いらないと言われた転生少女は、獣精霊の加護の元、聖女になりました。

三月べに

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04 アダムとロリィベネ。(アダム視点)

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 三年前。
 ロリィベネ・ビーとの出会いのきっかけは、その父親ロジャー・ビーの娘の自慢話だった。
 ロジャー・ビーは街一番の商人。領主であるオレの父と顔見知りになるのは、自然だった。
 領主に気に入られようとする欲もなく、ただ人のいい友人として父が気に入っていた彼は、純粋に娘の可愛さについて語ったのだ。

「街で一番の可愛い娘です。いや、国で一番ですね!」

 父は自慢話を最後まで聞くと、言った。

「なるほど、では我が息子のアダムと会わせてみませんか?」
「えっ?」

 そんなつもりはなかったロジャー・ビーは、素っ頓狂な声を出す。
 その場に居合わせたオレは、またかと内心呆れた。
 父はオレの未来の伴侶を探している。
 大事な跡取りだから、仕方ないとは言え、オレはまだまだ子ども。
 決められることに嫌気がさしていた。

「い、いや、うちの子はまだ六歳と五歳ですよ?」
「早い方がいい。うちの息子は最良の相手だと思いませんか? お試しで、手紙から始めるのはどうでしょうか?」
「ロリィベネは読み書きが出来ますが……」
「それはよかった。手紙のやり取りから始め、互いに会いたいと思ったら引き合わせてみましょう」

 あまり気乗りしない様子のロジャー・ビーを、ますます気に入って父は強引に提案していたのだ。
 子爵の称号を持つ領主の息子と結婚出来る可能性があることに、飛びつかない。
 この街の同い年の子どもとは、もう会っている。彼女達の父親とは違っていた。
 手紙のやり取りをして、あとは本人次第。
 こうして、オレとロリィベネ・ビーの手紙のやり取りが始まったのだ。
 ロリィベネ・ビーの手紙は、年下とは思えないほど丁寧な字で綴っていた。
 そして内容は、自己紹介。きっとこうして書くべきだと、誰かに言われながら書いたのだろう。
 父親のロジャー・ビーは、オレから見てもいい人だとは思うが、会ったことのないロリィベネははっきり言って、つまらないの一言。
 それが手紙から受け取ったロリィベネの印象だった。
 自分の父親から言い出したことだから、適当に済ませてしまえばよかったのに、オレは衝動的に返事を書いたのだ。

 君に興味ない。

 その一言だけ、書いた手紙を送らせた。
 あとからロジャー・ビーが怒り、父親にも怒られるのだろうと思うと後悔したが。
 そうはならなかった。
 手紙のやり取りは続いたのだ。そう。返事がきた。
 手紙を開いてみたら、そこには丁寧な言葉遣いであらゆる悪口が書かれていたものだから、驚きのあまり二度、三度読み返してしまう。
 それから、オレは笑っていた。
 
 俄然、興味が湧いてしまったのだ。

 父に会いたいと頼むと、驚かれた。
 今までの相手には興味がないと首を振り続けたからだろう。
 積極的に会いたいなんて、オレも正直自分の言動に内心驚いている。
 父は快く承諾した。それを聞いた母まで、なんだか嬉しそうにしていたのだ。
 こちらから会いたいと申し出たので、会いに行くのが筋だと思い、ロジャー・ビーの家に赴いた。
 玄関で出向いてくれた黒髪の少女こそ、ロリィベネ・ビー。
 退屈そうにそっぽを向いていたが、オレが歩み寄るとにっこりと笑みを作った。
 確かに可愛いと自慢したくなるほどの容姿だったが、オレはその表情に興味を持つ。
 もちろん、退屈そうにそっぽを向いていた表情に、だ。
 きっと「興味ない」と送ってきた手紙の主と会わなくてはいけないことに、面倒さを感じているに違いない。
 おかしくて笑ってしまうが、それを挨拶の笑みのように誤魔化して、お辞儀をしたロリィベネの手を取る。
 そっと手の甲に口付けをさせてもらい、自己紹介をした。

