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一章

03 影遊び。

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 孤児院は騒然となる。しかし、状況が呑み込めない子ども達は立ち尽くす。

「へっへー! 魔物の子ども、それに妖精の子どもまでいるじゃないか」

 拳銃を持った男が品定めするような目で、子ども達を見ていた。
 吸血鬼の聴覚でその言葉を聞き取ったし、吸血鬼の目でちゃんと見えたのだ。
 私は窓辺から飛び降りて、門へ歩き出す。

「特に妖精は高値で売れるぜ、へへへっ」

 売るつもりで襲撃に来たようだ。
 この世界では売り買いもされるのか。
 売られなかっただけマシなのかも。なんて思った。

「おい。ニーヴェア。中でかくれんぼでもしていろ」
「はっ!?」

 ニーヴェアの肩を押し飛ばす。

「ぜんいん、中に行け!」

 幼い声を上げていく。

「アッズーロもだ」

 フランケン院長のそばで、毛を逆立てているアッズーロにも言う。
 アッズーロはしぶしぶといった様子で私の後ろに下がった。
 フランケン院長に目を向けると、息はあるようだ。右肩を押さえている。そこを撃たれたらしい。

「なんだ? 小僧」

 小僧。なんて言われたのはしょうがない。髪は短く邪魔だと思って、後ろに束ねている。それにズボンという男の子の格好だ。
 そこはどーでもいい。

「てめぇら」

 幼い声を放つが、凄みが足りないだろう。

「恩人に、なんてことをしてくれてんだよ」

 私を預かって世話してくれている人だ。
 恩人。そして、育ての親になる人だ。

「ここの子ども達には手出しはさせねぇ。さっさと去れ」

 そう言い放ちながら、私は自分の影を地面の上で伸ばす。

「その目、吸血鬼の子どもだな? こりゃいい。吸血鬼も高値で売れるだろうよ」

 男達は気付かない。私の影が迫っていること。
 日光を浴びて力が抜けそうだが、影が濃いほどいい。

「売るだぁ? そんなのごめんだ。嫌だから全力で、ていこーしてしてやるよ」

 にんやりと笑みを吊り上げて、その技名を口にする。

「ーーーー影遊び」

 右手を上げた瞬間、鋭利な刃物のように尖らせた影で、男達の足を貫いた。

「ぎゃあ!!」
「いてぇええ!?」
「なんだこれは!?」

 三人は立っていられず、倒れる。

「影!? クッソ! 吸血鬼が影を操るなんて聞いたことねぇ!」
「え? ないの?」

 特殊な能力だったのだろうか。
 私はきょとんとしてしまった。

「クソ! 死ねこのガキ!!」
「!」

 拳銃の口が向けられる。
 咄嗟に自分の右手で庇う。
 でも素手で弾を防ぐなんて、芸当は出来ない。
 手に熱を感じた。じわりと痛みが広がってくる。
 ぼたりと真っ赤な血が垂れ落ちた。
 弾丸は右手の親指の付け根を抉って、結構な穴を作ったのだ。

「……痛いじゃん」

 お互い様だろうけれど、こっちはちゃんと手加減をしたつもりだ。
 もしも頭や心臓に当たったら、私は死ぬかもしれない。
 まだ四年しか生きていないこの命。

「死んだらどーしてくれんだよ!?」

 ギロリと睨んで、私は暗示を発動させた。

「銃を自分の頭に突き付けろ!」

 拳銃を持った男は私の言葉に従い、銃口を自分の頭に突き付ける。

「な、なんだ!? 身体が勝手に!」
「バカな!」
「よせ!」

 動揺する男達。
 止めようとする二人を、影で足を拘束した。

「た、助けてくれよ!?」
「影が絡みついて動けねぇ!!」
「クソ!!」

 二人の助けが期待出来ないと判断した拳銃の男は、もう片方の左手で拳銃を持つ右手を動かそうとする。でも暗示は強力でビクともしない。

「わ、わかった! もうオレ達は帰るから勘弁してくれ!」
「はぁ? 許すなんて言ってないけど?」
「なっ!?」
「てめぇらみたいな人を売る連中を野放しにしてたまるかよ」

