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一章

15 処罰。

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 街の真ん中を突っ切るが、夜になったから人はほとんど出歩いていない。
 街は静かなものだった。オークの軍が攻めてきたなんて、微塵も気付いていない。平穏な夜の街を眺めつつ、西の外れにある孤児院に戻る。
 孤児院の前には、フランケン院長も子ども達もいた。
 私達を待っていたようだ。

「避難しなかったんですね」
「我々だけ避難しても、な……」
「ヴェルミ達を置いてけないよ!」
「「ヴェルミ!」」

 セイカと双子ちゃんが飛びつくから受け止める。
 軍が攻めてくるという情報を得たというのに、逃げなかった。
 むしろ戦うつもりだったのか、フランケン院長の手にはクワが握られている。

「オークなら主犯を捕まえました。烏天狗のお兄さんの具合はどうですか?」
「……まだ意識は戻っていない」

 連行してきたオークの三人を見て、フランケン院長は私に答えた。
 後ろを見上げてみれば、リーノもミーニもフランケン院長を見て驚愕の表情をしている。
 うんうん、ビビるよね。
 しかし、ナータだけは真顔だった。
 ポーカーフェイスかこいつ。
 つまらん。

「とりあえず、この三人入れてもいいですか?」
「? いいが」

 私の意図がわからず首を傾げるフランケン院長だったけれど、許可を出してくれた。イサークさんもヴィオさんも、同行しているからだろう。目を光らせてくれなくても、武器は取り上げたし、戦意はもうない。
 私は安心して背中を見せて、部屋まで案内した。
 客室に入ると、烏天狗のお兄さんがベッドから立ち上がろうとしているところだ。

「あ、だめですよ」
「急がないと……っ!?」

 よろめく烏天狗のお兄さんの元に歩み寄る。
 彼はあとから入ってきたオークを見て、ビクッとした。
 戦闘態勢に入るが、翼が痛むのか「ううっ」と呻く。

「私はヴェルミです、お兄さん。オークの軍なら私達が倒しました」
「えっ……はっ?」
「まぁまぁ、座ってください。それから私の血を飲んでください」
「はっ!?」
「私の血で怪我が治ります」

 袖を掴んで引っ張り、ベッドに腰を落とさせる。
 私も隣に腰を下ろした。
 瞠目してしまっている烏天狗のお兄さんを宥めつつ、ナイフを取り出して掌を切り付ける。

「そういえばお兄さん、名前は?」
「……セテ」
「セテさん。飲んでください。薬だと思って」
「……」

 セテという名前の烏天狗のお兄さんは、差し出された血を見つめた。
 掌から溢れる前に飲んでほしい。
 セテさんは、オーク三人を挟んで立っているヴィオさんとイサークさんに目を向ける。剣の柄を握ったままの二人は、頷き一つで促す。
 覚悟を決めてセテさんは、ぐびっと飲んだ。
 吸血鬼ではないので美味しいとは感じなかったらしい。
 堪えているようななんとも言えない表情になる。
 私はもう傷が塞がった掌を、自分でペロリと舐めとった。
 んー甘めの血である。

「はい、オークの三人は膝をつく」
「おう」

 私が指を下ろせば、それに従ってリーノとミーニとナータが膝をついた。

「怪我、治りましたか?」
「……ああ、少し痛むが……治ったようだ」

 オーク達に険しい視線を送りつつも、私に回復具合を教えてくれる。

(直接血を塗った方が回復が早いらしい)

 そうみたい。でも効果はあった。
 覚えておこう。

「それではあとは大人同士。話し合いで決めてください」

 パンと手を叩いて、その音を響かせる。

「話し合い……?」
「はい。オーク軍は私達が追い払いました。残るは責任を取ると言い張るこの三人です。この国に攻めようとし、セテさんを傷付けたことを謝罪したいそうですよ」

 困惑を顔に出しているセテさんに、私はわかりやすく説明をした。
 それから、リーノに目を向けて合図する。

「申し訳ない、セテ殿! この通りだ、許してほしい! 罪が重いというのなら、オレの首一つで頼む!」
「いや! アタシの命で!」
「オレの命で償おう」
「やめんか! 二人とも!」

