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◆11 【シン】

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 単調な戦闘しか出来ない『イケもふゲーム』のバトルには思うところはあったが、ここはゲームの中だからとしょうがないと割り切っていた。

 そんな不満なところを払拭してくれるように、ナノカご主人様が愛でてくれるのだから、十分。

 ご主人様の愛。それが僕の。僕達の幸せだ。
 恋しかった。

 涙を流しながら弱音を吐露してくれたのは嬉しかったが、それからログインがなかったため、心配していた。

 泣いていても僕達を愛でてる手を止めなかったご主人様。画面越しにもふもふする人差し指。ご主人様の愛。

 ご主人様が癒されるなら、存分にもふもふしてくれていい。愛でてくれていい。

 画面の向こうのご主人様に、何もしてやれないことは歯がゆかった。でも僕達は所詮ゲームの中のキャラクターだから、こればかりはどうしようもなかったんだ。

 ご主人様がまたログインするまで、ひたすら待つしか出来ない。


 恋しかった。
 恋しかったのです、ご主人様。

 またつらくて泣いていますか? せめて、僕達に涙を見せてくれませんか。

 僕達が聞くので、いくらでも吐露してください。

 なんだっていいんです。楽しかったことでも、嬉しかったことでも、些細なことでも聞きます。

 あなたの声が大好きなのです。愛おしそうに見つめてくれる眼差しが好きなのです。

 また声を聞かせてください。見つめてください。嗚呼、愛しのご主人様。
 恋しい。恋しいのです。会いたいです。僕のナノカ様。


 想い続けて、一体どのくらいの時間が経っただろうか。

 不意に、ご主人様のログインの気配がした。
 ナノカ様が帰ってきた! 歓喜で胸が躍った。
 ご主人様は元気だろうか。やつれていないだろうか。また泣くだろうか。
 泣いてもいい。僕で癒されてくれればいいから。
 優しい笑みのご主人様を待った。あの眼差しを待った。

――ただいま。

 その声を待った。


 けれども、気付くと見知らぬ草原にいた。一人、ポツリと佇んでいた。

 ご主人様と会える『ホーム』じゃない。全然知らない場所だった。

 ご主人様と会えるはずだったのに、どうして……。

 何が起きるかわからない知らない場所だったため、獣化して虎の姿で、とりあえず街らしき壁が見えたので向かった。そうして人と出会ったのだが、何故か皆が「幻獣種の白虎様!」と崇めてきた。

 いや、僕は白銀の虎の獣人であって、白虎様ではないです。幻獣ではなく、獣人です。

 そう半獣人化して見せたけれど、次は「人の姿になれる白虎様!」と流石だとひれ伏した。
 僕の話、聞いてください。

 どうやらここは『イケもふゲーム』の中ではないらしいし、ご主人様の世界でもなさそう。

 ご主人様に会いたい……。恋しい……。

 お供え物は捧げられるけれど、拝み倒す参拝者の中を探しても、ご主人様はいない。
 やっと再会出来ると思ったのにこれだ。知らない世界に放り込まれてしまった。もう会えないのだろうか。

 ああ、嫌だ。それだけは嫌だ。
 ご主人様に会いたい。会いたいです、ご主人様。ナノカ様……。


 知らない世界に来てしまった二日目。レオに会った。レオもこの世界に来ていたのか。

 僅かな希望を持って、ご主人様も来ていないかと尋ねた。ご主人様がログインしようとしたタイミングで、この世界に放り込まれたのなら、ご主人様もいる可能性は少なからずあると思ったからだ。

「シン」

 そうして、僕の名前が呼ばれた。恋焦がれていた声だ。

 まさか、レオが手に持っていた金色のひよこにも似たふわふわもふもふの鳥から聞こえてくるとは思わず、後ろに飛び退いてしまった。

 ご主人様だ。つぶらな瞳は水色でも、優しい眼差しは間違いなくご主人様のもの。
 ご主人様に会えた。
 ご主人様と同じ世界にいる。ご主人様に触れられる。
 ふわふわもふもふの可愛い姿から、ご主人様の声が聞こえるなんて。なんて愛らしい。

「ああ、姿は違えどこうしてご主人様に触れられるなんて……。しかし、こうして同じ世界にいるのです。これからは、ご主人様と一緒にいられるのですね……」

 なんて幸福なんでしょう。まさか、同じ世界にいられることになるなんて。
 もう画面越しではないのですね。これほど嬉しいことはない。

 金色のもふもふになってしまったご主人様を、今度は僕達が愛でるんですね? フフッ。覚悟してくださいね、ご主人様。僕達の愛を受け取ってください。

 大丈夫です。僕達がちゃんとお守りしますよ。お世話だってします。

 これからずっと一緒に生きましょうね、ナノカ様。


 レッドワイバーンをご主人様にご馳走してもらうために討伐したあと、謁見の間に戻って、僕に供えられた果物を食べさせることにした。僕も珍しいと思っていた水色のブドウの一粒を、啄むご主人様。可愛い。

 ぷすりぷすり、と僕の掌の上に転がす水色のブドウを、一生懸命つついて食べるご主人様。フフッ、可愛い。

 そんなご主人様を眺めながら、拗ねているレオから自分達の状況を聞かされた。

 どうやら、ご主人様が『イケもふゲーム』に久しぶりにログインしようとしたタイミングで、黄色っぽい鳥を助けたところ、トラックが突っ込んで異世界転生したかもしれないらしい。ご主人様が死んだかもしれない事実には、青褪めて息を呑んだ。

 ギュッと片手で持つご主人様の小さな身体を引き寄せる。確かに感じる温もりに、ホッとする。この世界では生きているのだから、いい。一緒に生きているなら、それでいいのだ。

 なんでも、その黄色っぽい鳥は、この世界の神トルトアウェス様とやらと関係があって、こうして異世界転生してもらった可能性があると思っているそう。恐らく、レオや僕は幸運なタイミングだったこともあって、巻き込まれた、と推測。そして、レオと僕だけではなく、もう一人の熊の獣人もいる可能性が高い。

 ご主人様がまたログインして僕達に会おうとしたから、こうして一緒に異世界にいるのですね。嬉しいです、ご主人様。嗚呼、一緒に連れてきてくださり、ありがとうございます。大好きです、ご主人様。

 愛おしくてたまらなくなって、ちゅっとご主人様の後頭部にキスをした。

「ぴよ!?」

 ブドウを食べることに夢中になっていたご主人様が、びくりと震えて鳴く。姿に引きずられているのか、可愛らしい鳴き声。

 ちゅ、ちゅっ。わざとリップ音を鳴らして、小さな後頭部とうなじがある羽毛にもキスを落とす。

「ぴよっ! ぴよよよっ! シ、シン!」

 おや、翼が四つもある。それをはばたかせて抵抗するご主人様だけれど、僕の片手からすらも逃れられない。おやおや、フフッ。なんて可哀想なご主人様なんでしょう。不便な姿で、何も出来ないなんて。嗚呼、守って差し上げなくては。大丈夫ですよ。僕がいますからね。

「シ~ン~! やめてぇ~!」
「フフッ」

 ちゅっ、と背中にも何度もキスを落としておく。

 後ろでレオが「ズルい! オレもしたい!」と文句を言っているが無視。だってあなたは昨日から一緒にいたのでしょう。ズルいのはあなたです。ご主人様を独占するなど、羨ましすぎます。

「ぴよお!」
「!?」

 ボフンッと目の前が爆発した。金箔が舞うような煙が現れたかと思えば、片手にずしりと重さがのしかかり、思わず落としてしまう。

 視界を遮る煙が消えた瞬間、目の前にいたのは、ご主人様の面影のある美しい少女だった。

 色白の頬を真っ赤にさせて、悩まし気に眉毛を寄せて水色の瞳を潤ませたご主人様によく似た顔の少女は、柔らかそうな金髪を肩の下まで下ろしていて、僕に背を向けている。その背には、大きな翼が二つあった。透けてしまいそうな色合いの美しい金色の羽根が集まった翼だ。


 ――――天使だ。


 なんて美しい。つぅーと涙が流れた。

「また人の姿になれ……っえ、シン!? どうしたの!?」
「ご、ご主人様……? そんな美しい姿にもなれるのですか……ナノカ様は天使になられたのですか……?」

 ギョッとした表情になる美少女から、ご主人様の声。

 ああ、この方はご主人様なのだとすんなりと理解した。

 壊れ物に触れるように、両手でご主人様の頬に触れる。ご主人様もオロオロした様子で僕の頭に触れると、撫でてくれた。

 ご主人様が撫でてくれた……!

 うっとりとした。ああ、画面越しじゃない。掌で撫でられる感触。本物の触れ合いに、恍惚な気分になった。

 ああ、やっぱりご主人様に愛でられるのは格別だ。愛されてる。もっと愛して。ご主人様。

 パチクリと金色の睫毛を揺らして瞬くご主人様は、グリグリと耳をこねくり回してくれた。

 あっ、そこっ、いい……! ゆったりと尻尾が後ろで大きく揺れる自覚をする。

 ご主人様に愛でられるの、とっても気持ちがいいです……!

 ゴロゴロと喉を鳴らして、ご主人様を抱き締める。レオが何か言っている気がしますが、聞こえません。ご主人様に愛でられていて忙しいのです。邪魔しないでください。

 獣人化してご主人様の肩口で顔を埋めながらこすり付ける。ご主人様は、髭を抜かないように気をつけながら、顔もこねくり回して撫でてくれた。

 もっとしてください……ご主人様。

「あ、そうだ。シン」
「はい?」

 ぽやぽやしたまま、あの優しい声で呼ばれたので、返事をする。

「ワイバーンを討伐してくれてありがとう。よく出来ました」
「~っ! ご主人様、大好きです! 愛してます!」
「わわわっ!」

 ご主人様に労われて、ゾクッと喜びが全身を駆け巡った僕は嬉しくて両腕でご主人様を抱き締めた。

 人の姿になっても、腕の中に収まってしまう小さなご主人様。流石に翼までは無理だが。

 ああ、なんて美しいのでしょうか。ご主人様をますます好きになってしまうじゃないですか。愛さないわけがないじゃないですか。

 ご主人様。もっともっと、その小さな手で僕を愛してくださいね?



 
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