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一章

14 戦闘終了。

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 左を見ればヴィオさんとミーニが、刃を交じり合わせる。
 大丈夫だろうか。異性相手だからって気を抜かないか。
 ヴィオさんと手合わせしたことないけれど、負けはしないだろう。
 相手が弱いと感じたからではない。ヴィオさんの方が強いと判断したからだ。
 右を見ればチェシャとナータの対決。
 剣相手なのに、チャシャは素手だ。というより猫の手。
 もっと言えば、爪か。
 ナータの力量は計りかねるけれど、チャシャも相当強い。

(こっちのオークは相手してやるから、ボスと遊んでいいよ)

 思念伝達でも任せろと言うくらいだ。随分と余裕だ。

「にゃはははっ! その程度にゃのか!?」
「っ! 何者だっ!」
「オレはチェシャ。化け猫のチェシャさ!」

 その存在に戸惑うナータを、いたぶるのだろうか。
 観覧したいが、ここは私が頭を潰しておかないといけない。
 だって、ニーヴェアもアッズーロも多数を相手しているのだ。
 スッと腰のホルダーから抜き取ったナイフを構えた。

「まさか、子どもを相手にするとは」
「さて、遊んでくださいな」

 苦笑いをするリーノに向かって走っていく。
 ここは荒れ地。阻むものは何もない。
 スローモーションで見える世界。あっという間に、間合いを詰めた。
 そんな私に叩き落されるのは、金棒だ。
 それを横に移動して避ける。
 オーガに匹敵するような怪力を受けるつもりはない。
 人間のイサークさんなら全然マシだけれど。
 受けたら、記憶が飛ぶかもしれない。むしろ頭かち割られる。
 私はナイフを振り上げた。
 リーノは仰け反って避けるが、掠めて血が吹き出す。

「速いなっ!」

 私の速さに瞠目しているが、金棒を横に振って私を吹っ飛ばそうとした。
 だから、受ける気はない。
 でも見極めてくるあたり強い発言は伊達ではないようだ。
 にやっと笑っては、周囲に影の壁を作り出す。
 地面を蹴って、壁を駆けて、リーノの背後を取った。
 ナイフの柄を後頭部に叩き付ける。吸血鬼の子どもの腕力は人間の大人並みにはあるはずだが、頑丈なリーノは倒れなかった。
 右腕の肘を私に叩き付けようとしたから、先にナイフを突き刺す。
 致命的な場所に刺してもよかったのだけれど、人間の姿に近い彼を殺すとフランケン院長が怒ると思った。

「ぐっ!」

 地面に着地した私は、リーノの足を蹴って崩す。
 そこでリーノの腕からの出血に、気が取られる。
 そう言えば、もう空が夜に染まっていた。夕食の時間だ。
 別に空腹を感じるわけでも喉の渇きを感じるわけではないが、なんとなく血が気になった。
 そんな隙に、リーノはナイフを引き抜く。
 血が私の顔についたので、ペロリと舐めた。
 んー、微妙である。
 起き上がるリーノはナイフを放り投げたが、私は影を伸ばしてキャッチした。

「影か!?」

 やっと私が自分の影を操っていたと知る。

「奇怪な子どもにこんな……こんな苦戦……いいや、オレは強い! オレは強いんだ!!」

 ヴィオさんと逆だ。
 ヴィオさんは、オーガの中でも自分は弱いと劣等感を抱いていた。
 リーノは、オークの中でも最強とでも思っているのだろう。
 そんな自信で、金棒を握り直した。左腕だけでも、振り下ろした。
 その目は死んでいない。まだ勝機を見逃さない目だ。
 私は金棒を掠めて、懐に入った。下から顎にナイフの柄を叩き上げる。
 イサークさん相手だったら、私が叩き潰されていたところだ。

「ガッ」

 私は畳み掛けることにして、踏ん張った回し蹴りを鳩尾に決めてやった。
 爽快なほど吹っ飛んだ。

「ぐ、あっ……!」
「ふぅー」

 これでリーノのプライドもへし折れたかな。
 戦いに夢中になっているオーク達に大将が敗れたことを伝えようとしたが。

「何している!?」

 そこに響くのは、イサークさんの声。
 思わずびくりと肩を上げた私は、振り返る。
 森から出てくるのは、剣を右手に持ったイサークさん。師匠である。
 その目は私を珍しく見据えていて、表情は怒っているようにも見えた。
 え? 私怒られるの? 悪いことした?
 奇声上げて走って帰れってオーク一人に、暗示を使ったけれども。
 あれは見られていないから怒られないはず。
 叩き潰される?
 わけわからなくなった私はとりあえず。

「遊んでもらってるの!」

 そう答えた。あながち嘘ではないような、嘘のような。

「……」
「……」

 双方でキンキンと鉄がぶつかり合う音が響いていたのに、今は止んでしまい、痛いほどの沈黙になる。
 あ、チェシャが消えていた。逃げ足速い。
 ズンズンとイサークさんが歩み寄ってくる。
 お、怒っているぞ。叩き潰される!

「状況を説明しろ」

 ギロリと私を睨み下ろすイサークさん。拳は降ってこない。

「ボスのオークを蹴り飛ばしたところです」

 正直に答えた。
 一応、吹っ飛んだ方を指差す。

「聞けーぃ!!!」

 私を見下ろしたまま、いきなりイサークさんは声を張り上げる。
 それから、オーク達に顔を向けた。

「お前らのボスは倒した!! お前らは敗北した!! 退け!!」

 さむなくば、と言いそうな雰囲気を感じ取る。
 殺気だろう。イサークさんほどの強者の殺気には説得力がある。
 殺気に耐えられず、尻餅をつく者がいたくらいだ。
 私はそっとイサークさんから離れて、リーノの様子を見に行こうとした。
 でも離れることは許されず、がしりと頭を鷲掴みにされる。
 ミシミシと言っている頭が気になりつつも、ナイフについた血を振り払ってホルダーにしまう。
 オーク達はどうすればいいかわからないようで動かない。

「死にたいのか!?」

 凄むと余計に足が竦むと思うのだけれど、イサークさん。
 自分の殺気のすごさわかってない?

