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一章
02 検証中。
しおりを挟む私は吸血鬼。その事実は受け止めた。
前世ではちょっと、いやかなりの吸血鬼好きだったので詳しい。
ラブロマンスものからホラーまで海外の映画やドラマを観ていた。
さて、私の弱点と特質を検証してみよう。
陽に弱いかどうか。
映画だと太陽の光を浴びると燃えるパターンがよくある。
でも私は陽を浴びても火傷はしないし、燃え尽きたりもしない。
ただなんとなく力が抜けることは感じる。なので陽には弱い。
十字架は効くのか。
十字の形にしただけでも吸血鬼に効いていた映画があったっけ。
孤児院に飾られた十字架を見上げても、何も感じなかった。
試しに頑張って椅子によじ登り、壁に飾られた十字架に触れてみたが、異変はなし。なので、十字架は効果ない。
木の杭は弱点なのか。
それは検証すると死にかねないので保留。
鏡に映るのか。
鏡は孤児院にはなかったので、仕方なく窓のガラスで確認した。
うっすらだが、ちゃんと映ったのだ。白銀の髪で、赤い目の女の子。
目は変わっていて、十字が浮かんでいる。
棺桶は必要か。
普通にベッドで眠れたので、必要なし。
血を飲むのか。
普通に血をコップで提供されたので、それを美味しく飲み干した。
食事はそれで十分らしく、お腹が鳴ったことはない。ところでなんの血だろうか。今度尋ねてみよう。
ニンニクは苦手か。
本来ニンニクは魔除けのためになると言われていて、そこから吸血鬼の弱点となったと言われている。食堂でニンニクらしきものを見付けたが、匂いを嗅いでも触れても別に何も感じなかった。ニンニクは苦手ではない。
招かれなければ、家に入れないのか。
それはない。孤児院に運ばれた時も別に入る許可をもらってはいなかった。よって、そんなルールはない。
大体こんなものだろうか。
あとはこの世界の吸血鬼はどんなことが出来るのか、だ。
例えば、コウモリの姿に変身出来るかどうか。
唸ってみたが、コウモリに変身出来なかった。
コウモリにはなれそうにない、っと。
続いて、暗示は使えるかどうか。
目を合わせた相手に催眠術をかけること。
私は試そうとたまたま近くにいた男の子に話しかけた。
「わたしのめをみて」
舌足らずな感じの声。恥ずかしく感じるがしょうがない。まだ三歳児なのだ。
話しかけた相手は、獣人の男の子。狼らしくシュッとした輪郭、ピンと立った耳、もふもふの尻尾。前髪が右目を隠すほど長い。
獣人の男の子は、たまに人間の姿でいることもある。人間の姿、獣人の姿と二つ変身出来るらしい。
私はコウモリに変身出来なかったのに。悔しい。
藍色の狼の獣人姿の男の子は、言われた通り私の目を見た。
その瞳は黄色だ。
「しゃんかいまわって、ワンってないて」
思い付いたのは、それだった。
念じるように見つめて伝えると、獣人の男の子はくるくるくると三回回ってから「ワン」と鳴いてみせる。
暗示が効いたのだろうか。半信半疑で私は手を出して。
「おててだして」
と念じながら言ってみた。
ぽむっ。狼の手が私の手の上に置かれた。
私はわしゃわしゃと獣人の男の子を撫でる。
あ、もふもふだ。ちょっとキューティクルが足りないところが残念に思うが、もふもふだった。
獣人の男の子は始め、驚いたように目を真ん丸に見開いたが、やがて気持ちよさそうにそれを細める。
「こら……ヴェルミ」
そこで身体が浮き上がった。脇に手が差し込まれて、持ち上げられたのだ。あのフランケン院長に。
「お友だちに、暗示を使ってはいけない」
「……はい」
はたから見ても、暗示を使っているように見えたらしい。
獣人の男の子が従順だったわけじゃないのね。
注意されたので、暗示を使うのはフランケン院長の目が届かないところでしよう。反省の色はない。きりっ。
それからも、しばらく自分の能力を模索していて気付いた。
自分の影と霧を操ることが出来る。
私は影遊びと呼ぶことにして、立体化する影で積み木のおもちゃを積み上げてみたりした。
霧を作り出して、日傘がわりにして日中を闊歩した。ちょっと薄暗い影にいるだけでも違う。直射日光が当たると歩くのもつらくなる。
陽の対策としては、男の子のものの大きめなシャツとズボンを着て、なるべく肌を隠した。女の子達はワンピースや飾りっ気のないドレスを着ていたが、私は別に男装風になっても構わない。むしろ動きやすくっていい。
