いらないと言われた転生少女は、獣精霊の加護の元、聖女になりました。

三月べに

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 夕焼けの空に、同じく夕焼け色に染まった髪を透かして見る。
 綺麗な赤だと、しみじみ思う。

「アダムとは誰だ?」
「えっ?」

 ノークエルティス様が、その名前を出したことに驚いてしまった。

「寝言で呼んでいたぞ」
「私がアダムを? まさか。あはは」

 面白い冗談だと笑ったが、ノークエルティス様は笑わない。
 嘘でも冗談ではないのだろう。本当に寝言で呼ばない限り、昨日会ったばかりのノークエルティス様が、その名前を知っているわけがない。

「……アダムは、三つ年上の友だちです。街の領主の息子でして……父親同士が結婚の約束をした仲です」
「何? なんでその許嫁に頼らなかった?」
「……」

 私が俯いて黙り込むと、ノークエルティス様が顔を上げさせてきた。

「我は保護者になるのだぞ。ちゃんと話せ」
「……はい」

 真剣な眼差しに負けて、私は話すことにする。

「実は継母に貴族の男性が言い寄ってきていて、結婚することになるから、私のことはいらないと話していたのです。アダムも貴族の息子……どうしても、継母と同じのように感じてしまい、アダムには頼れませんでした」

 今でも嫌悪を覚えて、顔をしかめてしまう。

「そもそも、来ないで、と前に拒んでしまいましたから……」
「好いていなかったのか?」
「え?」
「アダムとやらを好いていなかったのか? 許嫁関係なのに」

 単純に興味本位で訊いているようで、ノークエルティス様は片手で私の髪を撫でつつ問う。

「お父さんが喜んでいたから、まぁ許嫁関係でもいいかなとは思ってましたが……見ての通り私はまだ子どもですし、好いているかどうかは……」
「子どもと言うわりには、大人びているよな」
「よく言われますね」
「だが、許嫁関係を受け入れたのなら、嫌いではなかったのでは?」

 ノークエルティス様に振り向いた顔を歪ませてしまった。

「嫌いなのか?」

 ノークエルティス様は、不可解そうに首を傾げる。

「いや……これは父にも言ってないのですが……始めは手紙のやり取りでした。私から自己紹介の手紙を送ったら、返事が”君に興味ない”と一言」
「第一印象最悪じゃないか」
「ええ、だからあらゆる悪口を丁寧な口調で書いて、送ってやりました」

 私はまだ膨らみのない胸を張って見せた。
 あれはすっきりしたことだけを覚えている。
 内容はあまり覚えていないが。

「それで、どうなった?」
「アダムから会いに来ました。直接怒られるのかと思ったのですが、それもなく、ただにこやかに自己紹介し合いました」
「悪口を書いた手紙の件は?」
「触れることなく……そのままですね。何回か会ったら、私を好きだと言われました。どうやら、面白いと思ったらしくて、そこが気に入ったみたいです」
「ほーう?」

 あれは雨の日だった。
 抱き寄せてきたかと思えば、好きだなんて言われたのだ。
 全く持って脈絡のない告白で、疑問だらけだった。

「いつも会うと面白そうに見ては笑っています」
「ほーう……相手もゾッコンのようだが、嫌ってはいないようだな」

 アダムがゾッコン。そこまでではないとは思うけれど。
 第一印象は最悪ではあるけれど、確かに別に嫌ってはいない。

「ところで、ノークエルティス様。いつまで注入しているのですか?」

 昼に昼食をとると、ずっと魔力を注入するためと、ずっと髪を撫で続けられた。

「ん? もう少しだ。……しかし、そなたの継母達はともかく、アダムが知ったらさぞ心配するだろうな」
「そうかもしれませんが、アダムが家に来ない限り、知ることはないでしょう」

 拒んだし、手紙も返事してない。家に来ない限り、知りようもないだろう。

「世間体もあるから、継母も捜索依頼をしていたはず。そうなると、領主の息子なら、耳に入るだろう。一応でも許嫁関係なのならば、知らせが届くはず」
「それも、そうですね……」
「なるべく早く帰せるように努力をしてやる」
「?」

