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21 野良猫と帰国。

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 まだ陽があったから、家に入る。
 抱き締められる。

「おかえり、茜」

 甘い香りに包まれ、私はギュッと抱き締め返す。
 璃の抱擁だ。安心してしまう。

「竜崎さん、茜を無事に返してくださり、ありがとうございます」
「小娘は、珍しく問題を起こさなかった」
「なっ」
「よかったよ」

 竜崎の発言にカチンときた私が振り返ろうとしたけれど、璃はギュッとして離さない。

「仕事も終えたし、日本にすぐ帰れって。だから支度しろ、明日帰るぞ」
「えーっ!? なんで勝手に決めるのよ!? まだイタリア満喫してないし!」
「当たり前だろ、観光にきたわけじゃねーんだから」
「しょうがないよ、茜。これ以上、ハンターの厄介にはならない方が俺達のためだ」

 私を放した璃にまで言われて、開いた口が塞がらなかった。
 せっかくのイタリアが、もう終わりだなんて! ショックだ! ヒステリック起こしそう!
 でも、冷静に考える。
 私と璃のためにも、ハンターから離れるべきだ。
 グレンさんはいい人のように思えるけれど、璃をハンターから遠ざけたい。
 わかった、と私は小さく頷いて目線を落とした。
 けれども、もっと璃の好きな場所を教えてもらいたかったな。
 璃と一緒に、行きたかった。

「茜……また来れるよ。今度は長く滞在して満喫しよう?」

 見かねたのか、璃は私の頭を撫でながらそう優しく笑う。
 うん、私は嬉しくて強く頷いた。
 今度は吸血鬼退治なしで。
 二人だけで来たいな。
 そう願って璃を見つめていれば、竜崎の溜め息が割り込んできた。

「ふぁ、寝る。くれぐれも問題起こすんじゃねーぞ? 次やらかしたらぶっぱなす」

 念を押してから、竜崎は背を向けた。ホテルに戻るのだろう。

「問題なんて起きませんよ」

 璃は得意気に言った。問題が起きるなら、璃が予知しているもの。

「本当に大丈夫ですか? 組織の方は」

 私は確認した。

「心配すんな」

 ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でて、竜崎はドアを開いて、バタンと閉じた。
 私は硬直。
 あまりのことにぐちゃぐちゃにされた頭を直そうとした手も、宙に止まったまま。

「……茜?」

 璃は、きょとんと首を傾げた。

「あ、あた、ま……撫で……」
「それがどうかした?」

 私のぐしゃぐしゃになった髪を直しながら、璃は問う。

「りゅ、竜崎だよ!? あ、あい、つが……頭! 撫でたんだよ!?」
「……変かな? 君の頭を撫でることは」
「だ、だ、だから竜崎がよ!? 初めて触られた気がするよ!!」

 竜崎に胸ぐらを掴まれたり、叩いた記憶はあるけれど、こんな風に触られたのは初めてだ。
 撫でられるなんて!

「……茜に、心を開いたんじゃないかな?」

 少し考えてから、璃はそう言った。
 竜崎が? あたしに?

「なんだかんだ……手のかかる娘みたいに思ってるんじゃないかな」

 璃がおかしそうに笑った。
 私は絶句。娘ですって!?

「んー、でも……歳的には兄妹だね」
「璃! 絶対違うわ!」
「そうだよ、竜崎さんは優しいだろ? 少なくとも、茜が可愛いって思ったんだよ」

 戸惑う私と違って、穏やかに笑う璃。
 開いた口が塞がらない。
 なんたって出会ってから睨み合っていたアイツが、そんなわけ……!

「さぁ、支度をしよう」

 愕然としたまま、背中を押されて二階へ。荷物をまとめなくちゃならない。
 作業をしながら、地下の出来事を璃に話した。
 話しながら、璃の予知夢能力も、吸血鬼に襲われたことで開花したのだろうか。そう疑問が湧いた。でも璃が吸血鬼になった経緯は聞けない。璃からも話してはくれなかった。ただ感心したように、頷いて私の話を聞いているだけ。
 途中でお腹が空いたので、璃がピッツァを作ってくれた。
 本場なので、ピッツァと発音しておく。
 食べ終えたあとに、また支度。
 すっかり夜になった。
 本当に帰るのか、と肩を落としてしまう。
 それを見て、璃が苦笑する。

「また来れるって」
「……お正月はイタリアで過ごす?」
「それがいいよ、夜空も綺麗だし」
「凍えてそれどころじゃないと思うけど……今から行けない? 璃のとっておきの場所!」

 夜空で思い出して、私はパッと笑顔を輝かせた。
 けれども、璃はちょこっと考えたあと浮かない顔をする。

「……竜崎さんに言われたし、外には出ない方がいい。今吸血鬼がうろちょろしてるみたいだし」

 窓を見て言った。

「問題は起きないんじゃないの?」

 そう私はむくれる。

「そうだけど、今日問題が起きないだけで、後日起きる可能性だってある。君は魅力的だから目をつけられやすい」

 嫌味っぽく言うから、ますます私は口を尖らせた。
 璃は、窓の外を気にしている。

「璃は心配しすぎよ、毎度目をつけられるわけないじゃない」
「どうかな、出会した吸血鬼皆、君に興味を持った」
「皆って…………あの女の子も?」

 不意に頭に過ぎる街中にいた吸血鬼の姿。
 暁の表情は、考えが読めない。

「私、目をつけられた?」
「……それは定かじゃないけど、興味を持って……」

 途中で言葉を切る璃が、また窓を見た。今度は不快そうに睨む。

「持っているのは、確かだよ。心配ないよ、自分からハンターに近付くようなイカれた吸血鬼じゃ……」

 気を取り直して私に笑みを向けたけれど、また窓の外に目をやる。

「さっきから、窓の外に何がいるの?」

 シビレを切らして、私は問い詰める。

「……吸血鬼が一匹、うろちょろしてるんだよ。近すぎて、気が気じゃない」

 璃は窓を睨み付けて、吸血鬼を探す。

「見に行く? それとも杏ちゃんに連絡する?」
「待って、ニオイを確認するよ」

 ニオイでどんな吸血鬼か、わかるのかな。璃が窓を開けた。
 うろちょろってことは、獲物でも探しているのかしら。
 私も窓の外を見ようと歩み寄ろうとした、次の瞬間。

「っ!!!」

 璃は咄嗟に反応して避けた。
 窓から何かが猛スピードで何かが入ったのだ。

「茜っ!!」

 璃が避けたことで、真っ直ぐ私にソレが向かってきた。
 吸血鬼の璃みたいに、咄嗟に避けられるわけもなく、衝突。

   どんっ。

「きゃ!?」

 後ろにあったソファに倒れて、ぐるりと転がり、床に落ちた。
 一体何が起きたんだ?
 頭と背中を打ったせいか、やけに体が重い。
 いや、体の上に何かが乗っている。
 ゴロロロ、とまるで猫がじゃれる時に、喉の鳴る音が聞こえた。
 獣かと思ったが違う。人間の肌が、身体を締め付けている。人間、にしては冷たい。毛、ではなく髪の毛が耳元を燻る。視界に見えたのは、天井と銀色の髪。

「茜っ!!? ……アンタ!」

 それから、璃の焦った顔と驚いた顔。

「アカネ!」

 璃じゃない声に、呼ばれた。
 聞いたことある声と一致する顔を、頭がフル回転で探し出す。

「っ!?」

 ハッとなって身体を起こせば、抱き付く彼の顔が見えた。

「アカネ、美味そうな匂いだ」

 再会して早々、嫌な一言を聞いて凍り付く。

「……ノ、ラ……!?」
「! ……ああ、ノラだ」

 にんまり、どこか嬉しそうに、ノラはにんまり笑顔を浮かべた。
 血で固まっていた髪は、キラキラした銀色になっていて、瞳は銀色の髪より透明な色をしている。
 最初は血生臭かったのに、今は全然しない。
 一番最初、私に恐怖を植え付けた吸血鬼だと言うのに、その面影がなかった。

「離れろ!!」

 璃の怒鳴り声に、我に戻る。
 ノラを引き剥がさなくては。
 しかし細すぎる身体は、押してもビクともしない。

「ノラ! 離れてよ!」
「なんでだ」

 きょとんとした顔をされても困る。
 璃が引き剥がそうとノラを掴めば、獣の唸り合いが勃発。
 あの時の恐怖が蘇って、思わず震え上がれば、ノラから威嚇を止めた。

「もう人間は食ってない、約束は破っていない」
「え?」
「約束だ、お前の価値を教えろ」

 ズイッと顔を近付けてくるものだから、思わず下がる。
 そして、頬がひきつった。
 私の価値を教える代わりに、人間を襲うの止めろと言ったんだ。
 私の価値なんてないのにっ!
 人間を殺さないからって、璃みたいに私を大事にしてくれるわけないのに。