孤児院は、はっきり言って裕福ではない。
孤児院自体は広く大きい。お屋敷みたいだ。そんな屋敷の裏庭で畑を耕して野菜をとっている。狩りに行ってはイノシシや鹿を仕留めてくる。自給自足の生活。
たまに街に出掛けて何かしら恵んでもらう。服や食べ物。しかし、それがなかなか上手くいかない。大半が人間の子どもではないからだろう。見た目からして、忌み嫌われている。その筆頭がフランケン院長。怖いからしょうがない。
でも要らないものはあるものだから、古びた服などがもらえる。もらえるだけ、ラッキーと思わなければならない。
「ヴェルミ。これ、オレ、しとめた」
「へーすごいねー」
「……」
獣人の男の子が、リスを仕留めた。まだ幼いのにやる。
しかしリスか。可哀想である。しかし生きるためには仕方ない。
弱肉強食の世界。私は食べないけれど。
すると獣人の男の子が、スリスリと頭を擦り付けてきた。
最初は肩。何してるんだこいつと見ていたら、今度は私の頬に頭を擦り付けてきた。もうスリスリというレベルではない。ズリズリだ。
「アッズーロは褒めてほしいんじゃないのか?」
フランケン院長が、地を這うような低い声で言った。
何故に私。アッズーロって名前、今知ったのに。
それに「すごい」と言ったじゃないか。足りないのか。
仕方ないから、押し退けてから頭をよしよしと撫でた。
尻尾がブンブン振り回すように揺れたので、喜んでいるようだ。
顔は無表情に見えたけれど。
私はリスの血を飲むこととなった。
ある日。一人、影遊びをしていた。
大抵は一人でいる。だって友だちはいない。
人間の子どもは人間の子どもだけで、固まって遊ぶ。でもたまに魔物の子どもに妖精の子どもとも遊ぶのだ。エルフの男の子・ニーヴェアが憧れの的らしい。リーダー的存在で、ニーヴェアが声をかければ、集団になって前庭で遊び始める。
私は声をかけてもらえない。吸血鬼の子どもだからだろうか。
私とは目を合わせようとしない。暗示を警戒しているみたいだ。
アッズーロも基本一人でいる。庭の木の陰に眠っていたり、フランケン院長についていき、狩りをしに行ったりする。
日陰が差す窓辺に座っていて、積み木を絶妙なバランスを保って積み上げていれば。
「ヴェルミ。今日で一年目だ、何が欲しい?」
「……」
フランケン院長が、そんな報せをしてきた。
親に捨てられて、もう一年が経ったのだ。
めでたい日ではないのに、欲しいものを問われた。
私はいつの間にか、四歳になったということ。
誕生日いつだろう。今日でいいか。
欲しいもの。
前世の時から求めているものが、頭に浮かんだ。
本物の絆が欲しい。
心繋がる誰かが欲しい。
そう言ったところで、フランケン院長が用意出来たら、前世から悩んでいない。
「いんちょーには用意出来ないものだからいい」
「……。ヴェルミは大人びているな」
中身大人だからな。
積み木で影遊びを続けながら、私は子どもらしい欲しいものを考えてみた。
けれども面倒になって「血かな」と言う。
「わかった。新鮮な血を飲ませてやろう」
大きすぎる手で、頭を撫でられた。
蒼白の顔が、表情を柔らかくしている。
孤児院を務めているだけあって、優しい人なのだろう。
大男で蒼白なフランケン院長は、一言で言うと怖いけれどね。
「アッズーロを呼ぼう……張り切るだろうな」
アッズーロは狩りが好きなのだろうか。
狼だものね。野生の血が疼くのだろう。
のそのそとした動きで部屋をあとにするフランケン院長を見送る。
「あっ」
積み木が崩れ落ちた。
バラバラになった積み木を影で集めて、箱に戻す。
もう一つの手のように、影を操るのは容易い。
それを終えてから、窓の外を見た。
前庭では、ニーヴェア率いる子ども達が遊んでいる。
フランケン院長が、アッズーロを連れて門を出ようとした。
でも門には珍しく人がいる。見たところ、三人の訪問者。
子どもを連れている様子はないから、新しい子どもが来たわけではない。
なんだろう。フランケン院長が務めるこの孤児院に自ら来るなんて。
なんの要件だろうか。そう見ていたら。
バキュン!
銃声が響いたかと思えば、フランケン院長の巨体が倒れた。
撃たれたのだ。
ーーーー襲撃だった。
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