上 下
2 / 20
一章

02 検証中。

しおりを挟む



 私は吸血鬼。その事実は受け止めた。
 前世ではちょっと、いやかなりの吸血鬼好きだったので詳しい。
 ラブロマンスものからホラーまで海外の映画やドラマを観ていた。
 さて、私の弱点と特質を検証してみよう。

 陽に弱いかどうか。
 映画だと太陽の光を浴びると燃えるパターンがよくある。
 でも私は陽を浴びても火傷はしないし、燃え尽きたりもしない。
 ただなんとなく力が抜けることは感じる。なので陽には弱い。

 十字架は効くのか。
 十字の形にしただけでも吸血鬼に効いていた映画があったっけ。
 孤児院に飾られた十字架を見上げても、何も感じなかった。
 試しに頑張って椅子によじ登り、壁に飾られた十字架に触れてみたが、異変はなし。なので、十字架は効果ない。

 木の杭は弱点なのか。
 それは検証すると死にかねないので保留。

 鏡に映るのか。
 鏡は孤児院にはなかったので、仕方なく窓のガラスで確認した。
 うっすらだが、ちゃんと映ったのだ。白銀の髪で、赤い目の女の子。
 目は変わっていて、十字が浮かんでいる。

 棺桶は必要か。
 普通にベッドで眠れたので、必要なし。

 血を飲むのか。
 普通に血をコップで提供されたので、それを美味しく飲み干した。
 食事はそれで十分らしく、お腹が鳴ったことはない。ところでなんの血だろうか。今度尋ねてみよう。

 ニンニクは苦手か。
 本来ニンニクは魔除けのためになると言われていて、そこから吸血鬼の弱点となったと言われている。食堂でニンニクらしきものを見付けたが、匂いを嗅いでも触れても別に何も感じなかった。ニンニクは苦手ではない。

 招かれなければ、家に入れないのか。
 それはない。孤児院に運ばれた時も別に入る許可をもらってはいなかった。よって、そんなルールはない。

 大体こんなものだろうか。
 あとはこの世界の吸血鬼はどんなことが出来るのか、だ。
 例えば、コウモリの姿に変身出来るかどうか。
 唸ってみたが、コウモリに変身出来なかった。
 コウモリにはなれそうにない、っと。

 続いて、暗示は使えるかどうか。
 目を合わせた相手に催眠術をかけること。
 私は試そうとたまたま近くにいた男の子に話しかけた。

「わたしのめをみて」

 舌足らずな感じの声。恥ずかしく感じるがしょうがない。まだ三歳児なのだ。
 話しかけた相手は、獣人の男の子。狼らしくシュッとした輪郭、ピンと立った耳、もふもふの尻尾。前髪が右目を隠すほど長い。
 獣人の男の子は、たまに人間の姿でいることもある。人間の姿、獣人の姿と二つ変身出来るらしい。
 私はコウモリに変身出来なかったのに。悔しい。
 藍色の狼の獣人姿の男の子は、言われた通り私の目を見た。
 その瞳は黄色だ。

「しゃんかいまわって、ワンってないて」

 思い付いたのは、それだった。
 念じるように見つめて伝えると、獣人の男の子はくるくるくると三回回ってから「ワン」と鳴いてみせる。
 暗示が効いたのだろうか。半信半疑で私は手を出して。

「おててだして」

 と念じながら言ってみた。
 ぽむっ。狼の手が私の手の上に置かれた。
 私はわしゃわしゃと獣人の男の子を撫でる。
 あ、もふもふだ。ちょっとキューティクルが足りないところが残念に思うが、もふもふだった。
 獣人の男の子は始め、驚いたように目を真ん丸に見開いたが、やがて気持ちよさそうにそれを細める。

「こら……ヴェルミ」

 そこで身体が浮き上がった。脇に手が差し込まれて、持ち上げられたのだ。あのフランケン院長に。

「お友だちに、暗示を使ってはいけない」
「……はい」

 はたから見ても、暗示を使っているように見えたらしい。
 獣人の男の子が従順だったわけじゃないのね。
 注意されたので、暗示を使うのはフランケン院長の目が届かないところでしよう。反省の色はない。きりっ。
 それからも、しばらく自分の能力を模索していて気付いた。
 自分の影と霧を操ることが出来る。
 私は影遊びと呼ぶことにして、立体化する影で積み木のおもちゃを積み上げてみたりした。
 霧を作り出して、日傘がわりにして日中を闊歩した。ちょっと薄暗い影にいるだけでも違う。直射日光が当たると歩くのもつらくなる。
 陽の対策としては、男の子のものの大きめなシャツとズボンを着て、なるべく肌を隠した。女の子達はワンピースや飾りっ気のないドレスを着ていたが、私は別に男装風になっても構わない。むしろ動きやすくっていい。
 孤児院は、はっきり言って裕福ではない。
 孤児院自体は広く大きい。お屋敷みたいだ。そんな屋敷の裏庭で畑を耕して野菜をとっている。狩りに行ってはイノシシや鹿を仕留めてくる。自給自足の生活。
 たまに街に出掛けて何かしら恵んでもらう。服や食べ物。しかし、それがなかなか上手くいかない。大半が人間の子どもではないからだろう。見た目からして、忌み嫌われている。その筆頭がフランケン院長。怖いからしょうがない。
 でも要らないものはあるものだから、古びた服などがもらえる。もらえるだけ、ラッキーと思わなければならない。

