10 / 21
◇10 白銀の虎
しおりを挟む「シ~ン~」
陽気なムービーメーカーのレオは、平然と気軽に呼んだ。
それにピクリと頭の上の耳を立ち上げた白銀の虎は、驚いた顔をこちらに向けた。
「レオ……! あなたも、この世界にいたのですね!」
起き上がると、軽々とお供え物を飛び越えて、こちらに歩み寄ろうとする。
「ご主人様は? ご主人様は一緒ではないのですか?」
「ご主人様なら、ここだよ」
「シン」
私のことを先ず問い詰めてきたので、私もシンの名前を呼んだ。
するとギョッとした顔付きになった虎は、目の前にキュウリを置かれた猫の如く、後ろに飛び退いてしまった。着地する寸前で、ボフンッと煙を撒き散らして半獣人姿へと変わる。
虎耳を生やした右下がりの白銀の髪型。白い睫毛に囲まれた瞳は、青色のキャッツアイ。誰もが息を呑みそうな美しい造りの顔の美丈夫は、肩を露出させている洒落た神官服を身にまとっている。危うい色香が漂う美しすぎる神官のよう。まさに神に仕えていそうだ。身長はレオよりちょっと大きいぐらいだけれど、パッと見、彼の方が細身に見えた。服装のせいだろうか。
私が最後に設定した姿のままの【シン】だ。ハロウィンイベントの神官服のまま。
それが功を成したのか、こうして神殿で保護されているのだけれど、とても似合う。
「この声……ナノカ、ご主人様……なのですか……!」
青のキャッツアイを真ん丸にして、後ろで太い虎模様の尻尾を立たせたシンは、やがてその瞳をうるうるさせた。
「うん、私だよ。大丈夫?」
「ご……ご主人様ぁ~!!」
「わわわっ!」
飛びついたかと思えば、ズリズリと頬擦りをされる。そして、レオの手から私を持ち去った。
レオは「ああ~!」と声を上げたが、シンは聞いちゃいない。
「どうしたのですか! ご主人様こそ、大丈夫なんですか!? こんな、こんな……! 可愛いお姿になられて!!」
「ぴよぉ~」
むぎゅっと、両腕に抱き締めれた。
ああ……! 物腰柔らかな口調だし、柔和に微笑むキャラなのに、頬擦りが激しい……!
「可愛いから、ご主人様の優しい声がします……可愛い……スゥー」
「ぴよよよっ」
もう私を吸ってる。スーハーしてる。ぴよこ吸いはやめてぇ~。昨日からお風呂に入ってません~。
「こんなに早く会えるとは思わなかったや。でも、おんなじ世界に来てるとは思ってた。……まだご主人様と二人でいたかったなぁ」
「昨日から二人でいたのですか? ズルいです、レオ」
レオが手を差し出すけれど、シンは拒否して私を腕の中に隠してしまう。
ぶーとふくれっ面をするレオを無視して、シンは私の背中を撫でた。
「ああ、姿は違えどこうしてご主人様に触れられるなんて……。しかし、こうして同じ世界にいるのです。これからは、ご主人様と一緒にいられるのですね……」
うっとりとほくそえむシンに、私は悪寒を覚える。
え、ナニコレ。レオと同じくヤンデレ気味なんだけれど。
青いキャッツアイにも、どろりとした感情が見えてしまうのだけれど。
私のペットは、みんなヤンデレ化してるの……? カタカタ。
「あ、あのぉー」と、ギルドマスターがこちらに声をかけてきたタイミングで、謁見の間に神官が一人飛び込んだ。
「ギルドマスター! 緊急です! レッドワイバーンが! レッドワイバーンが街に向かって飛行しているそうです!」
「何!? レッドワイバーンだと!?」
ギルドマスターは顔色を変えて、謁見の間を飛び出した。
「赤いワイバーンってこと? 珍しいの?」
「そうらしいですよ、この街に飛行して近付く魔物は滅多にいないそうです」
「ちょっ、早く追いかけようよ!」
「はい、ご主人様」「はぁい、ご主人様」
レオとシンがのんびり会話するから急かすと、パタパタと駆けてギルドマスターを追いかけてくれる。
ギルドマスターは神殿の入り口にいた。神殿は高台の上に建てられているから、望遠鏡で襲来するワイバーンが確認出来るらしい。私も森の方かやってくる赤い物体が見えた。大きそう……。
「赤いワイバーンって美味しいかな」
「瘴気に侵されていなければ、魔物は大抵食べられるそうですよ。レア魔物なら、美味しいかもしれませんね」
「美味しいなら食べたいなぁ、食べさせてもらえるかなぁ」
「ご主人様はどうですか? 食べたいですか?」
「え? 私は……辛くなければ?」
辛いかどうかは知らないけれど、赤いとイメージ的に辛そう。
ギルドマスターが必死に指示を飛ばしている横で、ついついマイペースなレオとシンに巻き込まれた。
危機感ないよね。まぁ、慌てても、私には何も出来ないんだけれども。
「あれ、ご主人様、辛いの、苦手? オレは得意ー、ピリッとするの好きぃ」
「僕は苦手です。お揃いですね」
「なんかいいね。ご主人様のこと、新しく知れた」
「フフ、そうですね。これからも、もっと知れると思うと幸福です」
ほのぼの。ワイバーン襲来なんて、とっても他人事な二人。
シンが掌で頭から背中まで一定のリズムで撫でてくれるおかげか、落ち着いていられる。もふもふされる側って、こんなにも気持ちいいんだね。
「ギルドマスターだそうですね」
「え、あ、はい」
そんなシンが、顔色悪く悩み込んでいるギルドマスターに声をかけた。
「アレを仕留めたら、アレのご馳走をしてもらいませんか? ちなみに辛くはありませんよね?」
「!! 構いません! 被害が出る前にどうか!! ……辛みがあるとは聞いたことはありませんが」
「そうですか。じゃあ結界を張って仕留めますね」
「え!? この街を覆うほどの結界を張れるのですか!? 流石白虎様!!」
「……」
とうとう赤いワイバーンは、街の壁までやってきてしまう。
腕は翼と同一になっていて、蝙蝠の翼がついたトカゲって感じだ。そして赤い。
神官コスのシンが使える魔法は、光魔法と水魔法だった。光魔法の結界で、魔物の攻撃を完全防御してくれるのは、ノーダメージでバトルを終えてくれるので便利だ。イベントのハードな周回にとても役立った。
シンは興奮するギルドマスターを一瞥すると、手をワイバーンの方に翳す。
気のせいか、ワイバーンの凶悪な目付きが、こちらを向いている気がした。喉元を赤黒く光らせたその赤いワイバーンは、バサバサ動く巨大な翼ごと、水色の光の球体に閉じ込める。放たれた赤い炎は、光の球体が遮断し、その中に留まるものだから、あっという間に炎の球体に早変わり。自分が吐いた赤い炎でダメージを受けたワイバーンは、光りの球体がなくなると、そのまま落下した。
「この街を覆う結界は張れませんが、対象に張ってしまえば自滅も簡単です」
翳した手で私の背中を撫でて、にこりと微笑むシン。
なるほど。完全防御の結界で閉じ込められたら、自分の攻撃が跳ね返ってきて自滅するのか。怖い。しれっと強くて怖い。うちの子、どっちも強すぎる。
ギルドマスターもシンの笑顔を見る余裕もなく、落下したワイバーンの方を目をかっぴらいて見て、顎が外れるくらい口をあんぐり開けて呆けている。
「レッドワイバーンのご馳走、よろしくお願いしますね」
シンは上機嫌に頼むと、神殿の中に引き返した。レオもあとをついてくる。
「結界魔法ってあんな使い方も出来るんだ? ねぇ、もうご主人様返してよ」
「ゲームのバトルの時から防戦一方より効率がいいと思っていたのですよ。嫌です。レオは昨日からご主人様を独占していたのでしょ、譲りません」
ゲームキャラ当人がゲームの話してる……。私がプレイしてた時から、自我があったんだなぁ、としみじみ。
謁見の間に戻ってきたシンはもう我が物顔で祭壇化したそこに腰を下ろすと「ご主人様、果物食べますか? どれがいいですか?」とお供え物を食べないかと微笑みかけられた。
「いや、お昼食べたから、大丈夫」
「このブドウとチェリー、美味しそうですよ?」
「いや、ホント、お腹は……えっ、何それ美味しそう」
ひと房見せてくれたのは、ビー玉みたいに透けた水色のブドウだ。すご。水色のブドウ。しかも透けてる。
どんな味だろう、とソワソワと身体が揺れてしまう。
「ぐっ、可愛い……! フフ、じゃあ一粒どうぞ。皮も食べられるそうです」
「ありがとう!」
一粒目の前に出されると、これまたビー玉みたい。私は今ぴよこなので、ぷすりと嘴を突っ込んで果肉を啄む。冷えたブドウの味は、通常のものより爽やかで清々しい感じがした。
「ん! 美味しい! 目でも涼しい感じで、面白いブドウだね!」
「フフ、可愛い……もっと食べてください、ナノカ様」
「ぶー、オレも食べさせたい~。シン、ズルい」
「レオの方がズルいです。一晩過ごしたのですか?」
「だって森で二人きりだったんだもん」
「あなたの方がズルいです」
ぷすりぷすりと水色ブドウを啄む間、二人して互いをズルいと言い合っていた。
363
お気に入りに追加
668
あなたにおすすめの小説
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

殿下、私は困ります!!
IchikoMiyagi
恋愛
公爵令嬢ルルーシア=ジュラルタは、魔法学校で第四皇子の断罪劇の声を聞き、恋愛小説好きが高じてその場へと近づいた。
すると何故だか知り合いでもない皇子から、ずっと想っていたと求婚されて?
「ふふふ、見つけたよルル」「ひゃぁっ!!」
ルルは次期当主な上に影(諜報員)見習いで想いに応えられないのに、彼に惹かれていって。
皇子は彼女への愛をだだ漏らし続ける中で、求婚するわけにはいかない秘密を知らされる。
そんな二人の攻防は、やがて皇国に忍び寄る策略までも雪だるま式に巻き込んでいき――?
だだ漏れた愛が、何かで報われ、何をか救うかもしれないストーリー。
なろうにも投稿しています。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!
神桜
ファンタジー
小学生の子を事故から救った華倉愛里。本当は死ぬ予定じゃなかった華倉愛里を神が転生させて、愛し子にし家族や精霊、神に愛されて楽しく過ごす話!
『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!』の番外編を『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!番外編』においています!良かったら見てください!
投稿は1日おきか、毎日更新です。不規則です!宜しくお願いします!
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる