祈りを捧げて乞うと、助言の神託も下してくれた。


 此度、神シュラゼには、王国のさらなる繁栄を祈願した。
 そうして、聖水に降臨した神託は、こうだ。


『クレーハー伯爵令嬢オルガノンは、王国に繫栄をもたらす。未来の王妃にすべき』


 しがないクレーハー伯爵家の一人娘、オルガノン嬢が、ミューシュラン王国を栄えさせる未来の王妃だと、未来を視る力のある神シュラゼが告げたのだ。
 当然、神託に従い、オルガノン嬢は年が一つ違いの未来の王太子である第一王子と婚約させようと結論が出た。

 しかし、一つ、大きな問題があった。

 ちょうど、タッチの差でオルガノン嬢は、とある伯爵令息と婚約済みだったのだ。
 困った、と思ったのは、刹那だった。
 伯爵家同士の婚約は、政略的なものではなく、子ども同士が想い合っての約束。


 


 そう切り捨てたのだ。
 神よりいただいた神託をもとに、王命でその婚約は解消させた。
 そして、オルガノン嬢には、第一王子と婚約を決定させた。

 当人の意志も気持ちも無視する形で、決まってしまったのだった。



 オルガノン・クレーハー伯爵令嬢は、まだ十一歳という幼い少女だったが、心痛な思いで頭が上げられない父であるクレーハー伯爵からことの顛末を聞いて、その顔を僅かに歪ませた。

「は……?」

 幼い少女とは思えない低い声が零れ落ちたのだが、それに気を止められないほどに、その部屋はことの大きさについていけず、途方に暮れていた。

「僕と……オルは……結婚、出来ない……?」

 婚約相手だった伯爵令息のクロウリー・デンバーは、血の気を引かせた顔で呆然として、事実を受け止め切れていなかった。

「すまない……二人とも……。伯爵位の我々では、口を挟む隙すらもらえなかったんだ……。決定事項を告げられただけ…………本当にすまない。神託……だから……」
「……オルガノン嬢が……神託で選ばれてしまったから……変えようがないんだ…………」

 精悍な顔立ちを苦痛に歪ませて顔を伏せるクレーハー伯爵も、ただでさえ、気が強くないデンバー伯爵も、何も出来ない不甲斐ない父親だと痛感して、子ども達とまともに顔を見せられないでいた。
 想い合っての婚約だった。
 引き離される二人を思えば、神託で未来の王妃で選ばれたなんてことは、到底祝福も出来ない。

 理不尽だ。
 そんないきなり神託だと言われても、こっちは両想いの婚約を成立をしたばかりだったというのに。
 王命で勝手に婚約を解消された。さらには神託だからと勝手に未来の王妃として王子と婚約された。
 何もかも、一切こちらの意見も意志も聞かずに、王家側が決めてそう実行してしまったという。
 あまりにも理不尽。

 白銀色の波打つ長い髪を持つ可憐な令嬢のオルガノンの額に、少女に似つかわしくない青筋が立つ。

「では、私が直訴します」

 そう告げたのだった。

「私が婚約の件で謁見したいと書状を送ってください、お父様」

 静かに告げるオルガノンから、ゴゴゴッと轟音のような圧を感じて、身を引きつつ「わ、わかった……すぐに」とクレーハー伯爵は頷いた。

「ええ、すぐに。一刻も早く。乗り込めるように」
「乗り込む!?」
「神託の件で、私の謁見を無視なんて出来ませんよね? 無理だとのたまうなら、家出して行方をくらましてやるとでも追加で送ってください」
「なっ!!?」

 家出発言に絶句するクレーハー伯爵に、クレーハー伯爵夫人は卒倒してデンバー伯爵夫人に受け止められた。

「ただの脅しです。王家が欲しいのは、神託で名が出た私でしょう。取り引き材料を使うまで」
「お、脅しって……」
「早くしてください」

 鋭利な剣の刃のように鋭い冷静さを見せる娘に、息を呑みつつ、クレーハー伯爵は手配を始めた。

「クロウリー」
「オル……」

 ソファーから降りたオルガノンは、クロウリーの前に移動すると、両手を取って握り締める。
 現実を受け止め切れずに置いていけぼりにされているクロウリーは、涙目で想い人のオルガノンを見上げた。

「私、クロウリーが好きよ。これから先も、ずっとよ。私、なんとかしてくるわ。クロウリーの婚約者に戻れるように」

 優しく笑うオルガノンを見つめて、ポロッと目じりに溜めた涙を零すクロウリー。

 クロウリーは、優しく笑うオルガノンが好きなのだ。
 クロウリーも、結婚が出来ないなど、嫌だった。

「僕は? 僕には、何か出来ることある?」
「じゃあ、待っててくれる?」
「……うんっ! 信じて待つ! 僕もオルが好き! ずっと好き! オルと結婚する!」

 紺色の髪を揺らして、クロウリーは賢明に意志を伝えた。
 にこりとオルガノンは笑みを深める。それに、ポッと頬を赤らめた。

「支度します」

 くるっと背を向けたオルガノンは、ストンを感情を削り落としたような無表情で部屋をあとにした。
 武装のために着飾り、王城からの使者を待った。



 『神託の令嬢』である、オルガノン・クレーハー伯爵令嬢が謁見を申し込んだ。
 早急と言われては、応えないわけにもいかない。すぐに来ていいと王家は返事とともに迎えの使者を送った。
 ちょうどいいからと、第一王子と顔合わせをしようと、立ち会うように国王は言う。

 そして、謁見の間という正式な場ではなく、応接の間での面会という形にした。

 第一王子は、十二歳となる。聡明な婚約者が決まり次第、立太子の話を形にする予定だった。
 今回、王妃となるのは、神に成功を約束されたも同然のご令嬢。順風満帆の未来しか確信出来ない第一王子は、傲慢な性格ではないが、その日まで鼻を高くして確かに驕ってはいた。

 しかし、件のご令嬢の登場で、風向きは大きく変わる。


 入室した白銀の長い髪に包まれたご令嬢の紫色の瞳は、凍てついていた。


 とても王妃になれることに喜んでいる様子ではないと、国王夫妻、そして立ち会う宰相に重鎮の数名も、引っかかった。

 王家の面前でも、挨拶のカーテシーのあとは、臆せず背筋を伸ばす。

「この度は、神託で王国を繫栄させる存在だと下されて、に存じます。無礼を承知で、私の包み隠さずに、この場で本音を伝えさせていただきたいです」

 光栄と言うにはあまりにも冷淡な表情のオルガノン。
 浮かれてニコニコと愛想よくしていた第一王子は、流石に不安を覚え始めた。
 婚約相手だというのに、視線も合わない。
 オルガノン・クレーハー伯爵令嬢は、穏やかに微笑むと評判だと聞いたからだ。
 これはどういうことか。情報と違う。

「よい。聞かせてくれ」

 感じる不安を無視して、能天気に『神託のご令嬢』の本音を国王は聞くと言った。

 一泊置いて、息を吸い込んだオルガノンは。


「先程の言葉、撤回いたします。神託が何だか知りませんが、です」


 と、言い放った。
 保護者として付き添って来た父、クレーハー伯爵は噎せた。しかし、邪魔出来ないと必死に音を押さえて、かえって悪化した。

「『神託だから』とわけのわからない言い訳で、王命で勝手に婚約を解消して、大変遺憾です。確かに互いの家、ましてや王国への利益がある婚姻ではありませんが、だからと言って何故王家が婚約を解消するのですか。全くもって意味がわかりません、理解不能です」

 少女は凍てつく声で言い放つ。
 責め立てる口調で、まるで『王家如きが』と蔑むようにも聞こえ、総じて『頭、バカなの?』と問い詰めているようだった。

 王家側は、呆気にとられた。
 第一王子よりも一つ下の少女が、それもしがない伯爵家の令嬢が、真っ向から物申しているこの状況こそ、理解不能だったのだ。

「いや……だが、神託で、そなたを王妃にすれば王国は栄えるのだ」
「それは私を想い合う人と引き離してでも、必要なことだったのですか?」

 紫の瞳が、鋭利な殺気を放った気がする。
 怒っている。間違いなく、少女は婚約を解消させたことを怒っている。
 王家側は、ようやくそれを理解した。


「それは、私の意志に反しても、果たして『王国が栄える』という結果になる神託なのでしょうか?」


 その問いの圧に、嫌な予感が突き抜けた。
 

「どうして、気持ちを蔑ろにした王家に『王国を栄えさせる王妃になる』と考えたのか、私には理解が到底及びません」


 ヒュッと冷たい風が突き抜けた気がする。

 どうして当たり前のことに気付かなかったのか。
 それは『神託』という大きすぎる存在で霞んでしまったからだ。

 だからと言って、当人の意志を聞きもせずに勝手に行ったことは、あまりにも悪手だった。

 王家は、オルガノン・クレーハー伯爵令嬢を、初手から蔑ろにしてしまったのだ。

「神シュラゼ様が何を視たかは存じませんが、必要なのは『オルガノン・クレーハー伯爵令嬢』を本当に未来の王妃として妻に迎えることなのでしょうか。『王妃としての未来を進むオルガノン・クレーハー伯爵令嬢』でしょうか」

 緊迫の空気の中、オルガノンは畳みかける。


「天からのお告げだというなら、私は道連れにしてでも地獄を見せる所存です」


 にこりと笑う少女の目はやはり凍てついていて、笑ってなどいなかった。


「小娘では出来ることなどたかが知れているでしょうが、これで神託で『王国を栄えさせる存在』と告げられたのですから、虐げられた意趣返しくらい出来ますでしょう。例えば、だとか……」