 ずいっとリーノよりも前に出るミーニとナータ。
 セテさんは、より困惑をした。

「さぁどうします? セテさん。あなたを追い込んだオーク軍のボス達が、償うと言っています」

 にこにこしながら、セテさんの判断を待つ。

「……イサークさん達が、倒したのですか?」

 口を開いたセテさんは、イサークさんの名前を口にする。
 ほほう。イサークさんを知っているのか。

「オレが駆け付けた頃にはもう終わっていた。その子どもとエルフの子どもと獣人の子ども、そして冒険者のこのヴィオの四人で戦ったようだ」
「もう一人、セイレンの女の子がヘルハウンドを追い払ってくれました」
「……!!」

 答えたイサークさんの言葉に、驚愕した顔をして固まってしまって、セイカの活躍が耳に入っていない様子のセテさん。
 そして私を見張るように見てきた。

「やめろ、目を合わせるな。吸血鬼の子どもだ」

 セテさんに、イサークさんは注意をする。

「……」

 私から視線を外して、次はリーノを凝視するセテさん。

「ちなみに私達は孤児院の子どもです。五歳です。オークの軍がもたらした被害は、あなたへの攻撃くらいなものです。どうします?」

 あまり有害ではないと仄めかして、私は答えを急かしてみる。

「……」

 悩ましそうにシワが寄る眉間。
 許してあげればいいのに。
 五歳児に負けた少数の軍なんて。
 でも怪我を負わされたセテさんからすると許せないのだろうか。あるいは、立場上。

「……一応、城に報告させてもらう」

 上司に報告することを選んだようだ。

「じゃあその間、このオーク達はここに置いておきますか? 孤児院としては大人がいると助かります、ね? フランケンいんちょー」

 ドアの入り口で立っているフランケン院長に振る。
 同じく目をやったセテさんが震えたことが、ベッドから伝わった。
 当然の反応である。

「……セテさんがいいと仰るならば」

 地を這うような低い声で答えた。

「なんなら暗示で逃げるなってかけてやることも出来るぞ」
「そうですね……!」

 イサークさんがさらりと提案すると、セテさんは頷く。
 普段は使うことを許されないのに、大人の都合で使われる。
 全く、大人ってやつは。やれやれ。
 視線が私に集まるので、私はベッドから降り立つ。
 パチンと指を鳴らした。

「はい、私の目を見てー。孤児院の敷地内から出ない」
「孤児院の……」
「敷地内から」
「出ない」

 ミーニ、リーノ、ナータの順番で目を見て暗示をかける。

「これでこの三人は孤児院から出れない。処罰が決まったら、ここに戻ってきて下せばいい。オレは帰るぞ」

 もう見張る必要はないと判断したイサークさんが、部屋をあとにした。
 私は子ども達をかき分けて、その背中を追いかける。
「なんだ」と振り返らずに追いかける理由を問うイサークさん。

「心配かけてごめんなさい、師匠」
「っ! バカ言うなって言っただろうが!!」

 怒って足を早め、孤児院を出て行ってしまった。
 頭の中では、チェシャが「にゃははは」と笑う。
 首を傾げたが、客室に戻る。
 セテさんは一晩休むことになった。病み上がりで空を飛ぼうとしたから、フランケン院長が止めたのだ。
 使っていない空室に、オーク三人は古びた毛布を渡して寝てもらった。
 黒猫のチェシャを抱いて、私はぐっすりと眠る。
 翌朝、話し声で目を開く。
 フランケン院長とセテさんの声だ。
 私は寝間着のまま部屋を出て、声を辿った。
 玄関ホールだ。

「セテさん。もう行くのですか?」
「あ、ああ。君には世話になった……命を救われた、ありがとう」

 目元を擦りつつ訊くと、膝をついて視線を合わせたセテさんは礼を伝える。

「お願いしてもいいですか?」
「なんなりと」
「翼に触ってもいいですか?」
「これか。どうぞ」
「わーい」

 差し出してくれる右の翼に喜んで触れた。
 羽根のもふもふ。たまらん。

「それとですね。オークの件ですが、情状酌量してください」
「!」

 漆黒の羽根のもふもふさを掌でまんべんなく味わいながら、私は言う。目はあえて合わせない。

「進撃を阻止した私からのお願いです」

 にっこり、と無邪気に笑って見せる。

「じゃあ気を付けて帰ってくださいね」

 手を振ってから、引き返す。
 すると曲がり角にナータが立っていた。
 私と顔を合わせると、頭を下げて部屋に戻っていく。
 気に留めることなく、私も部屋に戻って着替える。
 朝食は賑やかなものだった。
 大人のオーク三人が増えたのだ。
 元々広かったリビングルームは、狭く見えた。

