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一章

12 傷だらけの烏。

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 翌日、領主とその娘が、直接お礼を言いに来た。

「あ、ありがとうございました……」

 恥ずかしそうにしつつも、姿勢も正しくお辞儀をして見せる女の子の名前はセリーアンナだという。
「ほら、ちゃんと言いなさい」と父親の領主に促された。

「……この前はごめんなさい」

 花畑で孤児を忌み嫌った発言をしたことだろう。

「いいよ。今度は皆で遊びましょう」
「……ええ!」

 手を差し出して言えば、顔を上げたセリーアンナは強気な笑みを見せた。
 これで安心して女の子達を花畑に行かせられる。
 私はナイフをもらったし、イサークさんの稽古に専念しよう。
 午前の稽古。イサークさんに飛びかかり、懐に入るもまた叩き潰されてしまう。
 じゃあ外から攻めようと、影を駆使して瞬く間に左右に移動して、背中から刺しに行こうとしたが、それもいなされては叩き潰される。
 砂だらけになるじゃないか。

「ドレスじゃなくてよかったな」

 そうニーヴェアが笑う。確かにね。
 イサークさんが「?」を浮かべていることには気付かなかった。
 それからずっと、ついてきたヴィオさんは難しい顔をしていた。
 孤児院に戻っても、ヴィオさんの表情が変わっていなかったから理由を尋ねてみた。

「イサークさんは、君が女の子だと知らないんじゃないか?」
「はい? まっさかぁー。一年近くの付き合いで気付かないわけないじゃないですかー」

 とても深刻な表情で言ったのがそれだったから、私は笑う。
 思えばそろそろ一年か。師匠になってもらってから。

「いや、女の子ならあんな風に叩き潰さない」

 ヴィオさんは断言した。

「……」

 確かに容赦はないけれども。

「一度ドレスで会いに行ってみてくれないか? そうだ、お披露目してきてくれ」

 真剣にヴィオさんはそう頼んできた。

「ヴェルミがドレス着るってー!!!」

 会話を聞いていたセイカが、勝手に決定させて女の子達を集める。
 喜んだ女の子達に、またドレスに着せ替えをさせられる羽目になった。
 お嬢様になった気分だ。セリーアンナはいつもこんな感じなのかな。

「一緒に行こう」
「いえ、私一人でいいですよ。ヴィオさんは狩りに行ってもらっていいですか?」
「わかった」

 どうせ「だからなんだ」的な目を向けられるだけだろう。
 わざわざそれを見なくてもいい。
 狩りを代わってもらって、私は女の子達に見送られ、再びイサークさんの家に向かった。

「あれ、見かけない女の子だね」
「孤児院の子ですけど」

 顔見知りにそう何度か声をかけられたけど、すぐに目を背けられる。
 孤児院の吸血鬼の子どもですけど。

「ん……血の匂い」
「みゃあ?」

 街の東の外れ。もう少しでイサークさんの家が見えてくるところで、血の匂いを嗅ぎつけた。いつの間にか影から出てきたチェシャ一瞥して、辿ってみることにする。
 森に入った。案外、早く見付ける。
 倒れた人がいた。
 人? ではないか。
 背中には黒い翼が生えている。鳥。烏(カラス)だろうか。

(烏天狗だにゃ)
「烏天狗」

 私は繰り返した。それは珍しいものを見た。
 いや感心している場合ではないか。

「お兄さん、大丈夫ですか?」

 一応、声をかけてみる。
 少しだけ身体を震わせて動いた烏天狗の若い男の人。ヴィオさんと変わらなそうな歳。
 いやヴィオさんの歳知らないわ。
 烏天狗のお兄さんは、目を開いた。ライトグリーンの瞳。髪は天然パーマみたいでふわっとしている。

「ーーーーうっ……」

 呻いて、また目を閉じてしまった。
 気を失ったみたいだ。

「矢が刺さってる……」

 黒い鉄の矢が、翼に刺さっていることに気付く。
 襲われたことは、間違いないようだ。
 問題は誰に、か。
 とりあえず、このお兄さんを運ぼう。
 ドレスは汚せないが、何も五歳児の私は背負うつもりはない。

「チェシャ」
(オレ、運ぶ気はにゃい)
「そうだと思った」

 チェシャには初めから頼むつもりはない。聞こうと思っただけ。

「影遊び」

 技名を唱えて、私は影をお兄さんに伸ばした。
 そして下から影を浮き上がらせて支える。
 傷に響かないように、街の中を突っ切って運んだ。
 街を闊歩したから、注目を浴びる。しょうがない。

「いんちょー、怪我人拾いました。森の中で倒れてました」
「……。客室に運んでくれ」

 じっと見下ろしてフランケン院長は、玄関の扉を開いてくれた。
 子ども達は興味津々。背中の大きな翼に釘付けだ。
 私はヴィオさんが使っている隣の客室に運ぶ。影遊びで慎重にベッドへ横たわらせた。影を元に戻して、フランケン院長と入れ違いになる。
 私はドレスから着替えようとリルとリロに頼んだ。
 淡い赤のドレスは、ハンガーでクローゼットにかけた。
 ワイシャツとズボンに着替え直して、客室に戻る。

「私の血、必要ですか?」
「いや、手当ては終わった。翼に刺さった矢で飛べずに落ちた時に、頭でも打ったのだろう。脳震盪だと思うから、見張っていてくれ」
「はい」

 手当てがもう済んだなんて早いなと思いつつ、フランケン院長が座っていた椅子に腰を置いた。

「フランケン院長、のうしんとうってなんですか?」

 手伝っていただろうニーヴェアが質問をする。

「頭の怪我のことだ。頭の中には脳があって、それが衝撃を受けて、意識を失ったり記憶を失うこともあるものだ。頭痛が酷い場合は危険だ。命の危機かもしれない。その際は、ヴェルミの血を飲ませて治した方がいいだろう」
「目が覚めるのを待つのですね」
「目が覚めるといいが……ここは頼んでもいいか?」

「はい」と私はもう一度頷く。
 フランケン院長は、医療道具を片付ける。ニーヴェアもそれについていった。
 残るのは烏天狗のお兄さんと私のみになる。あ、チェシャもいた。
 床につかない足をプラプラさせて、私は見つめる。
 首に白いチョーカーをつけていた。右耳にはピアスとイヤーカフ。
 仰向けになっているけれど、翼は痛くないのかな。
 もふもふしていそうな翼に触らせてもらえるかな、回復したら頼んでみようか。
 頬杖をついてみれば、また呻いた。

「お兄さん。烏天狗のお兄さん」

 私は呼びかけてみる。
 またライトグリーンの瞳を開いた。私を見たけれど、すぐに痛そうに目を瞑る。頭痛だろうか。それとも他の怪我が痛むのだろうか。尋ねようとしたら、唇を動かした。

「っオークが……」
「オーク?」
「攻めてくるっ……」

 お兄さんは途切れ途切れで言う。

「ヘルハウンドを率いた、オークの軍っ……約100が……東から、ここに来る……逃げろっ」

 お兄さんが起き上がろうとしたが、失敗をしてまたベッドに沈む。

「早くっ……城に、戻って報告、を……」

 そこでお兄さんの言葉が止まる。
 気を失ってしまったようだ。

「オーク……ヘルハウンド……」

 顎を摘むように手を添えて考える。
 オークってあれだよね。豚ヅラなんて表現される種族。
 ヘルハウンドはなんだろう。

「チェシャ」
(オークはオーガ並に戦闘民族。肌が緑色にゃんだ。ヘルハウンドは猟犬)

 なんかチェシャが便利な辞書に思えてきた。

「100って数字はヘルハウンドと合わせた数かな?」
(んーそうだと思うにゃ)
「攻めてくるのかぁ……んー」
(どうするの?)
「ここは冒険者に依頼して助けに来てもらうしかないかなぁ」

 この国ならそうすることが普通だろう。
 あ、避難するってこともあるか。

「でも、オークとヘルハウンドの軍も見たいなぁ」
(じゃあ見に行こう!)

 前足を私の足に置く黒猫の頭を撫でてやる。
 でもこの人のことを見るって、フランケン院長に頷いてしまったからなぁ。
 すると、ドアが開かれた。大剣を背負ったヴィオさんだ。
 後ろにニーヴェアとアッズーロもいる。

「やはり! 偵察部隊の烏天狗だ!」
「偵察部隊?」

 そう言えば、城に報告とか言っていたな。
 国で異変がないか偵察する役目なのだろう。
 聞き返す私を見て、ヴィオさんは「何か言ったか?」と問う。

「あーそれなら」

 私は椅子から飛び降りた。

「100くらいのオークとヘルハウンドの軍が東から来るそうですよ」
「!?」
「攻めてくるみたいです」

 にっこりと笑って見せてから、ニーヴェアの肩を叩く。

「ニーヴェア。彼のこと見てて」
「え?」
「ど、どこに行く気だ? ヴェルミ」
「オークの軍を見に行くんですよ。見てみたい」
「だ、だめだ! 皆と避難するんだ!」
「ちょっと遠目だけ!」
「ヴェルミ!」
「ちょっと待て!」
「あ、セイカ! 怪我人を見ていてくれ!」
「ええ!? どこ行くの!? あたしも行く!」

 ヴィオさんが私を捕まえようとしたから、ダッシュで逃げる。
 追いかけてくるのは、ヴィオさんだけではない。
 アッズーロに、ニーヴェア、そしてセイカまでついてきた。
 おい、お兄さんどうした。

「ヴィオさんはギルドに行った方がいいんじゃないですか?」
「ヴェルミを連れ戻してからだ! 足を止めるんだ、ヴェルミ!」
「捕まえられるものならどうぞー!」
「こら!!」

 オーガのヴィオさんには、吸血鬼である私のスピードを上回ることは無理だろう。身軽なニーヴェアも、狼のアッズーロも、羽ばたくセイカも。
 私を追いかけていないで、冒険者の助けを呼ぶ方がいいに決まっているのに。
 烏天狗のお兄さんを見付けた森を抜けて、真っ直ぐに東を進む。
 んー。全然危険を感じない。
 ヘッドドラゴンの時は森がざわめいていて異変を感じたのに。
 森にいないせいか。
 森の出口が見えてきたので、私は木の幹を蹴って登った。
 吸血鬼の瞳で遥か遠くまで、見回して探す。
 けれども、探すほどの時間は必要なかった。
 もうオークの軍は、近くまでいたのだ。


 
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