「アダム・イレシオンです。会いたかったです、ロリィベネさん」
「ロリィベネ・ビーです。私もです、アダム様。どうぞ、ロリィベネとだけ呼んでください」

 穏やかな声で言うが、目は不審がっている。
 明るい瞳は、オレを観察するように見ていた。
 オレの考えを読みたいのだろう。

「わたくしは、妹のリリィです! アダム様!」

 横にいたロリィベネの妹もお辞儀をした。
 こちらはロリィベネとは違い、ふわふわとカールした金髪の女の子だ。
 青い瞳はキラキラと輝いて、オレを興味津々に見上げていた。
 この視線もわかる。オレの外見に惹かれている目だ。この子は古典的だ。
 姉妹で中身も外見も違いすぎると思ったが、そう言えば前妻は他界していると聞いたことを思い出す。
 母親違いの姉妹。
 リリィと名乗る女の子の後ろには、優雅な美女がいた。彼女が後妻だろう。
 オレはロリィベネしか興味がないと示すように、彼女の手を握ったまま、にこりとだけ笑い返す。

「我が娘に会いに来てくれて、ありがとう。アダム君」
「いえ。ロジャーさんがご自慢していた通りの可愛らしい娘さんに会えて、自分も嬉しいです」
「ははっ! そうか!」

 ロジャーさんは照れたように笑っては、ロリィベネの肩をそっと押した。
 ご自慢の娘を褒められてまんざらでもない様子。

「じゃあテラスで、二人でお話でもしていてくれ」
「リリィも! リリィも!!」
「え? リリィもか?」
「あなた、リリィだけ外しては可哀想だわ。ご一緒させてもらえないかしら?」

 オレは早くロリィベネと二人っきりで話したいのだが、リリィがロジャーさんにしがみついて駄々をこねた。
 リリィの母の心情は読める。子爵家の跡取りと結婚させるなら自分の娘、という欲が丸見えだ。
 困り果てたロジャーさんに助け舟を出したのは、オレだった。
「いいですよ」と、仕方なくリリィの参加も許可する。
 初対面のその日。リリィばかりが自分の話をしてきたため、ロリィベネについてはあまり聞けなかった。
 リリィは五歳。お気に入りの人形の話は、心底退屈だった。
 その日の収穫と言えば、テラスの外で花の上を舞う蝶を見て、ふっと笑みを溢したロリィベネの横顔だ。
 それは紛れもなく、素の笑みだろう。

 次はリリィに邪魔されないためにも、オレの同い年の友人を紹介する口実でロリィベネだけを連れ出す作戦を立てた。
 父に予め許可を取ると、笑われたのだ。

「ずいぶん、彼女にゾッコンのようだな」
「え? まだ一度会ったばかりですよ」
「ふふふ、初恋ですわね」

 母も笑うものだから、少しオレはむくれた。
 ゾッコンなんて、大袈裟すぎる。
 オレはただ、興味を持っただけだ。
 初恋。これが恋だなんて、そんなわけ……。

 会わせるつもりの友人達にも、話すと驚かれた。

「アダムが女の子を紹介する!?」
「ついに恋か! 恋なのか!?」

 なんでそう騒ぐのだろう。
 確かに言い寄ってくる異性を振っては避けてきたが、雨が降ると騒ぎ出すものだからオレはまた少しむくれた。

 作戦当日。
 ロリィベネだけを連れ出すことには失敗した。
 リリィまでついてきて、オレの家で開いたお茶会に参加したのだ。
 リリィはあっという間に、オレの友人達を魅了した。一番年下ということもあり、あざといのだろう。
 親しい友人はリリィより、オレが興味のあるロリィベネと話していた。
 物静かな雰囲気のロリィベネは、ちゃんと受け答えをしては微笑んだ。

「なぁ、アダム。あの子のどこに惹かれたんだ?」

 親しい友人・フィークが、隙を見たようにこっそりと尋ねてきた。

「年下の割には大人びているとは思うけれど、それ以外は普通の可愛い女の子って感じだ。どこに特別を感じたんだよ?」
「フィーク、オレはただ興味を持っただけだと話しただろう」
「いやいや。それだけじゃないだろう。女の子を避けてきたのに、会わせたいって連れてくるなんてよっぽどゾッコンなんだろ?」
「ゾッコンって……まだ二回しか会っていないんだぞ」

 フィークまで、ゾッコンだなんて言い出すから、呆れて肩を竦める。

「回数なんて関係ないじゃん? オレとなんて会ってすぐに親友になったじゃんか。んー……妹思いなところ?」

 男同士の友情とは、違うのではないか。
 フィークと一緒に目で追いかけていれば、ロリィベネはリリィの元まで行くと、ほどけたリボンを結び直してやっていた。
 頭を撫でて、微笑み合う。ロリィベネは度々、リリィの世話をしていた。

