儚げ美丈夫のモノ。

三月べに

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4 婚約保留

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 私を膝に乗せる、白銀の髪の儚げな美貌の少年が、ライトブルーの瞳で慈しむように微笑んで頭を撫でてくる。

「僕のベルナ」
「ルシェお兄様」

 正直、見目麗しい少年に私は懐いていた。可愛がられて悪い気はしないし、魔法を教えてくれる時間は楽しいものだった。

「ルシェお兄様は、どうして私だけに魔法を教えてくれるの?」
「ベルナが僕のモノだからだよ」
「???」

 最初から彼がどうして可愛がってくれるのか、理解が出来なかった。
 『僕のモノ』発言も、心底わからず、頭の上ではてなマークを三つ並べた。


 彼がご褒美だと言って街へ遊びに連れて行ってくれた際、ゴロツキに囲まれて恐怖した。
 転生してから令嬢して大事に育てられた私には、あまりにも恐怖体験だった。

「……僕のベルナを泣かせたね? 五体満足で帰れると思うなよ?」

 その後の彼の方が怖かった。囲っていたゴロツキが血まみれで倒れることになったのだから。

 ガタガタブルブル震えてその場から動けない私に向かって。

「もう怖くないよ! 僕のベルナ!」

 返り血を頬につけて笑顔で言い退けた彼が、初めて『コイツはヤバい奴だ』と気付いた。
 お前が怖いよ。サイコパスか。

 事件は、彼の自己防衛がギリギリ認められた。
 なんせ彼は宮廷魔術師だ。

 初めての恐怖体験で、守るべき私もいたこともあって、加減が出来なかった。

 ということになったらしい。

 その後も週一で彼の元で魔法の勉強をすることを続けていたのだが、伯爵である父が恐る恐ると尋ねてきた。

「ルシェント公子様から、お前との婚約の話は出てないのか?」

 と。一瞬宇宙に放り込まれた気分に陥った。

 こんやく……?

 初めて『僕のモノ』発言をする彼と婚約の可能性があることに気付かされたのだった。

 ゴロツキの一件で、私と彼がデートをしていたと解釈されて、社交界ではその話で持ち切りになってしまっているのだという。
 これがなくとも、週一で交流、もとい授業をしているが、それは私だけが特別。
 そろそろ婚約の話が整っても不思議じゃないと、父達は待っていたらしい。
 周囲の追究も増えたところだし、その答えを明確にしてほしいと言われてしまった。

 要約、お前の方から訊いておいてくれ。

 気弱な父は、いたいげな娘に丸投げしやがってくれた。

 嫌々ながら、次の週に彼に尋ねてみた。
 直球で。

「ルシェお兄様は、私と婚約する気でいるのですか?」

 と、尋ねた。
 目を丸めた彼は、にこりと柔らかく微笑んだ。

「ベルナは、僕と婚約したい?」
「いえ、全然」

「………………………………」

 彼と婚約となると、公爵夫人になるということではないか。私には荷が重い。
 ただでさえ人気を誇る美貌ではあるが、中身サイコパスじゃないか。マイナス面が多すぎる。
 選べる立場なら選ばない。

 そうハッキリ言ってしまったら、やけに怖い沈黙が作られた。

 微笑んだまま動かない彼が怖い。

 やがて「……そう」とだけ頷いた彼は、私の頭を撫でられた。
 なんだろう。怖いドキドキがした。

 その後、ありのままを父に報告したが、何故か「納得いかない! 娘をここまで束縛しておいて責任を取らないつもりか! 物申してくる!!」と憤怒して公爵家に行く先触れを送り出した。
 私のために怒ってくれるなら、最初からそうしてほしかったと思った。

 しかし、物申しに公爵家に行った父は、燃え尽きた様子で「……婚約の話は、保留だ……」と言った。
 役に立たない父である。

 こうして、私と彼の婚約の話は保留となったのだ。


 婚約者でもないのに毎週会っている私に、彼狙いの令嬢達は容赦なかった。
 パーティーの隅っこで、私はリンチに遭ってしまった。

 こんなこと、ゴロツキに囲まれるよりは怖くはない。なんだったら自己防衛で魔法で対処もやれば出来た。
 ので、何様だと詰め寄られても、強気で「知りませんわ」と返したし、彼に付きまとうなと言われても「直接ルシェお兄様に言ってくださらない? 本人には話しかけられないのかしら」と、しれっと言い返してやった。

 キレた令嬢の一人に突き飛ばされたら、床に膝を打って痛かったが、水魔法で水をお見舞いして仕返しをキッチリしてやれた。

 その騒ぎで大人達が駆け付けつけて、それで終わりだと思ったのだが、続きがある。

 数日の間に、私を囲っていた令嬢達の実家が取り潰しとなってしまったのだ。どんな手を使ったのか、彼が各家の悪事を暴いて追い詰めたという。

 何故か私はその件で事情聴取を受けることになり、非公式で謁見した国王陛下と王太子殿下に「もしも害を加えられそうになったら、ルシェント公子がどう動くか、相手にキッチリ教えてやってくれないか。被害は少ない方がいい」と頼まれてしまった。

 まだ見ぬ加害者の心配をしてしまうほど、彼が怒らせたら危険人物認定を受けたのだ。
 起爆剤は、私。

 カタカタブルブル。どうしてそうなった。どうしてそうなるの。

 いや、わかるんだ。貴族の悪事を数日で暴くような宮廷魔術師なんて、普通はいない。重宝する逸材であり、敵に回せない存在が、彼なのである。

 それから、私に害を与える人は現れなかった。
 しいて言えば、やっかみの陰口ぐらいなもので、被害はないも同然。

 しかし、乙女ゲームのヒロインを名乗る人が現れた。知らなかったが、ここは乙女ゲームの世界で、彼も乙女ゲームの攻略対象キャラなのだ。
 納得いく外見だが、やっぱり理解不明である。

 どうして、私に執着するのか。
 そして、執着するくせに未だ婚約を保留する意味がわからない。


「ルシェお兄様……」


 正直、彼を兄のような人だと慕っている。好きなのだ。

 私をとことん甘やかしてくれて、目一杯可愛がってくれる、特別な素敵な人なのだから――――。





 
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