 初めて目が合った第一王子は、ピンと身体を伸ばしてはガタガタと震えた。

 ……!
 怖すぎる、この令嬢。

 第一王子は、泣く寸前だった。
 すでに年頃のご令嬢のアプローチを受け始めた第一王子だったが、こんな過激な脅しをされたのは生まれて初めてだ。絶対に交流はしたくない。


「どれほどの時間がかかっても、私は抵抗いたします」


 オルガノン・クレーハー伯爵令嬢は、正しく『神託のご令嬢』の威を使っていた。
 『神託のご令嬢』である以上、こちらは下手な反撃も出来ない。
 『王国を栄えさせる存在』故に、手放せないが、かといって手なづけそうにもない。

 邪魔にならないように見守るしかなかったクレーハー伯爵は、無音で過呼吸になり、虫の息である。
 つまり、親の受け入りでもなんでもなく、この少女が考えて行動に出たのだ。
 しがない伯爵令嬢のくせに、『神託のご令嬢』として、王家相手に脅迫をした。

 とんでもない問題が発生した。
 まさか、『神託のご令嬢』が抵抗するとは。

 それもこれも、王家側が勝手なことをしたことだから、自業自得も言える。



 緊急会議を行うために招集がなされた。
 内容は『神託のご令嬢』オルガノン・クレーハー伯爵令嬢をどう宥めるか、であった。

 しかし、ここで急展開。

 大神殿にて、新たな神託が下された知らせが舞い込んだ。
 内容は、今までの優美な文字とは違い、切羽詰まった感をひしひし感じる走り書き。


『オルガノン・クレーハー伯爵令嬢の婚約を戻し、平和を保て』


 王家だけではなく、重鎮一同はゾッとした。

 神託が覆されたのだ。

 一体、神シュラゼはどんな未来を視たと言うのだろう。
 これほど切羽詰まったように走り書きの神託を寄越すとは。


 王国が地獄化するところまで想像した。


 それほどに『神託のご令嬢』オルガノンは、本気だったのだ。

 だめだ、なんとかしないと。

 早急に大神殿の協力を得て、第一王子との婚約を白紙、オルガノン・クレーハー伯爵令嬢とクロウリー・デンバー伯爵令息との婚約の解消の撤回をさせた。

 歴史には、こう記されることになるだろう。
 神シュラゼの神託を覆させた『最強の令嬢』がいたと。



 オルガノン・クレーハー伯爵令嬢は、その知らせを受け取り、鋭利な冷たさを溶かして、ほんわかと微笑みを零した。

「あら。

 なんて発言をしたことは、絶対に第一王子には聞かせてはならないと心に誓った宰相。
 第一王子は初対面後、失神して寝込んだし、それ以降、名を聞くだけでもお腹をさするほどに苦手意識が植え付けられたのだった。
 とんだとばっちりの被害者だ。



「クロウリー、お待たせ。ごめんね、変なことになってしまって」
「オル……! すごいよ! 大好き!」

 抱擁するオルガノンとクロウリー。
 この温もりは、もしかしたら二度と味わえなかったのかもしれないと考えると、クロウリーは小さな涙をホロリと零した。
 いかにオルガノンがすごいことをしたか、漠然とながら理解したクロウリーは決意する。

 オルガノンに恥じない、素晴らしく相応しい男になるのだと。

 こうしてクロウリーは、出来る限り身体を鍛えて愛する人を守れる男を目指した結果、誰もが振り向く美麗な令息と成長した。穏やかな性格が表れた柔らかな笑みを浮かべるクロウリーは、学力を伸ばすことも怠らず、頭脳明晰な青年でもある。
 その頭は、神託と王命を覆した愛する令嬢のためにほとんど使われた。

 オルガノンは、決して怠惰な人間ではなかった。神託で『王国を栄えさせる存在』と言われたのなら、その力があると考え、考え抜いて、自分が出来る最善を尽くした。
 伯爵令嬢の地位でもやれることは多く、ましてや『神託のご令嬢』の影響力は凄まじく、それは一つずつ、しかし確実に功績となって、さらには『王国の繁栄』へと繋がった。


 そのカップルは、『王国を栄えさせる存在』だった。


 神託は間違っていなかったと、王家側は唸る。
 正直、『未来の王妃』ならより利益は莫大だったのではないかと思わなくもないが、『神託を覆した最強の令嬢』の地獄は見たくはないため、そっと胸の奥底にしまった。




 王命も神託も撤回する最強の愛で結ばれた夫婦は、頭脳明晰で国を繫栄したと歴史に残ったのだった。



 end
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