「姉妹なら当然じゃないのか?」
「ふーん、そうなんだ。じゃあそこじゃないんだな、惹かれたところ」
「しつこいぞ」

 ロリィベネと二人になろうと少し庭園を散策しようと声をかけると、リリィも一緒に行きたいと言い出す。
 囲まれてちやほやされて、機嫌がよかったのに。

「リリィちゃん、オレ達とお話ししようよ」
「わたしもアダム様とお庭が見たい!」

 フィークが引き留めようとしたが、あくまでオレが目当て。

「いいよ」

 ロリィベネは、リリィの手を取った。

「いいですよね?」

 にっこりとオレに許可を求めるが、断れないとわかっていているみたいだ。
 ロリィベネが大事にする妹を邪険には出来ず、結局三人で庭園を歩いた。
 リリィはオレの腕にしがみ付き、ロリィベネの手を握っている。
 ……邪魔だな、この子。
 次はどうやってこの邪魔者を避けて、ロリィベネと二人きりになろうか。
 そんなことを考えながら、我が庭園を案内した。
 幸い、ロリィベネは庭園を気に入ってくれたようで、真摯に聞いてくれているようだ。
 リリィの方は、尋ねては適当に相槌を打ってまた尋ねる。
 ひらひらと小さな蝶の群れが、ロリィベネの方へ来た。くすぐられたような笑みを溢して、じっとしたロリィベネ。
 真逆にリリィは虫だと怖がって、オレにさらにしがみ付いた。
 握っていた手が離れたからなのか、ロリィベネは一人でリリィから離れる。蝶の群れも、花のところに戻っていく。少し残念そうに立ち尽くす。
 遠くを見つめる眼差し。
 見慣れた庭園に立つロリィベネのそんな姿が、やけにーー鮮明に記憶に残った。

「アダム様。よろしければ、今度は私達の中庭を散策しませんか?」

 ロリィベネからの誘い。
 しかし、リリィが必然とついてくると思うと、素直に喜べなかった。

「もちろん」

 それでも誘われたのだから、頷いておく。

 約束した日に、ビー家を訊ねた。
 あいにくの雨だったが、傘を持って少しだけ中庭を歩くことになる。
 リリィは雨に濡れたくないとついてこなかった。
 これで初めて、ロリィベネと二人きりとなったのだ。
 ロリィベネが軽く庭園を案内してくれるのだが、ぽつぽつと傘を叩く雨音が邪魔で時折聞こえにくい。
 かといって近付けば、傘同士がぶつかってしまう。不便に思っていれば。

「アダム様。傘、ご一緒してもいいですか?」
「え? あ、ああ」

 察してくれたのか、ロリィベネからオレが差す傘の中に入ってきた。
 いきなりのことに戸惑いを覚えつつも、彼女が畳んだ傘を持ってやる。
 二人で入った傘の下は、雨音のせいか、周囲から遮断されているように感じた。
 完全に、二人きり。
 妙に、胸がざわづく。

「雨音は落ち着きます」

 肩が触れ合う距離で、ロリィベネは目を閉じて雨音に耳を澄ませた。

「……」

 同意しようと口を開いたが、出来ない。今は同意が出来ない。
 雨音は落ち着くとは思う。けれど、今は胸が騒がしくてそれどころではない。
 それに、こうして二人きりなれたから、嘘をつきたくなかった。
 返事がなくても、ロリィベネは気にした様子はなく、息を深く吸い込んだ。

「アダム様。私に興味がないのでは?」

 朝焼けのような明るい色の瞳は、オレを見ることなく、雨に濡れる花を見つめた。

「……アダムでいい」
「え?」
「アダムと呼んでくれ、ロリィベネ」

 オレを見上げる瞳から逃げるように、オレは雨に濡れる花を見ながら告げる。

 後悔している。
 知ろうともせずに、君に興味がないなんて、言葉を送ってしまったことを。

 オレは息を深く吸い込み、そしてゆっくりと吐いた。

「雨音は落ち着くな」

 今なら同意出来たから、そう言う。
 不思議と、落ち着く。
 この距離になれたからだろうか。
 ふと目をやると、ロリィベネの右肩が濡れている。傘からはみ出ているせいだ。
 寄り添えばいいのに。
 オレはそっと腕を回して、抱き寄せた。

「アダム」

 ロリィベネは、そう呼んでくれた。

「いきなりすぎませんか?」

 冷静な声。
 オレはおかしくて笑ってしまった。
 こうして人を抱き寄せたことはないが、こういう反応は普通ではないだろう。
 多分、今まで避けてきた女の子達なら、喜んでいた。