「人間の生き血の他に、何をっ?」
「献血を盗んだり熊を食ったり」
「…………そう」

 またさらに引きつる。嗚呼、どうしよう。

「ノラ……あのね、私」
「お前の価値は?」
「いいから離れろ!!」

 璃がまた怒鳴り付ける。まずい。璃を押さえ付けることが出来ない。
 ノラが私にくっついてる限り、飛び付いたりしないと思うけど、大変どうしよう!

「あのね璃、ノラ! 落ち着いて!」
「落ち着いてる」

 璃は唸りながら睨んでいるのに、ノラは平然だ。
 すーっと息を吸い込んで吸血鬼にしかわからないだろう私の匂いを嗅ぐ。
 うっとりした瞳が、金色になったのを見て、ゾッと震え上がる。
 余計にまずい空気になった。
 暁の目も金色に変わって、戦闘態勢に入る。
 まずい、まずい。

   ジリリリ。

 家のチャイムが、凍てついた空気を引き裂いた。
 訪問者。訪問者なんてくるはずない。来るのは、竜崎達。

「ノラっ! 上に隠れて! 隠れて!」
「は?」
「ほら、早く!」

 璃がやっとノラを引き剥がすことに成功した。
 二人の吸血鬼は階段の手摺を蹴って、壁を走り二階に入る。
 滅多に見せない吸血鬼のワイルドな面が見れて、嬉しいわね。

「はい」

 扉を開いたら、杏子ちゃんと太智さんがそこにいた。

「どうしたの?」

 笑顔を貼り付けて訊く。

「あ……これからの予定を話にきたんスッけど」
「……唸り声、聞こえなかったすか?」

 心配そうに二人は家の中を見た。
 ドン、と後ろから音がして、振り返れば璃。
 二階から飛び降りたらしい。

「ごめん、俺がふざけてただけなんだ」

 いつも通り笑って、璃は言った。

「喧嘩してるのかと思ったっす」
「たかが痴話喧嘩だろう」

 苦笑する太智さんを押し退けて、竜崎が中に入ろうとした。
 なんで竜崎までいるのよ!

「なんで来るのよ」
「は?」

 ギロリと睨み付けて、出口を両手で塞ぐ。

「入らないで」
「はぁ? なんだいきなり」
「電話で聞くから、ホテルに戻ってください」

 茜……と、後ろから璃が呼ぶ。
 怪しんだのか竜崎が睨んでくる。そして中を見た。

「……吸血鬼のニオイ」

 竜崎が銃を取り出して、私を押し退けて中に入る。

「ちょっと!!」
「竜崎さん? どうしたんですか」
「におう、吸血鬼がいるんだろ?」
「なんで俺以外の吸血鬼がいるんですか?」

 璃は笑って質問を返す。
 声が刺々しいのは、ノラが自分の家にいるからか。
 竜崎は隅から隅まで見るかのような目付きで、部屋を見回した。
 竜崎に影響されたのか、太智さん達までもが銃を出す。

「しまいなさい!」

 思わずピシャリと言えば、二人は震え上がって銃をしまった。
 それを見てから、竜崎もしまう。

「すみません、俺が茜を怒らせたんです。リビングに座ってください、お茶を用意します」

 璃が後ろめたそうに言ってから、部屋に入るように勧めた。

「先に休んでます」
「っ茜!」

 階段を駆け上がろうとしたが、璃に呼び止められた。
 目が行くなと言っている。

「おやすみ」

 それでも、私はそそくさと階段を駆け上がった。
 あとは璃が何とかして。

「ノラ」

 小さく呼んだ。
 まず寝室に、ノラを入れたりしないだろう。きっとどうでもいい部屋に押し込んだに違いない。
 三階の物置部屋に、ノラはいた。

「なんだ?」
「ハンターよ、今一緒にいるの。あのね、ノラ」

 私は膝をついて、ノラと向き合った。
 大丈夫、襲われたりなんかしない。

「私の価値って話だけど……私に価値はないよ、どの人間と同じ命があるそれだけ」
「……でもアイツは」
「璃だけ、璃にとって価値があるの」

 シャキンとノラの爪が伸びた。それを見て、凍り付く。
 ノラの顔に、微かに怒りが見え隠れする。

「……それが知りたいんだ、その価値が知りたい」
「……私が好きだから、大切だから。私を……愛してるから、璃にとって価値がある」

 口にして、気付いた。
 璃にとって、どれくらい価値があるんだろうか。
 どれほど大切にしてくれていたのだろうか。
 そう思うと、胸が熱くなる。
 自分にそんな価値があるなんて、信じられない。
 急に伸び縮みしていたノラの爪が引っ込んだ。

「お前を愛せば、価値がわかるのか?」
「へっ?」

 ずいっとノラが顔を近付けて、瞳を覗き込んだ。

「知りたい、知りたいんだ。お前の価値。血を我慢してまで愛せば……わかるんだな?」

 透明な瞳が、じっと見つめてくる。息も止まる綺麗な瞳に、目が奪われた。
 呆気にとられているのか、それとも見惚れているせいか、ノラとの距離を拒むのを忘れてしまう。
 気付くと、ノラは私の肌に触れていた。
 頬を冷たいノラの鼻がなぞる。そのあと、冷たい舌が頬を舐め上げた。

「あっ」

 震えた唇から、声が零れる。
 その唇に、ノラの唇が重なった。冷たい唇が吸い付く。

「やめろっ!!!」

 璃の怒声が轟いて、私は震え上がった。
 ノラは弾かれたあと、壁に着地して唸る。
 璃は私の前に立って、ノラを威嚇した。

「ご、ごめん、璃……わたし」

 咄嗟に璃へ謝る。唇を奪われた罪悪感。

「出ていけ! ハンターなら帰った! 今すぐ出てけっ!」
「……嫌だ」
「っ出てけ!」
「まだアカネといたい」

 ノラは拗ねた子どものように座り込んで、私を見つめた。
 私はかける言葉が見付からず、絶句する。
 璃の怒りは、頂点に上りつつあった。
 怒りで強張った手に力がこもり、いつでも飛び出せるように身を低くしている。一触即発の睨み合い。

「……」

 やがて、ノラは難しそうな顔をして、璃を見た。それから諦めたような顔をして、肩を落とす。

「わかった……。わかった。わかったから、また会えるか?」

 首を傾けて、ノラは訊いた。
 璃は唸ったが、私は頷く。

「わかった。また会おう」

 頷いたのを見て、ノラは嬉しそうに笑みを溢す。
 それから窓を開いて、外へと消えた。
 険悪ムードから解放されて、息を溢す。
 嵐は過ぎ去ったけど、璃の怒りはおさまっていないようだ。
 正直、璃の嫉妬を、押さえる自信はない。
 振り返った璃の目は、ギラついている。必死に頭の中で言い訳とその怒りをおさえる方法を探して、立ち上がった。
 その瞬間、壁に押し付けられた。
 衝撃に驚いたけど、璃はなるべく力を押さえ込んでくれたみたいで、痛くはない。でも握り締められる腕は、痛かった。

「なんでっ……許した!?」

 怒りで震えた手が、私の唇を拭う。

「ちが、ごめ……んっ」

 金色の瞳が、奥底を見つめる。
 いつの間にか身体は密着していて、息を詰まらせた。
 壁と璃に挟まれて苦しいせいか、心臓は高鳴る。
 荒々しく璃が私にキスをした。唇を吸い付き吐息が絡む。
 激しく密着して、壁に強く押し付けられる。息が、まともにできない。

「ハァ、璃っ……」

 璃を押し退けられない。
 息をしようと顔を逸らそうとしても、璃の唇は逃がしてくれない。
 冷たい指先が顔を押さえ込んで、熱いキスをしてくる。
 激しくてもとろけてしまうほど、気持ちいいキスにどうにかなりそう。
 もう拒む力が出なくなって身体中が熱くなった頃、冷たい手が私の服の中に入ってきたから、思わず悲鳴を上げた。

