転生したら吸血鬼。彼女は本物の絆が欲しい。

三月べに

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一章

06 妖しい猫。

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「にゃあん」

 イサークさんは、容赦なかった。叩き潰されて、ダメ出しを言い渡される。放り投げられることはなくなった帰り道、一匹の猫がついてきては鳴いた。
 さっき見かけた黒猫。尻尾が太く見える。毛がもふもふなのだろう。

「何?」

 黒猫から話しかけたので、私は応える。

「餌なんて持ってないよ」

 言いながら、頭に手を伸ばす。黒猫は拒むことなく、私に撫でられる。
 思えば、生きた動物に触るのは初めてだ。食べるための動物には触れていたけれどね。
 いや、アッズーロがいたか。奴も、もふもふだ。動物の分類に入れていい気もする。
 野良猫でもキューティクルが行き届いている毛並み。もふもふだ。
 気持ち良さそうに目を閉じる。耳を撫でるの、好きなんだ。
 私はしゃがんでなでなでしていたが、もう陽が傾いている。孤児院に帰らなくてはいけない。

「じゃあね」
「にゃー」
「……」

 歩き出すと呼び止めるように鳴いてはついてきた。
 見下ろして、見つめる。
 もう一度歩き出すと、音もない足取りでついてきた。

「……ついてきたいの?」
「にゃあ」
「……」
「みゃあ」

 私は無視して歩き出したが、黒猫はついてくる。
 走り出せば、走って追いかけてきた。
 結局、孤児院の前まで来てしまう。

「にゃあん」
「ふむ……どうしたものか。ダメ元で頼んでみるよ。おいで」
「にゃあー」

 門を開いて、黒猫を招く。私の言葉を理解しているみたいに、返事をしては中に入る黒猫。
 門をしっかり閉じてから、私は黒猫を持ち上げた。暴れない。本当に人馴れした黒猫だ。元飼い猫かな。

「ヴェルミ、おかえり……」

 待っていたのか、出迎えてくれたフランケン院長が玄関の扉を開く。
 目は私の抱えた黒猫に向けられる。

「ついてきちゃったんです。飼ってもいいですか?」
「……そうか」

 余裕がないのに飼っていいなんて言ってもらえるだろうか。
 膝をついたフランケン院長。それでも私より大きいので、見上げる形になるのは変わらない。
 じっと見つめるフランケン院長。黒猫は怯えた様子を見せず、ただゴロゴロと喉を鳴らして私の顔に頬擦りしてくる。

「そんなに懐いているなら仕方ない……だが、自分で世話をするんだぞ? ヴェルミ。食べ物をとってきてあげなさい」
「はい」
「にゃあん」
「先ずは一緒にお風呂に入ったらどうだ? 着替えを持っていってやろう」
「はい」
「にゃあん」

 黒猫を抱えてバスルームに行こうとしたけれど、その前の廊下にアッズーロが立っていた。
 人間の姿でショックを受けたような顔をしている。目と口をいっぱい開いていた。

「ガルルル!!」

 ボンと藍色の煙を撒き散らして獣人の姿に変身したアッズーロは、威嚇をする。
 受けて立つと言わんばかりに私が抱えた黒猫も「シャアアア!」と鳴いた。
 狼バーサス猫。

「やめろ、アッズーロ」

 アッズーロの頭をぐりっと押し退けて、バスルームに向かう。

「キュウン」
「!?」

 なんとも情けない声を後ろで出しているから、思わず振り返る。
 尻尾を足の間に垂れ下げているしょげた顔の獣人の子狼。

「情けない声を出すなよ」

 びっくりするじゃないか。

「ほら、行こう。アッズーロ」

 フランケン院長はアッズーロの背中を押して廊下を歩かせる。
 私は落ち着いた黒猫を抱えたままバスルームに入った。
 ワイシャツとズボンを脱ぎ捨てて、バスルームの中に黒猫を先に入れて下着も脱ぐ。シャワーの水をかけても、黒猫は嫌がる素振りを見せない。
 猫って水嫌いじゃなかったっけ。
 石鹸で黒猫の身体を洗ってあげて気付く。雄だ。
 じとっと黒猫の視線が、私の身体に向けられている。
 どこ見ているのだ、この黒猫。

「はい、おしまい」

 洗い終わったら、ブルブルと身体を振ったので、雫が飛ぶ。
 たまにスローモーションで見える時がある。雫が飛び散る光景を、吸血鬼の目で見た。
 脱衣場に出ると、フランケン院長が置いてくれたであろう寝間着のワンピースがある。寝間着はせめて女の子らしくしようと配慮してくれたが、不要な配慮だ。別に男物でも構わない。
 着替え終わったらその場に座り込んで、黒猫の身体をごしごしと拭いてやった。

「言っておくけど、もっと裕福な家の子になった方が懸命だよ。食べさせてあげられるのはせいぜいその辺の小鳥。ここに居ていいの?」
「んにゃあ」

 まるでにんまりと笑うような顔で、黒猫は鳴く。
 肯定だろうか。

「いんちょーの許しが出たから別にいいけど」

 だいたい乾かし終えたから、顎の下をコショコショとする。
 黒猫が気持ち良さそうに目を閉じた。

「わぁ! ねこぉ!」
「ねこだぁ!」

 フランケン院長から聞いたらしく、部屋に行けば子ども達がわっと集まる。
 こぞって撫でようと手を伸ばそうとしたが、流石に多すぎて驚いたのか黒猫は「シャアアア!」と声を上げた。ベシッと触れてきた手を振り払う。
 子ども達は、手を引っ込めてしょげた表情をする。さっきのアッズーロみたいだ。
 抱えている黒猫は、ただ私にスリスリと頬擦りをしてくる。
 ゴロゴロ、黒猫の喉の音が響く中、集まった子ども達は解散した。
 順番に撫でればいいんじゃない?
 思ったけど、夕食の時間だとフランケン院長が呼びにきたので言いそびれた。
 私だけは血を飲み、他の皆はアッズーロが狩ってきたというリスを食べる。黒猫も、今日はそれを与えてもらった。明日は私も狩りに行かなくちゃ。
 イサークさんに鍛えてもらってから、狩りに行く。頭の中で予定を立てて、血を飲み干した。
 満腹。そういえば、空腹を感じたことがない。喉の渇きもないな。
 夜に一回、血を飲むだけで、満たされている。

「猫の名前は決めたのか?」

 フランケン院長が私に問う。

「ねこ、ヴェルミにしかさわらせてくれないの」
「そう、アッズーロみたい」

 ノームの双子、リルとリロが言った。
 アッズーロみたい?
 どういう意味わからず、私は首を傾げる。

「順番に触らせてもらえば?」
「ええーこわい」

 女の子達はアッズーロに目を向けて、嫌そうな顔をした。
 フランケン院長の顔よりは怖くないだろう。
 話題に上がっているアッズーロは、黒猫を睨んでいた。

「名前、ねぇ……」

 口の中に染み付いた血を、舌で舐めながら考えてみる。

「……ヴェルミがつけてあげなさい」

 大きすぎる手を、頭に置かれた。
 名前かぁ。
 ベッドに入っても、黒猫は私から離れなかった。
 自分以外の温もりを感じていることに戸惑いつつ、私は目を閉じる。
 静まり返る暗い部屋。窓から差し込む月明かりだけが灯り。
 暫くして、黒猫は音もなくベッドを抜け出す。
 月明かりも届かない影の中に溶け込むと、男の姿となった。
 男は、ベッドを覗き込む。瞼を閉じた私に、手を伸ばす。
 それが触れる前に、私は手を掴んだ。
 吸血鬼の目で、暗くても男が笑みを浮かべていたのが見えた。
 ベッドの後ろにある窓を影で開いて、私はそこに向かって投げる。
 想像以上に軽い。男は器用なことに窓をくぐって外に出た。
 私も起き上がって追いかける。

「誰」

 私は鋭い声を放つ。

「にゃあん」
「!」

 よく見たら、その若い男の頭の上には耳があった。
 そして太い尻尾を左右にゆっくりと揺らす。

「名前(にゃまえ)はまだもらってないけれど、誰とは酷いにゃー」
「……私が拾ってきた黒猫?」
「そうそう」

 黒い猫耳に太い尻尾。黒猫のもの。
 男も肯定して、コクンコクンと頷く。
 獣人にはそんな変身能力があるとは聞いていないし、これは。

「化け猫?」
「そう、せーかい!」

 化け猫の類。

「そっか。化け猫なら、どっか行きなさい。うち余裕ないから」
「冷たっ!?」

 さらっと決定を下して、窓から戻ろうとした。
 でも猫の手で、しっかりワンピースの裾を掴まれてしまう。

「にゃんで化け猫だって知るにゃり掌返すの? オレを飼ってくれるんじゃにゃいの?」
「化け猫をペットにするとは言ってない。騙されたみたいでなんか嫌」
「ごぉめぇんー!」

 放せ。寝間着のワンピースが破ける。

「お願い、ヴェルミのそばに置いて!」
「なんで私」
「だって、ヴェルミが……」
「とにかく放せ」

 破ける前にワンピースを放してもらった私は、猫のようにお座りした男の肩に手を置いて見つめた。

「出てけ」

 暗示を使ったのだけれど、男は目を閉じてしまう。
 このヤロー。
 むかついたので、頭を軽く殴ってやった。

「なんで私なの?」
「それはヴェルミがオレと同じことを願っていたから」
「は?」

 暗示を使って追い出すことは諦めて、理由を訊く。
 するとにんまりと口を吊り上げて、笑う化け猫。

「冒険者イサークにちょっかい出そうとしたら、君が来た。今日の話は聞いたよ。オレもね、求めていたんだよ。心繋がる誰か」

 私は口を閉ざす。
 イサークさんに明かした私の願い。
 密かな渇望を聞かれていた。

「まさか子どもがそんにゃこと言うなんて、びっくりしたけれど、にゃんか運命的にゃものを感じた。だから、ね? オレをそばに置いて」
「……」

 頭にきた私は左腕を振り上げると同時に、影を伸ばして化け猫に攻撃を仕掛ける。
 化け猫の男は、軽やかに後ろに飛び退いた。

「で? 私がお前をそばに置く理由がないんだけど」
「えー。みにゃまで言わにゃきゃわからにゃい?」
「にゃーにゃーうるさいなぁ」
「猫だから」

 影を伸ばして、化け猫に攻撃を続ける。
 化け猫もひょいひょいと避けた。

「オレと心繋がる関係ににゃろうよ」
「……で? 死ぬ覚悟は出来た?」
「にゃんでそーにゃるかにゃー」

 地雷を踏まれて、私は本気で捕まえようと影を駆使する。
 化け猫は大きく飛び退いて、そして黒猫の姿に変身すると、影の中に落ちた。

「! ……ん」

 影に引き摺り込まれたわけではない。自ら飛び込んだように見えた。
 私は戻ってきた影を見つめたあと、素足で踏み付ける。

「おい、出てこい。化け猫」
「ヴェルミは心繋がる誰かが欲しいくせに、心を閉ざしているにゃ」
「っ。うるさい、化け猫。出てこいっ」
「そんにゃんで心繋がる相手が見つかると思う?」

 化け猫の男は、背後に現れた。
 胸の中を掻き乱す言葉に、怒りを込めて腕を振るう。
 しかし、煙のように化け猫の男が消える。
 また背後を取られた。今度は私を包み込むように腕を回す。

「長生(にゃがい)きしてきたオレが教えて、あ・げ・る。心を繋げる方法」

 化け猫の頭を掴んで、前に放り投げる。
 軽い男と吸血鬼の腕力で容易く投げられたが、地面に背をつけることなく着地した黒猫は、余裕綽々で前足を舐めた。

「孤独を埋め合おう」
「傷の舐め合いがしたいなら、よそに行け」
「オレは君に決めた。君は?」

 吸血鬼の脚力で間合いを詰めて、殴ろうとしたが、黒猫の姿のまま動かない。黒猫の姿では、殴れないではないか。
 私は仕方なく拳を下げた。

「はぁ……バカバカしい」

 窓のところまで歩いていき、窓辺に手をつく。

「ヴェルミ? ちょっと、ヴェルミ! 無視!? ヴェルミ!!」
「うるさい。子ども達が起きるだろうが」
「ヴェルミ、ヴェルミ、ヴェルミ」

 窓辺に腰を落として、静かにするように言う。
 すると黒猫はまた男の姿になって、歌うように私の名前を呼んだ。

「うるさいってば」
「オレには呼ばれる名前がにゃいんだよ」
「……」
「でも呼ぶ名前を見付けた」

 黒い猫耳の男を見下ろして、私は思い返す。
 本物の絆を欲しがっていた。
 心繋がる誰かを探してした。
 その誰かの名前をずっと知りたがっていた人生だった。
 猫は私を選んだ。心繋がる相手として。
 嬉しそうに、にんまりと笑っている。
 チェシャ猫みたいだと思った。不思議の国に迷い込んだ少女に、不敵な笑みを見せ続けるあの猫。奇しくも、黒と灰色のボーダーを着ている。

「チェシャ」
「え?」
「お前の名前、チェシャ」

 ぱぁっと目を輝かせたように見えた。月光で金色(こんじき)に輝く。

「オレはチェシャ、チェシャ、チェシャ!」
「うるさいって。寝る」
「化け猫の男じゃん」
「猫の姿で寝るから添い寝してー」

 子ども達が起きてしまうので、もう許してやることにした。
 砂がついた足の裏を払って、ベッドに戻る。
 また感じる自分以外の温もりに違和感を覚えながら、眠りに落ちた。


 
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