「何故笑うのです?」
「君が好きだからだ」

 口にしたあとに、とんでもないことを口走ってしまったことに気付く。
 あまりにもあっさりと出たものは、それは本音だろう。
 嗚呼、そうか。これは恋なのだろう。
 どうしようもないほど、恋だ。
 今更気付くなんて、なんて鈍感だったのだろう。
 オレは口走って告白したことに赤面した。その顔を見られたくない。
 見られないように、ロリィベネは抱き寄せたまま。

「……意味がわかりません」

 困ったような声を出すロリィベネは、オレに抱き寄せられたままでいてくれた。

 それからしばらくして、父親同士で結婚の約束を交わす。
 これで事実上は、許婚関係だ。
 リリィには「わたしじゃダメなの!?」と泣きつかれたが、やんわりとしがみつく手を退かして「ごめんね」と笑って見せた。
 正直、きっぱりと拒絶したいが、ロリィベネとリリィの関係にヒビが入っては申し訳ないから、適当にあしらう。
 父親同士で結婚の約束をしたことを、ロリィベネはどう思っているのか。
 二人きりになる機会が増えて、オレが問うとロリィベネはこう答えた。

「お父さんが喜んでいるなら、別に」

 ロリィベネの気持ちが聞きたかったが、父親が喜んでいるから許婚関係でもいいということだろう。
 まぁいい。少しずつでいいのだ。これから時間をかけて、オレを好きになってもらおう。
 そう考えながら、お茶をしたり、庭園を散策したり、手紙のやり取りを続けていた。
 オレが魔法学校に入学しても、それは続いていたが。

 突然、届いた訃報。
 ロジャーさんが、病気で亡くなったのだ。
 ロリィベネは、酷く泣いていたと聞いたが、涙が枯れるほど泣いたあとなのか、葬式中はただ棺を見つめていた。
 泣き腫らした目元。声をかける参列者に、反応出来ずにいた姿は、痛々しかった。
 終わったあとにもう一度声をかけると、ゆっくりと反応してくれたが、やはり痛々しい。
 どうすればロリィベネの心を癒せるだろうか。
 親を亡くした気持ちは、オレには計り知れなくて、ただ時間が許す限りそばにいることしか出来なかった。
 学校のあとに会いに行き、休みの日も会いに行って、ロリィベネの様子を見に訪ねた。
 葬式で人目もはばからずに、ロリィベネの継母を抱き寄せて慰めていた貴族の男性も、度々見かける。
 確か同じ子爵の称号を持つ貴族で、まだ若く未婚だったはず。未亡人の元に通っているのだ。噂も立つ。
 リリィの母親は美女だ。言い寄るのも不思議ではない。
 ロリィベネは、一人だった。
 ぼんやりと窓の外を見ていて、食事も十分に取っていないと言う。
 ただ、そんな状態のロリィベネを一人にしたくなかった。
 しかし、それは継母に言い寄る貴族と重なってしまうようで、もう来ないでほしいと拒絶をされた。

 違う。オレはただ。
 ただ君の笑顔を取り戻したい。
 そばにいたかっただけ。

 手紙でそれを伝えたが、いつまで経っても返事は来なかった。
 しびれを切らして、もう一度訪ねる。
 リリィがオレの訪問を知るなり、涙を浮かべて抱きついてきた。

「おねえちゃんがっ! アダム様っ」
「ロリィベネが? どうしたんだ?」
「いなくなったの!」

 それを聞くなり、生きた心地がなくなってしまう。
 ロリィベネが、昨日から行方不明になっている。
 リリィの母のそばには、あの貴族の男がいた。
 涙をハンカチで拭うリリィの母も、泣きつくリリィも、ウソ泣きだ。
 何故ロリィベネがいなくなったかなんて、明白だった。

「お前達のせいだろっ……」
「え? アダム様?」

 ロリィベネを、一人にしていたんだろう。
 酷く傷ついた彼女をずっと、一人にしていたのはお前達だ。
 今だって、探しに行かずに、ただ家にいるだけじゃないか。
 そう怒鳴ってやりたかった。
 けれども、オレだって同罪なのではないかと過ってしまい、声量は小さくなる。
 オレだって、一度拒絶されたくらいで、一人にしてしまった。

「アダム様っ?」

 リリィの肩を掴み、引き剥がしたオレは、背を向ける。

「父に頼んで捜索してもらいます! ロリィベネは必ずっ! 見つけ出します!!」

 絶対に見つけ出す。
 オレ自身も、街の中を捜索したが、結局その日はロリィベネを見付けられなかった。

 どうか。どうか、無事でいてくれ。
 まだオレは、君に謝っていない。
 興味がないなんて言葉を送ったことも、一人にしてしまったことも。
 頼むから、直接言わせてほしい。
 もう一度、オレと会ってくれ。


 
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