「ひゃっ、あっ璃っ……! だめっあ」

 背中を冷たい手に撫でられ、震え上がっても璃は放してくれないし、キスを止めてくれない。

「だめ……ん、だめっ……」
「アイツには、言わなかった……」
「それはっ……んぁっ」

 璃の低い声。冷たい手が、言い訳もさせてくれなかった。

「んもっ!! 璃っ!!! おっ怒るよ!?」

 これ以上は限界だ。
 私は最後の力を振り絞って、怒鳴った。
 身体はビクビクして、目には涙が浮かぶ。
 キスを止めてくれたけど、それでも璃は怒った顔のまま。

「ハァッ……私を、窒息させたいの……?」
「……だって、茜が」
「それはごめんなさい、呆気にとられて……」
「それだけじゃない! なんでアイツを守る!? さっき呼び止めたのに……アイツのとこに! それからまたアイツと会う約束なんて!」

 身体が強く密着して息を詰まらせる。また唇が重なろうとした。

「ごめん、だけど璃が傷付くのが嫌で……。嫉妬でこんなことしないでよ、苦しい」
「……」

 訴えれば、璃の瞳が青に戻った。
 眉間に深いシワを寄せていた彼は、ゆっくり身体を放す。
 少し楽になった。

「ごめん、茜……頭にきて……君を取られるなんて耐えられない」

 そっと璃は、私の髪を撫でた。

「取られないよ」

 私は微笑んだ。

「君は魅力的すぎるから……俺は油断できないね」

 力が抜けたように、璃は笑みを溢す。
 そっと両腕で抱き締めてくれる。優しく。

「ごめんね、怖かった?」
「まさか」
「束縛しすぎかな……? 浮気の一つや二つ許すべきかな……」
「やめてよ、浮気なんてしないわよ。……別に束縛してもいい」
「いいの? 魅惑的すぎる君を閉じ込めちゃうよ?」
「……璃がいるなら我慢できる、かな」
「……俺は幸せ者だね。ほんとに。俺の我が儘を聞いてくれる、優しい愛する人が居てくれて」

 優しく、頬を擦り寄せて、抱き締めてくれる璃は優しい声で言った。
 違う、それは璃の方。

「……竜崎さん達は?」
「俺の機嫌が悪かったから、明日の予定を話して帰っちゃったよ」
「……帰国、か」

 ノラと言う嵐が来たけど、結局は帰国をしなくてはならない。
 璃のとっておきの場所にも行けず、その日は準備して眠った。



 早朝、空港へ。

「なんだ、破局すると思ったのに」

 車の中、璃に寄り添っていれば竜崎の嫌味がきた。
 ムカッと睨んだが、私はそっぽを向いて口を閉じる。

「別れませんよ」

 璃が笑顔で言い返した。
 名残惜しいけどイタリアとはさよならだ。
 飛行機の窓から眺めて、別れを告げた。
 長い空の旅が終われば、故郷の日本に到着。
 長かった。疲労が肩に襲い掛かる。

「帰ろう、ゆっくり休みたいだろ?」

 気遣って璃が声をかけてくれた。

「送ります!」

 杏子ちゃんがそう言ってくれたから、璃の家へと皆で向かった。
 璃の家か、久しぶりで笑みを溢す。
 あの大好きな場所で眠れるなんて、最高の休息だ。

「おい、くれぐれも気を抜くな。まだ狙われてるってことを忘れ」
「わかってます!」
「待って」

 竜崎の小言を遮って車から出ようとしたら、璃に止められた。

「……だめだ。奴らのニオイがする」

 鋭い目で睨み付ける璃。
 奴ら。真っ先に浮かぶのはユウリの顔。

「いるの……?」
「いや、匂うだけ」

 いないけど、匂う?
 何故なの?
 私が混乱してる間にも、竜崎は指示を出した。
 杏子ちゃんと太智さんも、銃を出して車を降りる。
 私は璃に寄り添って、歩き出した。
 しっかりと璃は、私を背に手を握る。
 璃の部屋。ドアの鍵は、壊されていた。
 中に入れば、荒らされた形跡。何もかも荒らされていた。
 CDに雑誌が散乱、ソファは引っくり返ってて、テレビは割れている。
 寝室も容赦なく、汚されていた。頭に血がのぼる。

「あいつらっ……!!」

 服もベッドも荒らされて、手に力がこもった。

「……諦めてねぇってことだろ」

 竜崎が言う。
 ベッドに歩み寄って手にしたのは、白い小さな花。
 ドライフラワーで脆いそれは朽ちていった。

「あかねの花……。そのようです」

 璃は強く、私を片腕で抱き締めた。

 吸血鬼達の牙はまだ、私達に向けられている。
 引き裂くその時を、笑みを浮かべて待っていた。


 
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