「ヴェルミ。これ、オレ、しとめた」
「へーすごいねー」
「……」

 獣人の男の子が、リスを仕留めた。まだ幼いのにやる。
 しかしリスか。可哀想である。しかし生きるためには仕方ない。
 弱肉強食の世界。私は食べないけれど。
 すると獣人の男の子が、スリスリと頭を擦り付けてきた。
 最初は肩。何してるんだこいつと見ていたら、今度は私の頬に頭を擦り付けてきた。もうスリスリというレベルではない。ズリズリだ。

「アッズーロは褒めてほしいんじゃないのか?」

 フランケン院長が、地を這うような低い声で言った。
 何故に私。アッズーロって名前、今知ったのに。
 それに「すごい」と言ったじゃないか。足りないのか。
 仕方ないから、押し退けてから頭をよしよしと撫でた。
 尻尾がブンブン振り回すように揺れたので、喜んでいるようだ。
 顔は無表情に見えたけれど。
 私はリスの血を飲むこととなった。



 ある日。一人、影遊びをしていた。
 大抵は一人でいる。だって友だちはいない。
 人間の子どもは人間の子どもだけで、固まって遊ぶ。でもたまに魔物の子どもに妖精の子どもとも遊ぶのだ。エルフの男の子・ニーヴェアが憧れの的らしい。リーダー的存在で、ニーヴェアが声をかければ、集団になって前庭で遊び始める。
 私は声をかけてもらえない。吸血鬼の子どもだからだろうか。
 私とは目を合わせようとしない。暗示を警戒しているみたいだ。
 アッズーロも基本一人でいる。庭の木の陰に眠っていたり、フランケン院長についていき、狩りをしに行ったりする。
 日陰が差す窓辺に座っていて、積み木を絶妙なバランスを保って積み上げていれば。

「ヴェルミ。今日で一年目だ、何が欲しい?」
「……」

 フランケン院長が、そんな報せをしてきた。
 親に捨てられて、もう一年が経ったのだ。
 めでたい日ではないのに、欲しいものを問われた。
 私はいつの間にか、四歳になったということ。
 誕生日いつだろう。今日でいいか。
 欲しいもの。
 前世の時から求めているものが、頭に浮かんだ。
 本物の絆が欲しい。
 心繋がる誰かが欲しい。
 そう言ったところで、フランケン院長が用意出来たら、前世から悩んでいない。

「いんちょーには用意出来ないものだからいい」
「……。ヴェルミは大人びているな」

 中身大人だからな。
 積み木で影遊びを続けながら、私は子どもらしい欲しいものを考えてみた。
 けれども面倒になって「血かな」と言う。

「わかった。新鮮な血を飲ませてやろう」

 大きすぎる手で、頭を撫でられた。
 蒼白の顔が、表情を柔らかくしている。
 孤児院を務めているだけあって、優しい人なのだろう。
 大男で蒼白なフランケン院長は、一言で言うと怖いけれどね。

「アッズーロを呼ぼう……張り切るだろうな」

 アッズーロは狩りが好きなのだろうか。
 狼だものね。野生の血が疼くのだろう。
 のそのそとした動きで部屋をあとにするフランケン院長を見送る。

「あっ」

 積み木が崩れ落ちた。
 バラバラになった積み木を影で集めて、箱に戻す。
 もう一つの手のように、影を操るのは容易い。
 それを終えてから、窓の外を見た。
 前庭では、ニーヴェア率いる子ども達が遊んでいる。
 フランケン院長が、アッズーロを連れて門を出ようとした。
 でも門には珍しく人がいる。見たところ、三人の訪問者。
 子どもを連れている様子はないから、新しい子どもが来たわけではない。
 なんだろう。フランケン院長が務めるこの孤児院に自ら来るなんて。
 なんの要件だろうか。そう見ていたら。

 バキュン!

 銃声が響いたかと思えば、フランケン院長の巨体が倒れた。
 撃たれたのだ。
 ーーーー襲撃だった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

キャンピングカーで異世界の旅

モルモット
ファンタジー
主人公と天女の二人がキャンピングカーで異世界を旅する物語。 紹介文 夢のキャンピングカーを手に入れた主人公でしたが 目が覚めると異世界に飛ばされていました。戻れるのでしょうか?そんなとき主人公の前に自分を天女だと名乗る使者が現れるのです。 彼女は内気な性格ですが実は神様から命を受けた刺客だったのです。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

処刑された人質王女は、自分を殺した国に転生して家族に溺愛される

葵 すみれ
恋愛
人質として嫁がされ、故国が裏切ったことによって処刑された王女ニーナ。 彼女は転生して、今は国王となった、かつての婚約者コーネリアスの娘ロゼッタとなる。 ところが、ロゼッタは側妃の娘で、母は父に相手にされていない。 父の気を引くこともできない役立たずと、ロゼッタは実の母に虐待されている。 あるとき、母から解放されるものの、前世で冷たかったコーネリアスが父なのだ。 この先もずっと自分は愛されないのだと絶望するロゼッタだったが、何故か父も腹違いの兄も溺愛してくる。 さらには正妃からも可愛がられ、やがて前世の真実を知ることになる。 そしてロゼッタは、自分が家族の架け橋となることを決意して──。 愛を求めた少女が愛を得て、やがて愛することを知る物語。 ※小説家になろうにも掲載しています

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...