儚げ美丈夫のモノ。

三月べに

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1 転生者ベルナ

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 木漏れ陽の東屋の下。
 儚げな美貌の少年がいた。微風に靡く白銀の髪は、鈴蘭のように可憐に見える。ライトブルーの瞳は優しく細められて、こちらに笑いかけられた。
 手招きされるから、てくてくと歩み寄った。

 ここはお茶会が開催されている公爵家の庭だ。怪しい人なんているわけがないと思い、危機感もなかった。

 目の前に立つと、右手を取ってキュッとライトブルー色のリボンを結び付けられる。


「これで君は僕のモノだね」


 なんて、にっこりと笑った。私の脳内にハテナマークが三つも並んだ。

 よくわからなかったけれど、目の保養なので一緒に過ごすことにした。

 前世はオタクの限界OLだった異世界転生者である私は、同じ年齢の子ども相手では退屈でしょうがなかったのだ。彼は六つも年上の少年で、とても博識だったから話を聞いていて楽しかった。
 異世界転生者である私には、この世界の魔法の話は面白いもの。

 儚げな美貌の少年は嫌な顔をせずにニコニコと質問にも答えてくれるから、お茶会が終わるまでずっと過ごしてしまった。

 迎えが来て初めて、少年の名前を聞いた。

「あれ? 知らなかったの?」

 なんてケロッとした反応の少年は、この公爵家の長男だという。フェンリル公爵のルシェント様。
 ちなみに、今日のお茶会は次男のロント様の交流会だ。

 魔法の腕前が優れていて、まだまだ学生の身分であるけれど、すでに宮廷魔術師にスカウトされているらしい。どうりで魔法の話が面白いわけである。

「あ。僕も君の名前を聞いていなかったね。レディ、私にあなたの名前を知る名誉をください」

 儚げ美貌の少年が、芝居がかって傅いて微笑みかけた。彼の美貌には劣る茶髪茶目の地味な少女の私も、一応そのノリに乗っておく。

「わたくしは、ミーティ伯爵家のベルナと申します」

 ちょこん、とドレスの裾を摘み上げて、カーテシー。

「ベルナ。僕のベルナ。よろしくね」

 なんで所有物発言なんだろう。

「来週も会おうね」

 いやだから、なんで?


 こうして、将来有望な公爵令息とほぼ毎週会うという交流が始まったのだった。

 名目は、私の魔法の家庭教師だ。私という生徒を育てた実績は、彼にプラスともなるから。





 そんな出会いから、十年近くが経った。

 王都学園に入学した私は、魔法科目はトップの成績を叩き出している。
 彼の実績になるならと証拠の成績表のコピーとともにお礼の手紙を送りつけた。
 流石にその頃になれば、ほぼ毎週会うことはなくなっていた。
 というか、流石に減らしてほしいのが私の考えである。
 何故、私だけが彼の弟子なのか、というやっかみはいつもあったが、入学してから酷いからね……。
 手紙を送ったから、またしばらく会わなくていいと思うんだ。
 卒業まで会わなくてもいいよ。なんて口が裂けても言わないけれどね。言わない方が身のためだ。


「やぁ、僕のベルナ。制服姿も可愛いね」
「……ご機嫌よう、ルシェント様」

 しばらく会いません、と仄めかす手紙を送ったからなのか、会いに来た。
 会いに来ちゃったよ、ルシェント様。

 儚げ美丈夫として成長したルシェント様は、すでに宮廷魔術師副団長の地位に就いていらっしゃり、高級感溢れる黒のローブをまとっている。
 吹けば飛んでいきそうなほどにキラキラした儚げの美貌で淡く微笑む。

 そんな宮廷魔術師副団長に呼び出された私は、応接室ではなく、学園の中庭の藤の花がぶら下がる東屋の中で向き合って座った。

「様付けなんてしなくていいと言っているじゃないか。それとも昔みたいに“ルシェお兄様”って呼ぶかい?」

 ふふ、と楽し気に目を細めて笑いかけるルシェント様。

「まあ、そんな。幼子を甘やかしてそう呼ばせた頃ならいざ知らず、もう淑女として扱ってくださいませ。ルシェント様も大人ですからね」

 微笑みでジャブ。
 だいたいあなたがしつこく“お兄様呼びしてくれ”と言うから呼んだだけであり、妹のように溺愛して膝の上に乗せては頭を撫で回したのはあなたである。

「やだなぁ、子ども扱いしていないよ? 僕の可愛いベルナを愛でているだけなんだから」

 痛くもかゆくもないと言った風に、無駄にキラキラした笑みで一蹴。

「学園生活はどうだい?」

 両手を組んで頬杖ついたルシェント様は、微笑みを保ちつつ尋ねてきた。
 自然を装って視線を垂れ下がる藤の花に向ける。

「ルシェント様が幼い頃から家庭教師を務めてくださったおかげで、魔法科目の成績はトップとなりました」
「それは手紙でも知らせてくれたね。おめでとう。でも、僕が尋ねているのは、成績の話じゃないんだよ?」

 ちっ。逸らせないか。

「はぐらかそうなんて、可愛んだから、僕のベルナ」

 笑顔が憎たらしい。
 何が“僕の”だ。二言目には、僕の僕のって……。

 どうせ弟のロント様から聞いたのでしょ……口止めしたのに。ちっ。

「ロント様から何を聞いたからは存じませんが、別に問い詰めるほどのことではないですよ」
「そうかい? 君の悪評が流されているそうじゃないか」

 保たれていた笑みが薄くなり、剣吞な光がライトブルーの瞳に宿る。
 悪寒が背中をなぞった。

 ルシェント・ロジェット公爵令息は、儚げな美貌のせいで病弱な印象を持たれがち。口調も物腰も柔らかいから、穏やかな人物だと思われがちだ。

 病弱な穏やかな人物と思われがち……なだけであり、事実は違う。

「まぁ……少々突っかかられてはいますけれどね」
「僕のベルナに、ねぇ……?」

 儚げ外見詐欺の所有欲マシマシ坊ちゃまである。
 冷や冷やした空気がただ漏れしている気がした。

 王都学園に入学してから、毛色の違う敵が出没したのだ。


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