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一章
16 主従関係。
しおりを挟む大きな鹿を二匹仕留めた私達がズルズルと持ち帰ると、リーノがすぐに担ぎ上げて運んでくれた。
玄関の前にナータが座っていたので、隣に腰を落とす。
「で? 無罪放免になった今後はどうすることにしたんですか?」
「……ここで働かせてもらうことにした」
「孤児院で?」
「進撃を止めてくれた君達に恩返しをする方法として、ここで働くことを選んだ。もちろん金は要らない。院長も大人手が増えることはいいことだと許してくれた」
「ふーん」
ナータはそう静かに告げた。
頬杖をついて見つめる私を、ナータは見つめ返す。
ナータの瞳は赤茶だ。
「リーノはあなたの言葉なら耳を貸したはず、何故止めなかったんですか? 冷静に考えれば無謀な進撃だってわかっていたはず」
私はちょうどよかったので、暗示を使って聞き出した。
「……退屈していた」
ナータがそう答える。
「なんでもよかった。面白いことが起こればいいと思い、リーノについてきた。……幻滅するか?」
視線を外して問う。
「あはははっ! 面白いことが起きてほしいから、小さいとはいえ国に攻め込もうとしたの? ウケる!」
私はお腹を抱えて笑った。
「面白いやつだな、気に入った」
そうペシペシと背中を叩けば、またナータは私の目を直視する。
「でも、この孤児院には問題を持ち込むなよ」
立ち上がってナータを覗き込むように暗示をかけた。
「……ああ。暗示をかけなくてもそうする」
「よろしく」
「ーーもう、面白いものは見付けたらからな」
「……?」
ポツリと独り言を聞き取ったが、首を傾げるだけで私はそれが何かを問わない。
「一つ聞きたい」
「何?」
「影にいる化け猫はなんなんだ?」
「ああ、私が飼っている黒猫だよ。名前はチェシャ」
「……」
そう答えて、食事の準備をしているキッチンに向かった。
それからオーク三人が居候することになった生活が始まる。
ミーニは女の子達に人気だ。髪を結ぶことは不得意だが、服を作ることは上手かった。狩った獲物の皮を、ベストにしてくれて、暖かいと好評。
孤児院から出れない暗示は解いて、狩りに同行してしてもらったリーノとナータも活躍してくれた。初め、孤児院の子ども達だけでは食べ切れないほどの量を狩ったので、近所に振る舞った。
「あのオーク達、住み着いたのか」
「はい」
「お前が庇うからだぞ」
「ええ? 私は普通ですよー」
イサークさんの稽古は、相変わらず私とニーヴェアとアッズーロで行く。
なんか責められた。そして叩き潰された。
やっぱり、イサークさんとリーノでは力の差が歴然だ。
まだまだ私は強くならなくちゃいけない。
そうだ。思い付いた私は、稽古から帰るなり。
「ナータ。一戦してください」
満面の笑みで戦いを申し込んだ。
狩りに行く準備をしていたから、その手には短剣が握られていた。
断っても切りかかるけれど。
「……ああ」
すんなりオッケーが出た。
孤児院の前庭で、子ども達にも言って離れてもらい、ナータと一対一の対決をする。
審判を買って出てたのは、ニーヴェア。
「始め!」
ニーヴェアが手を振り下ろしたと同時に、私は飛び出した。
スローモーションの中、ナータも踏み出す。
短剣を真っ直ぐ向かう私に振り上げるが、頭をずらして避ける。
肩を狙ってナイフを刺しにかかるが、スレスレで避けられた。
下から蹴りが上がるから、それに足をかけて後ろに飛び体勢を整える。
今度はナータから向かってきた。
でも影を伸ばしていたので、それで捕まえる。
「!?」
「残念、影には要注意」
遅いけど。
私はジャンプをして、空中で一回転してその勢いで蹴って叩き潰す。
地面に倒れるナータの背に着地した。
「本気出してる?」
「……強いな」
ちょっと油断しすぎじゃない?
地面に突っ伏したままのナータは、それだけ答える。
納得いかないと、その上にじゃがむ。
「何をやっているんだ! 早く狩りに行こう!」
「ヴェルミ、行こう」
リーノとアッズーロが急かす。
狩りに関して、意気投合している二人だ。
仕方なく私はナータの上から退いて、狩りに出掛けた。
そんな感じの日々を数日ほど過ごす。
ますます人外孤児院になって、近所は引いているようだった。
オーク達に物乞いはさせないようにしよう。
「あっれー! ヴィオさんだ!」
ある日、セイカの声で知る。
ヴィオさんが戻ってきた。
窓辺でを時間を潰していた私は飛び降りて、歩み寄る。
「ヴィオさん」
「ヴェルミ!」
ぱぁっと輝くような笑みで私を呼ぶと駆け寄ってきた。
「聞いてくれ、オーガの村の一番の強者に戦って勝ったんだ!」
ギルドに行くついでに故郷に帰っていたみたいだ。
荷物を肩から下ろして、ヴィオさんはそう嬉々として報告した。
「それはそれはすごいですね」
「ヴェルミのおかげだ。オレに自信を与えてくれた」
「ん?」
私はなんのことかわからず目を瞬かせた。
そんな暗示をかけたことを思い出して、「ああーね」と頷く。
オーガの中では体格は小さく弱者扱いされていたらしいヴィオさんにとって、これは人生で一番の喜び事かもしれない。それに一役買った暗示に、感謝しているようだ。
別にいいのに。
すると、目の前でヴィオさんが傅いた。
「我が主(あるじ)になってほしい! ヴェルミ」
そう光りが宿る目を真っ直ぐに向けて告げる。
「はい?」
私は首を傾げた。
あるじ……?
いきなりすぎて、なんの話かわからない。
「主従関係を結んでほしい。オレは君に付き従う、一生だ。家来にしてくれ」
家来にしてくれなんて。何かの遊びじゃあるまい。
でもヴィオさんは、真剣な表情だ。
私は小さな国の最果ての孤児院にいる吸血鬼の子どもでしかない。
それを言おうと口を開くと、誰かが私を横切った。
ナータだ。
ナータはヴィオの隣に傅いて、片手をついた。
「右に同じく、家来にしてほしい。この身を捧げよう」
「えっ」
なんか増えてしまったぞ。
「待て!!」
ビュッと風のようにまた私を横切る誰か。
というか、リーノだ。
ヴィオさんの左に並び、傅いた。
あとからミーニも並んだ。
「ナータから聞いた! この命を拾ってくれたのは、まぎれもなくヴェルミ! お前だ! だからお前に付き従おう!」
「同じく、従う」
増えた。
「ちょっと待ってよ。私は五歳だよ? 何に期待してるの?」
特にナータ。私に付き従って何が面白いというのだ。
五歳児だぞ。しかも孤児。
吸血鬼の子どもで特殊な能力は持っている。
そして、転生者だ。
本物の絆をいつか手に入れたいだけの子ども。
「強いて言うなら、あなた自身」
ナータはそう答えた。
面白いものを見付けたって、私のことだったのか。
にゃろうめ。
子ども達が集まってきて、何をしているのかと問うも、大人四人は立ち上がろうとしない。
(にゃはははっ! 面白いことににゃったにゃ!)
頭の中でチェシャが笑う。
(笑い事じゃないんだけど)
(いいじゃん、家来にしてやれば? その中(にゃか)で本物の絆(きずにゃ)が見つかるかもしれにゃいじゃん。繋(つにゃ)げて損はない絆(きずにゃ)だ)
チェシャは付け加えて言う。
(ま! オレが一番早くヴェルミと繋(つにゃ)がった本物の絆(きずにゃ)だけどにゃ!)
「……」
本物の絆か。
チェシャが本物の絆かどうかは置いといて、心繋がる誰かになるというならば、頷いて損はないのかもしれない。
でも主になるなら、家来の責任は背負わなければならない。
それわかってて、言っているのだろうか。この四人は。
五歳に背負ってくれって言っているようなものだ。
「言っておきますが、私は性格がひねくれてますよ? 付き従うことをいいことに変な命令を下すかもしれませんよ? それでもいいんですか?」
「ヴェルミのことを信じている」
ヴィオさんは微笑む。
「また謎の信頼感」
苦笑いが溢れてしまう。
「後悔しても知りませんからね」
「しないさ」
どこからくる自信だ。
仕方ないと肩を竦めた。
「じゃあ……私に忠誠を誓え!」
スゥッと息を吸い込んで、その場に声を轟かせる。
「はっ!」
まるで打ち合わせていたのか、はたまた常識的なのか。
四人は揃って言葉を返した。
「「「「我が命、我が心、我が身を捧げるっ!!!」」」」
こうして、私はオーガ一人とオーク三人と主従関係を結んだ。
本物の絆が欲しい。
心繋がる誰かが欲しい。
そう願った前世。誰といても孤独を感じる人生だった。
ーーーーじゃあ今世は?
これは私の物語である。
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