18 / 21
◇18 瘴気の谷へ追放
しおりを挟む恐怖の沼地も越えた。恐ろしいテリトリーだった……。
そこに夏の鳴き虫もいたら、私は大泣きしていたと思う。怖いよ、セミ。道路に落ちているだけでビクリと恐怖で震え上がるんだ……足が閉じていようとも開いていようとも、怖い。鳴きながら道路をのたうち回る光景なんて見たなら、号泣する。ヒン、怖い。
もふもふセラピーする。イケもふ、素敵。
せっせとレオとシンにあれやこれやとお世話されてしまい、心苦しい私はせめて飛べるようになろうと羽ばたきの練習をする。
…………なるほど、飛べぬ!!
ならば、と次は人化しようと、ぐぬぬと呻く。
思い出せ! あの羞恥心が爆発するような過剰スキンシップを受けた時の感覚を!! ぐぬぬ!!
……だめだ。もう忘れてしまったよ、そんな昔の感覚。
いっそ、また過剰スキンシップを頼もうかと思ったけれど、それは最終手段だ。ホントに変身が必要に迫られた時の最終手段である。過剰スキンシップをしてと頼んだ時の彼らの反応が、ある意味怖い。
やめて、イケメンの過剰摂取は……。
そんなこんなで予定より一日遅れて、最果ての街、『ドムスガンド』に到着した。
最初の街よりも物々しい分厚く高い壁に囲まれた街の門番の反応からして不信だった。
私の姿を見るなり、青褪めてしまい、低姿勢で案内をされたのだ。
少し待たされたところで、ゾロゾロと大人数がやってきて、そしてひれ伏した。
「「「申し訳ございません!! 神様の眷属様!!!」」」
嫌な予感が冷たく胸を射抜く。
「……なんの謝罪ですか」
シンに抱えられたまま、私は無意識に冷たい声を放つ。
この場にいないセブの無事を祈るけれど、果たして、総出の謝罪の意味はなんだ?
心構えをして、話を聞くことにした。
代表して懺悔したのは、この街を治めている辺境伯爵だ。可哀想なほど震えているけれど、同情は出来ない。
五日前のこと。純黒の熊の獣人は、門番に助けを求めた。しかし、あまりにも黒い毛並みのその獣人を、門番だけではなく目撃した住人も受け入れなかった。
何を言われようとも石を投げた。魔法攻撃をして遠ざけようとした。
それでも近辺をうろついている報告を受けて、捕らえた。
そして、存在そのものを悪だと断罪し、瘴気が立ち込む谷へ追放したという。
そのあとに、伝令が届き、黒の熊の獣人は神様の眷属の僕だと知り、慌てて保護に向かったそうだ。しかし、追い込んだっきり。その獣人が出てきた形跡はないという。捜索はしたが、瘴気という毒が立ち込むそこには長くいられないと断念した。
神様の眷属の僕を追い込んでしまった大罪を許しほしい。そう懺悔したのだ。
ピカッと晴天の空が光り、ピシャン! と雷鳴が轟く。ひれ伏した住民達から、悲鳴が上がる。
「あの子が……何をしたというのですか」
ゴロゴロと雷がぐずる音が遠くで鳴っていると思いつつも、私は口を開く。
「偏見で嫌悪するのは勝手ですが、何もしてないあの子を迫害して、石を投げたのは何故ですか!? あの子は牙を向けましたか!? 害を与えましたか!? 悪だと決めつければ、手を上げてもいいと思っているのですか!? 自分だったら、そんな仕打ちを許せますか!?」
ドン!! と爆発するような落雷が落ちた。
「あなた達が謝るのは私ではないです!! ちゃんとあの子に謝ってください!!」
私に懺悔は不要だ。謝罪をする相手は、なんの罪もなかったあの子である。
「迎えに行こう、シン、レオ」
「「はい、ご主人様」」
シンとレオは、踵を返してくれた。
バチバチ。なんか身近からそんな音が聞こえてくる。
バチバチ。どこからするのかと思えば、私の金色の羽毛が膨れ上がっていて、静電気みたいになっていた。
「なんかバチバチする!」
「あれ、気付いてなかったの? ご主人様、ずっとバチバチ放電してたよ?」
「雷も落としましたよ」
「私の仕業なのアレ!?」
自然発生とか思ったよ!! 私、雷落としデビューしちゃったのか……!
キョトンとしたあとに笑った二人は、バチバチする私の羽毛を撫でつけた。
「……誰にも落ちてないよね?」
「大丈夫、地面を抉っただけだよ」
地面、抉ったのか……。
どうりでみんなガタガタと震えていたわけだ。神の怒りの表れの雷に震え上がったのだろう。
「さて、瘴気の谷に行きますが……光魔法の結界で身を守りつつ、進めるでしょうか? 光魔法で退けられるタイプの瘴気ならば、セブも中で生存しているはずです。セブは回復魔法が使えたはずですよね?」
「うん、光魔法の治癒が使えるよ」
レオは光魔法の適性はないけれど、シンもセブも適性がある。シンは結界もそうだけれど、HPを回復させる治癒も使えるし、セブの方は全回復とはいかないがちゃんと治癒の魔法が使えるのだ。
それで瘴気のダメージを回復しているなら、瘴気に満ちている谷でも生き延びているはずだと推測した。
猶予は一刻を争う。
獣化して全力疾走してもらった瘴気の谷。
曇ってもいないのに、薄暗い枯れた森の先。
「入る前から息苦しいね。死臭が臭いし」
「鼻が利きづらいでしょうね。結界を張ります」
レオが息苦しいと言うが、私はあまり感じない。シンはうっすらと白いベールの結界を張った。
灰色の岩だらけの道を進み、たまにレオがしゃがんで地面とにらめっこをする。「多分こっち」と進む方向を指差すから、セブの追跡をしてくれているのだろう。
「おっと!」
ワニのような図体だけれど、どっしりした足が長い黒い魔物の襲撃を受けたけれど、危なげなくレオは雷魔法で貫いて仕留めた。そんなワニ魔物から、明らかに雷魔法の感電で焦げたわけではない黒いモヤが漏れ出している。
「あれが瘴気かな?」
「恐らく。そして空気中にも微量ながら蔓延しているのでしょう。奥に連れて濃くなるかもしれませんね」
「この谷、一番強いのは黒いドラゴンらしいよ。推定レベルは150オーバー。オレ達より強いかもって話だよ」
「それは困りましたね。レオ一人では苦戦するかもしれません」
「ご主人様を避難させられれば、二人で瞬殺出来ると思うんだけどね」
「な、なんか足手まといでごめん……」
「そんなことないよ、ご主人様」「そんなことありません、ご主人様」
二人で協力すれば、ここのエリアボスを瞬殺出来るって話はとんでもないな、と思いつつも、私の安全を懸念しているとわかってしょんもりしてしまう。二人はキッパリと否定。
「ご主人様が一緒にいないなんて選択肢はそもそもないからね」
「そうです。あんな自己中で身勝手な街に置いておけませんし、かと言ってその辺にお一人にも出来ませんから。そばにいて守らせてください」
「大丈夫、ドラゴンが出てきても負けないから」
私に顔を見せて、にっこりと笑って見せるレオとシン。
この二人がついているなら、守り抜いてもらえると信じられた。
すると、そこで怪獣のような叫びが地鳴りを起こすように轟く。
噂をすれば影が差す。十中八九、ドラゴンの叫びだろう。
「ご主人様。もしかしたら、セブが戦ってるかも」
「! 行ってみよう!」
レオが予想を口にするから、私は行く許可を出す。
そうして、駆けつけると――――見付けた。
黒い鱗に覆われただけではなく、黒いモヤもまとうドラゴン。大きな馬車を三台並べても足りなさそうなほど大きい巨体の先にいたのは、傷ついて横たわる真っ黒な熊だった。
313
お気に入りに追加
645
あなたにおすすめの小説
王子様と朝チュンしたら……
梅丸
恋愛
大変! 目が覚めたら隣に見知らぬ男性が! え? でも良く見たら何やらこの国の第三王子に似ている気がするのだが。そう言えば、昨日同僚のメリッサと酒盛り……ではなくて少々のお酒を嗜みながらお話をしていたことを思い出した。でも、途中から記憶がない。実は私はこの世界に転生してきた子爵令嬢である。そして、前世でも同じ間違いを起こしていたのだ。その時にも最初で最後の彼氏と付き合った切っ掛けは朝チュンだったのだ。しかも泥酔しての。学習しない私はそれをまた繰り返してしまったようだ。どうしましょう……この世界では処女信仰が厚いというのに!
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました
かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。
「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね?
周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。
※この作品の人物および設定は完全フィクションです
※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。
※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。)
※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。
※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました
市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。
……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。
それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?!
上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる?
このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!!
※小説家になろう様でも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる