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シナリオと違う婚約者
しおりを挟む「……あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」
とりあえず、真剣に考えてみて、そう答えた。
私基準の楽しいことを。生きている中で、楽しいことを。
「朝の程よく冷え込んだ空気が、美味しいことはご存じでしょうか? 澄んだ空気が、肺を満たす心地よさはとてもいいですよ。だから、毎朝起きることは楽しいです。晴れた空はお好きでしょうか? 雲一つない青空もいいですよね。それにモクモクの白い雲が悠然と浮いている光景もいいと思います。雲を運ぶ風が身体にぶつかってきて、草原を駆けていく感覚はどうでしょうか? 気持ちいいですよ。だから、散歩に丘に行きます。乗馬も楽しいです。美しい光景を見る散歩も、風の中を突き抜ける乗馬も、私は楽しみです。あとは、読書ですかね。胸を高鳴らせる物語と出会えた時の、早く続きを読みたくてページを捲りたいけれど終わりに近づきたくなくて躊躇してしまう気持ちは、共感してもらえないでしょうか? 文字を追っているはずなのに、私は頭の中ではしっかりそのシーンを想像で思い浮かべているのです。とても楽しい時間ですよ」
楽しみなら、こうして、一つ一つ挙げられる。
こういうことでもいいのかと、彼の反応を確かめてみれば、黄色の猫目を見開いて、輝かせていた。
「……明日の朝、窓を開けて深呼吸してみる。空も見てみる。他には? 他には、あるの? まだあるの?」
大いに食いついてくれたので、これでよかったらしい。
気だるげな態度から一転、積極的な姿勢に変わった。
「私が思う楽しみで大丈夫ですか?」
「うんっ! 君が語る楽しみは、とても魅力的だ。もっと聞かせて」
ぐいぐい来るから、約束の時間まで、思いつく限りの私の楽しみを語る。
好きな食べ物の美味しさや気に入っているところ。好きな花の色や形、匂いの惹かれる理由。
愛馬の可愛さ。愛猫の愛おしさ。もふもふの違い。面白い癖。
そこまで語っていれば、双方の両親が迎えに来た。
離れて見守っていた執事と侍女から話を聞いて、驚いた顔をしたのは公爵夫妻だ。面食らった様子で、我が子を見ている。
気だるげな公子様が、私の話を興味深々に聞いていたから、見守っていた公爵家の執事と侍女も戸惑ったのだろう。
双方の両親に挨拶を済ませるなり、少年が声を上げた。
「父様! 人生の楽しみを見つけました! リーンティア嬢です!」
……!?
めっちゃ語弊がないか、それ。
公爵夫妻が、笑顔で固まってしまったわ。
私の父は絶句して、母はにやけるのを堪えているもよう。
「これからは、リーンティア嬢の楽しみを、一緒に楽しみたいです!」
私の両手を握ってくる彼の目はキラキラと輝く熱を持っていたので、どうやら語弊ではないと知る。
私、熱烈なプロポーズをされているわ……!
「と、我が息子は乗り気ですが、前向きに婚約を検討していただけますでしょうか?」
やっと動き出した公爵様が、キリッと仕事モードに入った。
隣の夫人も逃すものかという意思を、瞳に滾らせているように見える。
ほぼほぼ放心した父とはしゃいだ母は、押されに押される形で、無気力キャラの公爵令息との婚約がトントン拍子で決まってしまった。
そういうわけで見合いお茶会は、終わり。
相手が決まってしまった私は、王子と見合いすることがなくなってしまった。
意図せず、王子の婚約者というポジションは潰してしまったのだった……まぁいいか。権力的には、上の公爵家との縁談。あちらが乗り気で、こちらは別に拒否する理由もないので、断る必要もなかったのだ。
当人も、私に興味も関心も示して、何をするも一緒を望み、濃密な交流をしてくれる。
私が好きなことを好きになってくれて、そして一緒にしてくれるのだ。
この上なく、いい人だと思う。好ましく思うし、いい関係がこの先も築けるなら、伴侶として文句なしだ。
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