 私は冷酷に言い放つ。

「ここで死ね」

 拳銃の男は、青ざめた顔で驚愕した。

「トリガーを」

 引け。そう命令して自分の頭を撃ち抜かそうとした時だ。
 フランケン院長の巨体が起き上がり、拳銃の男の顔を殴り飛ばした。
 男の身体は、門の外まで吹っ飛んだ。

「やめるんだ、ヴェルミ」
「……」

 あの低い声で叱られた。
 人間を殺そうとしたのだ。仕方ない。

「はぁい……」

 私はむくれるように返事をする。
 怒りは治った。ふと手を見てみれば、血に濡れているだけで、穴はない。自己治癒は高いようだ。いいことを知った。

「怪我は大丈夫か?」
「はい。いんちょー」

 怪我は大丈夫だと、右手を振る。

「そうか……ふぅ。下がっていなさい」
「影は、ほどきますか?」
「ああ」

 深く息を吐くとフランケン院長は、私に頷いて見せた。
 伸ばした影を引っ込める。男二人を解放した。
 それから霧を操り、陽を遮る。まだ後ろにいたアッズーロと一緒に、玄関前に集まった子ども達の元に向かう。怖がって、身を寄せ合っていた。

「ここの子ども達は、私が守る!」
「うわぁ!?」

 男二人の首根っこを掴み上げると、フランケン院長は門の外へと放り投げる。門の高さを軽く超えた高さから、バタンと落ちた。

「ば、化け物め!!」

 落ちた男の一人が拳銃を拾い、乱射する。
 危ないと判断した私は影を広げて、壁のように立体化させた。防壁。

「大丈夫?」

 流れ弾は来ていないか、後ろを振り返って問う。
 子ども達は怯えきっていて何も答えないが、怪我をした様子はない。
 大丈夫のようだ。お礼はいらない。

「やめろ!!」

 フランケン院長の鉄拳が下る。
「かはっ」とお腹に食らった男が血を吐いた。
 内臓破裂か。いや口を切っただけだろう。出血が足りない。
 なんて冷静に分析。

「この街に二度と入るな!!」

 地を這うような声が轟くと、おっかないと思う。
 やっぱり怖いな、このフランケン院長。

「ひぃい!!」

 一人は真っ先に逃げ出した。口から血を吐いた男は、這って逃げようとする。最初に殴り飛ばされた男は、気絶をしているようだ。動かない。
 ガシャンと、門は閉じられた。

「皆、大丈夫か?」

 のそのそした足音を立てて、近付いたフランケン院長は覗き込んだ。
 蒼白の怖い顔だが、育てられて優しい人だとわかっている子ども達は飛び付く。

「フランケンいんちょー。肩は大丈夫なの?」
「ああ、私は不死身だ」
「……そうなの」

 さらりと不死身だと言う。言ってみたいセリフである。
 よく見てみれば、肩の穴から出血はしていない。
 じゃあなんで、倒れたんだろうか。この人。
 首を傾げつつ、肩の穴に触れようと手を伸ばす。しゃがんでいるから、手は届くはずだった。でも止められる。

「フランケンシュタイン博士に作られた身体は、半永久的に動く。弾を抜くことに手間取っていた。私の血はまずいと思うぞ」

 別に血を味見したかったわけではないのだけれど、フランケン院長が不死身だということはよくわかった。つぎはぎの死体から生まれた命だもの。生命の源は、頭のネジだろうか。

「それから、言葉遣いを気を付けてくれ。ああ、そうだ、今日は狩りに行けそうにないな。すまない、ヴェルミ」
「はい。今日は居てください」

 安心して狩りには行けないだろう。子ども達も不安がる。

「……!?」

 アッズーロだけはショックを受けたように、口をあんぐり開けては尻尾を垂れ下げた。
 お前だけだよ。狩りに執着しているの。
 その日は、孤児院の全てのドアや窓の鍵を閉めた。戸締りはしっかりして、普段は別の部屋で眠るフランケン院長は、子ども達にせがまれて寝室の床に布団を敷いた。用意された小さなベッドから出て、皆はフランケン院長のそばにいって毛布にくるまる。アッズーロもだ。
 子どもだな。
 しみじみと眺めていてから、私は窓から差し込む月光に右手を透かして見る。風穴が開いた手。もう跡形もないが、確かにここに傷があった。
 自己治癒が高いが、心臓や頭を撃たれてはどうなるかわからない。
 影で瞬時に身を守る術を覚えないといけないと思う。
 魔物や妖精を売るような危険な世界。弱肉強食の世界。
 もしも。
 もしもの話。
 本物の絆が見付かったとして、私は守れるだろうか。


 
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