「いやぁすまないな! 昨夜も飯を食わせてもらってしまって!」
「敷地から出れないからね。狩りは私達がやるから、他の仕事をしてください」
「うむ!」

 いい返事をしてリーノは、焼き上げた肉を頬張る。
 狩りと聞いて、アッズーロの尻尾がフリフリと揺れた。
 済んだお皿を洗おうとしたら「オレがやろう」と自らナータが買って出てくれたので、任せる。
 洗濯を干して、各々割り振られた場所の掃除をした。
 イサークさんの元に出掛けようとしたら、玄関の前に座り込むミーニを見付ける。子ども達と遊ぶリーノを見つめて、浮かない顔をしていた。

「どうしたんですか?」
「……どうしたもこうしたもない。アタシ達は処罰待ちの罪人だ。死刑を言い渡されるかもしれないのだから、呑気に笑っていられない」

 ミーニはそう言うが、リーノは笑っている。
 腕にケンタロスの子どもとサイクロプスの子どもを掴ませて持ち上げ、呑気に笑っていた。

「なんとかなるんじゃないですか?」
「なんとかなる……」
「そう言えば、リーノとはどんな関係なんですか? 恋人?」
「こ、恋人ではない! ……許嫁関係だ」

 あ、ちょっと照れたみたいだ。
 表情が変わった。

「へぇー許嫁関係かぁ」
「その年頃にはもう約束していたわ」
「ふーん。まぁなんとかなるって」
「……」

 私は肩をポンポンと軽く叩く。前向きな私の言葉に、ミーニは何も言わなかった。

「あれ、ヴィオさん……どうしたんですか? その荷物」

 玄関から出てきてヴィオさんは、マントを羽織ってリュックを背負っていたものだから首を傾げる。

「オレも一度ギルドに顔を出しに行くことにした。でもすぐに戻るつもりだ」
「そうですか……」

 私は首を傾げたまま、ヴィオさんを見上げた。
 居候していたヴィオさんは戻ってくるという。
 ヴィオさんは私の目を見つめ返しては、頭を撫でてきた。
 どこか決意を秘めた目に見たのは、気のせいだろうか。

「いってくる」
「いってらっしゃい、ヴィオさん」

 孤児院の前で別れた。見送った背中は逞しく思える。

「なんかヴィオさん、かっこよく見えない?」
「は!? な、なんでだ!?」
「何動転してるの。ニーヴェア」

 元々イケメンの分類に入る顔立ちだけど、かっこいいと思えたのは私だけのようだ。ニーヴェアは否定し、アッズーロも沈黙していた。
 イサークさんの稽古してもらったら、こってり絞られた。解せぬ。
 昨日はいいことをしたつもりなのに、解せない。
 帰ってみれば、孤児院の上を飛び去る烏天狗の姿を見付けた。
 セテさんかな。速い。
 玄関前では、リーノとミーニが手放しで喜んでいたので、処罰は軽いもので済んだとわかった。

「聞いてくれヴェルミ! オレ達は罪に問わないということになったぞ!」
「よかったじゃん」
「なんとかなった!」

 ミーニは涙ぐんだ。そんなミーニをリーノが一人で胴上げした。
 セテさんは私の願いを聞いてくれたのだろうか。それともやっぱり五歳児に進撃を阻止された少数の軍なんかは、脅威と捉えなかったのだろう。
 でも処罰が何もないのはちょっと不思議だ。国外追放くらい言い渡すかと思っていた。
 まぁ、何もないならいいっか。

「さて、狩りに行ってくるから、留守はフランケン院長とよろしくお願いします。今後のことは、その間にでも決めてください」
「おう!」

 私はアッズーロとセイカ、ケンタウロスのタイニーと狩りに出掛けた。


 
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