 帰す。どうやって?
 私は首を傾げたが、ノークエルティス様は「よし。これで十分だろう」と肩に手を置いてきた。

「ふぅー。想像以上に疲れるものだな」
「大丈夫ですか?」
「何、心配するな。すぐに回復する」

 立ち上がって、んーっと呻き背伸びをするノークエルティス様は、翼も広げる。

「……どのぐらい注入したのですか? 魔力」

 好奇心で尋ねてみた。

「残っている魔力は、だいたい四分の一だろうな」
「そんなに!?」

 精霊の魔力はとんでもないほどあるはず。
 それを四分の三も注入されたのは思えない。
 確かに何か流れてくるとは感じていたけれど、そんな膨大な魔力をもらった暁には、私が破裂するのではないのか。
 破裂しそうな予感はないけれども。

「今はほとんど髪に灯っている。それが次第にロリィベネの魔力となるのだ。この髪色は、我の加護を受けた証だ」

 そう微笑んで、またノークエルティス様は髪を掬って持ち上げた。
 夕暮れ色に煌めく私の髪。

「おっ。来たようだな」

 ノークエルティス様の獣耳が、ぴくんと跳ねた。
 何が来たのですか、と問う前に、それはずさささっと目の前に現れる。
 大きな大きなワンコだ。

「はせ参じました! 我が主よ!!」

 ふさふさの尻尾を激しく振り回して、大きなワンコはそうキリッとした目付きで言い放つ。

「うむ。ちょうどいい時間に来てくれた」

 ノークエルティス様はその大きなワンコに返事をすると、片腕で私を持ち上げる。

「この娘が、ロリィベネ。我々の聖女となる」
「お初にお目にかかります! 聖女様! 我が名はイヴァン! この森の最強の守護者であります!」

 キリリッとした目付きで威風堂々と名乗るけれど、尻尾は興奮気味に激しく振られていた。

「初めまして、ロリィベネ・ビーと申します」

 私の頭を一飲み出来そうな大きな大きなワンコだと思いつつも、私は振られている尻尾に注目してしまう。

「イヴァンとお呼びください! 聖女様!」
「私のことも、どうぞ名前で呼んでください。聖女様って呼ばれるのは、ちょっと……」

 きょっとんと首を傾げた大きなワンコ・イヴァン。

「わかりました! ロリィベネ様!」

 私も、様付けするべきだろうか。

「イヴァン様?」

 呼び方を確認する。

「ただのイヴァンでいいです! 我は守護者であります! 最強の!」

 キリリッと眉を寄せて、決め顔をする大きなワンコ。

「最強の守護者・イヴァンですね」
「はいっ!!」

 わっふんっと吠える大きなワンコは、胸を張って見せた。
 可愛い。なでなでもふもふしたい。

「キュウ!」

 ぺちぺちっと小さな爪を持つ手で、私の頬に当てられた。
 這い上がったミニドラゴンだ。
 次は撫でろと言わんばかりに、額をこすりつけてくる。
 大きなワンコに目を奪われたことに、嫉妬したみたいだ。
 額のハート型のトゲが当たるから、ちょっと痛い。

「むむっ! ミニドラゴンですか!? なんと久しい!」
「ロリィベネの元で孵ったのだ。ロリィベネよ。そろそろ、名付けをしたらどうだ?」

 イヴァンは驚いて、ミニドラゴンに注目する。
 簡単に教えると、ノークエルティス様は私に向って言う。
 ミニドラゴンに、名前を与える。

「名前ですか……」
「キュウー」
「……」

 じっと、見つ合う。
 つぶらな黒目を囲う美しい緑色。
 ペリドットのような瞳だ。

「ペリド。で、どうかな?」
「キューウ!」

 ペリドと名付けたミニドラゴン。
 翼をバッと広げて、両手を上げて、喜んだ。
 ひっくり返って落ちてしまいそうだったけれど、その前に私にしがみ付いた。
 しがみ付いたと言うより、抱き付いたかもしれない。

「ペリド。いい名をもらったな」
「キューウン!」

 ふりふりっと尻尾を振ってペリドは、ノークエルティス様に返事した。

「よし、イヴァンも来たことだし、夕食にするか。ロリィベネも昼食を抜いたから、お腹が空いているだろう?」
「あ、はい」

 お腹が鳴らないくらい、空腹である。
 大きなワンコはまだいて、その子達が捕らえたであろう獲物が今夜の夕食となった。


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