「退け! お前達」

 そこで別の声が上がる。
 倒れていたリーノのものだ。

「オレ達は負けた。はっはっは! 先に帰ってくれ! オレの命一つでけじめをつける!」

 リーノは立ち上がって、自分の軍に告げた。

「ここまでついてきてくれてありがとうな!!」

 オーク達は、涙ぐんだ。
 それから怪我した仲間に肩を貸したり、背を負ったりして、引き返した。
 リーノが目の前まで戻ってきたかと思えば、両膝をついて頭を差し出す。

「オレの首を取ってくれ」
「……」

 リーノの命で幕を落としたいらしい。
 でもイサークさんは剣を抜かなかった。
 私の頭から、やっと手を離してくれる。

「それならアタシの命をっ!!」

 ガバッと二つの刃物を投げ出して、リーノの前に出たのはミーニだった。

「ミーニ、よせ」

 そうリーノが肩を押し退けようとしたが、ミーニは涙ながらに拒む。

「いや、オレの命を」

 右で跪くのは、ナータ。これは意外だ。
 剣は地面に突き刺して、俯く。

「ナータまで……」

 リーノは感動しているようだった。

「いや命は要らない」

 私はあっさりばっさりと言い切る。
 リーノもミーニも、瞠目。

「イサークさんは退けって言ってるじゃん」
「だが、オレ達が攻めてきたのは事実」
「被害はないでしょう? あ、烏天狗のお兄さんが重傷か」
「この国に牙を向けたことは事実。その報いは受けねばならないだろう」

 お兄さんのことをすっかり忘れていた。
 烏天狗のお兄さんはオークの進撃を報告しようとして攻撃を受けた。
 この国の偵察部隊だから、なかったことには出来ないのか。

「じゃあこうしよう。烏天狗のお兄さんに直接話し合おうか」

 ぽむと掌に拳を置いて、私は提案する。

「お兄さんになかったことにしてもらおうよ」
「い、いやだからなかったことには出来ないと」
「ええー? 子どもに阻止された軍なんて重視されないよー。ね? イサークさん」

 私なら孤児院の子ども達に阻止された軍のことを聞いても、脅威には思わない。

「だいたいあの数で本当にこの国に攻めようとしたの? 勝つと思ってたわけ?」
「オレは強っ……かったんだ……」

 流石に自信は折れたらしく、リーノは顔を伏せた。

「……見たところ、若者ばかりだったな」

 イサークさんが指摘する。
 オークは若者だけだった。そう言えば、老人や老けた顔の人はいなかったっけ。皆図体はよかったから、気にならなかった。

「リーノについてきた者だけが来たの……」

 ミーニが涙を拭って答える。
 一部だけが来たのか。

「両親とかに止められなかったの?」
「バカにするなよ! オレ達は大人だ! 強者にこそついていく!」

 ガッと顔を上げたリーノが、声を張り上げた。

「止められたが、強者のリーノを力尽くで止める者は村にはいなかった」

 横で真顔のナータが教えてくれる。
 強行突破かよ。
 私はリーノの頭にチョップを落とした。

「そうだな。じゃあ命を持って償う時はリーノの命にしよう」
「そんな!」
「とにかく、孤児院にいる烏天狗のお兄さんに命乞いでもしてください」

 ミーニがまた涙を込み上がらせたが、私は横切ってニーヴェアとアッズーロの元に向かう。

「孤児院?」

 リーノが目を瞬く。

「ああ、言ってなかった? 孤児院の子どもだよ。私達」

 無事だったニーヴェアとハイタッチをして、それからアッズーロの頭をグリグリと撫でてやる。
 リーノもミーニも、絶句をした。

「なんでそこで絶句をする?」
「てっきり領主が雇って鍛え抜かれた精鋭かと」
「選りすぐりの天才児かと」
「何それウケるんだけど」

 私は指を差してゲラゲラと笑う。
 そんな私の頭を、またイサークさんが鷲掴みにする。
 なんで?

「ヴィオ、お前が居ながら、なんでヴェルミ達が最前線にいるんだ」
「止めたのですが、申し訳ありません……」
「そうそうヴィオさんは止めようとした、痛たたっ」

 面目ないと俯くヴィオさんを庇おうとしたら、締め付けが強くなる。

「お前な。軍が攻めてきていると知って見に行くバカがいるか」
「吸血鬼の目で遠くから確認するだけのつもりだったんですよ」
「言い訳するな」
「わーオーガに優る怪力ー、痛たた」

 鷲掴みにした頭を持ち上げられた。

「だって目の前に敵がいたら戦うしかないでしょう!?」
「お前の力は守るためのものだろうが!」
「街を守りましたけど!?」
「っ! いいか! 最前には出るな!」
「なんで!? 子どもだからわからない!」
「こんな時だけ子どもぶるな!」
「大人は身勝手すぎる!」

 私はじたばたと暴れて、なんとか頭をかち割られる前に逃げる。
 なんでこんなにイサークさんが怒っているかわからない!

(ヴェルミ達を心配しているんだよー)

 頭の中でチェシャの声が響く。

「え、師匠、心配してくれてるの?」

 口に出したら、イサークさんの時が止まった。

「ーーーーバカ言うな!!」

 カッと目を見開いて否定される。

(にゃはははっ!)

 チェシャだけが、脳内で笑っていた。


 
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